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116 伯爵に会って行こう


 困った。


 あの吸血鬼どうしましょうかね?


 ん? 以前にひとり始末しているんだから、普通に殺せばいいだろって?


 あー。いや、あれね、厳密には吸血鬼ではなかったらしいのよ。

 ルナ姉様とララー姉様とで調べた結果、なんだか妙なことになっていたみたいで。


 召喚器で召びだされたものが、最初の吸血鬼以降、すべてゾンビだったのだそうな。

 私の殺したあの男は、ゾンビになりかけていたところを、吸血鬼の血を与えて吸血鬼化させたものだそうで。なんというか、ゾンビ寄りの吸血鬼? 知性あるゾンビ(血を吸う)みたいなモノになっていたんだそうだ。


 その為、召喚器を使っても召喚されるものはゾンビ。血を吸うことで増える不死の怪物も吸血鬼ではなく、ゾンビになっていたそうだ。

 ただ、ゾンビ化したモノは、そのまま眷属化したらしいけど。


 ということは、あの飛竜は血を吸われてゾンビ化、その上で主となったあの男の命令通りに動いていた、というわけだ。


 うん。これで疑問がいろいろと氷解しましたよ。


 でだ、問題の吸血鬼。いうなれば完全版というのが、現状、あの女とオルボーン伯爵。

 現状、伯爵は処刑方法がないため、王宮の地下牢に幽閉中。食事に関しては、一応、普通の食事を与えているとのこと。


 ん? そんな話、どこから仕入れて来たのかって? それはもちろん神様方からですよ。


 さて、この吸血鬼、どうにも一番厄介なタイプのようです。


 殺害方法がありません。ガチの不死身です。面倒臭いです。昔、お兄ちゃんから聞いた吸血鬼の話そのものみたいなんだよ。


 吸血鬼といえば、弱点とされているのが、信仰のある十字架、大蒜、流れ水、朝日(日光)。殺害方法としては、心臓に白木の杭を打ち込む。というのが一般的なところかな。


 でも実際の伝承だと、これ、全部、吸血鬼を殺すに至らないんだよね。十字架は『神様助けて』ってだけだし、大蒜はデマみたいなもの。流れ水と日光は殺せるかもしれないけれど、復活する。白木の杭を打ち込むは、その場所に封印するだけで、杭を抜くとやっぱり復活する。

 復活場所の霊気だか精気の含んだ土をダメにする、というのもあるけれど、これも時間稼ぎにしかならないんだとか。まぁ、その場合、復活するのにとんでもなく時間が掛かるらしいけど。


 じゃあ、殺せないの? というと、そうでもない。

 吸血鬼を殺せる存在というのがいましてね。ダンピールとクルースニック。

 ダンピールは人間と吸血鬼のハーフ。クルースニックは吸血鬼を復活させない力があるだけのただの人。


 まぁ、どっちにしろ、そんな存在は確認できていないので、用意するわけにもいきません。


 ……いや、無理ゲーなんですけど。


 あ、いや、多分、殺せる存在はもうひとついるな。吸血鬼なら吸血鬼を殺せるはず。


 オルボーン伯爵を使えと? いや、それはどうなの? 死罪が確定している人だよ。伯爵邸の使用人全員を殺害したからね。いや、ゾンビ化していたから、直接やったのはあの男かもしれないけど。


 うーん……。一応、そのことも書いておくか。


 あ、いまは十五日の深夜。国王陛下の執務室の隅っこにいますよ。警告のお手紙をしたためている途中です。


 まず、不法に侵入したことについての謝罪からはじまって、王都に伯爵が召喚した吸血鬼が侵入したことを書いてと。


 ……うーん、レブロン男爵のことはどう書こう。うん、婚約者が件の吸血鬼であるとだけ書いておこう。ただ、現状だとそのことを突き詰めても、ただの云いがかりにしかならないとも記してと。


 これでいいかな? あ、署名をしないと。

 ……署名、どうしよう。レイヴンだと拙いかな。男爵邸で分身だしちゃったしな。レイヴンの姿だと拙いと思って変えたんだけど。


 むぅ。……いいや、新しく作っちゃえ。


 月神教粛清者、リンクス、――と。


 事後承諾になるけれど、ララー姉様に云っておこう。


 ……伯爵に会って行こうかな。一応、あの女、クラリスのことを云っておこう。冗談じゃなしに、手を貸してもらうことになるかもしれないし。


 ◆ ◇ ◆


 まさか、鍵開け技能が欲しくなるとは思わなかったよ。いや、番兵……牢獄管理官、だっけ? から鍵をスリ取っては来たんだけれどさ、これ、返さないといけないでしょ。


 うん、面倒臭い。


 鍵を開けるだけなら魔法で一発だけれど、帰りに閉じないといけないからね。


 さて、鍵穴に鍵を突っ込んでガチャリと。


 分厚い木製の扉を開け、中へと入る。思ったよりも広い。もしかしたら、この独房は本来、複数人を収容する牢だったのかもしれない。


 広さは十二畳くらいの広さだろうか。ベッドにテーブル。そして簡易のトイレがある。端に本棚があり、半分ほど本で埋まっていた。

 きっと、貴族と云うことで、罪人としては破格の待遇をしているのだろう。


「誰だ? 間違いでなければ、今は夜中の筈だが?」

「正解だ。ずっとここに居ると云うのに、昼夜は分かっているんだな」


 入って来た私に気が付いたのだろう。ベッドから身を起こし、私をじっと見つめている。

 吸血鬼は夜目が利くはずだが、私が誰か認識できていないのだろうか?


「その声、あの時の小僧か」


 どうやら声で憶えていたみたいだ。


「やぁ、伯爵。ご機嫌は……いや、いいわけがないな」

「……いまさら私に何用だ?」

「なに、情報を共有しておこうとな。しかし暗いな。明るくしよう」


 私はそう云うと、【生命探知】+【夜目】の指輪を【発光】の指輪と付け替える。


 【発光】。自分を中心に周囲を明るくする魔法。光源は自身みたいなんだけれど、別に光輝くわけでもないのに、周囲が昼間のように明るくなる。


 そして目にした伯爵の姿に少しばかり息を呑んだ。


  爛々した瞳、異様に白い肌、全身から滲み出る殺気の如き雰囲気。そこに居るだけで、周囲に恐怖を撒き散らしている様に思える。


「前言撤回だ。良くないどころじゃないな。大分、血の渇きに苛まれているようだな」

「あぁ、そこからでも分かるか。ならばそれ以上近づくな。どこまで自制できるかわからん。早々に立ち去ることだ」

「そうもいかん。話さなくてはならないことができたからな。だがその前にこれを渡しておこう」


 そういって私はテーブルの上に薬壜を三本置いた。


 血の薬液。吸血鬼の血の乾きを抑える薬だ。


 もしやと思って探してみたら、案の定、インベントリの中にはいっていたんだよ。常盤お兄さん、どうもインベントリに、ゲームに登場したアイテムのほとんどをそのまんまぶち込んだみたいで、薬もいろいろと入っていたんだ。雪蜘蛛の毒まで入ってたし。

 入っていないのは一部を除いたユニークアイテムくらいだ。


 ん? その入っていた一部? 竜司祭の仮面シリーズと暗殺者シリーズの防具、それと武器はデイブレイカーと狩人弓だよ。ほかは入っていなかったハズ。


「なんだこれは?」

「吸血鬼用の薬だ。乾きが収まる。ひとまず飲んでおけ」


 伯爵は訝し気に私を睨んだ後、壜の蓋を開け、一気に一本飲み干した。


「小僧、これのどこが薬だ? 味気ないが、血、そのものだぞ」

「血ではないよ。少なくとも、天然物の血ではないな。人工的に作り上げた疑似血液とでも思ってくれ」


 私は説明した。多分、当たらずとも遠からずだと思う。常盤お兄さんの用意したものだから、成分なんてさっぱりわからないし。


「まぁ、いい。この耐えがたい乾きが収まるのはありがたい。これで数ヵ月は保つだろう。で、話とはなんだ?」

「あんたの召喚した女吸血鬼が王都入りした」


 私の云ったことが一瞬、理解できなかったのだろう。伯爵はポカンとしたような顔をした。だがそれも一瞬の事だ。


「なんだと? あの女は殺したはずだ」

「あぁ、やはり国王陛下はあんたに知らせなかったか。奴は生きているよ。クラリスと名乗っていたな」


 伯爵が睨む。心無しか、手が震えている様だ。


「元の名はクラリーヌだ。で、殺さなかったのか?」

「殺す訳にはいかなかった、というのが正しい。殺すだけの準備ができていたか怪しかったこともある。遭遇するとは思ってもいなかったのだよ。下手に始末して、あずかり知らぬ場所で復活される方が面倒だ」


 伯爵が眉をひそめた。


「どういうことだ? 復活だと?」


 私は吸血鬼について、簡単に説明をした。そして、もし伯爵が死んだのなら、恐らくは旧オルボーン領の領主邸で蘇るだろうと。


「ほう。それはいいことを聞いた」

「なんだ? 自殺でもするのか?」

「いや。人を辞めたとしても、私は誇りあるディルガエアの貴族だ。死罪が決まったというのに、そんな往生際の悪いことなどせんよ。

 だがそれで分かった。いつになっても処刑されないのが不思議だったのだよ」


 そう云いながらも、自嘲めいた笑みを浮かべる。

 あれだけのことをしでかし、いまさら何を、という思いもあるのだろう。


「で、私になにを求める?」

「場合によっては、あんたの手を借りることになるかもしれない。あの女は確実に始末しなくてはならないからな。同じ吸血鬼であるあんたなら、完全に殺すことも可能なはずだ」

「ふふ……。それはいい、私もあの女には思うところがあるからな。是非ともその機会に恵まれたいものだ」


 伯爵が不敵に笑う。


「それはこの次に俺が来た時にわかる。手を借りにくるか、それとも始末した報告に来るか、いずれかだ。

 では、これで失礼させてもらうとしよう」

「茶のひとつも出さずに済まんな」


 できようはずもないことを口にした伯爵に、私は肩を竦めて見せた。


「それはまたの機会にするさ」

「……小僧、本当はクラリスを殺せたのではないのか?」


 突然の問いに、私は扉の取っ手に手を掛けたところで動きを止めた。


「どうなんだ? 小僧」

「あぁ、殺さなかったのにはもうひとつ理由があったのさ。いまあの女を始末すると、単純に殺人事件になってしまうからな。俺の首に懸賞金が掛かるのはさすがに避けたい。なにしろ、貴族の婚約者だ。下手に手を出せんよ」

「貴族を誑し込んだか、相変わらず厄介な女だ……。余計なことを訊いたな、小僧。次に会える日を楽しみにしているよ」


 私は伯爵に軽く手を振ると、独房を後にした。

 さて、次は教会へといかないと。


 ◆ ◇ ◆


 教会へと着いたのは、午前四時にさしかかろうとしていた時間。もうじき、夜が明ける。


 これはちょっと急がないと。もしかしたら、侍祭の人たちとかは、もう起きて活動を始めているかもしれない。


 透明な姿のまま聖堂内にはいる。


 うん。もう活動が始まってるね。こんなに朝早くからお掃除をはじめるのか。大変だな。


 私なんかは【清浄】で済ませちゃってるからね。塵がまとまって球になってくれるから、掃除が楽なんだよ。

 糠がもうちょっとあれば、糠袋で床とか柱を磨くんだけれどね。

 現状は私と女神様方の肌を磨くのに使う分で手一杯だからね。


 さて、お手紙はもう準備してあるから、どこに置くかだ。


 ……署名が月神教粛清者としてあるんだから、アンララー様の立像のところに置くのがいいかな? うん、そうしよう。


 立像の足元に、くるくると丸めて蝋で封印した羊皮紙を置く。

 あとは祈れば、像が光るから、この手紙はすぐに見つかるだろう。

 リボンで縛って、宛先も挟んでおいたしね。教皇猊下かファウストさんの手に届くはずだ。




 そして私は、少々騒がしくなった教会を後にしたのです。




誤字報告ありがとうございます。

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