120 タンポポドクダミシ~ソ♪
なんとか無事に、陽が昇りだした頃に帰って来ましたよ。
本日はリスリお嬢様も私のところには来なかった様子。来て居たら、私のベッドで寝てるだろうからね。
と、そうだ。今のうちにひとつ付術してしまおう。
【肉体強化】が思いのほか便利だったからね。唯一の欠点は、効果時間が短いことだけれど、付術が可能。これは【夜目】とか【発光】と同じく、付術してこそ生きる魔法みたいだ。
まぁ、若干の問題があるんだけれど。
で、【肉体強化】魔法は“身体能力を満遍なく増幅させる”というものではなく、いわゆるパラメータごとを別個に増幅するものとなっている。
私が男爵邸で使ったのは【筋力強化】。筋力だけを増幅したわけだ。
先にいった問題と云うのは、この別個に強化という点。
いや、肉体の“一面”のみを強化するため、制御できなくなるんだよ。
どういうことかというと、うん、折角だ、現状の私のステータスで説明しよう。
ということで、現在の私のステータスはこんな感じ。
名前:キッカ・ミヤマ(深山菊花)
種族:人間 性別:女 年齢17歳
職業:錬金薬師
属性:影
筋力:C
知力:B
気力:S
体力:B
技巧:B
敏捷:D
走力:D
魅力:S
運気:(F→)C(加護により三段階上昇+α)
技能:炊事 洗濯 掃除 裁縫 基礎学術知識
祝福:アレカンドラの加護(運気上昇)
ディルルルナの加護(即死回避)
ノルニバーラの加護(看破)
アンララーの加護(外見不老)
ナルキジャの加護(菊花の奥義書)
ナナウナルルの加護(天の目)
テスカカカの加護(察知)
(※※:主人公)
敏捷と走力が人並(多分ほぼ底辺)にまで上昇したよ。まだ全力で走ると、途中で足運びが混乱して転けたりするけれど。
技能がまったく増えていないのは、ゲームキャラとしてのステータスの方に表記されているから。
そっちは技能の量が大変なことになっているから、機会があったら見せるよ。
さて、各パラメータの説明。
・筋力。いわずとしれた力。いわゆるパゥワァ。
・知力。頭の回転力。ウィットとかそういうの。物知りということじゃないよ。
・気力。精神力。根性ともいえるかな。
・体力。耐久度とスタミナを合わせたもの……かな?
・技巧。器用さ。手先はもとより、身体制御も含む。
・敏捷。動きの素早さ。運動性っていった方が分かりやすい。
・走力。走る速さ。機動性のこと。
・魅力。カリスマとルックス。Sなのは、女神様に似てるからだと思う。
・運気。これはそのまんま。【運】だよ。
魅力と運気は付術不能になってた。
で、問題の“制御ができない”というのは、こういうこと。
例えば、【走力】を増幅した場合、走っている状態から急停止しようとすると、もれなく転倒する。
単純に筋力不足で、足を止めた際に、踏ん張り切れなくなるんだよ。同様に【敏捷】を増幅させると、細かい動きに頭がついて行けなくなる。要は、強化した身体に振り回されることになってしまうんだ。
なので、これらの魔法を掛けるなら、複数同時に掛けないと厄介なことに成り兼ねない。【走力】+【筋力】、【敏捷】+【知力】みたいに。
いや、試しに【敏捷】を上昇させてみたんだよ。結果、意識が体に振り回されるようなことになっちゃってね。
そんなわけで、複数同時に掛けるのが無難みたいだ。
まぁ、それを魔法で掛けるとなると面倒。魔法合成で一回で複数発動できるようにすると、馬鹿みたいに魔力が掛かる。おまけに時間制限が短いと、なかなかに使いにくい。なら装備で、となると、身体能力を強化するよりは、ほかに有用な付術があるし。となって、ゲームだとすっかり忘れ去っていたみたいだ。
そうそう。問題というか、もうひとつ出る影響があった。
凄い疲れる。
そんな欠点だらけの肉体強化の、なにを付術するんだよ、っていうことだけど、【技巧】の付術を行います。
【筋力】と【技巧】は、複合発動させなくても問題ないからね。
ん? 【知力】? 【知力】は強化しても、私の頭じゃたかが知れてるよ。
ふふふ。【技巧】強化することにしたのには理由があるのですよ。
えぇ、お裁縫の高速化を目指しますよ! 高速化ができなくても、縫い目を現状以上に整ったものにできますからね。目指せ、人力ミシン。
アレクサンドラお嬢様のドレスを縫わないといけませんからね。
いや、ゴスロリドレス、縫う手間が多いから、作業時間の短縮も狙っているのですよ。
……【敏捷】もついでに付術したほうがいいかな。ふたつまで付術可能なんだし。単調作業だから、【知力】強化しなくても大丈夫だろうし。失敗しても指に穴が空くだけだろうし。
いや、無難に行こう。痛いのはいやだ。
錬金もなんのかんのでレベル百に到達したからね。サンレアンに帰ったら、錬金装備と鍛冶装備を本格的に造りますよ。生産はこれらの装備が完成してからが本番です。正確には、ドーピング薬ができてからが本番だからね。
それじゃ、付術台を出して。極大魔石を作ってと。装飾品は……ペンダントにしよう。
くっ。指ぬきを作っておくんだった。まぁ、今回のは間に合わせだ。
付術強化装備に着替えて、ついでに常盤お兄さんが放り込んでおいてくれた付術強化薬も使っちゃえ。効果も二割増しなだけだしね。
それじゃ、せーの、ばぢんっ! と。
小間物屋さんで適当に買って来たペンダントヘッドに付術完了。これを組紐に通してペンダントの完成ですよ。
装備を普段の服装に戻して、さっそくペンダントを装備。
あ、パラメータに変化があるかな。
あれ、大雑把な表示だけで、結構な幅があるからね。えーと……おぉ、Aになったよ。
あ、いま気が付いたけれど、職業が錬金薬師になってる。本当、どういう基準でここの表記が変わるのかさっぱりわからないや。
◆ ◇ ◆
午後になりました。私はいま組合の調剤室を借りて調剤中です。
いや、午前中に王宮からお迎えが来て、宰相閣下に訊かれたんですよ。
「キッカ殿。解毒の薬というものはあるだろうか?」
こうして私に訊くわけだから、錬金薬が欲しいわけだ。あると伝えて、どうしたのか聞いたところ、例の毒の酒の解毒を行いたいのだそうだ。
一応、懐に解毒薬も入れてあるから一本渡したよ。なんでも側に控えている宰相閣下の秘書……なのかな? その細くて背の高い青髪の男性が被害に遭ったみたいだ。
……え、出回ってんの? あのお酒。
訊いてみたところ、バッソルーナで蔓延しているそうだ。ことがことだけに、バッソルーナを閉鎖するのだとか。
なんだか大事になってきましたよ。
で、被害者がどれだけいるのか分からない。被害者たちの治療のためにも、解毒薬があるなら欲しい、ということのようだ。
でもあのお酒、毒というより、呪いの類っぽい気がするけれど。いや、ゲームでも精神に作用する毒ってあったけれどさ。……多分、インベントリに入ってる。
ちゃんと効くのかな?
そのことを云ったところ、青髪のお兄さんが飲んで確認することに。
あ、解毒薬の値段を訊かれたけれど、効果を確認したいので試用ということにしたよ。
いや、あれからもうひとつ素材が見つかってね。作るのが簡単になったんだよ。ちなみに、解毒薬のレシピは、ドクダミ、シソ、タンポポのいずれかふたつの調合ですよ。
タンポポに解毒作用があるとは知らなかったよ。
あ、試用の結果だけれど、効果はあったよ。よかった。さすがに呪い解除薬なんて作れないからね。いや、作れるのかもしれないけれど、そんな効果のある素材を見たことないし。
そんなわけで、解毒薬の生産を依頼されたよ。ただ、その数がとんでもなく多いんだけれど。
さっき、カリダードさんとラモナさんに、レシピを公開することを云ったら、思い切り止められたし。
いや、ひとりで大量生産するのはきついんだけれど。そもそもあの町の人間のために作るとか、思いっきりテンション下がるんですけど。
薬の影響だとしても、気分が悪いのは変わりないし。
あ、そーだ。これを依頼と云う形にしてしまおう。
レシピ教えるから、代わりに王宮に解毒薬を納品して欲しいと。報酬は解毒薬のレシピで。
うん。我ながらよいアイデアじゃないかな。
そんなこんなで、一時間ほどで解毒薬完成。数は十五本。今回は五本追加できましたよ。なかなか調子がいいです。
一区切りついたので、依頼のことをカリダードさんに云ってみよう。
組合に依頼する形になるけれど、問題ないよね?
組合長室へと戻り、カリダードさんにそのことを伝えたところ、頭を抱えられた。
えぇ、なんで?
「なにか問題がありますか?」
「ありません。ありませんよ。ありませんけれどね。ですがこれは……」
なんか三段活用みたいな云われ方したよ。
「依頼と報酬が釣り合いがとれていませんよ。王宮からの報酬もあるのでしょう?」
「そうですね。納品した人物に報酬というか、解毒薬の代金が支払われますよ」
「万病薬ほどでないにしろ、解毒薬の価格もかなりのものになると思われます。どんな毒でも解毒してしまうのでしょう? 即死系のものでなければ、確実に助かるわけですし。貴族などは、お守り代わりに身に付けておきたい一品になりますよ」
あー、そこまでの代物になるのか……。というかですね――
「貴族階級だと、毒殺騒ぎ的なものがあるのですか?」
「殺人という形のものは滅多にありませんけれど、その一部の貴族の令嬢が高位貴族の殿方に強烈な精力剤を盛ったりしてですね――」
あぁ……。既成事実による婚姻を迫るわけか。貴族令嬢としては、有力なところへ輿入れしたいだろうしねぇ。
貴族の婚姻は恋愛とは無縁なんだろうことは知っているけれど、そこまで殺伐としてるのか。
思わず、遠い目をしちゃうよ。
そういや、リスリお嬢様は婚約者とかいるのかしら? 訊いてみようかな? いや、かなり不躾だよね、こんな質問するの。リリアナさんあたりに訊いてみよう。
「解毒薬の価値というか、どんな扱いになるのかはよく分かりました。
それで、依頼は受けてもらえるのでしょうか? まぁ、調剤役の人を、私が一時的にお借りしたい、と云っているようなものなんですけれど。
とにかく、数千本単位で必要になりそうなので、私ひとりで作ってなんかいられないんですよ」
そういうとカリダードさんは驚いたように目を見開いた。
「いったい何事なんです?」
「いや、バッソルーナのことで苦情を出したじゃないですか。なんだかあの町、得体の知れない毒が出回っているそうなんですよ」
私がそう答えると、急にカリダードさんの目が鋭くなった。
「毒ですか?」
「えぇ。致死性はないみたいですけれど」
すると、カリダードさんは口元に手を当て、考え込みだした。
そしてほどなくして、私をじっと見つめてこう云った。
「わかりました。依頼をお受けしましょう。ですが、レシピに関しては対価を払わせていただきます」
「え、それだと報酬がなくなっちゃうんですけれど」
「問題ありません。後の利益を考えれば、報酬は十分以上に頂いていますから。レシピの対価として、白金貨十枚でよろしいですか?」
ぶふぅっ! 白金貨十枚!? え、一億円!?
「え!? 高くありませんか!?」
「いえ、ちっとも。ただ、現状組合でポンとだせる額はこれが限界なので。もし足りないのであれば、これを手付として――」
「い、いえ、十分です。それでお願いします」
お金を過分に持っていると、ロクな連中しか寄って来ないからね。いや、いまでも私、大金持ち状態なんだけれどさ。
……護衛役を召喚したいけれど、現状は召喚するわけにはいかないからなぁ。召喚の技量を上げられなくなっちゃうから。
もう、あれだ。護衛用にオートマトンを組むか。
オートマトン。機械人形。常盤お兄さんがインベントリにパーツをすべて放り込んであったんだよ。
要の中枢部分もあったから、組み立てるだけでオートマトンを作れるんだよね。
サンレアンを発つ前に、鍛冶場と温室の警備役に、数体組んで置いてきたんだ。
でもオートマトンを連れ歩いていたら、それはそれでロクでもないのに目を付けられそうで、本末転倒だよ。
「それじゃレシピのほうを。あ、口頭でよろしいですか?」
「あぁ、それでは、こちらにお願いします」
そう云ってカリダードさんは、執務机から植物紙とインク、羽根ペンを取って来た。
……いまだに羽根ペンは慣れないんだよね。以前、ガラスペンとか使ったことがあるけれど、羽根ペンよりは使いやすかったんだよね。
そういや、前に万年筆を作ろうと思っていたんだっけ。うん、本気で作ったほうがよさそうだ。筆記するたびに妙なストレスを感じるのはいただけない。
書き上げた物をみて、カリダードさんは口元を引き攣らせていた。
う、うん。まぁ、そうだろうなぁ。
なにせ、タンポポドクダミシ~ソ♪ だからなぁ。
「え、このみっつでできるんですか?」
「正確にはその内のふたつの組み合わせならどれでも。幸い、マイナス効果……えーと、毒の効果がでることはありませんからね」
このみっつは、どれを組み合わせても解毒の効果しかでないんだよね。解毒薬を作るには持ってこいの素材だ。ドクダミの効能を考えると、整腸剤の効能のある素材を組み合わせるといいかもしれない。
「なんというか……本当に身近にあるものから作れるんですね」
「万病薬はもっとひどいですよ。まぁ、身近にある素材ではありませんけれど」
蟹はともかく、鷹の羽はね。
その後、契約書を交わし、私はふたたび調剤室へ。
とりあえず、今日はあと二時間くらい調剤する予定だからね。終わったら王宮に、組合に調剤を任せたと云っておこう。
そして私は、乳鉢でごりごりと素材を潰す作業にとりかかったのです。
誤字報告ありがとうございます。