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142 鎧をガッチガチに着込んだ小娘ですよ


 下げられていた大剣が一気に振り上げられる。


 ひゅん! と、私の鼻先を切っ先が掠める。


 思っていたよりも間合いが広い!?


 次いで振り下ろされた大剣を、盾で受け、左へと盾ごと流す。

 本来、盾で剣を受けるときは、やや角度をつけて受け止め、そのまま流すのが基本なのだと思う。


 だが私はそれを無視して、盾ごと剣を外側へ逸らすやり方をしている。イメージ的には、盾で剣に噛みついて外側へ投げ捨てる感じ?


 盾に施されたレリーフ。これは単なる飾りというわけではない。

 受けた剣を引っ掛からせるという役割を持っている。まぁ、シンプルな盾は、縁取りの段差部分で引っ掛からせるけれど。


 いや、そういうのがないと、下手をすると流した剣先が自分の首に刺さるとかあり得るからね。それを防ぐためのストッパーみたいなものなんだよ。


 皮の盾とかだと、表面の柔らかさもあるから、縁取りしていないものもあるけれど。


 でだ。私のやっている、盾の表面を滑らせて受け流すのではなく、盾ごと外側へ投げ捨てるみたいなことをやると、やられた方はどうなるのか?


 簡単に云うと、剣に振り回されたような感じになる。これが実はかなり厄介だ。なにせ、体勢が若干崩れるから、隙ができる上に攻撃の回転が遅くなる。


 傍から見ると、私が盾受けしきれなくて、バルキンさんの攻撃に振り回されている様に見えるかもしれないけれど、実のところ振り回しているのは私だ。


 最初の二撃目まではかなりの圧力があったけれど、今は最初ほどの衝撃は伝わってこない。力を抑えて、振り回されないようにしているのがありありと分かるよ。


 バルキンさんは正統派の大剣使いなのだろう。盾でガチガチに防御する相手には、容赦なく大剣を盾に叩きつけ続けて、その圧力でガードを壊して叩く、という力任せな戦い方だ。某ゲームでいうところの、いわゆる餅つき。


 さすがにそれをやられると、私なんかは簡単に潰されてしまうから、そうならないように立ち回ってはいるよ。力任せの攻撃を捌くのは、熊さん相手にさんざん練習したからね。


 がいんごいんと、バルキンさんの攻撃を捌いていく。


 攻撃の回転力はそこまで速くはない。先月、冒険者組合でやった模擬戦の時の……えーっと、あのお兄さん、名前なんだっけ? お仲間の女性二人にお説教されてた人。

 うん、彼よりは攻撃の回転は遅い。まぁ、長剣(ロンソ)大剣(グレソ)を一緒にするのが間違っているけれどね。


 なので捌くこと自体は問題ない。速さだけなら、ボーのフック連打の方がはるかに怖い。

 調子に乗ってデンプシーロールとか教えたら、手が付けられなくなったからね、あの子。物理戦闘だともう勝てないと思うよ、私。


 で、バルキンさん。


 攻撃がなんだか単調だ。これまで押し潰す形で勝利してきたのかもしれない。いや、多分、そうなんだろう。いわゆる雑魚相手には。


 でもディルガエアの武闘大会とはいえ、大会優勝者だ。そんな馬鹿の一つ覚えみたいな、それこそこんな素直な太刀筋で優勝できるなんて思えない。


 そんなことを考えていると、不意に太刀筋が変わった。


 流された剣の勢いを利用して、そのまま体をぐるんと一回転させての横殴りの一撃。


 さすがに真横からの攻撃は受け流せない!


 実のところ、横からの一撃は狙っていたんだけれど、さすがにこの勢いの一撃を【いなす】のは無理だ。


 軽く腰を落しつつがっちりと盾で攻撃を受け止める。


 ごがん!


 金属のぶつかり合う凄まじい音が響き渡る。


 だが私はその、恐らくは渾身と思われる一撃を横からまともに受けても、その場に微動だにせず立っていた。


 弾き飛ばされるかとも思ったけど、まったくの問題なし。


 いや、結構な衝撃は来たけれど、ダメージらしいダメージはない。


 ……うん。考えてみたら、いまの私の重量って、百七、八〇キロくらいあるんだよね。鎧の重量+私の体重。おまけで盾の重さを追加。私は技能のおかげで、まるっきり重さを感じていないけれど。


 さすがにそんな物を剣で殴ったところで、吹っ飛ばすのは無茶もいいところだと思う。却って、手の方がしびれたんじゃなかろうか。


 実際、バルキンさんは少し退いて、驚いたような目で私を見ている。


 あぁ、そうか。私が結構、軽々と動いていたからね、まさかここまで重たいとは思ってもいなかったんだろう。


 剣の速さも分かった。その威力も分かった。よし、そろそろ豆タンクらしい戦い方をしようじゃないか。


 盾を前面に構え、前進する。


 私が大柄であったなら、それなりに迫力があっただろうが、いかんせん、私の背丈では単にのこのこと進んでいるだけにしか見えないだろう。

 なんとなくだけれど、観客席の方からも呆れているような雰囲気が感じられるし。


 まぁ、ここまではただ一方的に殴られてるだけだったからね。


 再度、バルキンさんの攻撃が始まる。だが今度は先ほどとはちょっとだけ違う。私の守りを力任せに崩そうとするのではなく、フェイントなども加え、技術的に守りの隙を作らせる方向に切り替えたようだ。


 あっは。どうしよう。なんだか楽しくなってきた。


 本当、我ながら妙に好戦的だ。ここまで好戦的な性格してたっけな? 私。

 倫理観に関しては、こっちに送られる際に、少しばかりいじられたらしいけれど、それの影響なのかな。それとも自覚がなかっただけで、元々こうだったのか。


 まぁ、楽しければいいや。


 振り下ろされる大剣に合わせ、一歩踏み込み、盾を突き出す。


 がん!


 という打撃音と共に衝撃が腕に加わる。だが、その衝撃はまともに盾受けしたときよりも軽い。

 それもそうだ、威力が乗り切る前に潰したんだから。


 私の盾の技術。防御の技能は基本的に、攻撃技能が大半だ。どこが防御技能なんだよと云いたくはなるが、それが守りにつながるんだから仕方がない。盾殴りは基本的に、相手がひるむからね。


 【防壁】:防御の基本。盾の防御力を上昇させる。二〇レベルごとに上昇。現在は最大のランク五で、四割上昇している。


 【強打】:通常より強烈な盾殴りを繰り出せる。


 【即応】:敵の強撃の際、時間の流れが遅くなる。(正確には、集中により遅くなっているようにみえる。交通事故とかの時、世界がスローモーションでみえるっていうのと一緒だと思う。)


 【致命打】:通常の盾殴りの威力が五倍。


 【いなし】:攻撃を弾き、大きな隙を作らせる。


 【機動防壁】:盾をしっかりと構えたまま通常移動が可能。


 【無力化】:【強打】時、相手の武装を一定確率で解除。


 【突撃】:盾を構えて突撃し、相手を吹き飛ばす。(防御技能なの? これ)


 主だった防御技能はこんなところ。他に【矢避盾】【属性盾】っていうのもあるけれど。


 意識して使うのは【強打】と【突撃】【いなし】くらい。他は勝手に発動する。おかげで、かなり防衛するのが楽だ。


 受け流しから迎撃に切り替え、ずんずんと間合いを詰めていく。さすがにバルキンさんの顔色が変わった。

 なにせ、プチ要塞が向かってくるのだ。しかも止められない。さすがにこんな可笑しなのを相手にしたことなんてないだろう。


 観客席も、さすがにこの異常さに気付く人が出て来たみたいだ。雰囲気が微妙に変わって来たのを感じる。


 というか、随分余裕があるな。防御に徹すると、ここまで周囲を見る余裕ができるのか。


 くそ、クラリスを相手にするとき、盾を持っておけばよかった。

 いや、認識が甘すぎたんだけれどさ。


 不意に世界が遅くなる。さっきの回転斬りの時に続いて二度目。


 振り下ろしの強打。


 チャンスだ! 狙っていたことができるかやってみよう。


 守りを解き、ひょいと左へ半歩避ける。


 大剣が私の右を掠める。


 そしてその上にぴょんと乗った。


 相手の剣の上に乗っかる。これをやってみたかったんだ。本当は中段ぐらいに振ったところに乗りたかったけれど、私にはそこまでの高さまで跳ねるのは無理だからね。そんな高さまで垂直跳びなんてできませんよ。


 バルキンさんが驚いたような顔をする。


 だがそれも一瞬だけの事。バルキンさんはあっさりと剣を手放すと、ぐるんとその場で回るように回し蹴りを繰り出してきた。


 って、剣が落ちて足場が!


 慌てて盾で受けるも、足場がしっかりとしていなければまともに受け止めることは無理だ。


 たたらを踏むように数歩退がる。


 その隙にバルキンさんは剣を拾い上げ、しっかりと間合いを取った。


 仕切り直しだ。


 我ながら馬鹿なことをやったなとは思うけれど、実はあの後、蹴りを入れようと思っていたんだよ。

 それにしても反応が早かったな。というか、剣をあっさり手放すとか、判断の思い切りが良すぎるよ。かなり実戦慣れをしているみたいだ。びっくりして動きを止めるなんて、殺してくれと云っているようなものだもの。即応できる時点で、その強さ、怖さがわかるというものだ。


 そして再び先ほどと同じような状況になる。バルキンさんの攻撃を盾殴りで迎撃しつつ、私は間合いを詰めていく。それを嫌がり、じわりじわりとバルキンさんが退く。


 このまま場外にできないかな? とか思ったけれど、さすがにそこはバルキンさんも分かっている。舞台の縁に追い込まれるような立ち回りはしない。


 それじゃ、もうちょっと踏み込もう。


 さらに半歩踏み込み、バルキンさんの攻撃を迎撃する。

 うん、この位置なら多分大丈夫。これまでも狙っていたけれど、攻撃の威力を殺しきれずにできなかったんだ。


 でもここまで踏み込めれば――


 がつん! と、これまでとは明らかに違う音が響き、バルキンさんの腕が跳ね上げられた。

 【いなし】。いや、とてもいなしている様にはみえないけれど。


 これにより、バルキンさんの胴はがら空きだ。

 さぁ、これでもくらえ!


 さらに一歩右足を踏み込み、ぐるんと腰を回転させながらしっかりと肘の角度を極めた右拳を撃ち込んだ。


 重装鎧の技能である【鋼拳】。装備した篭手の防御力が高ければ高いほど、拳の打撃力があがる技能。

 そしていま着ている鎧は、くっそ重い分、防御力が可笑しなレベルの代物だ。

 その威力は相当なものだ。


 ぐごん! という音と共にバルキンさんの体が浮き、左に少しズレた。


 慌てたようにバルキンさんが私から距離をとった。さすがに驚愕した顔をして私をみている。


 そりゃそうだ。バルキンさんも全身を鎧で覆っている。総重量は百キロくらいあるだろう。それを殴って無理矢理動かしたのだ。


「おいおい、お前さん、なんなんだよ」


 バルキンさんが問う。その声には困惑の色が見える。


「見ての通り、鎧をガッチガチに着込んだ小娘ですよ。

 さぁ、続けますよ。私は負ける気なんてありませんからね」

「お前みたいな小娘がいてたまるか!」


 バルキンさんが喚く。


 まぁ、気持ちはわからなくもないけれど、そんなものは知らん。


 私は盾を構え、突き進む。


 とはいえだ。このままだと決着までにとんでもなく時間が掛かりそうだ。このあとは予選もあるのだし、あまり時間も掛けたくない。迷惑になるもの。


 とはいえ、打撃で倒すのは無理そうだ。なにしろ、今日は魔法の装備による補助は一切ない。身に付けている魔法の装備といったら、ララー姉様からもらった、変装用のペンダントだけだ。しかもこれ、どう鑑定しても魔法の物品と認められない特別仕様だ。


 拳の打撃力上昇の手袋でも篭手の下に装備していれば、技能もあわせてかなりの威力になっただろうけれど。

 いや、組合での模擬戦で、異様な威力をたたき出してたからね。鎧の上からたたいたのに悶絶するとか。


 魔法無しの決闘ということだから、魔法関連の代物は一切身に付けていないのだ。それに加えて、魔法も一切使っていない。


 理由はある。難癖をつけられた時に、しっかりと反論するためだ。瑕疵ひとつなければ、云いがかりを付けた方に非ができるからね。


 あの侯爵の事だ。どうせ私が勝ったらどーのこーのと難癖をつけるに違いない。

 あの手の輩はよく見て来たんだ。学校の教師がそうだった。


 さて、それよりも一番の問題は目の前のバルキンさん。


 どうやって勝とう?


 ……ん? 勝つ?


 あぁ、そうか、倒す必要はないんだね。勝てばいいんだ。云い換えれば、負けを認めさせればいいんだよ。


 よし、やることは決まった。


 口元に笑みが浮かぶ。


 バルキンさんの間合いに入る。


 再び攻撃が始まる。攻撃の起点。そこは隙のひとつ。でも、距離的にそれを突くことはまず不可能な隙。


 でも、こういう行動だとその隙は十分ありがたい。


 バルキンさんが剣を振り上げると同時に、私は一気に足に力を込めて【突撃】した!


 一気に間合いを潰され、バルキンさんの引き攣る顔が見える。

 激突する瞬間、盾を下からかち上げるように突き出す。


 これまで剣を迎撃してきた盾殴りが、はじめてバルキンさんの体に直撃し、さらに私本体が追撃する。


 勢いをつけた二百キロ近い代物が激突したのだ。それも、盾殴りで体をわずかに浮かされた状態で。


 バルキンさんが、まるで交通事故にでもあったかのように飛ばされ、仰向けに転倒した。


 私はそれを追い、一気に詰めるとジャンプする。


 そう、踏みつけだ。


 【羽根歩き】の為、私の踏みつけに威力は一切ない。だが、そんなこと、バルキンさんは知る由もない。


 あからさまに顔色を変えたバルキンさんは体を反転させ、私の踏みつけから逃れた。


 うん。逃げるにはこれしかない。でも、これで詰み。


 私はひょいと俯せになったバルキンさんの背中に乗った。


 【羽根歩き】の効果のため、私は圧力をかけることは一切ない。バルキンさんも、私に乗っかられているとは思っていないだろう。


 だが、あくまでも【羽根歩き】は感圧盤を反応させない、足元に圧力を掛けない技能であって、重量をゼロにするものではない。


 つまり、現状はどうなっているのかというと、バルキンさんの背中を抑える、重量二百キロ近いつっかえ棒があるようなものなのだ。


 どんなひとでも、この状態から起き上がるのは無理だろう。なにしろ、力を入れられないと思う。鎧で、若干ながらも動きに制限もあるだろうし。


「くっ、どうなってる?」

「あ、私が乗っかっています。羽根みたいに軽いでしょう? でも動けませんよ」


 もがくバルキンさんに、私はのほほんと答えた。


「負け、認めませんか?」

「ぐ……」

「この場から、あなたの頭を気絶するまで延々と殴り続けることもできますよ。ただ私は素手なので、すごい時間が掛かると思います」


 ……なかなか酷い宣言だな、コレ。


 あ、なんか観客席がざわめきだした。


 あぁ、そうだ、ここの会話って、観客席にも聞こえるんだっけね。


「……審判、決着だ」


 バルキンさんがホンザさんを呼ぶ。


「俺の負けだ。これじゃどうにもならん」


 バルキンさんが負けを認めた。それを受け、ホンザさんが旗を振り上げ、決闘の終了を着ける。




「決着! 勝者、キッカ・ミヤマ殿!」



 ホンザさんの宣言が、会場中に響き渡った。




誤字報告ありがとうございます。

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