137 私は悲劇、もしくは喜劇が好み
「お姉様はなにをやっているのですか」
リスリ様が私を見つめる。いわゆるジト目という目で。
観覧席に戻ってきました。少々遅くなったので、なにがあったのか問い詰められましたよ。
そして素直に答えたところ、リスリお嬢様のこの反応です。
「自衛に徹していただけですけれど」
「それがどうして決闘などということに!?」
「国王陛下の提案ですね」
私は答えた。
尚、決闘の前は戦争をしようとしていたとは伝えてはいない。
あ、そういえば決闘の作法をしていなかったな。手袋を脱いで投げつける奴。騎士だと篭手を脱いで相手の足元に叩きつけるんだっけ? 素敵な方法だと、足元ではなく、相手の顔面に篭手を投げつけるらしいけど。
いや、こっちでもそういう作法があるんのかどうかは知らないや。というか、世界が違うんだから、まずそういうのは無いよね。
「ナランホ侯爵か。たしか、バインドラー公爵の傘下であったな。公爵の妹が、先代に嫁いでいた筈だ」
「バインドラー公爵家ですか……」
サロモン様の言葉に、リスリお嬢様の目がスッと細まる。
私は首を傾いだ。
「いえ、ここのところ鳴りを潜めていますけれど、暫く前までイリアルテに嫌がらせをしていたのが、バインドラー公爵家ではないかと目していたのです。他にはモンデハル伯爵家ですね」
「あぁ……私がそこの手の者じゃないかと勘繰って、あの三馬鹿が私を殺そうとしてましたね。いまだにそうみたいですけど」
「……変わりませんか?」
「変わりませんねぇ。だから家の警護専任みたいになっているんじゃないですか。バレリオ様の指示なのか、エメリナ様の指示なのかはわかりませんが。私に近づけないようにしてくださってますね。
私の正直な評価を申し上げますと、シモン隊長がもっとも職務に即した思考をしていると思いますよ。リスリ様が私を連れて行くと決めた時も、自称未所属の魔法使いを野放しにするより、監視下に置く方が良いと即決しましたし。敵ならば始末、そうでなければ取り込もうと考えていたみたいですからね。
あの三馬鹿は、仕事が面倒になるから、とりあえず殺してしまおう。間違いだったら、なにかしらでっち上げて正当防衛にすればいいや、っていうのが透けて見えましたし」
「あの三人は本当に困りものなんですよねぇ。解雇もできませんし」
リスリお嬢様がため息をつく。
うーむ。なにかしら他にも色々やらかしているのかな?
「ふむ、分かっていたことだろうに。あやつめ、なんの対策もしておらんかったようだな」
「なにかご存じなのですか?」
ぼそりと云ったサロモン様に訊ねた。
「なに、バインドラー領では石炭が主たる産物なのだがな、もうほぼ掘りつくしてしまったのだよ。採掘量は最盛期にくらべるべくもないほどに激減しておる。
【アリリオ】の管理権限の移譲を求める陳情を王家に出したりもしておったな。もちろん、却下されたわけだが」
「枯渇することがわかっていたのに、次なる産物の開発とかしなかったんですか?」
「しておらんな」
ダメじゃないのさ。産物なら作ろうと思えば、幾らでも作れるだろうに。現代社会から来た私からしてみれば、こっちの世界は無いもの尽くしだぞ。
一番簡単に産物にできそうなのが、食器類。こっちは木製か金属製が主流で、陶器や磁器がほとんど出回っていない。
いや、基本が素焼きのものが殆どなんだよ。
きちんと釉をつけてあるものもあるけれど、正直、出来が美しいとはいえない。かなり微妙なんだよね。
多分これ、釉……釉薬の作成技術の方が進んでいないんだろうね。とはいえ、基本的なことは出来ているんだから、そっちを突き詰めるとかすれば、立派な産業になるだろうに。
ちなみに。私は自前で作った陶器を使っているよ。あ、サンレアンに置いてあるよ。もちろん。
骨鎧を作るのに使っている窯。あれで焼いたのさ。釉薬だって自前で作りましたよ。籾殻の灰に適当な木の葉を焼いた灰を混ぜて水に解いて作ったよ。
絵付けは面倒だったから、木の葉天目で作ったさ。
まぁ、使う葉っぱによっては、綺麗に出なかったりするんだけれど。
うん。陶芸に関して教えてくれたじっちゃんに感謝だ。
「……お姉様、なにをニヤニヤしてるのですか?」
「いえ、イリアルテ家の敵なら、ぶちのめしても問題ないと思いまして」
「あ、あの、キッカ様? 大丈夫なのですか?」
アレクサンドラ様が心配そうに尋ねた。
「問題ないですよ。魔法を使っていいのなら、まず負けないです。魔法が禁止されても……問題ないですね。多分。
ナランホ侯爵、どうみても熊より弱いでしょうし」
「え? なんで熊?」
オスカル様が目を瞬いた。あ、いや、みんなそんな感じだ。
「だって、熊なら私、正面から殴り合って勝てますからね」
「「「えっ!?」」」
「もちろん、鎧でガチガチに身は護りますよ」
「いや、鎧で身を護ったところで、たかが知れていると思うのだけれど」
オスカル様がアレクサンドラ様と顔を見合わせる。
このおふたり。二卵性双生児だけれどよく似てるんだよね。
「お爺様、ナランホ侯爵は代理を立てるでしょうか?」
「どうだろうな。キッカ殿の容姿を見て、侮っておるだろうし。あぁ、いや、キッカ殿が代理を立てると想定して、自身の一番の手駒を出す可能性が一番高いな」
お?
「一番の手駒ですか。強い方がいるのですか?」
サロモン様に問う。
「あぁ。一昨年度の武闘大会優勝者がいるのだよ。もっとも、ディルガエアの武闘大会はテスカセベルムのそれと比べると、大分質が落ちるのだがな」
「あぁ、腕自慢は皆、テスカセベルムの武闘大会に出るみたいですね」
「個人技の点でいえば、あの国のトップクラスはまさに随一と云っていいだろうからな」
「だが、集団戦を覆せるほどでは無い、というところですか?」
ふと、そんなことを思って口にしてみると、サロモン様は驚いたように私を見つめた。
「わかるかね?」
「集団を単騎で覆すとなったら、それこそ化け物とでも呼ばれるレベルの者でもないと。そしてそんな存在はまずありえません。人である以上は、どうしても強さの限界はありますからね。どんなに鍛えても、ドラゴンの尻尾を掴んで振り回すような力は身に付けることはできませんよ」
私がそういうと、サロモン様はくっくと笑いだした。
「あぁ、確かにその通りだ。個人で軍の戦力は覆せない。もちろん、被害は想定よりも大きくなるかもしれないがね」
あ、喋り方が変わった? そういえば、サロモン様、騎士団の団長、将軍様だったね。
となると、やはり軍、騎士団の在り様とかには思うところがあるんだろうね。
これが現役時代の素、なのかな?
現代の地球であれば、個人で軍を退ける、壊滅させることもできなくはないけれどさ。それは、かなり特殊な状況というか、ほぼゲリラ戦みたいなものだからね。
実例でいうと、シモヘイヘがそうなるのかな。猟銃一丁で軍を退けた記録があるからね。狙撃手としては伝説にもなろうというものです。
でもこっちじゃ、そこまでの威力のある遠距離武器なんてないしね。
というか、我ながらいろんな雑学というか、知識が頭に入ってるな。原因はほぼすべてお兄ちゃんだけど。そもそもお兄ちゃんはどっから仕入れて来たのか分からないネタとかもあったし。キャベツの芯の話とか。
キャベツの芯から、
『最高にハイってやつだ』
な、お薬が作れるんだそうな。なお、一回限定。なので常習性とかはないのだとか。
いや、本当にどっから仕入れてきたのよ、兄。
そんなどうでもいいようなことを考えていると、開演の時間となった。
席にしっかりと座り直し、舞台に目を向ける。
音声は、例の、開催式でも使われた魔道具のおかげか、よく聞こえる。とはいえ、すぐ近くで見えるものではない。
まぁ、当然のことだ。
そこで、位置的には舞台正面ではあるものの、最も遠い位置となる。そこで必須となるのがこれだ。オペラグラス。
こっちだと舞台用遠眼鏡なんて云ってたかな。この持ち手っていうの? これを持って双眼鏡になっている部分を目に当てると、なんだかお貴族様になったような気分ですよ。
舞台が始まる。
平穏な日常が始まる。そして、いうなれば、フラグのオンパレードとでもいうようなシーンが続く。
突如、鳴り響く鐘の音。
それは、あの日の飛竜襲来を思わせるもの。
大暴走が始まった。
緒戦は優勢。防衛砦で全ての魔物は抑えることができていた。
だが、いつまでたっても大暴走が終わらない。それどころか、魔物の層が変化を始める。
ゴブリンの集団が押し寄せていたのが、いつしかトロルと変わり――
絶望的な報告がもたらされる。
防衛砦の崩壊。前線部隊の壊滅。多くの優秀な騎士、兵士が死する。
戦いのシーンは殆どない。それはそうだ、ドラマみたいに、剣を交えながら仇敵同士会話をする、なんてことはないのだ。
相手は魔物。人間を餌と認識している生物だ。
生き残り、前線部隊を踏みにじった魔物が街へと向かってくる。
ここからは混乱。
当時の教皇猊下が崩れる教会で祈りを捧げる。
どうか、我らに慈悲を、と。
そして女神ディルルルナが降臨する。
女神ディルルルナは云うのだ。
「己の力で倒して見せよ。出来ぬのなら、人類に未来はない」
倒せないのならば、例え救ったところで、いずれ蹂躙され滅びるだろうという女神の言葉。
というか、ルナ姉様、ホントにこんなこといったの? また手厳しいな。いや、事実ではあるんだろうけどさ。
「そなたたちに一度の祝福を授けよう。さぁ、見事、打ち倒してみせよ」
女神の言葉に、残った騎士、兵士たちは奮起する。そして、戦うことのできる民間の者たちも戦いに向かう。
かくて、生き残った戦士たちは死力を尽くし、巨大なドラゴンを打ち倒す。多大な犠牲を払いながらも。
同時に、女神はほかの巨大な魔物たちを雷で撃ち滅ぼす。
戦いは終わり、生き延びたひとりの子供が空を見上げ、舞台は終わる。
演目で登場した主要人物、場面場面での中核をになう役の人物は全員死亡という舞台だ。これだけ聞くと、舞台としてはダメなんじゃないかって気もするけれど、うん、うまくまとまっていたし、悲壮感、焦燥感は凄いものだった。
最後の、希望はまだ残っていると思える終わりも、私個人としては好みの部類だ。
私は悲劇、もしくは喜劇が好みだからね。いや、私があっちで死ぬまでに遭ったことのせいでさ、ご都合主義にまみれたハッピーエンドの話とか嫌いなのよ。
そうそう、舞台の仕掛けも凄かったよ。場面転換で、舞台そのものがぐるりと回るんだよ。廻り舞台っていうんだっけ? この舞台は群像劇だからね、主人公が変わるたびにこのギミックで場面転換するのは感心したよ。
いや、役者さん、よく転けなかったなと。
最後にドラゴンの……あのサイズだと、もう舞台装置っていったほうがいいんだろうな。うん、頭部部分だけ出て来たけれど、それに関してだけは出来はお察しのレベルであったのは、まぁ、致し方ないよね。
話に関してだけれど、かなりアレンジが入っていたらしい。
全員死ぬバージョンは初めてと、アレクサンドラ様が云っていたよ。
さすがに驚いたのか、ちょっと放心していたけれど。
意外と、その斬新さから審査を通って選ばれたのかもしれないね。
才能ある脚本家がいるのかもしれない。
うん。舞台は初めて見たけれど、とても満足ですよ。
こうなると、ちょっと他の演目もみたいところだけれど……。
「失礼します」
エスパルサ家の護衛さんに伴われて、マリサさんがやって来たよ。
「キッカ様、明日の事でお話がしたいと、国王陛下がお召びにございます」
「あー。そう云えば私、決闘の作法とかしりませんしね。分かりました。案内をお願いします」
そういって私は席を立った。
そして退出する挨拶をサロモン様たちにしようとしたところ――
「ふむ、私も立ち会ってもよろしいかな?」
「サロモン様。申し訳ございません。私では判断いたしかねます」
「では、私も参ろう。なに、ダメと云われたら帰ればいいだけのことよ」
そんなことを云って、サロモン様が私にウィンクをひとつ。
本当、茶目っ気の多いおじいちゃんだ。鬼将軍と呼ばれていたとは思えないよ。
それにしても、なんで私はこうも年配の男性に受けがいいんだろ? あっちに居た時からそうだったから、祝福に入ってる異性から好意的にみられる効果とは別物だろうしなぁ。
そんなことを思いながら、私たちはマリサさんの後について、劇場内を移動開始。
勿論、サロモン様だけではなく、他のみなさんも一緒だよ。
あ、目隠ししないと。
かくして、すれ違い様、ギョっとした顔のどこぞの貴族様に気付き、私は遅ればせながら目隠しをしたのでした。
お願いだから跪いて祈ったりしないで。
誤字報告ありがとうございす。ただ、今回、方言表記部分の指摘がありました。少々悩みどころなのですが、方言表記は失くした方がいいでしょうかね? たまに入る程度なので、それならない方がいいのでしょうか? ひとまず、今回は修正せず、今後どうするか考えてみます。