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131 これが偏愛とかだったら、ぴったりなんだろうけど


 こんにちは、キッカです。ただいまお祭りを満喫中です。

 とはいっても、食べ歩きとかができているわけではないんですけれどね。

 リスリお嬢様と護衛のナナイさん、それとエスパルサ家の三名+護衛の皆さんと一緒ですよ。


 ただいま開催式典を観覧しています。


 本日の恰好は、例のペスト医師の仮面用につくったワンピ。黒だけど、まぁ、問題ないでしょう。問題なのは仮面。


 例の殺人事件絡みもあるので、仮面を自重したのですよ。治安維持隊にちょっかいを掛けられたりするのも嫌ですしね。

 なによりも、殺人犯擁護派……っていえばいいの? そういった連中にも絡まれるのも嫌だからね。というか、多分、そっちの方が厄介だと思う。


 かといって、素顔を晒して歩くと、それはそれで面倒なことにしかならないわけで。なので、次善の策として目隠しをしています。

 幸い、先日購入した生地のひとつに、薄手の黒い生地がありますからね。というか、ゴスロリドレスの装飾に使った生地ですよ。こいつを適当に切って、目隠しにしました。これなら、透けて見えますからね。


 まぁ、見えると云っても、たかが知れているけれど。


 幸い、移動の際にはリスリお嬢様が手を引いてくださるので、さほど支障はありません。それに、目隠しは基本、移動時だけにすることにしましたしね。

 問題があるとすれば、なぜか妙なエロティシズムが滲み出ていると云うことだけれど。




 さて、ちょっと大雑把にだけれど、殺人事件に関してちょっと整理してみたよ。


 先ず、私が王都に来る前から、不審死事件は起こっていた。血の抜かれた死体が発見されたというもの。人数は聞いていないけれど、複数人いたようだ。


 血を抜かれた、というと、なぜか干乾びてミイラ化した遺体を思い浮かべがちだけど、別にそういう状態ではなかったとのこと。見た目は普通の遺体なのに、血が無いことが分ったのは、外傷があったにも関わらず、血が一切流れていなかったからだそうだ。


 このあたりの話は、アキレス王太子殿下から聞いたことだ。ほら、私が先月の二十六日に捕まえた不死の怪物の引き渡しの際に、アキレス殿下が直々に見えられたからね。


 ここで注視する点は、遺体の状況。外傷はあったものの、消えていたモノは血のみだ。


 さて、それから少し経って、私は五日からレブロン男爵邸で悪戯を開始。この時点では、クラリスはまだ王都に来てはいない。

 五日の夜に侵入した時は、屋敷を隅から隅まで回ったからね。クラリスが居たのなら、見つけていた筈だ。

 それから十日まで、毎夜レブロン男爵邸には通っていたわけだけれど、クラリスはいなかった。


 十日からはしばし悪戯を中止して、十五日に再開。この時にクラリスと遭遇。

 なので、十一日から十五日までの間に、クラリスは入都したのだろう。


 そして、十九日、殺人犯の死体が見つかる。内臓の一部と目玉のない死体が。


 これまでに発見された血のない遺体とは、明らかに毛色の違う遺体。


 可能性はふたつ。犯人の手口がエスカレートした。あるいは、まったくの別人。


 私が思うに、これまでの事件は、私の捕まえた不死の怪物が原因じゃないかと思うのよ。そして十九日に見つかった遺体は、恐らくクラリスが犯人。


 王都で本格的に活動を始めたのかな。こっちはそのとばっちりを受けそうなため、こうして面倒だけれど回避する恰好をしているわけだけれど。


 ……うん、なんか気分が悪くなってきたな。非常に不快だ。今夜、ちょっとクラリスにちょっかいを出すとしよう。まぁ、クラリスが活動をするなら、だけれど。


 昨晩、ディルルルナ様から変装用のアイテムが届いたからね。ディルルルナ様に化ける為の物。それと、アンララー様からはリンクス用の仮面を。被ると背丈が少し伸び、胸が控えめな姿になる仮面。あ、レイヴンの仮面と同様に、幻術的なものだよ。そして声は男性。


 ……成り行きとはいえ、リンクス、なんかえらく濃いキャラになっちゃったな。

まぁ、いいか。


 ということで、変装道具は揃ったので、クラリスが食事に出かけるのであれば、是非ともそれを邪魔してやりましょう。




 今夜からの行動指針を決めつつ、私は特別席から式典を眺めていた。


 私たちがいるのは、競技場のような場所。基本的には、騎士団の訓練場として使われている場所とのことだ。

 これも、王妃殿下が主導して、十年かけて建築したのだとか。


 うん。煉瓦造りじゃなくて、きちんとした石造りの建築物だ。煉瓦造りだと、いいとこ百年位が寿命らしいからね。

 競技場、いわゆるコロッセオ的な作りにしてあるのは、毎年行われる武闘大会の会場とするため。というか、その為の競技場を、こうして式典とかに使っているということだろう。


 月神教代表の挨拶。国王陛下の式辞。そして教皇猊下による芸術祭開催の言葉。


 観覧席が沸いた、


 ……あれ? でも、なんで声がこんなにはっきり聞こえるんだ?

 魔法具でも使っているのかしら?


「キッカ殿、どうされた?」

「いえ、よく声が聞こえるので、なにかしらの道具を使っているのかなと思いまして」


 隣に座っているサロモン様に答える。


「あぁ。あれは拡声の魔法具を使っているのだよ。帝国のダンジョンで見つかったものだな」


 おぉ、帝国産。そういや、時計も帝国のダンジョンから見つかったって話だったよね。となると、機械がみつかるダンジョンってことでいいのかな? うん、そういう認識でいいみたいだ。


 式典は終了し、いまは芸術祭の目玉とでもいうべきイベントの開催時間と場所などの説明が始まっている。


 あ、アレカンドラ様の肖像画が展示されるんだ。あの画家さん頑張ったなー。


「お爺様、アレカンドラ様の肖像ですって。是非とも鑑賞せねばなりませんね!」

「また、どこぞの売れない画家が、妄想をこじらせたものではないのか?」


 サロモン様の身も蓋もない答えに、アレクサンドラ様が頬を膨らませた。


「こうして発表しているわけですし、酷いものではないと思いますけれど」


 そう云いつつも、リスリお嬢様も懐疑的な様子。


 あれ? エメリナ様から聞いていないのかな?


「それなら問題ないですよ。宮廷画家の方が描いたものですし、なにより、実際の姿を見た上で描き上げたのですから」


 おや、今度は私に胡散臭げな眼差しが。


「アレカンドラ様の御姿に関しては、私が伝えたのですよ」


 私は答えた。尚、こうして無警戒に話しているのは、ここが特別観覧席だからだ。一般の観客席とは別に、王侯貴族用の席――個室席っていうのかな、これ。いや、全然個室じゃないんだけれど――があるんだよ。

 警備上の問題とか、いろいろとあるからね。さすがに一般人の間に、王侯貴族が混じるというわけにはいきませんもの。例外としては……お忍びの場合のみ?


「キッカ殿が?」

「はい。私にはナルキジャ様から加護として頂いた書物がありまして。これは私の見聞きしたモノが、随時記載されていくのですよ。ですので、アレカンドラ様の姿についても記されています」

「キッカ様は、アレカンドラ様と邂逅されたのですか!?」

「えぇ。加護を頂いていますし」


 オスカル様とサロモン様が顔を見合わせた。アレクサンドラ様は胸元で手を握り締めて、目をキラキラさせている。


「あの、キッカお姉様? それは以前、私が見せて戴いた書物でしょうか?」

「そうですよ、リスリ様」

「お姉様の母国語を教えて頂けませんか? 読んでみたいです」


 リスリお嬢様のお願いに、私は目を瞬いた。

 あ、今は個室ともあって、目隠しは外しているよ。


「いや、以前も云いましたけれど、覚えても意味がないですよ。使うことなんて絶対にないでしょうし」


 というかさ、表意文字と表音文字のハイブリッドとでもいうべき日本語って、かなりとんでもないと思うのよ。

 こっちの言語を使うようになって、それを思い知ったというか、なんというか。

 まぁ、だからといって、日本語を捨て去る気はありませんけれどね。


 言語は使わないとあっというまに劣化しそうだから、いまでも日本語は使っているけど。


 ん? いや、別に延々と独り言をブツブツ云っているわけじゃないよ。唄っているだけだよ。


 それはさておき、どうしましょうかね。リスリお嬢様、頬を膨らませて、私を恨めしそうに見ているんですけれど。


「ちょっと興味がありますね」


 ん?


「ふむ、言葉が違うとなると、南方の鬼族や獣人族くらいか。南方語もニュアンスの違いが多少あれど、北方語ともとは同じ言語であるから、さほど変わらんからな」


 あぁ、統一言語みたいなものなのか。地球の伝説からなぞらえるなら、バベルの塔が破壊される以前、ってことかな?


「キッカ様、私も興味があります」


 増えた。


 アレクサンドラ様まで参戦してくるとは思わなかったな。


「キッカ殿、すまないが……」


 あぁ。サロモン様、お孫さんを溺愛していますものね。とくにアレクサンドラ様のことは。あぁ、一番後ろで、オスカル様が謝ってる。オスカル様もダリオ様同様、苦労人枠なのか。


 まぁ、いいか。


 鞄に手を突っ込んで、いつものように、鞄から取り出したように見せかけて【菊花の奥義書】を具現化させる。


 ……リスリお嬢様、その優し気な眼差しはなんですか? 私がやっているのが演技だと知っているからと云って、そういう目で見つめられるのは心外ですよ。


 はは。リスリお嬢様、私がこの書物を出したり消したりできるの知っているからね。


「これが今しがたの話にあった書物ですよ。基本的には植物図鑑です」

「この、表紙に打ち込んである金属板のこれが?」

「えぇ、書物のタイトルですよ。【菊花の奥義書】と書いてあります。奥義書などと大層な名前ですけれど、実際のところは図鑑ですね」

「ふむ。随分と文字も違うのだな。私たちの文字と比べ、かなり複雑なようだ」


 漢字を見てのサロモン様の感想。

 あぁ、まぁ、そうだろうなぁ。


「それは表意文字だからですね。とにかく数が多いんですよ。確か、常用のもので二千以上。それ以外のものもありますし」

「「「二千!?」」」


 うわぁ、びっくりした。なにもそんな大声で驚かなくても。


「お、お姉様、表意文字というのは?」


 問われたので、説明した。というか、文字に意味そのものを持たせたもの、としか云いようがないしね。


「では、この、お姉様の名前も、なにかしらの意味が?」

「菊の花のことですよ。ちょっと待ってくださいね」


 そう云って私は奥義書を手に取ると、頁を開いた。

 開けた場所は菊の頁。


 おぉ、いろいろと記されて――ん? 誕生花?


 十月一日(アムルロス:十月二十二日)。


 おぉ、私の誕生日だ。というか、私の名前の由来はここか? あの女のことだから『早く死ね』って意味で仏花の菊を名前にしたんだと思ってたけれど。


 ん? へ?


 花言葉:愛


 お、おぅ……。私に一番似合わない言葉が。これが偏愛とかだったら、ぴったりなんだろうけど。

 えぇ、私の『お兄ちゃん大好き』は、ドン引きされるレベルですからね。

 自覚? してるよ、そんなの。……ヤンデレって云われるまで自覚なかったけどさ。


「あの、お姉様、どうしました?」

「は、はい? なんですか、リスリ様」

「いえ、なんというか、酷く不味いものを食べた時のようなお顔をしていましたから。吐き出すべきか、飲み込むべきかで悩んでいるような」


 お、おう、なんて例えだ。というか、うん、確かにそんな顔をしてただろうな。


「ちょっと、知らない事実を知り、思うところがありまして。

 それはさておいて、私の名前はこの花のことですよ。このうちの、赤いやつですね」


 そう云って頁を開いたまま、奥義書をテーブルに載せた。


 あ、例のサンプル取り寄せボタンは、非表示にしてあるよ。表示の切り替えがあったよ。


 そして四人がそれを見て、なんとも微妙な顔をした。


「どうしました?」

「い、いえ……」

「その……」

「なんといいますか……」

「あー、キッカ殿、気を悪くしないで欲しいんだが、この花は献花に用いられることが多い花でな……」


 あぁ。こっちでもそうなんだ。


「知ってますよ。なので、私を生んだ女は、とっとと死ねという意味を込めたのではないかと、私は思っていますからね。

 なにも気にすることはありませんよ。美しい花ですし、この名前自体は気に入っているので」


 そう答え、私はにっこりとほほ笑んだ。


 ◆ ◇ ◆


 その夜、私は開いた窓に腰かけ、【道標】を発動させていた。対象はクラリス。私の足元から伸びる霧状のラインは、まっすぐ男爵邸へと向かって伸びていた。


 クラリスはまだ、屋敷にいるらしい。


 室内へと視線を向ける。


 私のベッドでは、リスリお嬢様が穏やかに寝息を立てている。


 ここのところ、私の監視と称してやって来るんだよね。本当、なんでここまで気に入られたんだろう? ただゾンビをやっつけただけだったんだけどなぁ。


 空を見上げる。


 少しばかり欠けた月が、中天に綺麗に輝いている。瞬く星は、見知ったもの。もちろん、微妙に違うところはあるけれど。


 ここが可能性で分岐した並行世界だという証拠だ。この世界は、地球が生まれるより前の時点で分岐した時間軸らしいけれど。


 北斗七星なんか見ていると、ここが別世界とは思えなくなってくるよね。


 ぼんやりと星を眺める。


 今日もいろいろとあった。

 開催式典の後は、さっそく王宮へと向かい、アレカンドラ様の肖像画を鑑賞してきたよ。

 このお祭りの開催期間中は、王宮の一部が一般開放されていて、この間パーティを行った広間までは見学できるようになっていた。


 アレカンドラ様の肖像画はそこに飾られていたよ。あと、ディルルルナ様の肖像画も。宮廷画家さん、頑張り過ぎでしょう。


 画家さんは私が来たのを見つけるや、すごくお礼を云われたよ。仮面でもなく、素顔でもないのに、よくわかったなと思っていたら、思いもかけないことを云われて、顔が凄く熱くなったけど。


「貴女様のその美しい口元を見間違えるはずもありません」


 そんなこと初めて云われたよ。びっくりだよ。

 これがお世辞とかだったら、きっとドン引きするだけなんだろうけれど、画家さん、本気でそう云ってたからね。


 残りの五神も、祭り後から描き始めるとのことだ。祭り後、もう一度、御姿を見たいとのことだったから、一応、了承はしておいた。ただ、祭りが終わったら、翌日か、翌々日辺りにはサンレアンに帰ることになるとも云っておいた。


 多分、九月の二日あたりになるかな?


 ひとつ大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。


 さて、どうなったかな?


 再度【道標】を発動。


 霧のラインは、先とは違う方向へと伸びて行く。


「動いた」


 私は笑みを浮かべた。


 それじゃ、ちょっと遊んでこよう。




 私は装備をリンクス仕様にすると、言音魔法を唱え、窓から飛び降りた。



――――――――(我を傷つけること)―――(能わず)




誤字報告ありがとうございます。

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