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114 イリアルテ家はパーティ中


 仮面の話をしよう。


 私がこっちで最初に作った仮面は、竜司祭の仮面のレプリカだ。

 材質は木製。


 ただ、この仮面は実用的かというと、日常生活にはまるで向かない。なにしろ、顔全面を覆う仮面だからね。飲食ができない。というか面倒。


 そのため、顔半面を切り落とした、目元から額までを覆うタイプの竜司祭の仮面を作った。

 ひとつ目は、どうにも『これじゃない』感があったため、ふたつ目を作成。これも木製。この間、蹴っ飛ばされて割られたのは、ひとつ目の微妙な方だ。

 ふたつ目の方は【水中呼吸】の魔法を付術したもの。これは当初、かなりの頻度で身に付けていたんだけれど、魔法の装備というのは、見る人が見れば一目でわかるのだそうで。あずかり知らぬところで目を付けられたりするのがいやなので、いまはほぼお蔵入りになっている。


 次いで作ったのが、目元だけを覆う遮光器仮面。もはや竜司祭の仮面の面影は殆どなく、完全に遮光器土偶の目の部分みたいな仮面。これを作った理由は、サークレットを装備できるようにするため。ゲームのサークレットはデザインがなんとも悲しいものなので、私はシンプルな物をそのうち作る予定だ。


 ここまでが、実用を考えて作っていたものだ。丁度、イリアルテ家で厄介になっていた頃に作ったもの。一週間で四つ作ったんだよ。もちろん、寝ていないよ。寝なくても平気だからって、かなり無茶をしてたな、今思うと。


 さて、この後からかなり趣味に走り出す。


 ホッケーマスク、ふたつ。ペスト医師の仮面、ふたつ。その外にもいくつか面白がって作ったものがあったりする。狐面とか猫面。そうそう、ボーが来てから兎面も作ったよ。動物面は作っただけで、被ってはいないけれど。


 そしていま、私はベネチアンマスクっぽい仮面を着けて、椅子に腰かけ微動だにせずにいる。この白面のマスクは顔全面を覆うタイプで、目元に細かな銀の装飾を施してある派手なものだ。眼の所には色ガラスをはめ込んであるので、傍からは私の目を見ることはできない仕様。


 服装はいわゆるゴスロリドレス。フリル一杯で、首元までしっかりと覆ったもの。首を覆われるのは私にはちょっとストレスだけど、今回は我慢だ。

 ドレスの色は黒。私の髪色が現状、暗めのメタルブルーだからね。下手な色とは合わない。


 足元は、ちょっとゴツ目の革ブーツ。複数のベルトで留めてあるので、まるで拘束してあるようにも見える。


 それに反して手は繊細なレースの手袋だ。指にはトルマリンの原石を用いた指輪。この石、凄いね。綺麗な青色、いや、水色なんだよ。インベントリに放り込まれたままだったのを、引っ張り出して、適当な指輪の台に嵌めただけだけど。きちんとカッティングされたのもあるけれど、敢えて原石をつかったよ。


 いや、カッティングしたものだと、問題を引き起こしそうだったからさ。


 指輪に合わせて、おなじくトルマリンの原石のペンダントを着けている。髪色と合わせるなら、もっと暗めの青の方がよかったんだろうけど、気に入ったからこれでいいや。


 最後にヘッドドレス。これも頑張りましたよ。えぇ、このために悪戯行脚を中断するほどに。もちろん色は黒で、大きなバラの花をあしらった装飾付き。


 フル装備すると、私の肌の露出がほぼなくなるかな。髪から耳がちょこっとはみ出すくらい?

 そのため、現状の私はまさにお人形さんですよ。


 で、そんな恰好で、大広間に設置してある大時計の隣で、私はちんまりと座っています。


 ただいま、イリアルテ家はパーティ中。


 そんな席でなにをやっているんだよ、と思われるでしょうが、これは市場調査のようなものですよ。

 いや、そんな大げさなモノじゃないけれど、本日の料理の評判を知りたいのさ。こうしていれば、おのずと聞こえてくるでしょう? 聞いてはいけない内容まで聞こえてくるかもしれないけれど。


 そんなのは建前で、本当は面白半分だろうって?

 察しのいい人は嫌いだよ。というのは冗談として、ちょっとしたドッキリ気分ではいるよ。


 本日は八月十五日。イリアルテ家主催のパーティが開催されています。侯爵様たちが連日パーティに出席していたわけだけれど、当然、侯爵家でもやるよね。

 せっかくなので、私も料理のお手伝いをしましたよ。


 立食パーティ形式なので、簡単に摘まめる料理とのことで、このあいだのシューもどきデニッシュを大量に作ることになったけれど。こうなると、たこ焼き型みたいなタイプのタルト型が欲しかった。さすがに作る暇なんてないし、そもそも設備がないよ。


 お菓子関連は、王都に出している甘味のお店の方に任せたみたいだ。


 せっかくなので、私も一品だけ料理の他にお菓子を作ったよ。


 作ったのは芋羊羹。サツマイモは私の持ち込みだけれどね。ルナ姉様が農研に持ち込んでいる筈だから、使っても問題ないでしょ。多分。

 茹でて裏ごしして練って固めるだけだからね。お砂糖とお塩は使いましたよ。もちろん、クチナシの実を煮出した煮汁でお芋を茹でたので、仕上がりは綺麗な黄色ですよ!


 サツマイモをルナ姉様に渡した時点で、クチナシの実を温室に加えましたからね。色味は大事ですよ。いや、使わないと、微妙に黒っぽくなっちゃうからね。


 貴族のパーティって、基本的に交流がメインなのかな。情報交換とか。あとは、主催家の力量の見立てとか? 派閥関連だといろいろあるんだろうけれど、イリアルテ家はリスリ様の云った通り、我が道を突っ走っている特殊な家だからね。

 ダンジョンが関係していなければ、こんな妙な立ち位置にはならなかったんだろうけど。

 パーティの参加者は派閥ではなく、取引関係者といったほうが近いみたいだ。商売をやっている貴族はそんなに多くはいないのに、そのほぼすべての貴族家が参加しているらしい。

 あとは身内関係。

 エメリナ様のご実家のアルカラス伯爵家とか、あとは王弟殿下も来ているようだ。イネス様が『あとで紹介するわね』と、ご機嫌な様子で私に抱き着いていったよ。立ち去り際に芋羊羹を一切れ持って行ったけど。

 なんというか、貴族らしくない自由な人だ、本当に。バレリオ様の娘だと納得できるよ。


 ん? あれ? 確かバレリオ様って出奔してたんだよね。その時期にエメリナ様が口説き落としたとか聞いたよ。

 伯爵家のお姫様が何をしてたんですかね?


 ……あの自由なイネス様はどちらに似たんだろう? ついそんなことを考えてしまうよ。


 カッチコッチカッチコッチという時計の音を聞きつつ、パーティ会場を見物。隅っこにいるせいか、思ったより会話が聞こえてこないのは誤算だった。


 うーむ。忌憚ない評判を聞きたかったのだけれど。概ね好評のようだから、一安心はしているけれど。悪い方の批評もあったら聞きたかったんだよね。


 さっき近くで話してた貴族のお二方は、商売の話だったしな。言葉遊び的なものもなかったみたいだし。イリアルテ家周辺は、それなりに平和みたいだ。


 まぁ、ちょっかいを出している貴族家は、もとより招待されていないか。


 そんな感じで、ボーっと会場を眺めていると、男女ふたりがこちらに足早に向かってきた。金髪翠眼の美少年と美少女ですよ。やっぱり見目にもこだわって婚姻をしているせいか、貴族の皆様は美人揃いです。まだ成人したばかりかな?


「ほら、お兄様。こちらです」

「おぉ、これは見事な。素晴らしいな」


 ……あれ?


 兄妹と思しきふたりは、私の目の前に来るや、私の批評をしている。


 う、うん。人形と思われているのは、まさにしてやったりなんだけれど、なんだろう。批評されるとすごい微妙な気分になるね。


 なんというか、女としての価値を査定されてるみたいなんだけど。


「それでアレックス、どうする気なの? 侯爵に頼んで譲ってもらうのかい?」

「まさか。そんな恥知らずなことはしません。この子の制作者を紹介して頂こうと思うの」

「……ついでに、予算も聞いた方が良いと思うよ」

「無粋なことをいわないでください」


 ……どこの貴族のご兄妹だろう? どうやら私をすっかり人形だと思っている様子。というか、この方、ゴスロリが趣味ですか。こっちのドレスの標準からしても、かなり派手というか、装飾が過多なんだけれどね、このドレス。


「おや、オスカル様、アレクサンドラ様、お久しぶりにございます」

「まぁ。エステラ様、お久しぶりです」

「これはエステラ様、お久しぶりです。その節は、大変お世話になりました」


 濃緑色のドレスに身を包んだ女性がやって来た。みたところ四十歳くらいにみえるんだけれど、なんだろう、私の勘とでもいう部分が、もっと上だと騒いでいる。

 赤褐色の髪に、生真面目そうな表情が印象的な女性。

 いや、生真面目と云うよりも、厳しいという感じかな?


 そんなことを思っていると、その女性が不意に私に視線を向けた。


「……貴女、そこでいったい何をしているのです?」


 あ、バレた。凄いな、微動だにしていなかったハズなんだけど。呼吸だってものすごーくゆっくり、浅くして、胸の動きとか分からないようにしてたのに。

 まぁ、とぼける訳にもいかないし。ネタ晴らしをしましょうか。


「バレてしまいましたか。座ったままの姿勢で失礼致します。私、本日の料理の一部を担当した者にございます。忌憚ない料理の感想、評判を知りたく、こうして皆様の声を伺っておりました。もちろん、奥方様よりのご許可は戴いております。

 そういった事情ですので、このままの姿勢でいることを、どうかご容赦頂ければ幸いにございます」


 そういうとご婦人は疲れたように額に指をあてた。

 そして兄妹のお二方は驚いた顔で私を凝視中。

 うん。いまもって人形ではないとは思えないみたいだね。


「まったく、あの娘はなにを許可しているのか。孫も……イネスも嫁いだというのに、本当にもう……」

「あぁ、エメリナ様のお母様。アルカラス伯爵夫人でございましたか。本当にご無礼、大変、失礼を致しました。

 改めまして、自己紹介をさせていただきます。私、キッカ・ミヤマと申します。どうぞ見知り置きくださいませ」


 そう自己紹介したところ、まさに、くわっ! とでも擬音が響きそうな勢いで、アルカラス伯爵夫人の目が見開かれた。


「み、神子様!?」


 ちょっ!? なんでその方向で知ってるの!?


 あ、なんだか跪かれそうな雰囲気。待って、止めて、困るから!


「あ、アルカラス伯爵夫人、お願いですから、跪いて祈るようなことは、なさらないでくださいね。そんなことをされてしまったら、私は地に伏して、それこそ地面に額を擦り付けなくてはなりません」


 勢いでそんなことを云ったところ、今度は絶望じみた表情になったんですけれど。


 ど、どうしよう? 


「あら、お母様。こんな隅でなにをなさっているの?」

「エマ! あなたは神子様になにをさせているのですか!?」


 エメリナ様が来てくれた! でも、あまり助けになって貰えそうにない気がするのはなぜだろう?


「なにって……」


 アルカラス伯爵夫人が私に再び視線を向ける。


「……キッカちゃん?」

「あはは。バレてしまいました。さすがはエメリナ様のお母様でいらっしゃいますね。あ、私がこうしている理由は、ご説明致しましたよ」

「そうなのね。ならお母様、聞いた通りなのですけれど」


 いつもののほほんとした調子で、エメリナ様が答えた。でも、それは火に油を注いだようなご様子。


「エマ! 神子様を使用人のように使うなんて! リスリの命の恩人。大恩ある方なのですよ!」

「あの、アルカラス伯爵夫人。お手伝いは私が申し出たことですので。さすがに何もせずに、侯爵家にご厄介になるわけには参りませんから」


 あ、伯爵夫人、額に手を当てて項垂れた。


 そこまで気にすることじゃなんだけれどなぁ。


「それでキッカちゃん。首尾はどうだったの?」

「実に平和的でしたよ、エメリナ様。陰謀詭計のひとつでもあるかと思っていたので、ちょっと拍子抜けです」

「エメリナ、あなた、本当に神子様になにをさせているの!」


 あ、呼び方が愛称じゃなくなった。これ、拙いかな? 場合によっては【鎮静】を掛けないとダメかな?


「お母様、落ち着いてくださいな。私も料理の評判を調べるだけだと――キッカちゃん?」

「料理の評判は上々でしたよ。でもそれ以外の話にも興味はあるでしょう?」

「エマ、ちょっと話をしましょう」

「え、お、お母様?」


 おふたりはこの場から少し離れたところへと移動した。


 だ、大丈夫かな? 大丈夫……そうだね。

 うん、それじゃ、所在なさげにしてるふたりを相手をしよう。

 すっかりタイミングを逃して、この場を離れるに離れられなくなってるみたいだし。


「先ほどはお褒め戴き、ありがとうございます」


 気分的には微妙だったけれど、褒めてもらえたのは事実だからね。


「こちらこそ失礼を。神子様。

 エスパルサ公爵家が嫡男、オスカルと申します」

「同じくエスパルサ公爵家長女、アレクサンドラです」


 おぉ、これが貴族の正しい挨拶の仕草。ボウ・アンド・スクレープとカーテシー、だっけ? うん。綺麗な所作だ。


「私のことはキッカとお呼びください。平民の立場ですので、敬称も不要です」


 う、うん。だからなんでそんな絶望じみた表情をするのかな?


 これが信仰の力か!


 いや、馬鹿なこと考えてないで、なんとかしないと。


「と、ところでお嬢様。私の姿を気に入っていただけたようですが?」

「は、はい。人形と思っていましたので。大変失礼をいたしました」

「いえ、私が騙していたようなものですから。こちらこそ謝罪を。もしわけありません。

 それでお嬢様。お気に召しましたのは、私の着ているドレスでしょうか?」


 訊ねてみた。人形、として気に入ったのかもしれないけれど、それは服装込みだからね。実際、人形の素体だけとなれば、デザインなんて大差ないだろうし。


「はい。見たことのない素敵なデザインで。とても美しいです」

「こちらのドレスは、女性らしさを前面に押し出すあまり、大抵は胸ぐりの深いデザインになっていますからね。このように肌を一切さらさないようなデザインの物は少ないでしょうね」

「少ないどころか見たことがありません」


 アレクサンドラ様が胸元で拳を握り、力強く云う。


 うん。この感じ、お世辞とかではなく、本当に気に入ったみたいだね。

 ちょっと嬉しい。


「もしよろしければ、一着、拵えますよ」

「よろしいのですか!?」

「ちょ、アレックス? さすがにドレスを急に誂えるのは――」

「予算なら何とかするわ!」


 そういや、ドレスって普通、幾らぐらいするんだろうね? さすがに私は持っていないからわからないよ。


「生地さえ用意して頂ければ、私への報酬などたかが知れていると思うのですが」


 そういや、お針子さんへの報酬って幾らぐらいなんだろ?


「いえ、きちんと正しい料金を支払います」

「アレックス。でもこのドレスだとパーティに出席するのは……」

「なにを云っているのですかお兄様。流行は追うものではなく、作り出すものですよ! なにも問題ありません!」


 なんだろう、アレクサンドラ様のテンションがどんどん上がって行く。


 これ以上はこの場ではどうにもならないし、部屋へと移動しようか。


「では、デザインを決めましょうか。私の借りている部屋へと場所を変えましょう。パーティを抜けることになりますが、よろしいですか?」

「お願いします!」


 あ、オスカル様が頭を抱えた。


「私は父上に知らせて来るよ」

「お願いしますね、お兄様。ではキッカ様、参りましょう」

「承知いたしました。護衛の方もご一緒にお願いしますね」


 少し離れた場所に立っている男性に声を掛け、私は立ち上がった。


 ……なんか、一瞬ざわめいたかと思うと、急に静かになったんだけれど、なにがあったんだろ? まぁ、いいや。




 こうして私は、パーティ会場から退場したのです。




感想、誤字報告ありがとうございます。

誤字報告、本当に助かります。

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