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136 誰か『くたばれ』と云わなかった私を褒めて


 目立つ。というか、とてつもなく目立った。

 ディルガエアはディルルルナ様を信奉している国だ。農業国であるのだから、豊穣神であるディルルルナ様を信奉するのは、まぁ、当然のことというか、自明の理というか。


 もちろん、自身の職業にあわせて、ディルルルナ様以外を信奉している者も多くいる。教派が違うというだけで、宗教としては七神教ひとつしかないのだから、別にいがみ合っているわけでもない。


 まぁ、テスカセベルムの勇神教は信用ならない、という風潮が出てきてはいるけれど。どうもあの髭の枢機卿の件が教会内で噂となって、それこそ大陸全土に広がっちゃったらしい。


 そのせいで、各国の勇神教の神官さんたちは微妙に肩身がせまいのだとか。


 まぁ、審神教を正面切って侮辱したからねぇ。


 あ、そういえば、夕べの雑談で、ちょっとおもしろいことを聞いたよ。


 テスカカカ様。勇気と恐怖を司る獅子頭の勇ましい神様。戦の神としても信奉されているけれど、これ、正確じゃないんだそうな。


「あの子はねー、確かに戦いの神ともいえるんだけれどー、個人における戦いの神なのよねー。だから戦争の神じゃないのよー」


 と、ディルルルナ様。なので、それじゃ、戦争の神は何方が? と聞いたところ――


「戦争の神はノルニバーラねー」


 ……この事実を知ったら、テスカセベルムの王太子様、頭を抱えて倒れるんじゃないかしら。いまもあの王様と枢機卿の後始末に奔走しているみたいだし。


 祭りの時期にディルガエアに来たのは、きっと息抜きを兼ねてのことだろうと思うし。


 あ、ちなみに、六神の中で、一番個体戦力の高いのはディルルルナ様だそうです。で、搦め手というか、謀略系はアンララー様。民を使っての集団戦ならノルニバーラ様。計略系だとナルキジャ様。ゲリラ戦はナナウナルル様。個人戦技であるならばテスカカカ様だそうな。


 まぁ、その技のテスカカカ様は、力のディルルルナ様に敵わないんだけれど。


 そんなわけで、テスカセベルム、周りに厄介な国しかいないじゃん。西には国民総兵士の国と暗殺上等の国。攻め入ろうとした南は宗教国家の皮を被った軍事国家? そこに戦争を仕掛けようとか、詰んでるとしか思えないよ。

 下手に戦争を起こそうものなら、ここぞとばかりにアンラの暗殺者が跳梁する事態になりかねないし。


 アンラの女王様がどういう判断をするか知らないけど。


 アンラ王国。双王制を取っている、ちょっと珍しい国だよ。ただ、今は女王様のみ健在。王太子様が近く婚姻するので、それに合わせて代替わり。戴冠式が行われるらしい。早ければ来年。遅くとも再来年には行われると云われているよ。


 ん、王様はどうしたのかって? 病死らしいけれど、アンラでのことだからねぇ。暗殺の噂なんていくらでも沸いているよ。おかげで真実はさっぱりです。


 ただ、解っているのは、王様の崩御に合わせて、いくつかの貴族家が潰れたってことだけだ。


 さすが謀略の国というべきなのかな? というか、アンラの貴族とか有力者は、いったいなにと戦っているのだろう?


 あぁ、でも、最近、不信心者が増えて来たとかで、ちょっと締めるとかララー姉様が云ってたな。さすがにアレカンドラ様への侮辱とかが出てきたら、目を瞑ってなんかいられないよね。


 ……あれ? なんで私はこんな話をしているんだ? えーと、始まりはなんだっけ?


 あぁ、そうそう、目立つということだ。


 ディルガエアはディルルルナ様のシンボルカラーをもっとも貴んでいる。その色は黄色、もしくは金色。そして私の今着ているゴスロリドレスは黒。即ち、アンララー様のシンボルカラー。本日の装飾品の類もそれに合わせて、黒い宝石ですよ。

 黒真珠の指輪とネックレス。本当は黒月長石にしようかとも思ったんだけれど、こっちだと月長石は、宝石としての価値がかなり下のランクになるから、今回は却下。


 いや、公爵家と侯爵家の皆様といっしょに行くわけだから、私が残念な格好だと二家の家格に泥を塗ることになってしまうからね。

 多分、これで大丈夫だと思う。やりすぎの感はあるかもしれないけれど、まぁ、大丈夫だと思う。思いたい。やからしていなければ、尚良し。


 そんなことをムヤムヤと考えつつ、リスリお嬢様に確認したところ、問題なしとお墨付きを頂きました。


 そしてリスリお嬢様はほんのり赤味がかった黄色のドレスという出で立ちです。頭には大きなリボンの装飾の付いたバレッタ。えぇ、リスリお嬢様用に作りましたよ。色はドレスと同じ色。淡いオレンジといってもいいのかな?


 やー、このリボンの威力は凄いね、本当。雰囲気ががらりと変わりますからね。

 大人っぽさを消し飛ばす勢いですよ。可愛らしさを全面に出すにはよいファッションです。


 そうそう、アレクサンドラ様に、なんだか問い合わせがいくらか来ているとか昨日聞かされたよ。ゴスロリドレス、地味にムーブメント引き起こしている模様。まぁ、公爵令嬢がこれまでの定番を覆すドレスを着てパーティに出ていたからね。


 なによりも、やっぱりあのでっかいリボンのインパクトが強かった模様。違う色のリボンも作ってもらえないかとお願いされたよ。リボンくらいなら簡単だから、引き受けたけれど。近く、また生地を持って来るとのことだ。


 ふむ。ではその時には、たい焼き、ならぬ、ひつじ焼きかクレープを振舞うとしましょう。食べた反応を知りたいしね。いや、いっそのことミルクレープにするか。


 またしても脱線した。


 さて、私はいま、屋外劇場へと来ていますよ。例の『英雄たちの物語』という、二百年前の魔物大暴走事件を題材とした舞台を観に来ています。

 群像劇であり、物語的にはハッピーエンドとはとても言えないものであるけれど、それでも最も人気のある演目だそうだ。


 ハッピーエンドではないのは、この物語に登場する英雄の大半は死亡するからだ。すべて実在した人たち。それだけ、二百年前の魔物大暴走は酷かったということだろう。


 頭だけで五メートルの竜と戦ったというのだから、正直、どういう戦いであったのか想像もつかないよ。私からしたら絶望でしかないんだけれど。ゲームに登場した竜よりも大きいだろうし。あれは多分、頭のサイズは二メートルがいいところだろうしね。


 どこぞの理不尽な狩りゲーじゃないんだから。普通の人間は簡単に死んでしまいますよ。兵器まがいの無茶な武器とかもないし。

 投石器とかはあるのかな? いや、弾丸になる石の調達が大変か。ディルガエア、基本的に野っ原ばっかりだし。


「さぁ、私と来るのだ」


 ……そろそろ現実逃避はやめようか。

 えぇ、ただいま絡まれている真っ最中ですよ。開演前に用を足して戻る途中で、どこぞの貴族様に絡まれましたよ。


 赤茶色の髪をしたお貴族様。いや、まだ当主ではないのかもしれないけれど。見たところ、三十路を越したか越さないか、という感じだ。中肉中背のおじさん。

 うん。もう、おじさんでいいや。私は三十路くらいのひとは基本、おじさん認定しないんだけれど。


 ちょっと単独行動をして黒一色で目立ってた結果、この様だよ。


「いえ、貴方様とは参りません。私には私の行くところがございますので」

「貴様の意見などは無用だ。私が決定したのだ。お前は私と来るのだ」

「お断りします。結構です。間に合っています。不要です。無用です。失せろ」


 誰か『くたばれ』と云わなかった私を褒めてくれ。


 この手の輩には何度か遭ったけれど、まぁ、ここまで強引じゃなかったけれど、随分と久しぶりだな。これはあれか、仮面効果が今はないからか。


 ……目隠しは人避けにはならない模様。むぅ。


 さて、このおじさん、ここまで云い回しを変えて立て続けに云われたのは初めてなのか、呆けていますよ。


 おかげで、最後の『失せろ』が聞き逃された模様。

 安堵すべきか舌打ちすべきか迷うな。

 ふふ。夕べお説教されたばかりだというのに、この有様だよ。我ながら沸点が非常に低くなっていますよ。……あぁ、苛々する。


「断る? お前などにそんな言葉を吐く権利などないのだ。たかが料理人風情が無礼な。評判を聞き集めることしかできぬお前を拾ってやると云っているのだ、悪い話ではなかろう。お前の見てくれだけは価値があると評価しているのだぞ」


 へぇ、私を料理人と云うか。というと、イリアルテ家でのパーティでのことを知っている人間だね。イリアルテ家に友好的な者がこんなことを云うとは思えないから、中立……いや、敵対派閥の貴族なんだろう。つか、どっから聞き入れて来たんだ?


 まぁ、そんなこと、どうでもいいんだけど。


「その言葉はさすがに容認できませんね。侮辱をそのまま放置できるほど、私は寛容ではありません。よろしい、ならば、我が深山の名に賭けて、戦争です。手続きをしたいと思いますが、よろしいですね?」


 戦争。


 その言葉を私が口にした途端、周囲のざわめきが消えた。


「オクタビア様。問題ありませんよね?」


 私はギャラリーの一画に目を向けて云った。


「あら、見つかっていたのね」


 私が目を向けたところにいた見物人(もちろん、貴族の皆さま)が、左右に割れた。そしてそこに立つのは王妃殿下たるオクタビア様。


「一体何事かしら? 戦争だなんて物騒な言葉が聞こえたけれど」


 侍女であるマリサさんを引き連れ、オクタビア様が私の傍らにまでやって来た。


「ナランホ侯爵?」

「王妃殿下、これは見苦しいところをお見せしました。いえ、私の使用人が少々駄々をこねましてな」

「私は貴様の使用人ではない。ふざけたことを抜かすな」


 もういいや、こいつに丁寧に接する必要なんかないや。


 オクタビア様が目をぱちくりとさせて私を見ている。その傍らのマリサさんは無表情……あ、口元がちょっぴり笑ってる。


「き、キッカちゃん? その言葉遣いは?」

「はい? あぁ、言葉遣いですけれど、普段は礼儀を持って接しますが、この生き物にはそうするだけの価値がないと判断しました。私の敵です。それも、尊敬すべき点の欠片もない敵です。そんなモノに礼儀を尽くす必要などないでしょう? 故に、言葉遣いも相応に変えていますよ」


 そう云って、私はオクタビア様ににっこりと笑って見せた。


「無礼な。小娘、自分の云っていることが理解できているのだろうな?」

「無礼は貴様ぞ。神子様に対するそれ以上の暴言は、我ら七神教会全てを敵にすると知れ」


 凛とした言葉が響き渡り、静まり返っていた周囲が一瞬ざわめいた。


 地神教であることを示す黄色の豪奢な法衣に身を包んだ金髪の女性。傍らには、金属鎧に身を包んだ護衛の女性聖堂騎士の姿。


 ありゃ、教皇猊下までいらしたよ。って、それもそうか。芸術祭は教会ががっつり食い込んでいるんだもの。この演劇は芸術祭の目玉のひとつ。教皇猊下が王妃殿下同様、初回公演を観劇に来ているのは当然か。


 とはいえ、教会を巻き込むのもなんだな。祭りのことで忙しいだろうに、バッソルーナのこともあるんだし。

 それに、これは私個人の問題でもあるしね。


「教皇猊下、教会が介入するまでもありませんよ。決着は私自身がつけますので。

 王妃殿下、戦争の手続きはどうすればよろしいのでしょうか? 宰相閣下に話を通せば、問題はありませんか?」

「えぇ、それで手続きは出来るけれど、個人で領軍と戦うというのは無謀よ」

「王妃殿下、私の魔法については、以前、その目でご覧になりましたよね。素の状態であるならば、数発しか撃てませんが、装備の補助があれば無限に撃てるんですよ、あれ」


 私がそういうと、オクタビア様の顔が一瞬強張った。


「なので、私の心配は無用です。そして一度吐いた以上、私は自らの言葉を撤回するつもりはありません。

 さて、ナランホ侯爵。貴方の云う見てくれ以外に価値のない娘が宣戦する。降伏か抗戦か、選べ」


 ビシッ! と、私はナランホ侯爵を指差す。


 ほんのりと聞こえてたざわめきが完全に消えた。


 ナランホ侯爵は顔を真っ赤にして、プルプルと震えていた。


 さぁ、返答やいかに、と思っていると――


「やれやれ、騒ぎが起きていると聞いて来てみれば、随分と物騒なことになっているではないか」


 おや、今度は国王陛下までいらしたよ。


 国王陛下は真っ赤になっているナランホ侯爵の姿を一瞥すると、大仰にため息をひとつついた。


「キッカ殿、少々聞いておったが、なにも戦争などと大規模にやることもあるまい。決闘で治められぬか?」

「決闘ですか? 権力を笠に女を手に入れようとするコレに、私と戦えるほどの度量があると思えませんが?」


 再度私はナランホ侯爵を指差した。


「小娘、云わせておけば。その言葉、後悔するぞ」

「私が間違ったことを云ったとでも? ご安心を。そんなことあり得ませんので、その言葉、そっくりお返ししますよ」


 歯を剥くような笑みを浮かべてやる。


「よろしい。私が証人となろう。決闘は……そうだな、明日の武闘大会予選の前に行うとよい」


 そういうと国王陛下は、解散解散といわんばかりに、パンと、手をひとつ叩いた。


 そしてそれを合図としたかのように、見物していた貴族の方々が散っていく。


 苦虫を噛み潰したような顔をしたナランホ侯爵も、国王陛下に挨拶をし、この場を後にしようとし――


「待て、ナランホ侯爵。たとえ神子様とそなたとの間で決着がついたとしても、我ら七神教は貴家に対し、もはや友好的ではないと知れ。敵対せぬのは、神子様の顔を立てての事ぞ。その事、ゆめゆめ忘るることのなきように」


 ビシタシオン教皇猊下の言葉をうけ、やや顔色を青褪めさせていた。


「さて、キッカ殿、勝手に決闘という形にしてしまったが、どうするかね?」


 ナランホ侯爵の姿が見えなくなるのを確認し、国王陛下が私に問うた。


「どうするとは?」

「ナランホは恐らく代理を立てるであろう。キッカ殿も代理を立てることができるが?」


 あぁ、そういうことか。でも、私相手に代理をだしますかね?


「神子様、代理を立てるのであれば、教会から人員を出しましょう」

「僭越ながら、私、ジェシカが立候補致します」


 教皇猊下の護衛の女性騎士さんが、ガチン、と、胸甲を叩いた。この声、この間私がロールケーキをお土産に渡した騎士さんだね。


 さて、代理のことなんだけれど。


「代理を立てる気はありませんよ。こう見えても私、そこそこ強いですからね。ナランホ侯爵、或いはその代理人が熊や格闘兎よりもずっと強ければ、私も負けるかもしれませんけれど、そうでなければ、負けはあり得ませんよ」


 そう答えると、皆さん、目を瞬いて私を凝視してきた。


「え、熊? 格闘兎? 神子様?」


 いや、教皇猊下、そのラインナップに私を並べないでくださいよ。私が猛獣みたいじゃないですか。


「キッカ殿、どういうことだね?」


 国王陛下が問う。


「私、サンレアンでは熊や格闘兎を相手に、殴り合って訓練していましたから」


 そういうと、みんなして私をおかしなものを見るような目で見て来た。


 ど、どうしよう?


 うん。とりあえず微笑んでおこう。




 そして私は、出来うる限りの笑顔を浮かべたのです。



 ……なんの解決にもなっていないけれど。




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