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117 神々の茶会 3


「いったいどういうことなんですか!?」


 ついに私は頭を掻きむしって炬燵に突っ伏しました。


 事の原因はキッカさんです。

 いくらなんでも、事件に巻き込まれ過ぎです。王都に向かう途中もそうでしたけれど、王都に入ってからは尚更酷いじゃないですか。


 どこに十日と経たずに、三度も殺されかけるようなことに巻き込まれる者がいるんですか。犯罪組織に付け狙われているわけでもないのに。


 いえ、片方はある意味、付け狙っていた節はあるものの、草の根分けても探し出せ、という程のことではないようですし、何より、王宮内で堂々と人攫いをしようとなどと、本来なら思い立つようなことではありません!


「……まぁ、深山さんだからねぇ」


 トキワ様、その一言で済ませてしまうのですか!?


 そうなると、私の自信が砕け散ってしまうのですけれど。


 私の与えた加護。控えめとはいえ、運気が上昇するものです。運気などという、あやふやなものを上昇させるのですよ。それは同時に、厄を撥ね退けるのです。おのずと、厄介ごとを無意識に避けるようになるはずなのですよ。

 だというのに、この事態はどういうことですか!?


「アレカンドラさん、視線が怖いんだけれど」

「むぅぅ……」

「まぁ、アレは不運云々とは違うからね。正直、かなり厄介なんだよ」


 苦笑いするトキワ様に、私は首を傾げました。

 不運とは関係ない? どういうことでしょう?


「どういうことでしょう?」


 私は訊ねました。


「あれはね、巡り合わせの運とでもいうものでね。彼女の行くところ、ロクでもないものが揃ってるというか、集まってくるというか、そういうものなんだよ。

 もしこれで、彼女になんの被害もなかったら【疫病神】なんて呼ばれるようになってただろうね」

「それも不運というものでは?」


 そう云うとトキワ様は難しい顔をして首を捻ります。


「うーん……巡り合わせの悪さを不運と呼ぶべきなのか。深山さんを見ていれば分かると思うけれど、彼女の不運に、突発的な事故はないんだよ。普通、不運と云ったら、天気予報は晴れだったのに、出先で突然雨に降られるとか、転んだ拍子にポケットから飛び出した自宅の鍵が行方不明になる、とかも含まれるよね。彼女にはそういった不運はないんだよ。

 必ず、加害者がいるんだ」


 私は唖然としました。


 確かにそうです。知る限り、唯一そこから外れるのは、湖で遭遇した蛙の怪物くらいでしょうか。

 そのことをトキワ様に云ってみると――


「あー。ウォーターリーパーか。あれはどうなんだろう。猛獣枠だけれど、加害者ともいえるし。そもそも、そういう危険があると分かってて彼女は森に入ったわけだからね。これは不運とかじゃなくて、必然でしょ」


 確かに。危険を承知で森に行ったんでしょうし。今にしても思うと、キッカさんのあの行動力はなんなんでしょうね? 足が悪かったことの反動でしょうか?


「なんとかなりませんか?」

「うん? 無理」


 云い切られました。


 えぇ……。


「いや、そんな顔をしないでよ。僕もなんとかしようと試みはしたんだよ。深山さんの体を作った時に、どうにかできると思って。でもどうにも上手く行かなくてね。結局、対症療法的な対応しかできそうにないんだよ。

 その辺の巡り合わせの悪さは彼女も自覚してたんじゃないかな? 魔法技能のひとつ、【死の回避】をほぼ真っ先に身に付けたみたいだし」


 確かに、最初はまるで、なにかに憑りつかれたように眩惑魔法を鍛えていましたけれど、あれ、魔力量を上げることを目的としていたみたいですし。

 その後は回復魔法を徹底して鍛えていましたからね。


 なんというか、身を守る術というよりは、死なないようにする術を身に付けていたようにも思えますね。

 回復魔法の後は変成魔法の修行をしていましたしね。


 どれも身を護る方向ですね。もっとも、単独で修業できる魔法の種類がそのみっつということもあるでしょうけれど。


「ところで、こっちに召喚された吸血鬼の詳細はわかったかい?」

「えぇ、調べましたよ。輪廻から外れているのは分かっていましたけれど、まさかこちらのシステムで拾えないとは思いませんでした」


 肉体を失った魂は、全て回収できる筈なのです。それは輪廻から外れたものであろうとも。ただ、その場合は異物となるため、放置するといろいろと問題を引き起こしてしまうわけですが。


「あー。やっぱりすり抜けたか」

「知っていたのですか?」

「向こうを見た時にね、ちょっと調べてみたんだよ。というかね、向こうの時間軸管理者も頭を抱えててね。まさかイレギュラーを回収するためだけに基幹システムを作り直すとかないからね。

 そんな事態にまでしたから、あそこの管理者は更迭されたんだし。生きてるのかね? あそこの管理者」


 そんな話は聞きたくありませんでした。ということはですよ、あれも私の手に負えないレベルで回収が面倒という事じゃないですか!


「なにか、案は出したんですか?」

「面倒でも、死神でも創って地道に回収するしかないんじゃないですか? って、云っておいた。他に思いつかないしね」

「わざわざひとりの為に、新たに神を創るのは嫌ですね」


 私はため息をつきました。本当に面倒ですね。どうしましょ。


「なにもそんなに嘆くことはないでしょ。ひとりだけなんだし。どうせ深山さんが始末することになるんでしょ? 彼女の性格からして、泣き寝入りは絶対にしないだろうからね。

 とりあえず、自分のやることが違法ではない状況にしようと、今は行動しているみたいだし」


 えっ!?


「まぁ、それでも収まらないのか、悪戯もしているみたいだね」

「キッカさんに回収をしてもらえと?」


 問うと、そうだよ、と、トキワ様があっさりと頷きます。


 いえ、とはいっても、魂の回収はそんな簡単な事では――


「魂を捕らえる武器を深山さんに預けて、それで始末して貰えば、さすがに捕まえられるでしょ。肉体がある内は、その中に魂があるわけだし」

「なるほど。では、その器となる武器を早速作りましょう。その魂を吸い込むよう……な……」


 ……あれ? 根本的な問題がありますよ。あの吸血鬼の変質した魂のパターンが不明です。まさか見境なく魂を回収する器なんて作るわけにはいきませんからね。


「はい。これがあっちの人間の魂の基本パターンね」


 そう云ってトキワ様が炬燵の上に宝珠をひとつ置きました。


 ……蜜柑の器に置くのは何故ですか? いえ、下手に置くと転がるでしょうけれども。けれども!


「なぜこんなものを?」

「向こうの時間軸管理者に恩を売っといた。なにかの役に立つかもしれないし」


 あぁ、その死神とやらの持つ武器の設計をしたのですね? 深くは訊かないほうがよいでしょうか?


「こっちに召喚された時に“混じった”としても、基幹部分まではそう簡単に侵食されないからね。それに類似した魂を回収する武器なりを創ればいいんじゃないかな」

「さっそく設計しましょう。キッカさんが扱うのなら、短剣がよさそうですね」


 やる気が出てきましたよ。面倒な問題が片付いてくれるのは嬉しいですからね。


「こんにちはー。お母様ー。キッカちゃんの新作ですよー」


 おや? この声は。ルナが来たようですね。


「あらー。トキワ様ー。お久しぶりですー」

「お邪魔しているよ。元気そうでなにより……というのは、適切なのかな?」

「問題ありませんよー。インターフェースには肉体がありますからねー」


 そう云いながら、ルナが炬燵の上に持ってきたお菓子を置きました。


 なんでしょう。これが噂の黄金色のお菓子というものでしょうか?


「あぁ、深山さん、芋羊羹を作ったんだね。……それも、難しい方の作り方をしたんだ。まぁ、現状だと材料が足りないのかな?」

「難しい方……ですかー?」


 ルナが首を傾げます。私も一緒に傾いていますけど。


「芋だけで固めてあるからね。上手く固まらなくて、崩れたりするんだよ。だから、大抵は寒天とかゼラチンを混ぜたりするね」

「まぁ、そうだったんですねー。私はキッカちゃんの制作工程をトレースしただけですからねー。難しさの加減が分かりませんでしたねー」


 あぁ、どうやってキッカさんが作ったものを手に入れたのかと思ったら、ルナが作ったのですね。


 せっかくです。お茶と一緒にいただきましょう。




 あぁ、これも美味しいですねぇ。じんわりと、気分が落ち着く味です。


「うん。美味しい。もしかして、深山さん、サツマイモを持ちこんだのかい?」

「はいー。ジャガイモと一緒に頂いて、いまは王国で育成の研究をしていますよー」

「ジャガイモか。大丈夫だとは思うけれど、ジャガイモだけに依存するような状況にはならないようにね」

「大丈夫ですよー。キッカさんに疫病の話は聞いていますからー」


 順調に食文化が成長を始めているようですね。よいことです。


「ところでアレカンドラさん。さっきから気になっていたんだけれど、あそこの力場で梱包されたモノはなんだい?」

「あれですか。あれは時間軸管理者から謝礼として贈られたものです」


 私は畳の端においてあるソレに視線を向けました。


「えーっと、なんで梱包されたままなんだい?」

「なんと申しますか。開けるのが怖くてですね」

「あー……気持ちは分からなくもないな。でも謝礼って、いったいなんの謝礼なんだい?」

「それがよくわからないんですよね。多分、今回の召喚に関することだと思うのですが」


 私たちが揃ってソレを見つめます。


「まぁ、開けてみた方が良いんじゃないかい? 放置して置くわけにもいかないでしょ」


 トキワ様に云われ、私は梱包を解くことにしました。もともと、トキワ様がいらしたら開けようと思っていましたからね。丁度いいです。


「なにが入っているのかしらねー?」

「多分、管理用のエネルギーだと思うけれど、それにしては梱包が大きいんだよね」


 ふたりの会話を後ろに聞きながら、私は封印を解いていきます。

 最後に私のコードキーを入力すると、すべての梱包が光と消えました。


 そして後に残ったのは――


 銀河運営に使えるエネルギー。その量、優に年間に使用するリソースの十パーセントもの量です。

 あぁ、これは助かります。これだけあれば、面倒なことになっている銀河の部分の修正、修復が捗ることでしょう。


 お茶会が終わったら、全力で片付けましょう。


 そして、それ以外に入っていた物……いや、者? がふたり。

 ……誰でしょう? 見覚えはあるんですけれど。


 そのふたりは私の目の前に転がっています。

 どうやら、現状封じられている模様。


「あぁ、そのふたりか。こっちに贈られたってことは、好きにしろってことだろうね」

「あれ? トキワ様はこのふたりをしっているのですか?」


 私は振り向き、尋ねました。


「知ってるも何も、場合によっちゃ、ぼくもそっち側だろうしね。

 そいつら、アコーマンとタルウィだよ」


 え!?


 その名前は知っていますよ。私はさんざん侮辱されましたからね。


 あ、ヤバイ。


「ルナ。手を出しちゃダメですよ」

「えー……」

「えー、云わない」


 とりあえず、これでルナは安心です。


 アコーマンとタルウィ。キッカさんと一緒に召喚された連中の神ですね。


「アコーマンとタルウィって、たしか地球だと邪神の類になってたような気がするな。

 というか、こいつらの所属する世界の時間軸管理者が送って寄越したのか。よっぽど腹に据えかねたんだろうな」

「世界からの追放ですからねー」

「正直、いらないんですけど」


 えぇ……。どうしましょうかね、こいつら。

 封印されて、現状はマネキンみたいになっていますけど。


「見たところ、力を失っているようだし、好きに使ったらどうだい? 造り替えて、適当な動物にでもするとか?」

「えぇ……。いやですよ。いくら姿を変えようと、こいつらを愛でる気持ちにはなれませんよ」


 こいつらにはどれだけ侮辱されたことか。……サンドバッグ代わりにしろとでもいうことなんでしょうか? 殴りつける=触れる ということすら嫌なんですけれど。


「時間軸管理者に云って、返品したらどうだい?」

「不興を買ったりしないでしょうか?」


 不安なのですが。


 いや、考えてみると、トキワ様はこの世界の時間軸管理者と会っているのですよね? 私は会ったことがないというのに。


 よくよく考えたらこれ、かなりおかしいことですよ!?


「……ど、どうしたのかな? 僕をそんな風に見つめて」


 目をそばめる私にトキワ様が云いますが、いろいろと納得できません。

 いえ、銀河の正常化作業の為に、身動きできなかった私が悪いのですけれど。本来なら、私がやらねばならない雑事を肩代わりして頂いたわけですから。


 むぅぅ……。


「冗談じゃなしに扱いに困りますからね、このふたりは送り返すとしましょう」


 私はそう決めると、炬燵に戻って食べかけの芋羊羹を口に運びました。


 あぁ、もう私を慰めてくれるのはお菓子だけです。


 そんなことを考えながら、私はお茶の渋さを堪能したのでした。




誤字報告ありがとうございます。

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