139 分かりました。証拠をお見せします
※レビューをいただいました。ありがとうございます。
「キッカお姉様、お説教です」
「……えぇ」
侯爵邸へと帰り着くなり、腕を掴まれて私の借りている部屋へと、私はリスリお嬢様に引き込まれた。
そして宣うはいまのセリフ。そのリスリお嬢様の背後で、リリアナさんが妙に優し気な視線を私に向けてきます。
頑張ってくださいと訴えているように思えます。
なんだろう。夕べと同じシチュエーションになってきましたよ。
「お姉様、そこにお座りください」
リスリお嬢様に云われるままに、私は床に正座をした。
「え? ちょっ、お姉様? なんで床に座るのですか!?」
「正座ですから」
まるでトレースでもしたかのように、昨晩のルナ姉様とのやり取りを一通りした後、お説教がはじまった。
えぇ、もちろん、私は椅子の上に正座をしていますよ。
リスリお嬢様とリリアナさんが、非常に戸惑った表情をしていましたけれど、気にしてはいけません。
さて、お説教の内容はというと。なぜトイレに行っただけなのに、決闘騒ぎになっているのかということ。
どうにも王宮でした説明だけでは納得がいかないようです。
「王宮で話した通りなんですが」
「それならイリアルテ家に話を預ければよいだけの事ではないですか。イリアルテ家が侮辱されたのですから」
「そうしようにも、連れ去られそうだったんですよねぇ」
そういうと、リスリお嬢様が表情を強張らせた。そしてなぜだかオロオロとし始める。
……あれ?
「リスリ様? どうしました?」
「いえ、その……キッカお姉様は大丈夫なのですか?」
「?」
私は首を傾いだ。
「誘拐されそうになったということでしょう?」
意を決したように云った言葉に、私は合点がいった。
「あぁ、そういうことですか。それなら大丈夫ですよ。私にとってはよくあったことですから。誑かされて攫われかけたのが一回。強引に攫われかけたのが……何回だったかな。それと、気が付いたら攫われてたのが一回。
未遂を合わせると、それなりにあるんですよ」
いや、そんな珍しいものでも見るような目で見ないでくださいよ、ふたり共。
強引に攫われかけたのが未遂に終わったのは、父と兄のおかげ。足の障害の関係で、私は基本的に学校へは送り迎えをしてもらっていたんだよ。
だから、攫うチャンスといったら、私が迎えを校門のところで待ってる時くらいだからね。迎えの時間が遅れる時なんかは、人気がまばらな時間になるからね。そういう時に狙われたんだよ。
まぁ、時間に合わせて私は校舎から出るから、攫われることはなかったけれどね。ちょっともめたことはあったけれど。
まったく。どこにでも物好きなストーカーじみた輩はいるのですよ。
「どれだけ波乱に満ちた人生を送っているんですか」
「こっちに来てからの方が酷いですけれどねぇ」
いや、熊と戦ったりとかは、全部自分が悪いんだけどさ。あと蛙も。……兎は災難でしかなかったけど。
あ、兎と云えば、すっかり忘れかけてたジャッカロープだけど、あれはUMA扱いじゃなかったんだよね。今度、組合に売ってしまおう。いまだにインベントリに入ったまんまだよ。普通の兎と鹿ばっかり食べてたから、ディルガエアへと向かってた時には。
確か、インベントリに十羽くらいはいっていた筈。
と、そんなことはいまはどうでもいいんだ。
「とにかく、明日のことは大丈夫ですよ。心配ご無用です」
「その自信はどこから来るんですか!?」
「その、キッカ様? 先日のこともありますし、心配するなというのは無理というものです」
「先日?」
またも私は首を傾いだ。
「お姉様、黒マントに殺されかけたじゃないですか!」
「あぁっ!」
そんなことあったね。仕返しは済ませたから、もうすっかり記憶から抹消してたよ。
「リスリ様」
私は真面目腐った顔をしてリスリお嬢様を見つめた。
「な、なんですか? お姉様」
「私は忍び寄って不意打ちをするのは得意ですが、忍び寄られて不意打ちされるのは苦手なんです」
あれ? これだとなんだかニュアンスがおかしい?
「なにをいっているんですか!」
「大丈夫ですよ。正面切っての殴り合いなら、負けることはありませんから」
「ですからその自信はどこから出てくるんですか!」
「いや、さすがに格闘兎よりは弱いと思いますし。強くても熊ぐらいじゃないかと」
そう答えたら、なんだかリスリお嬢様は泣き出しそうな顔をした。
あれぇ!?
「あ、あの、キッカ様。その熊を基準にだしたということは、戦ったことがあるのですか? 殺人兎についてはわかりますが」
「えぇ。重装鎧の扱いの修行をするのに、丸一日熊と殴り合っていましたよ」
正確には、丸一日、わざと殴られていたんだけれど。それを云ったらお説教が長くなるだろうからね。それに、今回のこととは関係のないことだしね。
「ちょっ!? ダメじゃないですか!! なにをやっているんですかお姉様は!!」
あ、あれ? それでも怒られるの? なんで?
「修行のために熊と殴り合うとか、普通はやりません! お父様だってそんな無茶なことは――多分、しません!」
多分、なんだ。
「だいたい、鎧の修行ってなんですか! 鎧の修行って!!」
……あぁ、確かに、普通に聞いたら、なんだよそれってなるよね。鎧なんてただ着るだけだもの。普通は。
「鎧の着こなし術というのがあるんですよ。重装鎧と軽装鎧で二種類。そのうちの重装鎧技術を磨いていたんです。おかげで、私は重装鎧の重さを一切感じることなく着こなせるようになりましたよ!」
……あれ? なぜ残念な子を見るような目でみられるんだろ?
高校の時によくされたけど。
私、残念美人とかポンコツ美人って呼ばれてたからね。ポンコツの方は私の足の事があったから、別の意味に捉えられたりしたから、ほとんど云われることはなかったけど。
「キッカ様? どうやろうと、鎧の重さがなくなることはないと思うのですが」
「鎧の重さは変わりませんよ。ただ、着ている者には欠片も重さを感じられなくなるだけですから」
あ、あれ、今度は胡散臭いものをみるような目になった。ひどいや。
「技術というからには、他にもなにかあるのですか?」
「ほかにですか? 鎧の防御力を上昇させるとかありますけど、これは、要はダメージを軽減する、重装鎧ならではの攻撃の受け方みたいものですし……他になにがあったかな。
あぁ、落下の衝撃を半減するというのもありますよ」
答えたところ、リスリお嬢様が胸元で手を握り締めて、わなわなと震えだした。
「あぁ、どうしましょう」
リスリお嬢様がわななくように云う。
「リリアナ、お姉様があの黒マントに頭を蹴られたことで、こんなことに……」
「ちょっ!? 私は正気ですよ! 嘘じゃありませんって。
分かりました。証拠をお見せします。ちょっと冒険者組合にまで行ってきます」
私はそう宣言すると、部屋から飛び出した。
◆ ◇ ◆
私は組合事務所に入ると、すぐに受付をざっと見渡した。
ラモナさんはいるかな? なんだか私専属とかなんとか云っていたから、いてくれると話がスムーズに進むんだけど……。
うん、見当たらない。それじゃ、総合案内窓口に向かおう。
私は一番右端の窓口に向かって歩き出した。そしてベニートさんがそれに続く。
……うん。ベニートさんも一緒だよ。すっかり保護者と云うか、私のお目付け役になっているよ。
私は窓口のお姉さんに挨拶もそこそこに、本題を切り出した。
「鎧を買い取りたいんですけれど」
「鎧ですか?」
「はい。先月末に模擬戦を行った際、私がお借りした鎧です。不良品の為、死蔵状態になっている筈ですが。買い取れますか?」
そういうと、お姉さんは目をぱちくりとさせた。
「え、不良品を買い取るんですか?」
「はい。不良品の原因が、ただ馬鹿みたいに重いというだけですので。私にはまったく問題ありませんから」
「は、え、ちょっ……」
あぁ、ダメだこれ。目がぐるぐるし始めたよ。
「あの、ラモナさん、います?」
埒があきそうにないので、ラモナさんを呼んでもらうことにした。
ラモナさんは調剤をしていたらしい。もっとも調剤自体は終わっていて、後片付けの為に、蒸留器が冷めるのを待っていたとのことだ。
そして問題の鎧。買取り自体はまったく問題なし。むしろ、処分が面倒であったために死蔵されていたようなものなので、持って行ってもらうだけでもありがたいらしい。
そんな有様だったから、お値段を聞いたところタダでいいと云われてしまったよ。さすがにそれは私が嫌なので、正しい料金を支払うと食い下がったよ。
そしたら、地金分の金額でいいと云われてしまった。
いや、それだと金貨一枚もいかないんじゃないかな。これ、材質がなにかは分からないけれど、基本的に鉄でできているみたいだし。
それこそ、某漫画のドラゴン殺しと同じような理由で作られた鎧とはいえ、さすがに地金分の金額というのは鎧が可哀想なので、金貨十枚渡したよ。
それでも破格の値段だけれどね。一式だと、基本的に金貨二十枚以上になるから。
そうしたら「これは処分料です」と、金貨が五枚戻って来た。
え、大丈夫なの?
訊ねてみると、こんな答えが返って来た。
「この鎧が使い物にならないのは誰もが知っています。なので、これが高値で売れたとなると、組合が詐欺を働いたのではないかと勘繰られかねないのです。もしくは、一種の脅迫をして無理矢理買わせたとか。
とにかく、あまりに高値で処分したとなると、いろいろと厄介になるのですよ」
……処分なんだ。
粗大ごみ扱いなのかな? だとすると、このサイズだと処分料金って幾らぐらいかかったっけ? 千五百円くらいだっけ?
これが千五百円か。なにかいろいろ間違ってる気がするけれど、粗大ごみ扱いなんじゃなぁ。
そんな経緯があって、あの鎖のじゃらじゃらした鎧を金貨五枚とかいう、破格の値段で購入。
ちなみに、重量は百キロを超えているそうだ。
さすがにこれを担いで持って帰るつもりはないので、その場で着込んで帰りましたよ。
重装鎧を着こんだちっちゃいのが、のっしのっしと歩いてきたものだから、組合事務所がちょっぴり騒ぎになったけれど。
かくして、重装鎧の技能が嘘ではないことを示すために、リスリお嬢様の前で飛んだり跳ねたりして見せましたよ。
そしてなぜか今回ばかりは猜疑心にあふれるリスリお嬢様が、この鎧を着こんで確かめました。
うん。重すぎて一歩も動けなかったよ。
これで、納得はいかないけれど、納得はできたらしい。
……いや、なにを納得したんだろう? まぁ、いいや。
「では、明日の決闘は、この鎧を着て戦うのですね?」
「え?」
いや、あしたはいつもの黒ワンピに重装篭手のつもりだったんだけれど……。
「それなら、少しは安心です。お姉様、十分に気を付けてくださいね」
「あ、はい」
……この鎧を着て決闘に赴くことになったよ。まぁ、重さは関係ないし、なにも問題は無いか。
こうして、明日の決闘の恰好は決められたのです。
あ、そうだ、盾も準備しないと。あの鎧に合う重装盾はなにがあったかな?
感想、誤字報告ありがとうございます。