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128 跳梁する吸血鬼


 ディルガエア王国・王都ルルヴァル。北方諸国最大の都市である。だが人が多ければ多いほど多くの問題を抱え、そして、後ろ暗い部分もできるというものだ。


 王都北部地区。王宮の対面に位置するこの区画は、一般人、いわゆる平民たちの居住区である。

 一般居住区、と、ひとくくりにしているが、実際には格差というものがある。

 北部街壁寄りの、繁華街との境界の一角は、貧民街、いわゆるスラムとなっていた。


 商売に失敗した者。病気や怪我が原因で落ちぶれた者。もとより働く気などなく、他者に寄生して生きる者。


 類は友を呼ぶともいうが、そういった、社会から落後した者たちが集まり、いつしか作り上げられた場所だ。老朽化し、補修もされていない建物が立ち並び、一際治安の悪い場所でもある。


 どういうわけか、こういった場所には犯罪者も集まるのだ。


 こういった小汚い場所であるならば、好んで追ってくるものもいない、と、考えるからであろうか?


 薄暗く感じ、また独特の臭いの蔓延するその区域に、好き好んで行くものはいない。それこそ、腹を空かせた肉食獣の目の前に、のこのこと喰われに行くようなものなのだから。


 すっかりと日の暮れた時間。空には欠けた銀色の月が浮かぶ中。その女はひとりユラユラと貧民街を歩いていた。


 真っ白いローブに身を包んだ、長い金髪の女。その長い髪を揺らし、ペタリ、ペタリと裸足で歩いていく。


 こんな夜中に女の一人歩き。それも貧民街の奥深くともなれば、是非とも襲ってくださいと云っているようなものだ。


 だが、誰も彼女に手を出そうとはしない。


 それはそうだろう。


 ここは貧民街のほぼ中央部なのだ。この女は、ここまで、ひとりで歩いてきたのだ。

 誰にも襲われることもなく。なんの荷物もなく。薄着の上に裸足でペタペタと。


 それはどう考えてもおかしなこと。貧民街に住まう者は落ちぶれた者が殆どだが、別にバカの集まりというわけじゃない。

 その異様さぐらい理解はできる。


 人が理解しがたいものに遭遇した時に取る行動は、おおよそふたつ。


 ひとつ。関わり合いになることはせず、注意深く観察する。

 ふたつ。排除する。


 この何れかだろう。


 そして彼女は異様であった。裸足であることもそうであったが、なによりも、その顔を覆う、装飾の一切ないのっぺりとした仮面。視界を得るための、目の部分の穴以外、なにもない白い仮面。


 貧民街を根城にするならず者たちも、さすがに手を出すことをためらっているのか、彼女はなんの障害もなくユラユラと進んでいく。


 時折、足を止め、ゆっくりと周囲を見渡す。なにかを探しているのだろうか?


 やがて、彼女は目的の物を見つけたのか、その歩の進め方があちらこちらへと向くものから、まっすぐとしたものに変わった。


 そして、道沿いの、二階部分に大穴の空いた建物へと入って行った。


 そこは、貧民街の者も近寄ることをしない場所。傷害や殺人などの重犯罪を犯した者たちの集まる場所。


 組織、というほどのものでもないが、いうなれば愚連隊のようなものが出来上がりつつあった。


 そんなならず者集団の根城へと入った女。その末路など、どうなるか知れよう。


 その近所に住まう者たちは、建物に入っていく女の姿を隠れて見ていた。


 青白い月明かりの下、暗く影になった建物に入っていく女。扉など、とうの昔に壊された、ぽっかりと開いた暗い入り口にその姿が消える。


 やがて、狂乱じみた声が建物から聞こえ、そして、それは唐突に消えた。


 見ていた者たちはそのことを不審に思っていたが、その後、なにも変化がないとわかると、静かに寝床へと戻って行った。




 そして翌日。


 王都を流れる水路に、男の遺体が浮かんだ。


 ◆ ◇ ◆


「アデルモを見つけた?」


 十九日の朝、その報告に、アキレス王太子は顔を顰めるように目を細めた。


 潰し屋アデルモ。強盗殺人で手配されていた男だ。繁華街で数人の商人が被害にあっている。

 その殺害の手口は酷いものだった。頭を掴んで壁に叩きつけて潰し殺害するというもの。

 押し込み強盗をした先でも、道行く商人を路地に引き摺り込んだ場合も、殺害の手口はいつも同じだった。違いは、せいぜい叩きつける場所が床の場合もあったというだけだ。


 そして付いた通り名が【潰し屋】だ。警邏をしている兵士たちが、商店を潰すこととも掛けているのだと云っていたのを憶えている。


 そんな凶悪な人物の発見は朗報だ。貧民街に逃げ込まれた場合、捜すのは非常に困難なのだ。ロクに協力も得られないことはもとより、匿う者もいるからだ。

 もっとも、それが進んで匿っているのか、脅されているのかは定かではないが。


 とはいえだ。


「なぜその報告が私の所に来たのだ? 凶悪強盗犯はバスケス子爵の管轄だろう? 現状、私が行っているのは不死の怪物への対処だぞ」

「殿下、アデルモは既に死んでいます。目玉を抉られ、腹を破られ、心の臓、肺、肝、そして血も無くなっています」


 アキレスは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「件の吸血鬼か!?」

「恐らくは。オルボーン伯に確認したところ、内臓を好んで食べていたと」


 アキレスはますます顔を顰めた。


 人間の犯罪者にも食人を行った者はいる。このところ続いている王都での不審死に関する捜査を始めた上で、アキレスはこの手の資料を読み漁ったのだ。


 大抵の犯人が、自らの行いに関して呵責など一切なかったとのことだ。


 そして例の吸血鬼、半信半疑であったが、オルボーン伯の話は事実であったと、裏付けられたと云っていいのだろう。


 吸血鬼にとって、我々は血と肉でしかないのだ。


「喰われていたんだな?」

「はい、殿下」

「これまでの不審死の遺体とは違うな。これまでの犯人がエスカレートしたのか、それとも別人か」

「目撃証言があります」


 アキレスは目の前に立つセラーノ侯爵令息フラビオを凝視した。


 いま、目撃証言と云わなかったか?


 フラビオがいう。犯人と思しき者のすがたは、真っ白いローブを着た、金髪長身の裸足の女性。

 その顔は、白い仮面に覆われていたという。


「その証言者に問題はないんだな?」

「我々が使っている情報屋の男です」


 情報屋か。金で情報を売っているのだ。偽情報を流すなどと云うことはないだろう。そんなことをすれば、情報屋としての価値が失われる。


「殿下、イリアルテ家に匿われているという、神子とやらを取り調べましょう」

「なんだと?」


 突然のフラビオの言葉に、アキレスは思わず聞き返した。


「私は見たことはありませんが、その神子とやらは仮面を着けて生活しているのでしょう? これは是非とも取り調べなくては」


 異様なやる気に満ちているフラビオに、アキレスは訝し気な表情を浮かべた。幼少の頃からのつきあいだが、ここまで何かに執着するかのような様子は見たことがない。


「フラビオ、それはない」

「ですが、一度は調べるべきかと」

「髪の色も違う上に、体格もまるで違う。それで同一人物という方がどうかしている」

「髪など、いくらでも染められましょう!」

「背丈はどうにもならんだろう。裸足だったのだろう?」


 裸足であったのなら、靴などで背丈をごまかすなどできやしない。


「そんなものは些細な問題です。むざむざと犯人を逃がす訳にはまいりません!」


 おかしい。


 フラビオのその様子に、アキレスは目をそばめた。


「フラビオ、ちょっと鑑定盤に手を置け」

「は?」

「置け」


 王太子に睨みつけられ、フラビオはしぶしぶながら鑑定盤に手を置いた。


 【魅了(毒):第三段階】と鑑定結果に表示されている。


 アキレスは映し出された結果に軽く舌打ちすると、再びフラビオを射るような視線で見つめた。


「これを飲め」


 アキレスは懐から妙に整った、綺麗な硝子壜をフラビオに押し付けた。


「殿下、これは?」

「薬だ。不穏に思うのなら、鑑定盤で調べろ。その上でしっかりと飲め。飲んだ振りなどは絶対に許さん」


 王太子の形相に、フラビオはたじろいだ。それこそまるで、親の仇を取るかのような形相だったのだ。


 フラビオは薬を鑑定盤で調べることなく、栓を抜くと、ぎゅっと目を閉じてその中身を一気に飲み干した。


 フラビオの体の周囲を光が躍る。


「フラビオ、もう一度訊くぞ。明らかに目撃証言と違う人物を取り調べる理由はなんだ?」


 問われ、答えようとして、フラビオは狼狽えた。


 いかに自分がおかしなことを主張していたのか、今更ながらに自覚したのだ。


 だが、自分は取り調べるべきと主張したのだ。主張するだけの理由があったはずだ。それを思い出そうとし、出来ず、ならばその理由を改めて考えだそうとし、これまたできないことに、フラビオは愕然としていた。


「で、殿下、これは……」

「由々しき事態だ。全員に自身の状態を鑑定盤で確認させろ。問題のある者は自室で待機だ。

 フラビオ、酒を飲んでいるな。いや、今、酔っていると云っているわけではない。お前の飲んだ酒に、毒入りの物がある可能性がある。確認しろ。自身の所持している物も、行きつけの店の物もだ」


 フラビオは慌てて敬礼すると、バタバタと慌てたように王太子の執務室からでていった。


 アキレスは倒れた椅子を起こすと、ドスンと、まるで尻餅をついたかのように腰を下ろした。


 ふぅ、と、大きくため息をひとつ。


「まったく、厄介なことになった。これでは薬が足らんぞ」


 いったい、どれほど毒の酒が出回っているのか。


 いや、マルコスからの報告からすると、せいぜい樽にしてふたつ、みっつといったところの筈だ。だとしたら、本数もたかが知れているはず。


 そこまで考え、アキレスは眉をひそめた。


 ……そもそも、ワイン樽ひと樽から、何本の壜ワインができるんだ?


 普段、気にも留めなかったことに思い当たり、アキレスはワイン樽一樽から、どれだけのワインが出来上がるのかを調べさせた。


 結果――。


 レブロン男爵家別邸で発見された、熟成中の毒のワイン樽は三つ。これと同量が昨年つくられたのだとすると、おおよそ出回った毒ワインは、千本ほどだろうとのことだった。


 千本。


 その大半はバッソルーナで消費されたと思われる。だが、幾らかが流通に乗り、出回っているのだろう。


 百本か、二百本か。


 この事実に思い当たり、アキレスは頭を抱えたくなった。


 この酒の件に関しては宰相であるマルコスが、母上の命の下、陣頭指揮を執っている筈だ。確認しておかなくてはなるまい。特に、流通させた商人が分かっているのなら、その流通経路も聞きださなくてはならない。


「まったく、面倒なことになった」


 この時になって初めて、アキレスはレブロン男爵を絞め殺したい気分に陥っていた。


 祭りまであと一日。


 唯一の朗報は、手配中の厄介な殺人犯であるアデルモが殺されたということだけだ。




 まったく、なんの皮肉だ。



 アキレスはため息をつくと、マルコスの下へと向かった。




誤字報告ありがとうございます。

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