140 あそこに見ゆるは見知った顔
なんともむさ苦しいというか、男くさいと云うか、静かな熱気にあふれる空間が目の前に広がっていますよ。
おはようございます。キッカです。只今、競技場の西控室の隅っこにいます。いわゆる出番待ちですよ。
なにしろ今日の私は、武闘大会予選の前座ですからね!
……予選の前座というのが、なんとも悲しい響きではありますが。本選前座ならともかく、予選ですからねぇ。
さて、本日の私の装備は、あの不良品の鎧と北方刻印の盾。
鎧の方はそこかしこきちんと調整して、ぶかぶかという感じではなくなっています。以前、借りた時に簡単に調整はしたんだけれど、その時のままだったからそこまで大変じゃなかったよ。
あ、鎧って、ある程度ならサイズの融通が効くように造られているんだよ。
ただでさえ、ずんぐりしたこの鎧、私みたいなチビ助が着こんでいるものだから、まさに豆タンクみたいな感じになっていますよ。
重く、固く、無骨。それはまさに岩塊だった。みたいな?
いや、岩塊なのは、別ゲーの岩の騎士の鎧に似てるからさ、これ。
さてさて、この鎧を着ていろいろと試したところ、とんでもないことが判明しましたよ。
いや、鎧のことではなく、隠形の技能の方なんだけれどさ。
以前説明したことがあると思うけれど、隠形技能の【羽根歩き】。感圧式トラップを作動させないという技能。感圧板の上で飛び跳ねても作動しないという、ある意味訳の分からない技能。尚、この技能、落とし穴もナチュラルに回避します。というか、上に乗っても落ちません。
……そう、たとえ実際の重量が百キロを超えていても、踏んでいるものに圧力を一切掛けることがないのです。
歩行術でどうこうできる問題じゃないと思うんだけれど、どうなっているんだろう?
別に、軽くなっているわけではないから、私を押して動かそうとしても、百キロ以上の物体を動かそうとするのと一緒のまま。でも踏みつけとかしても威力は皆無という、訳の分からないことになっています。
うん。踏みつけ、出来ないんだよね。追撃で踏んづけるのは意味がないと、きちんと覚えておかないと。某宇宙最強のエンジニアみたいなことはできないと。
でも、倒れている相手の頭を思い切り踏みつけて遊ぶのもいいかもしれない。ダメージが無いから、驚かせるだけだという。脅迫するにはもってこい?
これとは別に、ちょっとやってみたいことがあるんだよね。出来るかどうかわからないけど、ちょっと狙ってみようと思っているよ。
なにをするのかって? それは内緒だ。できなかったらみっともないでしょ。
そして北方刻印の盾。かなりお気に入りのデザインの盾。大型のラウンドシールドの表面に、金属製のレリーフを張り付けたようなデザイン。大抵、盾に施されるレリーフ的な飾りって、盾の縁の内側に収まっているものだけれど、この盾のレリーフははみ出しているんだよね。むしろ、レリーフの部分が盾の本体で、ラウンドシールドの部分はその支え的な感じになっている盾だ。
そのせいで、受け流し方がちょっと変則的になるから、気を付けないといけない。尚、この盾で殴られるとかなり痛いハズだ。トゲトゲしているわけではないけれど、レリーフ部分がかなり角ばっているからね。
えぇ、この盾が本日のメインウェポンですよ。シールドバッシュをお見舞いするのです。
防御技能はカンスト突破(ゲームだとレベル百でカンストだったけれど、リアルだと上限がない模様)していますからね。
シールドマスタリーの威力を見せつけてやりますとも。
こっちの人達は、ほとんどシールドバッシュってしないみたいなんだよね。盾受けして剣で殴った方がいい、という考えのようで。
いや、実際、そうなんだけれどさ。
でも盾の技術は極めると面白いんだけれどね。なので”盾の別の正しい使い方”を前面に押し出す予定。
ふふふ。絶対に上手く行きますよ。
ん? その根拠のない自信はどこからくるのかと?
どこだかの誰だかが云っていたのですよ。
いきなり変なことをすれば、びっくりして引っ掛かるだろ、ってね。
さて、目の前では選手の皆さんがウォームアップしたり、瞑想? したりして、試合に向けて準備をしていますよ。
……ひとりふたり、全裸でウロウロしているのはなんなんですかね? ここには女性もいるのですよ。
いや、私以外にもいるんだよ。女性の大会出場者もいるからね。
まぁ、あっちでも、アスリートのドーピング検査とかのときは全裸なんて話も聞くけれどさ。いや、でも、さすがに男女別だよね。なんでこっちは平然と裸でウロウロしてるのさ。
こっちは性関連はかなり保守的だ。いや、全部が全部保守的というわけでもなさそうだから、結構アンバランスなのかな?
なんだろう、昔の性モラルって感じだよ。ほら、水着ひとつにしても、露出を抑えた物が普通だったんじゃなかったっけ? 二十世紀初頭とかそのへんだと。ビキニなんてもってのほか、みたいな。
こっちはそんな感じなんだよ。
あぁ、でもその割にはドレスは胸元を見せつけるようなデザインなんだよね。背中も見えるものが主流だし。
そんなどうでもいいことはさておいて。
目立つのは嫌なので、私は隅っこで屈んで隠形モード中。意外に見つからない。
ふふふ。落ち着く。
いや、隠形中だから見つかり難いのは当たり前なんだけれどね。でも、接触すればいるのがバレるわけだし。
なぜだか端の方に来る人がいないおかげで、私は非常に快適ですよ。
……まぁ、裸でウロウロしている御仁が視界に入らなければだけど。
それさえ我慢すれば、ここはいい修行環境ですよ。人が大勢いますからね。隠形の修行にはもってこいです。
しかも、例え見つかっても、咎められることはないという。
精神統一をしていたんだ、とでもいえば問題ありませんからね。
おかげで、隠形技能のレベルが結構な勢いで上がっているような気がするよ。
お呼びが掛かるまでまだ時間がありそうだ。
ぼんやりしながら控室内を眺める。
うん。あの御仁はいつまで裸なんだ? まさかあれで出場するわけじゃないよね? ……とりあえず、視界には入れないようにしよう。
お?
あそこに見ゆるは見知った顔。
うん。見つけちゃったからには挨拶をしておこう。
「うわぁっ!?」
……立ち上がったら、近くにいた人に悲鳴を上げられた。失敬な。
私がいた隅っこは、入り口右手の角。いや、私の出番は一番最初だからね。入り口近くの目立たないところで屈みこんでいたんだよ。
わずかにガシャガシャと鎧の音を立てて、目的の人物ふたりのもとへ。
「おはようございます」
「うぉぁっ!? び、びっくりした」
「アンヘル、驚き過ぎだ。おはようさん。つか、誰だ?」
フレディさんが私を見ながら、左目だけをそばめた。
よし。赤毛のお兄さんの名前はアンヘルさんね。覚えたよ。ずっと聞きそびれていたからね。フレディさん、グッジョブ。
「わたしですよ。お久しぶりです」
面頬を上げて、ふたりに顔を見せた。
「嬢ちゃん!?」
「キッカちゃん?」
「はい。私ですよ。お元気そうでなによりです。えーと、シメオンさんは見当たらないですけど……」
ふたりの周囲に視線を巡らせる。が、シメオンさんの姿がない。あの白髪は結構目立つから、いればわかったはずだ。
「あぁ、シメオンは客席だ」
「さすがに弓使いが武闘大会に出るのは無茶だからな」
あぁ、それもそうか。競技舞台がどの程度の広さかは分からないけれど、弓使いが活躍できるほど広くはないはずだ。
なんか、漫画とかだと、弓使いが近接で矢を放って普通に戦ってたりするけど、実際、無理だからね。
矢を数本同時に射ることのできる人も実際いるけど、そういう人はもう変態と呼ぶべきレベルだから。
「あぁ、そうだ。キッカちゃん、シメオンが訊きたいことがあるって云ってたぞ」
「訊きたいことですか? なんでしょう?」
アンヘルさんの言葉に、私は首を傾いだ。
「シメオン、キッカちゃんから弓を買っただろう。あの弓の握りの上の部分についている金具。輪っかになってるやつな。アレの用途がわからんらしい」
あぁ、あれか。そりゃ、あんなもん、普通の弓にはついていないよね。
「あれは壜をセットするホルダーですよ」
「壜?」
「はい。壜です。毒ですよ、毒。あそこにセットして、矢を番えた時に鏃に毒を塗布するんですよ」
そう説明すると、アンヘルさんとフレディさんは顔を見合わせた。
「指に掛からないか?」
「慣れれば大丈夫ですけれど。慣れるまでは手袋なりをすればいいんじゃないですかね。私が使っている毒なら、体内に入らない限り問題ないので、掛かったところで問題ないですけど」
「え、キッカちゃん、毒も扱ってるの?」
「組合に卸そうとしたら、危険すぎるということで、販売は見合わせましたけれど」
「いや、なにをやってるんだよ」
フレディさんが呆れたように私を見つめた。
「狩猟には便利なんですけどね。効果時間がわずか数秒の麻痺毒なんですけど」
「は? 数秒? そんなんで使えるのか?」
アンヘルさんが目を瞬いた。
「使えますよ。錬金薬の毒ですから、魔法と一緒なんですよ。矢が刺さると、即座に彫像みたいに全身が硬直して転倒します。たかだか数秒でも、麻痺が解けてから起き上がるまでの時間を考えると、すごい便利ですよ。
特に、大物を仕留めるのが簡単になります」
「あぁ、確かに。……その毒、連続して効いたりする?」
「効きますよ。一射目で足止め、距離を詰めて二射目で倒れているところをみんなで叩くとかできますよ」
「えげつねーな!」
フレディさんが驚いたように目を見開いた。
「……なるほど、確かにそれは危険物だわ。人間にも効くんだろう?」
私は目を逸らした。
「こら、こっちを見ろ」
「あはは……。まぁ、そういうわけで、販売を見合わせました。まぁ、私も、錬金術の訓練に作っていただけなんで、その際に出来た物だけを卸そうと思っていたんですけれどね」
「普通、毒っていうのはじわじわ効くのが殆どだろうに。即効の代物は、大抵は即死毒だぞ。麻痺の即効毒なんて、使い勝手が良すぎて危な過ぎるわ」
呆れたかのように、アンヘルさんが肩を竦めた。
「要りようなら用意しますよ。あ、鈍速化の毒とかありますよ。動きが一定時間のろくなる毒ですよ。足の速い獲物とかを追っかけるのに便利です」
「ダンジョンで使えるかねぇ……。一応、シメオンには云っておくよ」
「でだ、お前さん、ここにいるってことは、武闘大会にでるんだろう? そういう性格には思えなかったが」
フレディさんが訊いてきた。
「私は大会参加者ではありませんよ。なんというか、いろいろと事情がありまして、今日の予選大会の前座をやることになりました」
「「は?」」
アンヘルさんとフレディさんが目を瞬いた。
「いやいやいや、本選ならともかく、予選の前座ってなんだよ」
「それ以前に、なんでキッカちゃんが前座なんかやるんだ?」
お、おぉぅ。掴みかからん勢いだよ。
「あはは。本来なら喧――」
「失礼します。キッカ様はどちらに――あ、キッカ様。お時間です。お迎えにあがりました」
入り口から入って来た、鎧に身を包んだ女性。その鎧は軍犬隊の隊員であることの証であるもの。
うん。ジェシカさんだ。もしかしたら、土壇場で私が代理を立てることもできるようにと、教会が配慮したのかな。武闘大会は勇神教のひとたちが中心になって運営しているみたいだし。
……何人かは私のことを聞いていたのか、あの髭のことに関して謝罪されたよ。なんだか申し訳なく思ったよ。
本当、害悪だったな、あの髭。
「ジェシカさん、お疲れ様です。よろしくお願いします」
「予定では会場までの案内だけですが、いつでも代理に立つ準備はできています」
あはは。やっぱりだ。
……これ、ナランホ侯爵、本当に教会から嫌われたみたいだね。まぁ、教皇猊下が宣言しちゃったしねぇ。
「さっき云ってた前座ってやつか?」
「いや、キッカちゃん、なにをやるのさ。魔法のデモンストレーションでもやるのかい?」
問うアンヘルさんとフレディさんに、私はにやりとした笑みをしてみせた。
いわゆる不敵な笑いというやつだ。
「それじゃ、ちょっと決闘してきます」
私のことばに驚くアンヘルさんとフレディさんを残し、私は控室を後にしたのです。
誤字報告ありがとうございます。