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14 細工は流々


 ぼけーっと、お店が開くのを待っているのも暇だし、近くを散策でもしよう。時間的には朝の七時くらいかな?

 荷物の整理を終えた私は鞄を背負うと、気の向くままに歩くことにした。

 あからさまに危なそうなところとか、裏路地とかに入り込まなければ大丈夫だよね。


 そんなことを考えていると、広場に馬の隊列が入ってきた。

 先頭に一頭。そのすぐ後を二頭並んで縦隊で進んでくる。後方に馬車が見えるけど、あれは荷馬車だね。

 あれ? ほぼ中央で馬に乗ってるのって王子……王太子だよね?

 あぁ、厩に馬がいなかった理由はこれか。


「おぉ、サヴィーノ様のお帰りじゃ」

「あれ? おじいちゃん、なにか知ってるの?」


 すぐ近くにいた、朝のお散歩をしていたらしいお年寄りに訊ねてみた。

 ……お年寄りの言葉を『~じゃ』で翻訳するのは日本人の性なのかな。いや、実際こういう口調で話すお年寄りなんて、私は知らないけどさ。

 いつもながら私の頭はどうなってるんだろ?


「なんじゃ、嬢ちゃん。知らんかったのか? 王都近くにゾンビが何体も出てな、サヴィーノ様が退治に向かわれたんじゃ!」

「ゾンビ退治って、そんな王太子様自ら出陣するものなの?」


 いや、王太子が出ちゃダメでしょ。


「ゾンビじゃからな。ほれ、サヴィーノ様が佩いでるあの剣。あれこそが聖剣キリエじゃ。アンデッドの化け物は普通の武器では殺せんからの。それに聖剣は使い手を選びよる。今はサヴィーノ様しか振るえんのじゃよ」

「ふぅん。それじゃ、アンデッドモンスターの騒ぎがあるたびに王太子様が駆り出されるのか。大変だねぇ」

「聖剣なり魔剣なり増えればいいんじゃが、ダンジョンから見つかるのも稀じゃからのぅ」


 ここでダンジョンか。

 あぁ、魔法はほぼまったく発展してないんだったっけね。

 となると、魔法付与した剣とか売ると面倒なことになるかな?

 ぬぅ、鍛冶の修行が面倒なことになりそう。

 ん?

 あっちの路地にいるのって……。


 路地に見えた人影。気になって【道標(ロケーター)】を使って確認する。すると白い煙のラインは、まっすぐその路地に向かって伸びていく。


 あぁ、やっぱりだよ。あのメイドの子、あんなところでなにしてるのよ!

 ~っ……あぁ、もう、世話の焼ける。


「おじいちゃん、教えてくれてありがとうね」


 私はお礼をいうと、路地へと向かう。

 丁度最後尾だった馬車が通過した後、広場を抜けその路地へと入る。そこでは夕べ助けたメイドがいまにも泣き出しそうな顔でオロオロとしていた。

 エプロンドレスは血塗れ。首回りも血塗れ。とんでもなく目立つ状態だ。

 ……いや、ほんと、何してるのよ。というか不用心過ぎ。


「おはよう」

「ひゃあ!」


 挨拶しただけなのに、なぜ跳び上がる。


「あ、あなたは……」

「こんなところで何してるの? 保護してもらえって云ったでしょう?」

「あぅぅ。その、どんな顔をして帰ればいいのかと……」


 えぇ……そんなに立場ないの? そこそこの家のお嬢さんの筈だよね? 王城付きのメイドなんだから。守秘義務だのなんだのあるだろうから、信用第一の筈だろうし。それとも、そういうのは関係ないのかな?

 いや、それよりもとっとと進めよう。


「どの面もなにも、その血塗れの恰好で十分でしょ。私も一緒に行ってあげるから案内しなさい。あ、その前にこれ着て頂戴。さすがに目立つから」


 インベントリからローブを出す。

 ……いきなり出てきたローブに目をぱちくりとさせてるな。

 えぇい、埒があかん。ローブを無理矢理着せ、フードを被らせる。


「さぁ、行くよ。案内して」

「あぁ、押さないでくださいよ」


 彼女の背中を押して路地から出る。

 せっつかせるようで申し訳ないけど、あんまり時間を掛けたくないのよ。買い物をしたら、そのままこの街を出るつもりなんだから。

 仕込んだ悪戯が発動しだしたら、面倒なことになりそうなんだから。ただでさえ怪文書を撒いてきたんだし。

 あぁ、もう面倒臭い。


「あなた、名前は?」


 まずは情報収集。


「ヴィ、ヴィオレッタです」

「お(いえ)の名は?」

「バレルトリ辺境伯です」


 は?


 辺境伯って、国境周辺の防衛を担ってる方のことよね。要は軍事関連ではかなりの偉い人の筈だ、よ、ね? 確か。

 いやいやいや、なんでそんなところのお嬢さんが、こんなに気弱なのよ。

 王城でメイドってことだから、三女とか四女で、酷い云い方をすれば使い道にあぶれた貴族のお姫様ってことだろうけどさ。

 とはいえ、それが分れば十分だ。バレルトリ辺境伯の別邸へと【道標】さんに案内してもらいましょう。




「なんで知ってるんですか?」


 応接室に案内されるなり、不思議そうな顔でヴィオレッタが訊いてきた。その目はお約束のように半開き、いわゆるジト目だ。こうして落ち着いて見ると、色白で淡い赤毛の可愛らしい子だ。きっと周囲の視線を引き付けるに違いあるまい。普通にしてても目立つだろうけど、今はメイド服はもちろん、首回りも血塗れのままだし、顎まで血がついてるから、なおさらだ。


 ん? 拭かなかったのかって?

 いや、この方が話が早く進むと思ってさ。


 実際、別邸に到着した途端、門を護っていた守衛? さんが、ヴィオレッタを見て、さらに血塗れなのが分って、慌てて彼女と私を連れ立って屋敷内に入れたからね。

 あ、バレルトリ辺境伯は丁度ここ王都に来ていたようだ。来たばかりなら、王様へ挨拶に行くのかな? だとしたら楽しいことになりそうなんだけど。


 隣に座っているヴィオレッタが私の袖を掴んでこっちをじっと見ている。

 さっきの質問の答えを待っているようだ。

 まぁ、案内しろといったのに、私が手を引いてここまできたからねぇ。


「あなたの傷を治したのはだぁれ?」


 とりあえずそう答えておいた。

 あ、首に手を当てて……ちょ、待って、待って、その目は何?

 なにかキラキラしてるって表現がぴったりしそうなんだけど?

 あれぇ?


 いや、それ以前になんでここまで来ちゃったかな私。送ってとっとと帰るつもりだったんだけどな。

 まぁ、ヴィオレッタの手を振り払えなかったのが運の尽きってことか。

 ……一応、辺境伯にも云っておかないとダメかもしれないしね。お城に帰されたら、冗談じゃなしにアレに殺されかねないだろうし。


 そんなことを考えていると、荒々しくドアが開かれ、黒で統一された立派な服装の中年男性が入ってきた。赤毛に灰色の目、体つきはがっちりとしている。さっき見たバウンサーのおじさん程じゃないけれど。

 多分この人が辺境伯だ。あ、後ろで執事さんが頭を下げてる。どういうこと?

 と、座ったままじゃダメだ。

 私とヴィオレッタは慌てて立ち上がった。


「ヴィオレッタ、なぜ連絡もなしに戻って……その血はいったいなんだ? なにがあった!? それにそれは誰だ!?」


 あー、執事さんが説明する前に、辺境伯がここに突撃しちゃったのね。だから謝ってたのか。


「お父様、こちらは私の命の恩人です。この方が……この方が……」


 そこまで云ったところで、ヴィオレッタが胸元で両手を握り締め、ガタガタを震えだした。

 あちゃあ、昨夜のことを思い出しちゃったかな? うん。これ、私がここまで来てよかったみたいだ。

 さて、とにかく説明だ。


「お初にお目に掛かります、辺境伯。ご令嬢はいまだ混乱している様なので、代わって私が状況のみ説明いたします。

 まず、約二十日ほど前、国王陛下が南方へと侵攻するための準備にあたり、枢機卿と結託し、異世界より戦力として三人の異世界人を召喚しております。

 ひとりは女性を殴り殺すことに快感を覚えている男。

 ひとりは多数の女性を強姦し、焼き殺してきた男。

 ひとりはなんのとりえもないただの町娘。

 無能と判断した町娘を地下牢へと幽閉し、素晴らしい能力を持っていた殺人鬼ふたりを英雄として迎えています。

 そしてご令嬢は昨晩、そのひとりである強姦魔に襲われ、抵抗した結果、喉を切り裂かれました。あぁ、ご安心ください。貞操は守られていますよ」


 うん。多分、間違ってない。貞操に関しても、さっき聞いて確認したし。


「ま、待て、それは……ヴィオ?」

「お父様、本当です。この方に助けてもらわねば、私は命を落としていました」


 お? お嬢様の口調がしっかりしたね。


「だが傷が……」

「傷はこの薬で治しました。服や首についている血は正真正銘、ご令嬢の流した血ですよ。

 あえて言わせていただきますが、私は彼女を殺させるために治したわけではありませんので。どうぞご理解を。彼女を王城に送り返さないよう願います。

 ところで辺境伯、本日はなんとしても国王陛下に一番に謁見することをお勧めしますよ」


 ポシェットから取り出したふりをして、インベントリから出した回復薬(上級)を側にいた執事さんに渡す。ちなみに、大きさは滋養強壮剤くらいの大きさの壜だ。あのストローで飲むちっさいヤツね。ゲームだとでかいフラスコだったんだけど。で、今回は簡単にあげちゃったけれど、究極ならともかく、上級程度なら私でもそのうち作れるからね。あげたところで問題ない。問題ない。


 折角だから、辺境伯も巻き込んでしまおう。王家には信用を落としてもらいますよ。


「その際、その回復薬を持っていくことをお忘れなく。恐らくはその場で役に立つはずです。その効果はその時目の当たりにすることになるでしょう」


 上手く行けばだけどね。上手く行くかな? 上手く行くといいなぁ。


 辺境伯が射るようにこっちを見てる。うぅ、さすがに迫力が凄いな。怖くて腰が抜けそうだよ。


「話はわかった。だが、私は顔も見せぬ者の話などを、鵜呑みにするほどお人好しではないぞ」


 ですよねー。胡散臭いことこの上ないもん。でも顔は見せたくないんだよ。絶対に面倒なことになりそうだもの。だからやるのは逃げの一手だ。


「申し訳ございません。無礼とは存じますが、少々事情がございまして、顔を見せる――ん?」


 ふいと辺境伯から視線をそらし、窓の向こうへと目を向けた。

 それにつられ、辺境伯をはじめ、ヴィオレッタ、執事さんと、私の視線を追って窓に目を向ける。

 よし、よそ見に引っ掛かった! 【透明変化】!


 すぐさま準備していた魔法で姿を消す。

 この隙に扉のそばへ移動しましょ。


「いったいどうし――な、いない!??」

「え……あれ……?」


 よし、上手く行った。みんなキョロキョロしてる。あとは誰か扉を開けてくれないかな? 私が開けると魔法が解けちゃうからなー。

 トントントン。


「失礼いたします」


 お、開いた。

 あ……。

 入って来たのは、お茶とお茶菓子をトレイに載せたメイドさん。

 くっ、お菓子が……。ま、まぁ、食べる機会はこれからいくらでもあるさ。


 くそぅ。


 メイドさんと入れ替わるように、部屋から脱出。あとは堂々と玄関から出て、守衛さんに挨拶して門を出たらもう一度【透明変化】を掛けて、急いでさっきの広場まで行こう。

 そろそろお店も開いてる時間のはずだ。


 さて、辺境伯はどう動くだろ?

 このまま一番に謁見してくれると楽しいことになるだろうからね。


 ふふ。『細工は流々、仕上げを御覧じろ』ってね。



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