138 決闘には明確な規則が設けられている
キッカです。ただいま王宮に来ています。
国王陛下よりお呼び出しを喰らったわけですが、てっきり劇場でお話をするのかと思っていたところ、王宮へと移動となりました。
考えてみたら、周囲から見えるからね。さすがにそこで会合とはいかないか。
この場には国王陛下、王妃殿下、宰相閣下、私、そして私を心配して同行してくださったエスパルサ家の皆さんと、リスリお嬢様。もちろん、護衛の皆さんや侍女さんも一緒に王宮にまで来ているけれど、彼らは室外で待機だ。
さて、その話の内容ですが、明日の決闘に関して。
ナランホ侯爵は大変やる気のようです。あれからさして時間も経っていないというのに、正式な申請書類を提出したそうです。
決闘。国の定めた貴族間の決着方法のひとつ、として確立しているみたいだ。
まぁ、私闘で殺し合いをしようものなら、後々いろいろと面倒になるからね。
なにより領地運営にも支障がでるし、それこそただの殺人事件でしかないから。しかもそうなると、泥沼化して、ひどいことになるのだそうな。
分かりやすく云うと、昭和の時代のヤクザ映画、って云えばわかるかな。私は見た事ないんだけれど、なんとなくはわかる。要は、ヤられたらヤり返す、ということだ。
国としては、そんなことで内戦なんてことにはなって欲しくはないわけで。基本的に決闘騒ぎなんてものは、互いの名誉云々、侮辱したどーのこーのが原因なことが殆どなわけで、そんなことの為に国力の低下を招くなど、まさに愚の骨頂というもの。
故に、決闘には明確な規則が設けられている。
ひとつ。決闘の申し入れの際に、第三者による証人がいること。
ひとつ。決闘は立会人の監視の下行うこと。
ひとつ。決闘の当事者以外の者の介入は許されない。
ひとつ。相手の命を奪ってはならない。それは不名誉な行為である。
ひとつ。決闘による決着は絶対である。再燃することは許されない。
尚、決闘当事者は代理人を立てることが可能である。
と、こんなところ。
殺害を禁止しているけれど、事故的な要因での死亡はあるようだ。ただ、それが事故なのか、故意であるのかは、立会人が見極めることになる。これは大抵、審神教の祝福持ちの神官(とりあえず、司祭とか司教とかをひっくるめた総称として、私は神官と呼んでいる。実際はどう呼ぶのが適当なのかは知らない。坊主とかでもいいのかな?)が執り行うようだ。
なるほど。出来うる限り被害を減らす方向で規則が作られているようだ。
まぁ、当人たち以外にも遺恨が残る結果は、国としては望ましくないからね。表立って仕返しなんてことができないなら、暗殺でもすればいいんだもの。
命さえ無事ならば、当人はどうであろうと、周囲の者は大抵、矛を納めるだろう。
あ、そうそう、決闘の際には、国へ申請を行うことが必要なのだとか。当事者双方からの書類が揃って、初めて正式な決闘と認められる模様。
ただ、今回は証人が国王陛下ということもあって、書類に関しては後回しになったようだ。
ほら、国王陛下が、明日の武闘大会予選の前に会場で戦えとか云ったでしょ。本来は申請が通ってから、場所と日時が決まるみたいだ。
宰相閣下の丁寧な説明で、十二分に理解しましたよ。
つい、江戸時代の仇討と同じ感じなんだな、って思ったりしたけど。
仇討。あれってかなり厳しいんだよね。お上に申請して、許可が出たら、お墨付き(?)を貰って、仇討に向かうわけだけれど、それを果たすまでは故郷に戻ることが絶対に許されないんだよ。大抵の場合は対象を見つけられず、どこぞで野垂れ死ぬか、見知らぬ土地で新生活に移ることが殆どだったらしい。
まぁ、許可証みたいなのがなければ、ただの殺人になっちゃうからね。当然と云えば当然か。
「大丈夫ですかな? キッカ殿」
「はい。問題ありません。ありがとうございます」
確認をする宰相閣下、マルコス様に礼を述べる。
書類手続きはマルコス様がやってくださったよ。大助かりだ。
「それでキッカ殿。代理はどうする? 当てがなければ、こちらで用意するが。確か、教皇猊下の護衛の者が申し出ていたようだが?」
「あ。問題ないです。私がでますから」
訊ねる国王陛下に答えた。すると国王陛下は、まさに鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「まて。まてまてまてまて、キッカ殿。本当にキッカ殿が自ら戦うつもりなのか?」
「はい。そのつもりですけど」
実際は魔人さんを召び出して、どんなものか確かめようかとも思ったんだよね。もっとも、もしも狂戦士思考だったら相手をあっさりとぶち殺しそうだから、その考えはすぐにひっこめたけど。
……あれ? なんだか困ったような顔で国王陛下と宰相閣下が顔を見合わせてる。
どうしたんだろ?
「キッカちゃん、ナランホ侯爵は代理人を立てたのよ」
王妃殿下、オクタビア様が説明してくださった。
「あ、ナランホ侯爵、自分で戦わないんですね」
私に恐れをなしたな。……なんてことはないだろうから――
「私が代理を立てると思ったんですかね?」
「教皇猊下の護衛騎士が立候補していたでしょう。あれが耳に入ったみたいでね。ただ、立てた代理人がちょっと問題なのよ」
あー、あの護衛さん……ジェシカさん、だっけ? なんだかすごい張り切ってたよね。
……ロールケーキで餌付けされたってわけでもないよね?
それはさておいてだ。問題とはなんだろう?
「なにが問題なのでしょう?」
「ナランホ侯爵の立てた代理が、バルキンという騎士なのよ。もともとはナランホ侯爵下の騎士だったのだけれど、いまはバインドラー公爵家に仕えている男よ」
おー、リスリお嬢様の云っていた、イリアルテ家にちょっかいを掛けているお家ですね。
「そのバルキン殿は何が問題なのです?」
私は問うた。
「あやつは一昨年の武闘大会優勝者なのだよ」
サロモン様が答えてくれた。
「おー。大会優勝者。……といっても、どのくらい強いのか想像がつきませんね」
「まぁ、大会優勝者といっても、テスカセベルムでの武闘大会優勝者であるならば、天下無双と云っても良いのだろうが、我が国の武闘大会ではな。
それに比べれば格下としかいえぬが、実力者であることは確かだ。恐らく、ディルガエアにおいてなら、同年代で敵う者はおらんだろう」
ほほぅ。同年代。
私の知る限り、いや、見た限りだと、一番強い人はバレリオ様なんだよね。あの格闘兎を相手にしていた時のことしか見ていないけれど、それだけで十分強いのは分かる。
というか、バレリオ様って、鉈両手持ちでの近接戦闘でしょう? 鉈の刃渡りなんて、短剣とそう変わらないよ。いや、若干短いんじゃないかな。肉厚で丈夫な刀身の短さもあって、振り回す際の回転力はかなり高い。
そんなもん、正面から受けきるのは無理というものだ。
近接距離で相手を斬り飛ばす戦い方をするのだから、返り血に塗れるのは当然だ。故に付いた綽名が血鬼バレリオ。
……恐ろしいな、バレリオ様。普段は悪戯っぽさの残るおじさん、って感じなんだけれど。体型がどっしりとした柔道家みたいな感じだからだろうけれど。
でだ。そのバルキンとかいう、下馬評だけ高くて、登場したらあっさり負ける悪役みたいな名前の騎士とバレリオ様だと、どっちが強いのだろう?
折角だから訊いてみた。
「あぁ、それならバレリオだろう。一対一であやつに勝てる者は、そうはおらんよ」
「そのバレリオ様と、真正面から斬り合ってるサロモン様も大概じゃないですか。バレリオ様と実戦まがいの模擬戦をやって、周囲をハラハラさせた話は聞いていますよ」
そういうと、サロモン様はにやりと、得意気な笑みを浮かべた。
「キッカ様、本当に代理を立てないのですか?」
リスリお嬢様が訊ねてきた。
とういうか、様って。まぁ、国王陛下の前だし、さすがにお姉様はまずいとはいっても、様は問題なんじゃないのかなぁ。
……あぁ、アレクサンドラ様も呼び方は一緒だっけね。公爵令嬢がそう呼んでいるんだもの、侯爵令嬢たるリスリお嬢様もそれに倣うよね。
「はい。代理を立てる予定はありませんよ」
「なんでですか? 代理を立てましょう。危ないです!」
「そうはいっても、私の問題ですからねぇ。流れ的には、私が喧嘩を売った形になっていますし。
あ、そうだ。
宰相閣下。決闘で負けた場合、私はどうなるのでしょう?」
肝心なことを訊いていなかったよ。
「どうなる、とは?」
「負けたら私、ナランホ侯爵の慰みものになるのでしょうか? どうも私、股の緩いロクな料理もできない料理女だと思われているみたいなんですけど」
お、おぉ? なんだか宰相閣下のお顔が怖くなったよ。
「キッカちゃん、それ本当なの?」
「えぇ。評判集める程度しかできない無能な料理人、というようなことを云われましたから。
正確には、お前如きが侯爵家の料理人になれたのは、料理長を股を開いて誑し込んだからだろう? みたいことを暗に云われましたね。
私だけではなく、イリアルテ家の料理人を侮辱。さらには、料理長を雇った侯爵家の皆さまの目を節穴と罵ったようなものですよ。
これを黙って聞き逃せるほど、私はできた人間ではありませんよ」
そう答えると、王妃殿下は笑みを浮かべた。
穏やかながらも、周囲が怖気づくような笑みを。
「陛下?」
「分かっておる。此度の事は、その侮辱の件における決闘であって、キッカ殿の身柄を賭けたものではない。そもそも、人や物を賭けとした決闘など、認める訳にはいかん!」
国王陛下がきっぱりと云い切った。
「それを聞いて安心しました
キッカちゃん、聞いての通りよ。心配することはないわ」
「ありがとうございます。でもちょっと残念ですね」
そう答えると、王妃殿下の顔があからさまに強張った。
「え、な、なんで残念なのですか? キッカ様」
慌てたように問うのはアレクサンドラ様だ。
「だってそうでしょう? 負けたら私の身柄はナランホ侯爵のものというのであれば、私が勝てばナランホ侯爵の身柄は私のものと云うこと。
それはつまり、ナランホ侯爵領も私のものということです。
折角ですから、侯爵領をまるごと頂いて、それをさっくりと王家に返上してやろうかと思っていたのですが」
そういうと、全員が驚いたような顔で私を見つめて来た。
……。
……あのー。なんでみなさん、おかしなものを見るような目で見ますかね?
「キッカ殿は、負けることを考えていないのかね?」
「え? 負けませんよ、私」
やや厳しい顔つきのサロモン様に、私は答えた。
「そうだ。宰相閣下。魔法は使っても問題ありませんよね? 私は魔法使いであると公言しているわけですし」
「魔法……そうか、キッカ殿は魔法使いであったな。マルコス、その点はどうなのだ?」
「残念ですが陛下、魔法は禁止となるでしょう」
「無理か?」
「えぇ。さすがに剣も交えずに終わらせてしまうと、ナランホ侯爵はもとより、バインドラー公爵も抗議をしてくるでしょう」
「むぅ。まぁ、そうなるだろうな。キッカ殿、残念ながら魔法は禁止となる」
「なるほど。ハンディキャップ戦ですね」
私は答えた。
「一応確認します。魔法はあらゆる種類が禁止ですか? それとも攻撃魔法のみ禁止ですか?」
「ま、待ってくれキッカ殿。どいうことだ?」
国王陛下が慌てたように私に訊ねた。
……あれ? 陛下、魔法の鎧の魔法を使えるよね? 献上したんだし。
確認すると、陛下はポンと手を打った。
「おぉ、守りの魔法があったな。これのことだろう?」
そういうと国王陛下は【堅木の皮膚】の魔法を展開した。
あたりに『ジャキン!』という金属音が響き渡り、国王陛下の体が薄い光の膜で覆われた。
「おぉ、これが魔法ですか、陛下」
「そうだ。冒険者組合ではもう販売されているものだ。これは守りの魔法だ。全身くまなく木盾で覆うのと同様の堅固さがあるものだ」
驚くサロモン様にそう説明すると、私の方に顔を向けた。
「この説明で間違ってはおらぬな? キッカ殿」
間違いないと答えると、国王陛下は得意そうにニヤリとした笑みを浮かべた。
「マルコス。直接攻撃を行う魔法や、幻術の類でなければ、魔法を使ったところで問題はないのではないか?」
「確かに。鎧を着こむのとなんら変わりありません。使ったところで問題ないでしょう」
「さて、定義をするかな。あやつらを納得させねばならんからな」
「では、こうしましょう。自身以外に影響を与える魔法は禁止、ということで」
私が提案すると、お二方はうむと頷いた。
実のところ、これはペテンである。だって私、身体強化系の魔法に関しては、一切公開していないからね。
……単に、私がすっかり忘れていただけなんだけれど。
とはいえだ、これで決闘の際に使っても問題はなくなる。
もっとも、魔法は使う予定は欠片もないんだけれどね。
一切のケチも付けようのない形で勝たないと意味がないもの。
そんなことを思いつつ、私はひとりほくそ笑んだのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※方言についてですが、あとがきに注釈を入れる形にすることにしました。ご意見ありがとうございます。