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126 女神様は街中をテクテク歩いていたりしない

20/02/17 アレクサンドラの愛称に関して加筆。


 世の中には物好きが居るものだ。


 最初はそう思ったんだけれど、どう考えてもおかしい。

 ここはエスパルサ公爵家の王都邸で、いまはパーティ中。

 貴族の皆さまはここに交流をとることに精をだしているなかで、わざわざ得体の知れないモノに声を掛ける者はいない。というか、することではない。


 ほかにやることがあるだろう? この手の場は婚約相手を探す場でもあるんだよ?

 確かに、アレクサンドラ様は売約済みになっているけれどさ、他にも貴族の令嬢様はパーティに参加しているからね?


 それを、なにを好き好んで壁の花をやっている私の所へと来るのか。

 それも、現状は先日やったお人形さん状態なのに。


 黒のゴスロリドレスに銀の装飾のついた仮面装備で、ちょこんと椅子に座っていただけなんだけれど。


 ……なんでダンスに誘われますかね?


 いや、本日のパーティは別にダンスパーティというわけではないんだけれど、踊ることのできるスペースは会場に取ってあるんだ。もちろん、楽師も何人かいるから、音楽もあるよ。


 でもね、そういうお誘いはお目当ての令嬢にするものであって、私みたいに壁際で人形の振りして座ってる変わり者にすることじゃないでしょう?


 というか、いつバレたんだろ? もしかしたらイリアルテ家のパーティに参加してた方が、話題にでもしたのかしら?


 あの時、会場が静まり返ったのは、人形と思われていた私が動いたからだと、後から聞いて納得したわけだけれど。ということは、それだけ注目していた人もいるということだからね。


 そして今の私はその時と同じ格好だもの。分かる人には分かるというものだ。


 とはいえだ、話しかけられた以上は答えないわけにもいかない訳で。


 私は、失礼します、と断りを入れて立ち上がり、不調法者云々という定型文的な断りの文句を口にした。


 気まぐれでの誘いだろうし、これで引き下がってくれないかなぁ、と思っていたんだけれど、うん、無理だった。


 リードをするから――という、これまた、ドラマかなんかで聞いたような云い回しで再度誘われた。

 そして気が付いたことがひとつ。


 ……あっちでこちらを伺っている三人はなんなんでしょうね? ニヤニヤと笑っているけれど。


 これあれか、誘えるかどうかやってみろよ的なやつか。つまりは、私はある意味賭けの対象? にされているわけだ。


 ほほぅ。面白くありませんよ。


 思わず口元に笑みが浮かぶ。どうせ仮面で見えないんだ、表情を気にすることもない。


 そして私は答えた。


「いえ、リードして頂ける云々ではどうにかなるものではなく。私は数ヵ月前まで、幼少の頃の怪我が原因でまともに歩くことが困難だったのですよ。今では神様の思し召しでその障害は治りましたが、いかんせん、私がまともに歩くことをすっかりできなくなっておりまして。普通に歩く分には問題なくはなったのですが、ダンスのような細かいステップだのなんだのが混じると、途端に足を絡ませて転んでしまいます。ですので、どうかダンスのお相手はご容赦ください」


 さぁ、これでどうなる? 足を踏むではなく、転ぶだ。そしてその理由も述べたぞ。

 青年は顔を強張らせているな。年上に見えるけど、私と同い年くらいか、下手すると下だろうなぁ。


「キッカ殿、どうされましたかな?」


 そこへサロモン様が登場。


「いえ、こちらの方が、ひとり壁際にいる私を哀れんで、ダンスに誘ってくださったのですよ。ですが私にはダンスのような足捌きは無理ですので、お断り申し上げていたところです」

「踊れないのかね?」

「数か月前までは、まともに歩けなかったんですよ、私」

「あぁ、障害があったのだったな。」


 あれ? サロモン様知ってる? 聞いていたのかな? それとも調べたのか。多分、後者だろうなぁ。息子さんが諜報部の親分みたいなものらしいし。

 まぁ、隠していることでもないしね。いまは普通に歩けるわけだし。


「ふむ、退屈そうにしているキッカ殿を見かねて、声を掛けた、ということかな?」

「そういうことにしておいてあげてください。でないと、あちらの三名様も巻き込んで、私は侮辱されたと、騒ぎ立てなくてはなりません」

「神子殿!?」


 ちょっ、サロモン様!? まさか乗って来るとは思わなかったよ!?


 うん。いまの私のセリフは、この目の前にいるどこぞの貴族令息に対する売り言葉的なものだ。


 うん。ヤる気だよ、私は。


 これは自覚しているんだけれど、多分、これまでは反撃なんてできようもなかったことの反動みたいなもの、だと思う。うん、我ながら心が狭い。


 これまで基本、ずっと私は泣き寝入りだったからね。ただ、それを察し、どこからか情報を集めて、父と兄が独自に報復していたみたいなんだけれど。


 一度、お兄ちゃんに訊いてみたら――


 学年にひとりくらいは、その筋の関係の奴はいるもんだよ。餅は餅屋ってね。


 ……深く訊くのは止めることにしたよ。


 自分にできないことは、出来る奴に任せたらいいんだよ。そのために人脈を作って恩を売っとくのさ。


 なんてことを云って、よくわからんコミュニティを築いてたみたいだし。


 私もそれを真似ているんだけれど、上手くいっているのかな?


 なんだか貴族の方々に加え、王族の方々とも懇意になってきているけれど。


 で、サロモン様。『キッカ殿』ではなく、『神子殿』とわざわざ云ったわけで。


 目の前の彼は青くなってるね。そして向こうでこっちを伺っていた三人は、薄情にも逃げ出したよ。


 友人は選んだ方が良いですよ? どこの貴族令息かは存じませんけど。


 ニヤニヤとしているけれど、仮面をつけたまんまだから問題なし。


 ……というか、なんか静まり返っているけれど、なんで?

 あぁ、いや、ひそひそとした声は聞こえるな。


 ……あー、神子様とか聞こえる。


 どうしましょうかね、これ? もういちいち否定するのは止めるか。訊かれたら否定するけれど。実際、神様方の使い走りもしているし。


 さて、目の前にいた彼ですけれども、しどろもどろに言い訳がましいことを云って、離れていったよ。


 見ると、サロモン様がニヤニヤしてた。


「まずかったですかね?」

「いやいや、あ奴らはアレックスにも不躾な態度をとっていたからな。構うことはない。あぁ、安心するといい。あ奴らにキッカ殿に危害を加えるような度胸はもっておらん」

「やっぱり、先ほど神子殿と呼んだのは――」


 そう云ってサロモン様をみると、サロモン様は茶目っ気のある笑みを浮かべていた。


「教会を相手に喧嘩する奴はおらんよ。そんなことをしようものなら、家が無くなるからの」


 お、おぉぅ。……なんだろう。無くなるの意味が怖いんだけれど。多分、取り潰しとは意味が違うと思う。


「時にキッカ殿、改めて礼を。あのドレスは素晴らしいな。露出が少ないというのに、あそこまで目を惹けるとは」

「物珍しさだけで終わらなければいいんですけれどね。ちなみに、一番のポイントはあのリボンですよ。あれを着けるか着けないかで、印象ががらりと変わりますからね」


 アレクサンドラ様は、多くの令嬢たちに囲まれて談笑している。うん、楽しそうだ。そして凄い華やかだ。


 さすがは緋色のゴスロリドレス、周囲のご令嬢とは一線を画していますよ。


 流行は作り出すもの、なんて云っていたから、目立ちたがりのところもあるのだろう。すごいご満悦な様子だ。


 うんうん。ああいう様子を見ると、我ながらいい仕事をしたと思えて、気分が高揚しますよ。


 そういえば、アレックスとお呼びください、と云われたんだよね。お許しが出たとはいえ、さすがに馴れ馴れしいような気がして、そう呼んではいないけれど。

 ただ、アレクサンドラの愛称と云えば、サンディとかサーシャだと思うんだけれど。

 で、ちょっと聞いてみたら、私はアレックスが気に入っているんです! と、やたら力強く云われたよ。アレックスだと男性の愛称アレクサンドルとかアレクサンダーのと思うんだけれど。


 その理由に関しては、オスカル様が説明されたよ。幼少期、アレクサンドラ様、自身を男の子と思い込んでいたのが原因だそうだ。アレクサンドラ様、双子は性別が同じと思い込んでいたんだとか。


 なんとも微笑ましい原因でした。これはサロモン様でなくとも、愛でたくなるというものです。


 そのサロモン様は、目を細めてアレクサンドラ様を見つめています。


「うんうん、これは是非とも、アレックスの結婚式用のドレスの仕立てもお願いしたいところだな……」

「構いませんよ。アレクサンドラ様のドレスでしたら仕立てますよ。そうそう、私は仕立て屋ではないので、他に仕事の依頼をされても断りますよ」


 元々、自分の服を縫うためにやってることだしね。というか、手を広げ過ぎたらまわらないよ。


 鎧にしても、基本的に【削刻骨の鎧】だけを販売しようかと思っているし。


「それはありがたい。是非ともお願いしたい。まぁ、少しばかり先の話となろうが」

「あのふたりは、あのままくっつくと思いますけれどねぇ」


 ダリオ様とアレクサンドラ様、本当に仲睦まじいって感じだったからね。


 その後、私はパーティ終了まで、サロモン様と雑談して過ごしたのです。


 ◆ ◇ ◆


 こんにちは。キッカです。二十日午後となりました。


 いやぁ、午前中は厳しかったですね。エステラ様の講義は大変為になりましたが、いかんせん、どうにも私の価値観の矯正には至っていません。


 まぁ、すぐにコロっと変わったら、それはそれで怖いけれど。ほとんど洗脳というか、催眠というか、そういうレベルになるだろうからね。


 ただ、私の作るもののいくつかは、対比するものがまったくないので、値付けが難しいというのはエステラ様にも分かって頂けた模様。


 いや、あの回復薬の軟膏を出して見せたんだよ。説明をしたら驚かれたよ。


 ん? 実演しなかったのかって? やろうとしたらリスリお嬢様に羽交い絞めにされたよ。


 すぐに治るし、さして痛いわけでもないんだけれどなぁ。あぁ、そういえば、エステラ様が顔を引き攣らせていたな。

 実演するのが一番効率がいいと思ったんだけれどな。まぁ、仕方ない。


 現在、私は商業地区へと向かって移動中です。もちろん、執事のベニートさんがお供というか、保護者的な感じで一緒です。


 いまさらながらに気が付いたけれど、侯爵家の客人が事件に巻き込まれたとか、犯罪被害者になったとかしたら、侯爵家の名に傷がつくものね。

 こうして護衛のように付かれるのは当然のことだろう。


 というか、普通は三度も殺されかけたりしないんだよ。不死の怪物、強姦魔兵士共、黒マントの騎士と立て続けにあったからね。

 クラリスとの邂逅は、私の自業自得のところがあるけれど。


 ……ほんと、あの女吸血鬼、どうしようかしらね。

 なんとか合法的に始末できないかなぁ。現状だと、面倒なことにしかならないもの。


 あ、教会に情報をリークしておけば……いや、それも拙いな。男爵の婚約者の位置にいるわけだし、下手なことをすると侮辱罪になる。


 うーむ。地味に面倒臭いな、貴族社会。


「お嬢様、そろそろ商業地区ですが、本日は何が要り用ですか?」


 ベニートさんが訊いてきた。


 うん。お店はベニートさん頼りだからね。


「木材を少しと、あとは、金属製のシャフトとクランク、それと釘と金具ですかね。あぁ、シャフトとクランクは木製でも構わないんですけど」


 そんなもん、なんに使うのかって? ガラポンを作るんだよ。

 中身はどうするか悩んだんだけれど、今回は間に合わせで、私の作った魔石(極小)で代用することにしたよ。あれ、ビー玉くらいの大きさの真球だしね。

 天然? の魔石だと、形は様々みたいなんだけれどね。


「なにをおつくりになるので?」

「くじ引き用の道具ですよ。ちょっと作ってみたくなったのと、今の時期なら、エメリナ様がなにか面白そうな用途を思いつくのではないかと思って」


 実は、すべてのパーツの図面は引いてきてあるんだよね。だから、その形でカットして貰おうと思っているんだよ。問題は金属部品の方。加工にどのくらいの時間がかかるだろ? 小さいものだし、複雑なものでもないから、すぐにできると思っているんだけれど。


 ……さーい。


 できれば今日中に作りたいんだよね。あぁ、でも、リスリお嬢様たちと、前夜祭を見物にいくことになってるしな。


 ……た。待って!


 前夜祭といっても特別な企画があったりするわけじゃないそうだけど。フライングで色んなお店がなにかしらやっていたり、劇団の下積みの団員とかが路上パフォーマンスをしているくらいらしいけど。


 女神さま!


 ちょ、待て、何だ今のは!?


 女神様は街中をテクテク歩いていたりしない。心当たりがあるとすれば――


 私だ!


 え、いまの誰かを呼んでた声って私なの!?


 声のした方向に振り向く。ベニートさんも同様に振り向いていた。


 視線の先。そこにはこちらに向かって走って来るメイド姿の少女が見えた。


 それも、見覚えのある少女だ。




 私はその少女に、思わず口元を引き攣らせたのです。




誤字報告ありがとうございます。

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