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141 盾は立派な武器ですよ


 ジェシカさんの後をついて、テクテクと薄暗い通路を歩いていく。


 うーむ。やっぱりランプの明かりだと、このくらいが限界なのかもね。控室もそうだったけれどさ。


 付術で電灯まがいのものが作れないかな? と思って、以前やってみたんだよ。

 結果、できませんでした。


 付術したアイテムって、基本的に人が装備しないと効果を発揮しないみたいなんだよね。鎧の類なら着る。武器の類なら、柄を握る。みたいに。


 まぁ、そうじゃないと危なくてしょうがないか。インベントリには放り込まれていなかったユニークの鎧に、常時【霊気】系の魔法が発動しているものがあるんだけれど、あれ、装備していない時も常に効果が出ていたら、持ち運びする度にダメージを受けるしね。


 なお、装備した状態で街中に行こうものなら、大変な事になること請け合いだと思う。いや、私はこの装備、取らなかったからね。実際どうなるかは知らないんだよ。


 ……同行者にもダメージが入るから注意、って話は聞いたことがあるから、多分、街中でも普通にNPCにダメ与えて、街中が敵になると思う。

 四作目なら『スタァァァップ!』という掛け声(?)と共にガードがどこからともなく突撃して来て、あえなく殺されるんだけれどね。


 それにしても、冗談じゃなしに灯りは欲しいな。現代に生きていた私としては、この薄暗さはどうにも馴染めないよ。

 普段は魔法を使いまくっているけれど、さすがにいま使うのもねぇ。無意味に目立っても仕方ないし。


 なんとか魔法の装備ではなく、魔法の物品をつくることができないかな? 今度アレカンドラ様に相談してみよう。作る方法があったらめっけもんだし。


 緩やかなカーブを描く通路を歩くこと暫し、正面に明るい光の差し込んでくる出入り口がみえた。


 ……うわぁ。


 暗い屋内から、明るさに目をそばめながら競技場内へと進む。競技場の形式は、いわゆる円形闘技場というやつだ。開祭式が行われた場所だ。


 武闘大会は競技場全体を使って行うと、さすがに広すぎるために、中央に舞台が設えてある。

 なんでも、延々と逃げ回って、対戦相手をスタミナ切れにする戦い方をする者がいたらしく、その対策のためにこうした舞台が設えられることになったらしい。しかもそれがどこぞの貴族に関係ある者であったため、戦意無しとして失格にしたところ、クレームの嵐で酷く面倒だったのだとか。


 ……いや、衆人環視の下で、さらには王族の方々もみていたというのに、クレームをつけまくる度胸は大したものだと思うよ。スタミナ切れを狙うのも、まぁ、戦略なのだろうけれどさ。

 でもね。武闘大会は一対一で剣を合わせるのが前提なのだし、なにより逃亡したところで追われなかったら、結局はただのお見合いとなってしまうわけで。逃げる方は失格にされても仕方がないと思うの。


 まぁ、そんな経緯があって、こうした舞台が用意されるようになったわけだ。


 高さは膝丈よりちょっと高いくらいで、見たところ、だいたい直径が二〇メートルくらいの円形の舞台だ。一辺が七〇センチくらいの切り出した石を並べて作ってあるようだ。


 この舞台から落ちたら負け。逃げ回るには、微妙に狭いといえるかな?


 この程度の高さなら、さしたる怪我は……あぁ、いや、私はヤバいな。鎧の重量が重量だもの、頭から落ちたら、たぶん首が逝く。


 うん。落下には気を付けよう。加護やらなんやらのおかげで死にはしないだろうけれど、一時的にでも全身麻痺状態になるのはいやだからね。


「ではキッカ様、私はここに控えておりますので」


 舞台にあがる階段のところで、ジェシカさんが一礼する。


「ありがとうございます。それじゃ、ちょっと頑張ってきますね」


 私もジェシカさんに一礼し、舞台へと上がった。


 舞台の上には、審判役の審神教のおじさんがひとり立っていた。


 あれ? 見覚えがあるな。えーっと、どこかで会ったっけ?


 よろしくお願いしますと、挨拶をしつつ、自分の記憶をひっくり返す。


 あぁっ! 思い出した。軍犬隊の皆さんがクズ兵士共を捕らえた時に、教皇猊下のそばに控えていた神官さん。階位は知らないけど。

 えーっと、確か、ホンザさん。


「その節はお世話になりました。ホンザさん」

「おぉ、神子様に名前を憶えて戴けているとは、恐悦にございます」


 そんな大げさな。


 ……いや、違うな。多分、これが教会での私に対するデフォルトだ。

 そんなふうに敬われたりすると、非常に居たたまれない気持ちになるんですけど……。


 でもそんなことは云えない雰囲気なんだよね。なんだか取り返しのつかないことになりそうな気がして。

 まぁ、現状、私が恐縮するだけで、さしたる問題はないけれど。


 さて、ご挨拶も済ませたし、開始位置で待機しよう。

 丁寧にラインが引いてあるしね。あれだ、お相撲の土俵中央にあるヤツみたいだ。


 相手を待つ間、周囲をざっと見回す。観客席は人でいっぱいだ。まだ早い時間だというのに、満員だよ。


 ちなみに、現在の時刻は朝の八時前くらい。無理矢理予選の前に捩じ込んだから、こんな時間だ。

 武闘大会のスケジュールは、今日の予選。一日あけて二十五日が本選。さらに一日開けて二十七日に準決勝と決勝が行われる。一日おきなのは、選手の休養もあるけれど、賭け関連の準備もあるみたいだ。


 うん。しっかりと賭けは行われているみたいだよ。ブックメーカーは王家、というか、国が行っている。


 だけどこれ、こんな早くから観客が集まっているってことは、誰に掛けるかを決めるためでもあるんだろうな。張り出された予選通過者の名前だけじゃ、強さとか分からないものね。だからしっかりと予選を見て、誰に掛けるか吟味するのだろう。


 賭けか。ちょっとやってみたかったな。お兄ちゃんは「俺には博才がないから、賭け事はやらんよ」といっていたけれど。

 そういや修学旅行の自由行動で、友人と廻った先々の仏閣でおみくじを引いたところ、凶率百パーセントという記録を打ち立てて帰ってきたっけ。


 いや、おみくじは博打ではないけれどさ。


 あぁ、そういや、当たってたと云えば当たってたんだな。翌年にお父さん、倒れちゃったんだし。


 ……。


 私は慌ててプルプルと頭を振った。ちょっと兜がズレた。


 ズレた兜の位置を直しつつ、私はおおきく深呼吸をひとつ。


 悪いことは思い出すものじゃないよ。病気のことは仕方ないことだし。


 沈んだ気持ちを切り替えようとしていると、大剣を背負い、オープンタイプの兜を抱えた背の高い騎士が舞台に上がって来た。


 赤毛の青年。……中年? 年の頃は三十路に差し掛かったあたりに見える。


 あれがバルキンさんね。


 なんだろう。普通に格好いいぞ。こう、名前のイメージからして、もっと無骨と云うか、横に大柄な感じだろうと勝手に思っていたんだけれど。


 長身でがっちりとした体格、だと思う。くすんで鉛色になった鎧が、いかにも歴戦の勇士感を漂わせている。

 いわゆる上半身太りのガチムチな雰囲気のひとだ。容姿は十人並みだけれど、妙な魅力がある。


 うん。私の見立てだと、普通に立派な人物だぞ、この人。なんであんな無礼な選民意識に凝り固まったカスに仕えてるんだろ?


 ……あぁ、いや、いまはバインドラー公爵家に仕えているんだっけ。しょっぱい嫌がらせばっかりしている器の小さな人間みたいだし、仕える場所を間違えているんじゃないかな?


 彼は私を見るなり、あからさまに眉根を寄せた。


「あんたが相手か?」


 おや。騎士なのに口が悪い? あぁ、いや、下級騎士ならそんなもんか。爵位持ちじゃないし。


 ちなみに――


 下級騎士:試験を通れば、誰でもなれる。功績をあげれば上級騎士にもなれる。

 上級騎士:いわゆる騎士爵。一代限りの爵位を持つ騎士。もちろん優秀。


 と、騎士はこんな感じになっている。


「はい。私が決闘の相手ですよ、バルキンさん」


 私が答えると、今度は困惑したような表情を浮かべた。


「え、女? いや、聞いてはいたが……代理――」

「あ、当人ですよ。こんなちんちくりんですが、ちゃんと成人していますので、ご心配なく」

「……」


 バルキンさんが考えあぐねるように私をみつめる。


「……武器はどうした?」

「?」


 私は首を傾いだ。


「いや、なにいってんだお前って感じで、首を傾げるな。武器だよ、武器。これからやるのは決闘だぞ」

「はい。分かっていますよ」

「で、武器は?」

「? 持っていますけど。見えませんか?」

「……盾しか見えんぞ」

「なんだ、見えてるじゃないですか」

「……」


 バルキンさんは暫し私を見つめたかと思うと、やおら額に手を当て俯いた。


「いや、盾は武器じゃないだろう」

「何をいっているんですか。盾は立派な武器ですよ」


 よし、ここはきちんと説明をするとしましょう。


「いいですか。武器というものは、基本、手に持って使うものです。剣然り、斧然り、槍然り。そして盾も手に持って使うものです。ほら、武器じゃないですか」

「いや、その理屈はおかしい」

「なにか問題でも?」

「盾は攻撃を受け止めるものだろう」

「なにを云っているんですか。盾は相手を殴りつけるものですよ」


 ざわっ。


 あれ? なにやら観客席の方から笑い声がそこかしこから。


 私がキョロキョロとしていると、ホンザさんが苦笑いを浮かべていた。


「ホンザさん?」

「キッカ様。さきほど拡声の魔道具を起動しましたので、ここでの会話は観客席にも届いております」


 なんですと!?


 慌てて私は今一度観客席を見渡した。


 ……なるほど。事実のようだ。


 まぁ、いいや。私の云っていることに間違いはないからね。


「えーと。そう云うわけです。バルキンさん、納得できましたか?」

「できるかぁっ! いや、なにかちゃんとした武器を持てよ」

「私、現状、弓使いなんですよ」


 あ、バルキンさん、絶句した。


「剣も使えなくもないですが、まだそこらの見習レベルです。正直、護身術として拳法の修行をしているので、私は素手のが強いです。まぁ、剣を使うよりマシってだけですけど。

 なので、私に武器を持たせることを強要することは、私に不利な条件(ハンディキャップ)を強要することになりますが。

 というかですね。武器を持ってもいいですけど、開始の合図と同時に投げ捨てますよ」

「いや、なんでそんなんで代理を立てなかったんだよ」

「侮辱されたのは私ですよ。代理に相手を殴らせるのは、なにか違うでしょう。ナランホ侯爵は恥知らずにも、武闘大会優勝経験者を代理として私にぶつけてきたわけですが」


 お、観客席が静まり返った。


「いまからでも代理を立てる気は?」

「ありませんよ。ジェシカさんが立候補してくださいましたが、他人の手を煩わせるつもりはありません。

 バルキンさんも、武器を持っていない相手を殴れないとか、子供じみたことを云っていないで、さっさと決闘を了承してください」

「そうか。そこまで覚悟しているんなら、こっちも武器がなかろうと、全力でやらせて貰うぞ」

「あれ?」


 私はまたも首を傾いだ。


「いや、あれ? ってなんだよ」

「いや、ここは煽られて怒る場面では?」


 私が問うと、バルキンさんは肩を竦めた。


「そうはいっても、そんなちんまいのに煽られたところでなぁ。微笑ましいとしか思えんわ。悪意がまったくないし」

「なんてこった」

「いや、なんてこったじゃなくてな……なんだ、調子が狂うな」

「ホンザさん、開始の合図をおねがいします」


 私はそういって、開始線の位置に移動する。バルキンさんも、抱えていた兜を被ると、開始線の位置に立った。


 それを確認し、ホンザさんが決闘の上での注意事項を説明する。


 要は、勝敗の判定だ。敗北を表明する。気絶する。舞台から落ちる。これが敗北条件。また、相手を殺してしまった場合も敗北となる。

 そして説明の後に、武器の確認。刃引きをしてあるか否かの確認だけれど、正直、あまり意味はないと思う。


 いや、こっちの刀剣って、叩き切る武器であって、斬る武器ではないからね。刃の部分を指先でつーってやっても、すぱんと切れたりしないし。

 いや、斬れなくもないけれど、切れ味はそこまでって感じだからね。

 継戦能力重視ですよ。それでも、折れるときはあっさり折れるのが剣だけど。


 一応、私も盾を確認してもらったよ。ホンザさん、苦笑いしていたけれど。


 武器の確認も終わり、さぁ、決闘だ。


 バルキンさんは大剣を両手で持ち、下段に構えている。剣先は舞台に振れるか触れないかの位置で、微かにユラユラとしている。


 大剣使いは初めて見るな。うん、でっかい剣は迫力がすごいね。とはいえ、それだけに大味な攻撃になるのが大剣だ。

 バルキンさんの剣を振る回転力がどのくらいか、それは分からないけれど、大剣である以上、短期決戦と見た。


 いや、あれだけ重いものを振り回すとなると、体力の消耗も激しいからね。

 武器の継戦能力は高くとも、担い手の継戦能力は下がると思うのよ。


 長期戦に持ち込めば、無難に勝てるだろうとは思う。その為にはしっかりと盾で攻撃を受けきる必要はあるけれどね。


 でも、今回はそんな消極的戦法はとらないよ。せっかく盾は武器と宣言したんだもの。存分に盾で殴りますとも。


 ホンザさんが私たちの間に立つ。その手には、いつの間にか紫色の旗が握られていた。多分、行司の持つ軍配のようなものかな。


「では、此度の侮辱に対し、決闘という形で決着をつけることに合意と見てよろしいですね?」

「おう」

「はい」


 バルキンさんと私が合意の意思を示す。


「では、決闘、はじめ!」


 ホンザさんが旗を振り上げる。





 かくして、決闘がはじまった。




誤字報告ありがとうございます。

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