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130 型ができたら、私、たい焼きを焼くんだ


 二十一日となりました。本日から芸術祭がはじまりますよ。十時くらいに開祭式が執り行われて、晴れてお祭りの開始です。


 もっとも、昨晩からお祭り騒ぎははじまっていたわけですが。前夜祭、などといってはいるけれど、各お店とか、大道芸人とかがフライング的に騒いでいるだけなんだけれどね。


 でだ、私も見て回ろうと思っていたんだけれど、止められてしまいましたよ。


 理由は、例の不審死事件のため。なんでも、また死体が見つかったそうだ。


 殺されたのはならず者の人殺し。


 ……なんというかね、これが非常に困ったことになりつつあるのだとか。


 いや、殺されたのが、反社会的重犯罪者なわけで、真面目な一般人としては、平和になったと喜ぶべきことなのですよ。

 ただね、そのせいで、この犯罪者を殺した者を英雄視、とまではいかないものの、妙に好意的に見る人が多いらしいのだ。


 いや、気持ちは分からなくもないけれどさ。


 つまり、殺害現場を見ていた者がいても、口を噤んで情報をださない。というようなことが起こっているらしい。


 下手に殺人犯を捕まえようものなら、非難されそうな状況みたいだ。


 いや、悪党を殺したからと云って、そいつが正義の味方というわけではないわけで。


 というかですね、遺体が酷い有様だったとのこと。内臓がいくつか無くなってて、血が残ってなかったとか。


 あぁ、うん。犯人、誰だかわかった。


 これあれだ、こういう状況にするために、襲う相手を選んでいると見た。

 好き嫌いで選り好みしていないみたいだね。創作物だと、吸血鬼は若い女の血を好むとかあったけれど。ゲームの方だと、そういうのはなかったな。というよりも、選り好みなんぞしてられるか! 血を寄越せ!! みたいな感じだったからなぁ。


 しかしこの状況、地味に面倒臭いな。


 ん? なんで事件のあらましを、そこそこ詳しく知っているのかって?


 いや、アキレス王太子殿下がこの事件を調べているわけなんだけれど(そもそも、王太子殿下が事件を捜査していること自体、おかしな話なんだけれども、どうなってるんだ?)、補佐の人が情報屋を使って情報収集。


 重要参考人(犯人?):仮面を着けた金髪の女


 という情報を得る。結果、下っ端の人が私を事情聴取。


 まぁ、こんな感じの事が昨日、帰ったらあったんだよ。そうしたらその直後に、その副官の人を引きずって、アキレス殿下が来訪。謝罪された。


 いや、だから、王族の方に謝罪とかされると非常に困るんですけど。困るんですけど!


 なんかね、副官の人、例の毒ワインを常飲していたらしく、相当おかしくなっていたらしい。私の作った解毒剤で治ったらしいけれど。

 なんでも、そのまま犯人に仕立て上げそうな勢いだったとか。


 ……え? なんなの? この嫌がらせ。あの吸血鬼はなにをしたいんだ? というか、私をどうにかしたいんだろうけど、なんでこんな迂遠な方法をとっているんだよ。訳が分からん。

 というより、本当、気分が悪い。リスリお嬢様に、出歩くのを自重しましょう、とか云われたし。行くなら一緒に! とも云われたけれど。


 さすがに私の行動が制限されるなんて、思ってもいませんでしたよ。


 冗談じゃなしに、伯爵と一緒に締めに行きましょうかね?


 あぁ、でも、それでちゃんと殺せる、というか、(ほろ)ぼせるかどうかは分からないんだよね。

 灰になったはずなのに、ああして復活してるんだもの。……この世界のゾンビがあまりにも厄介だったから、不死の怪物最強とか思っていたけれど、吸血鬼も大概だな。


 ……いや、あれ、異世界の吸血鬼だっけね。こっちの吸血鬼はあそこまで面倒じゃなければいいなぁ。いるのかどうか知らないけど。


 ひとまず、殺す方法、というか、復活させない方法を神様方と相談するとして、もうひとつの出来事。こっちはアキレス殿下来訪のほぼ直後にあったことなんだけれど。


 えーと、テスカセベルムのレアルディーニ侯爵令息のレナート様が、私に謝罪に来ました。正確に云うと、テスカセベルム王国として正式な謝罪をしたいという、先触れとしてきました。私の都合に合わせて、王太子殿下が正式に足を運ぶ予定のようだ。


 ……いや、謝罪ってなんの謝罪ですか?


 訊いてみたよ。そしたら誘拐の件と云われたよ。


 いや、確かに私は王家に誘拐されたようなものだけれどさ、そこでペテンを働いていたのは私、とアレカンドラ様なんだよね。

 私は容姿を変えていたし、鑑定盤での鑑定結果も書き換えてあったわけだし。なにより、私の脱出後、アレカンドラ様が私の死体を置いてきたって聞いたからね。

 で、私自身は、誘拐されて来たと普通に発言していたわけだ。いや、出来るだけ嘘は云いたくなかったからさ。誘拐されたのは事実。でも誰に誘拐されたかは云っていない。

 なので、私の誘拐事件は別件という扱いになっているんだけれど。


 どうしよう、と、一瞬だけ思い悩み、こう答えた。


「王家、国家が謝罪する、というようなことではないと思うのですが。私は何処かの国の重鎮というわけでもありませんし、テスカセベルムの国賓というわけでも、もちろんなかったわけです。

 一般の、というと少々おかしいですけれど、誘拐事件に対し、いちいち国が謝罪するものではないでしょう?

 犯罪を未然に防ぐことができなかったのは、国の責任、などというのは無茶な話ですし。そもそも、起きてもいない犯罪を取り締まるのは不可能ですからね。

 ですから、私に対する謝罪は不要ですよ」


 ついでにニコッとほほ笑んでおいた。


 これでどうにかなるかなぁ、と思ったんだけれど、ダメだったんだよね。

 いや、話していてなにか妙に食い違いがあるような気がして、なんでそんな謝罪することに拘っているのか、単刀直入に訊いてみたよ。


 うん。テスカセベルム側の得ている情報に問題があった。


 なぜか、私が次期教皇であると思われていたみたいだ。どうも加護関連の話が中途半端に伝わっていたらしい。

 六教のどの教派かは知らないと云っていたけれど。


 いや、私、教会の関係者でもないから。……神様の関係者ではあるけれど。


 ただね、ここで七神全てから加護を貰ってますと云おうものなら、更に面倒臭くなりそうな雰囲気なので、アレカンドラ様からの加護を頂いていると答えたよ。


 アレカンドラ様を祭神としている教派はないからね。作るとそこが一強になってしまうという理由と、信仰するのも畏れ多いということから。


 そうして、私は一般人であると、断言しましたよ。


 で、どうにか謝罪の件は無しの方向となりました。


 謝罪を受けて置けば、こんな面倒なことにならなかったって?


 いや、そうなんだろうけど、実際のところ、王太子様と会わない方がいいと思うのよ。


 何しろ、ユーヤとキッカの違いは、髪色と顔だけなんだよね。


 背格好と声は一緒。なにより足の事。テスカセベルムでは、まだ私、足を引いて歩いていたからね。障害は治っていても、クセというか、そういう歩き方しかできなかったから。

 当たり前だけれど、ユーヤとキッカの共通点は多いのよ。

 バレることはないと思うんだけれど、会わないに越したことはないと思うの。


 これで縁が切れてくれるといいなぁ。


 私がテスカセベルムに関わるとしたら、テスカセベルムのダンジョンに行くことを決めた時くらいだろうし。

 ……そういや、ふたつあって、ひとつは放置状態なんだっけ? うん、放置されている方なら、行ってもいいかな。

 まぁ、その前に【アリリオ】か未発見ダンジョンに潜るつもりだけれど。


 さて、そんなこんなで、二十日は色々と大変でした。


 で、本日は二十一日。お祭り当日の朝ですよ。


 そして目の前では、ガラポンをクルクル回しているエメリナ様がいらっしゃいますよ。


 あぁ、うん。丸一日は経っていないけれど、膠はきちんと乾いたみたいだ。木工工房のおじさんが、乾くのには半日から一日って云っていたからね。多分、大丈夫だと思う。

 ガラポンの中に入っている抽選玉は、全部極小の魔石。見た目はほぼ不透明な紫水晶みたいな感じだ。そしてこれの幾つかに色を塗ったものを混ぜてある。

 あんまりガラガラやってると、色が剥がれるだろうけれど、まぁ、ガラポンの中身が全部出るくらいまでなら、なんとか剥がれずに保つと思う。


 あ、ガラポンの説明はしてあるよ。ついでに、どういった使われ方をしていたかも。


 いわゆる、商店街の福引のシステムを云っただけだけれど。幾つかの商店において、幾ら以上お買い物をしたひとに抽選券を渡して――っていうやつ。


「今回のお祭りで、なにかに使えますか?」

「そうねぇ。使うなら菓子店のほうなのよねぇ。あそこはなんのイベントも用意していないから」


 あれ? 菓子店のほうも企画していなかったんだ。


 まぁ、お店自体、まだできたばかりでもあるしね。従業員も業務にこなれる前にイベントとかやるのは、無謀だろうし。


 とはいえ、それじゃ折角のお祭りに寂しい、ってことで、このあいだ食堂のほうの催しごとを相談されたわけだしね。


 あ、食堂の方は、料理対決……というより、決定戦? になったみたいだ。

 選手枠は六名で、参加受付を開始しているとのこと。メインの食材のみを決めて、あとは好きに作ってもらうのだそうだ。


「参加者枠が定員割れしたら、キッカちゃんがでてね」


 とエメリナ様に笑顔で頼まれましたよ。

 フルフェイスの仮面で出場してもいいですか? と訊いたら、ちょっと口元を引き攣らせつつも了承してもらえたよ。


 まぁ、多分、定員割れはしないと思うけれどね。何しろ、優勝者はイリアルテ家が新たにだす食堂の調理責任者として雇うことになっているからね。

 独立を狙っている料理人は参加するんじゃないかな。

 ん? イリアルテ家に雇われるんじゃ、独立じゃない? いや、正確にはそうだけれど、自分が自由に取り仕切れる、という点では独立でしょう? それに、立場的に高給取りになるからね。……店を流行らせている間は。自前の店を持つための資金も、これまでよりは貯め易いだろうし。


「そうねぇ。なにか特別なお菓子を用意して、抽選しましょう。堅実が一番よ」


 エメリナ様がどうするかを決めたみたいだ。


 うんうん。堅実が一番ですよ。外れがありませんからね。抽選のいわゆる外れ枠は、クッキーを数枚まとめた物を渡すとして、一等はケーキ一ラウンドとか。あぁ、いや、円形じゃないからラウンドはおかしいか。


 そうそう、お菓子と云えば、昨日、鍛冶屋さんにいった時に、金型をお願いしてきたんだよ。さすがにガラポンのちっちゃい部品だけ作ってもらうというのも、なんだと思って。


 ただ、ちょっと変な注文だったみたいで、「こんなもん、なんに使うんだ?」と訊かれたけれど。


 あ、頼んだ金型っていうのは、いわゆるたい焼きの型ね。

 もっとも、型の内容は魚じゃなくて、羊だけれど。デフォルメしたほぼ二頭身の羊だ。

 ディルガエアは、ディルルルナ様の角と同じ形状の角を持つ羊を、シンボルとしているからね。国旗しかり、騎士団の名称しかり。


 なので、たい焼きならぬ羊焼きなんてものを作れば、受けると思うのよ。美術系でデフォルメの概念は多少なりとも生まれているとはララー姉様が云っていたけれど、さすがに二頭身というところにまでは行き着いていないみたいだからね。


 ……いや、絵画とかって、こっちじゃ写真代わりみたいな意味合いもあるから、コミカルな感じのものとかってないんだよ。多分、そういった物を描く人はいたのかもしれないけれど、異端として潰れちゃったんじゃないかな。

 神様の立像だけれど、面立ちが西洋風から東洋風に変化した程度だしね。


 実際、型の元になる粘土細工の羊(予め用意しておいた)を見た職人さんが、「なんだこりゃ?」って云っていたし。


 ……羊と認識できなかった模様。


 お祭りの間中も、普通にお仕事をしているらしいので、二、三日でできるということだ。型さえできれば、たい焼きは作るのが簡単ですからね。


 出来上がって来るのが楽しみですよ。


 型ができたら、私、たい焼きを焼くんだ。


 いや、なに変なフラグみたいなこと云ってるんだ私。そもそも鯛じゃなくて羊だ。


 具材に何をいれるか、いまから考えておかないと。現状、餡子がないからね。


 さて、それはさておいて、本日はどうしましょうかね。十時に芸術祭の開催を告げる式典があるって話だけれど。


「――様。キッカお姉様、聞いていますか?」

「あぁ、はい。なんですか、リスリ様」


 いけない、いけない。ぼんやりし過ぎてたよ。


「お姉様、今日のご予定は?」

「私ですか? 特に何もありませんよ。式典を見に行きたいとは思っていますけれど。あとは適当に街を歩きたいんですけれど……」


 難しそうなんだよねぇ。いや、仮面を着けて出歩くと、例の事件に結び付けられそうでさ。治安維持隊の人たちって、なんだか適当そうだし。


 えぇ、彼らの評価は低いですよ。私の中では。


「お姉様。ひとり歩きはダメですよ。それでしたら私たちと一緒に参りましょう」

「私も一緒で問題ないのですか?」

「ありませんよ。サロモン様のご招待ですから」


 あぁ、婚約関連での絡みかな? でも、そこに私も混じっていいのかな?


「問題ありませんよ。むしろ、来ていただいた方が、サロモン様が喜びます」


 あはは。本当、私、どれだけ気に入られたんだろう?




 そんな訳で、私はリスリお嬢様たちに付いて、お祭りに繰り出すことになったのです。




 お祭りに行くのは初めてだからね、楽しみだよ。




誤字報告ありがとうございます。

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