121 これは現実逃避だということ
芸術祭。これはディルガエアだけのお祭りというわけではなく、他国もひっくるめて行われるお祭りである。
王国主催の文化振興のお祭りだからね。もちろん、中心を担っているのは月神教だ。文化面の神様はアンララー様だからね。
また、これに便乗してというわけでもないけれど、月神教に次いで熱心に参加するのが水神教。学術関連の発表会、えーと、学会的なモノかな? それが帝国で開催される。最新の研究だの技術だのが発表されるとあって、各国の学者さんたちは、みんな帝国へと行っているのだとか。帝国は文化面より学識面に偏っているんだろうね。
で、芸術祭を最大級に執り行うのはアンラ王国。月神教の総本山だからね。ディルガエアは農業国家ということもあって、国をあげてのメインのお祭りは、十一月に行われる収穫祭だ。なのに、こんなにも芸術祭が盛り上がっているのは、アンラ出身の王妃殿下が色々と頑張ったかららしい。
それまでは他国と同じように、こじんまりとしたお祭りだったものが、この二十年で、いまや九日間もぶっ続けで行われるお祭りとなった。
期間は二十一日から翌月の一日まで。前夜祭が二十日に行われるから、実質十日間だ。
それだけの長期のお祭りだけれど、感覚的には文化祭とか、万博みたいな感じなのかな? 芸術作品の展示会、音楽会、演劇が期間中は多く開催されるみたいだ。
あ、そういえば、アレカンドラ様の肖像画も公開するみたいだ。……いや、製作期間がえらく短いけれど、大丈夫なのかな? というか、あの宮廷画家のお兄さん、ちゃんと休んでるよね?
私は信心深さというのを、こっちに来て思い知った感があるから、いろいろと心配ですよ。
で、それらの催し以外には舞踏会。広場……というか、軍団の訓練場を開放して、会場とするらしい。競技場並みに広くありませんかね? あとは……そうそう、武闘大会も開催される。まぁ、武闘大会のような、肉体系メインの催しを中心にしているのはテスカセベルムなんだけれど、ほら、王様のアレとかがあったため、今年はこじんまりしているそうだ。
うん。私が原因だね。
どっちにしろ、戦争してたら祭りどころじゃないんだから、私の知ったこっちゃないよ。
その為、今年は各国の腕自慢がテスカセベルムではなく、ディルガエアの武闘大会に参戦してくるらしい。
ちょっと楽しみなんだけれど、地球の、大昔のコロッセオみたいに殺し合いじゃないよね? ガチすぎるのはさすがに嫌ですよ。
あとは、料理関連に関しては、出店がいろいろと出るみたいだ。やっぱり縁日みたいな感じはあるんだね。エメリナ様がなんだか怪気炎を上げていたから。どこかに出店するんだろう。多分、甘味のお店の出店を、武闘大会会場あたりにでも出すんじゃないかな。いや、あのデニッシュを使ったシューサンドっぽいものを出すのかもしれない。
あれなら食べ歩き的なこともできるしね。
私、お祭りとか行ったことないから、見て回ってみたいんだけれど、どうしてもトラブルに巻き込まれると思えてならないのはなぜだろう?
ん? 一度もないのかって? ありませんよ。足の障害と云うのは、厄介でしたからね。人混みだと、私は障害物にしかならないのですよ。さすがにそれは他所様に迷惑ですからね。なので自主的に引き籠りです。
お兄ちゃんには誘われたんだけれどね。背負ってもらってまで行くこともないだろうし。
なので、このお祭りはとっても楽しみにしていたりします。若干不安ではあるけれど。
そんなお祭りを控えた本日、十七日です。
朝からアレクサンドラお嬢様がお見えになりましたよ。ドレスの生地が到着です。
というか、随分とはやいな。昨日の内に仕入れたのか。お祭りが近いこともあるし、ドレス用の生地なんて品薄になってそうなんだけれど。
そこはあれか、公爵家の出入り商人が『こんなこともあろうかと』精神で取り置いといたのかな?
まぁ、そんなどうでもいい邪推は置いとくとして、生地をさっそくみましょうか。
うん。綺麗な赤い生地。というか、これ、サテン……だよね? 合成繊維なんてありゃしないから、絹糸ってことだよね。
え、こっちって養蚕やってるところあるの?
ファンタジーらしく魔物の糸ってことはないよね? ま、まぁ、生地として現物があるわけだから、そこら辺りは気にすることも無いか。
さて、この赤色。私が想像していた赤色よりも鮮やかです。私が考えていたのは、やや暗めの赤。深紅だったのだけれど、これは緋色だよね? そんな感じだよ。
そして合わせる白の生地はほんのり暗めの白だ。
……なるほど、アレクサンドラお嬢様と打ち合わせをしたわけだけれど、ここでイメージの差異があったわけだ。明暗が逆になってる。
まぁ、色合い的には問題なし。
そうだ。靴はどうなってるんだろう? 折角だから靴にも装飾したいんだけれど。
髪には二次元キャラみたいなデカいリボン(バレッタ的な髪留め)をつける予定ですからね。
まぁ、あとで聞いてみよう。
今、アレクサンドラお嬢様は、イリアルテ家の皆様にご挨拶の最中です。
そうそう、アレクサンドラ様は、エスパルサ家前当主、要はお爺様と一緒にイリアルテ家への来訪なんだけれど、そのお爺様に、私、祈られたよ。
いや、さすがにそんな方に仮面をつけたままは問題だから。外したらたちまち……。アレクサンドラ様もなんだか呆然としてたな。
あれ? 素顔見せてなかったっけ?
まぁ、いいや。なんだかこの流れが恒例になってきた感じだよ。あはは……。
そうそう、パーティの時、公爵家とイリアルテ家はどういう関係なんだろう? とか思っていたけれど、至極簡単な理由だった。
最有力婚約者候補なんだそうですよ。
ダリオ様×アレクサンドラお嬢様。もしくはオスカル様×リスリ様なんだそうな。
バレリオ様と先代公爵サロモン様、双方完全な武闘派で意気投合しているらしい。その流れがあって、お孫さんである双子との婚約となったようだ。
先代公爵サロモン様は昔は白羊騎士団団長であったのだとか。当時の綽名が鬼将軍。
……うーん、見た感じ、人のいいお爺ちゃんにしか見えないんだけれど。
いや、私は何故か年配の方にはやたら受けがいいからな。そのせいかもしれん。
近所の陶芸家のじっちゃん、気難しいことで有名だったのに、なぜか私にだけはすっごい優しかったからな。いい年なんだから、あんころ餅十個一気食いみたいなアホな事、またやってなきゃいいけど。喉に詰まらせた時には冗談じゃなしに焦ったんだから。
さて、お二方の婚約のことだけれど、当人同士の相性を見るとのことで、当事者の意思を完全に無視するわけでもないみたいだ。
政略結婚としては、珍しいんじゃないかな。
ダリオ様とアレクサンドラお嬢様の仲はよさそうだけれど、リスリお嬢様としては、オスカル様はどうなんだろう?
どことなく、オスカル様はダリオ様と同じ、苦労人のような気がしているんだけれど。
なんというか、ディルガエアは女性が強いからね。主神がディルルルナ様だからというのもあるだろうけれど。
「キッカ殿、キッカ殿、アレックスはどういうドレスを頼んだのかね? 教えてくれんかね? アレックスが教えてくれんのだ」
なんだかサロモン様とすっかり仲良くなりましたよ。
というか、アレクサンドラお嬢様、お爺様には内緒か。見せて驚かせたいのかな?
「どういうものかと訊かれましても。一昨日、私が着ていたドレスと同じような感じですよ。美しさよりも可愛らしさを前面に押し出しつつ、落ち着いた雰囲気を持たせたドレスになる予定です」
どういうドレスだと思いたくなるような表現だけれど、ゴスロリドレスってそういうものだしね。
私個人としては、病んでる雰囲気がでれば尚良し、なんですけれどねー。
「その辺りは儂も聞いてはおるんだが」
「楽しみに待っていましょう。アレクサンドラ様の楽しみを取るのはいけませんよ?」
片目を瞑って口元に笑みを浮かべて見せる。
すると、サロモン様はなぜだか狼狽えた。
うーむ。この顔でこういったことをやると、こんなことになるのか。
まぁ、神様に対するイメージなんて、人種に関係なく同じだろうしね。無意識的に畏れは抱いているのだろうし。
……まさか、頭を掻き毟って『うがぁーっ!』とか叫んで癇癪起こしてたりするとは思わないよね。
アレカンドラ様、大丈夫なのかな。前任者の尻拭いが終わらないらしいけど。
なにやらかしたんだ? 前任者。あぁ、いや、やらかしたんじゃなくて、なにもしてなかったのか。
今回のことで知れただろうし、上からなにか罰則をくらったりしてないのかな?
「お爺様。なにキッカ様を口説いているのですか!」
「いやいやいや、アレックス、さすがに儂はそこまで元気ではないぞ」
サロモン様の答えに、アレクサンドラお嬢様の目がじっとりとしたものになる。
どうも私とサロモン様が話しているのが気になったようだ。
「貴族の婚姻に関してお話を頂いていたんですよ。私のような庶民には雲の上のお話ですからね」
嘘はないよ。アレクサンドラお嬢様が、ダリオ様の婚約者(仮)というお話を聞きましたからね。
「相手が決められることですか? 私たちはそういうものだと思っていますけれど。まぁ、どこそこの誰がいい、というのもありますが、それが上手く行く例は少ないですね」
あぁ、家の格の違いとかもあるものね。そうなるのか。
「キッカ殿は、婚姻については考えているのかね?」
「私は嫁ぎ先が既に決まっていますので」
あれ? なんで凝視されるの?
「お、お姉様! 結婚されるのですか!?」
リスリお嬢様が駆けよって来たよ。こっちの話に聞き耳を立てていたのか。
あ、向こうでリリアナさんが困ったような顔をしている。まぁ、褒められた行為じゃないからね。
「えぇ、まだずっと先のことですけれどね」
「ど、どこの誰ですか!?」
「内緒です」
私は唇に右手人差し指を当てて答えた。
「なんでですかー」
おぉ、久々に聞いたよ、このフレーズ。相変わらずリスリお嬢様がいうと可愛い。
ほっぺを膨らませていますけれど、答えませんよ。
そんな感じで、午前中はみなさんと談笑しながら過ごしました。
午後。お昼のお茶の時間後からは裁縫の時間です。
えぇ、ドレスを縫っていきますよ。
……えぇ、自覚していますとも。半ばこれは現実逃避だということを。
いや、吸血鬼をどうしよう? とは思ってはいるものの、できれば合法的に始末したいのですよ。
暗殺じみたことをやるのではなく。
男爵を始末するわけには、当然いかないので、恐らくは私を婚約者殺害の犯人だと騒ぎ立てると思うのですよ。多分、恐らく、きっと、絶対。これまでのことを鑑みるに、まず間違いないんじゃないかな。
で、流された噂で落とされた名誉は決して回復しないからね。
陰口をひそひそとささやかれ続けることに耐えられるほど、私のメンタルは頑丈じゃありませんからね。
ディルガエアは気に入っているし、拠点も充実したので、いまさら引っ越すとかしたくありません。
なにより、そんな事態になったら、あの三馬鹿が調子に乗って、私を殺しに来そうだからね。面倒なことこの上ないよ。
で、合法的な方法に持って行く方法、なんて思いつきもしませんからね。そんなわけで、別の事に集中している次第にございますよ。
それじゃ、今朝方作ったペンダントを着けてと。鋏捌きと針捌きはどのくらい変わるだろ?
ということで、まずは型紙に合わせて裁断しますよ。
うん。凄いね、【技巧】強化。
どういうことかを説明すると、表現としては適当ではないけれど、これが一番分かりやすいかな。
ぬるぬる動くよ。
それこそ自分でも『うわ、気持ち悪!』と思えるくらいの精度で布地に鋏を通して、気味の悪い速度で精密に縫製が進む。
私のドレスを縫った時より五割増しくらいで作業が進むよ。
まぁ、デメリットなんだろうけど、集中度合いも自力で上げることになっているからか、目が凄い疲れるけど。
うん。この速度だと、今日中にドレスは完成しそうだ。まあ、その後はバレッタにくっつけるリボンとか、手袋とかを作らないといけないんだけれど。
あ、製作予定にはなかったけれど、チョーカーも作るか。
こうして夜半過ぎ、ドレス本体は完成したのです。
そしてその日の夢にて、またしても神託が降されたのです。
誤字報告ありがとうございます。