113 それ、私のやった悪戯だよ!
うん。なんだか妙なことになった。というか、やはり信仰心の篤い人はこうなるんだね。
いや、宮廷画家さん。見たところ三十歳くらいの若い方。この年齢で宮廷画家に抜擢されたのだから、きっとよほどの才能があったんだろうね。
で、その人がね、アレカンドラ様の画像を見た途端に祈りだしちゃってね。なにも云っていないのに。
まぁ、特徴やらは伝えてあったから、知ってはいたんだろうけど。
でも開かれた本に向かって祈る姿は色々おかしい。
で、その後、ついでというわけではないんだけれど、六神の御姿もそれぞれ見ることに。
あぁ、ひとつ良かったことがあったよ。少なくとも、私がアンララー様と瓜二つではないということは証明できたよ。
私がそっくりなのは、あくまでも立像の方だからね。
……いや、似ているっちゃ似ているんだけど、並べると別人だねっていうレベルだからね。
そんなことを思いつつ、異様に感激して泣いている画家のお兄さんを眺めていたら、なにやらオクタビア様とエメリナ様が相談を始めましてね、こう仰ったのですよ。
「キッカちゃん、ちょっと鬘を被ってみてみない?」
……はい?
「えーっと、私の髪の量だと、鬘はちょっと厳しいかと」
腰まである長髪だからね。
「被るだけでいいのよ」
「髪を押し込んだりしなくていいから」
なぜこのお二方はこんなに押してくるんだろ?
「まぁ、構いませんけど」
断る理由もないしね。
で、用意されたのが金髪ショートの鬘。
……あれ? 貴族用の鬘って、結構、凝った髪型になっているものが殆どだよね? これ、普通のショートヘアの鬘だよ。ちょっと巻き毛っぽいけれど。
「これでいいですかね?」
とりあえず被ってはみたよ。
「まぁ!」
「やっぱり!」
「?」
私は首を傾いだ。
えーっと、何事なの?
「それじゃキッカちゃん、これも着けて」
エメリナ様が私に差し出したのは、羊角のくっついたカチューシャ。
……えぇ、ディルルルナ様のコスプレをしろということですか?
というか、いつの間に用意したんですか?
「なんでこんなものがあるんですか?」
「演劇用の小道具のひとつよ。毎年、芸術祭の時には、二百年前の魔物大暴走事件を題材にした劇が公演されるのよ」
「王家主催としていることもあってね、衣装やらなんやらは、王宮で保管しているのよ」
「毎年、どこの劇団がこの演目をやるのか、しのぎを削っているわ」
「なぜそんなことに?」
訊いたところ、芸術祭で公演される『英雄たちの物語』は、もっとも人気のある演目なのだそうだ。そして王家主催ともあり、その演目を任された劇団は、まさに誉れであり、後の興行も約束されたようなものになるとのこと。
それに加えて、向こう一年間の王都での興行権を無償で得られるという特典付き。
なるほど、そうなれば確かにどこの劇団もしのぎを削ると云うものだ。
近隣諸国からもいくつかの劇団が申請し、王都芸術部と教会が組んで審査をしているらしい。
うん、細かいところは聞いていないから、大雑把な感じではあるけれど。ディルガエアも文化振興に力は入れているみたいだ。
娯楽は大切ですよ。娯楽は、過ぎると堕落してしまうけれど、適度にないと殺伐とした世界になってしまいますからね。
道行く人が皆、親の仇を探しているような目の国なぞには、住みたいとは思いませんもの。
で、この演目の題材となっている、二百年前の魔物大暴走。
実際のところ、本当に人ではどうにもならない魔物はルナ姉様が打ち倒したそうだけれど、人でもどうにかりなりそうな魔物は、軍隊に任せたそうだ。
もっとも、その戦限りの祝福を皆に施しはしたそうだけれど。
その際、軍が全力を挙げて討伐した地竜の頭骨は、この王宮の宝物庫に保管されているとのこと。
頭だけで全長五メートルもあるんだって。全身となったらどれだけの大きさになるのか。ゲームとかなら完全にレイドボスじゃないですか。それも、数回に分けて討伐するような化け物じゃないの? 剣だの槍だのがメインウェポンなのに、よく倒せたな、人類。アリが象、いや、サイズ差的にはネズミがカバを倒すようなものだよ。無茶もいいところじゃないですかね?
というか、それが人類に倒せるほぼ限界点とルナ姉様は判断して、それより厄介なものを始末したってことだよね? それも複数。
……二百年前、なにが起こってそんな化け物が大量に南下したのさ。
ん? ってことはだよ、北にはそのレベルの魔物がゴロゴロってほどではないと思いたいけれど、それなりに居るってことだよね?
まさに魔境じゃないですか、北部森林帯。
未発見のダンジョンには行くつもりだけど、あまりに奥地だったら行くのをやめよう。命が足りない。絶対足りない。
そんなことをディルルルナ様の恰好をして思っていると、いつのまやら執事さんが来て、宰相様になにかこそこそと話をしていた。
どうしたんだろ?
あ、宰相様、頭を抱えた。
「あら? マルコス、どうしたの? 頭を抱えて」
「そうだぞ。こんなに素晴らしく眼福な光景など、そうそうお目に掛かれるものではないぞ」
「……私で遊ばないで欲しいです」
うぅ、国王夫妻相手じゃ抗議なんてできないよ。特に害があるわけじゃなし。
ある意味、視姦に近くありませんか、これ。いや、別に露出の高い恰好をしているわけじゃありませんけど。
一昨日作った、例の黒いワンピだし。あ、いまは仮面は外しているよ。さすがに国王夫妻と会うと云うのに、被っているわけにはいかないからね。
「陛下、厄介なことになりました。レブロン男爵の取り調べをしくじったようです」
「なんだと? 証言に協力者があれだけ上がっていたのにか?」
「なんと申しますか、レブロン男爵の姿がおかしなことになっていて、審問官がまともに尋問できなかったと」
「どういうことだ?」
国王陛下が目をそばめて問う。すると宰相様は困惑したように、知らされた内容をそのまま伝えた。
「なんでも、額の中央に黒丸が描かれており、その下に『押すなよ』と記されていたとか」
宰相様の言葉に、みんなが目をぱちくりとさせた。うん私以外。
それ、私のやった悪戯だよ! なんで消してないんだよ!
夕べのは、頑張って洗えば落ちる程度のものだぞ。一週間くらい落ちないのは、今度使おうと思ってたんだから。
つーか、そんな恰好のままで王宮まで来たのか、あのイケメン。
どんな鋼のメンタルをしてるんだよ。
「……オクタビア、最近では、そういったものが流行しているのか?」
「まさか。そんなみっともないものが流行るものですか」
国王陛下が戸惑ったように宰相様に視線を戻した。
「審問官はどうにもその黒丸に気を取られて、男爵を詰めることができなかったようです。押す衝動をこらえるのが困難だったとか」
「知らぬ存ぜぬで逃げられたのか?」
「不正を行った兵士を厳罰に処するとさっさと宣言し、自らの監督不行き届きをあっさりと認めたと」
「ぬぅ、物証がなかったことが悔やまれるな。ひとまず、その兵士押さえられんか? 殺されでもしたら目も当てられん」
「難しいかと。冒険者組合職員が確保できただけでも僥倖かと」
あらら。まぁ、そうだよねぇ。
とはいえだ、これで公式に、男爵が関わったかどうかは別として、男爵領の領都が不当な行いをしたことが確定したわけだ。
私としてはそれで十分ですよ。
それを広く知らしめてもらえれば。
そうすれば、なにかしら不幸があったとしても、罰が当たったと思われますよね?
あ、そうだ。
「そういえばエメリナ様。質の悪い毒入りワインがあったんですよね? レブロン男爵領ではワインの生産が盛んだとか。関係があったりしませんかね?」
「さすがに王家に搬入する物品に、毒を加えるとは思えないわ」
エメリナ様のお言葉。でもね、私はちょっと思うところがあるのですよ。
「ですがエメリナ様。その毒のワインですけれど、鑑定盤の鑑定結果では、ちゃんとした名称がついていたんですよね? 単に『毒入りワイン』という名称ではなく。
それはつまり、あらかじめ『毒の成分の入ったワイン』として生産されたものじゃないんでしょうか?」
そう、鑑定盤の鑑定って、微妙にそういう細かいところがあるのだ。毒を混ぜただけなら、『毒入りワイン』もしくは『毒の混入したワイン』となるはずだ。
私の作った骨鎧も、後ろに『改良型』なんて表記がされたくらいだしね。
私がそう云うと、エメリナ様は驚いたように目を見開いた。
「宰相」
「はっ。直ちに、関係ある醸造所を調査いたしましょう。失礼します」
王妃殿下の言葉に宰相様は一礼すると、慌ただしく応接室から出ていった。
「やれやれ、すっかり失念していたな」
「そうですね、陛下。これは我々が慣れ過ぎたということかもしれません。鑑定盤の表記なのだから、そういうものだろう、というように」
あれ? もしかして鑑定結果に関しては、思考停止でもしてたんですかね。
うーん、でも、こうなってくると鑑定盤が欲しくなってくるな。
ダンジョンでそれなりに見つかるらしいけれど。販売しているところは見たことがないんだよね。大抵、公的機関とか商会とかが買い取っていくから。
うん。是非ともダンジョンにいったら拾って来たいものだね。
◆ ◇ ◆
王宮から帰ってきました。なんだかんだでお昼過ぎまでいましたよ。
……おかしいな。わたしは一般人の筈だった筈。本来なら、国王陛下とあんな間近で会話ができるなんて、ありえないよ?
いまさらだけど、私は平穏に暮らせるんですかね?
いや、平穏に暮らそうと思ってる奴が、ダンジョンに行こうだなんて思わないだろう、という突っ込みは無しで。
さて、男爵の件。即時決着はつかなくなりました。
ですが、これまでの無礼な件もあって、王家の皆様はたいへんやる気です。殺る気でなければいいんですけれど。
……国王陛下のやる気が妙に高かったのが謎なんですけどね。酒がとかブツブツいっていたから、あんな変なお酒を生産したことが許せないのかな?
きっとお酒が好きなんだろう。私は飲めないというか、飲まないけれど。
いや、昔やらかしましてね。お兄ちゃんに、お前は絶対に飲むなと厳命されたのですよ。なにをやったのかは教えてもらえなかったけれど。記憶にないから怖いんだよね。
薬の件でも妙に自信たっぷりなのに現物が出てこない辺り、非常に怪しいので、徹底して調べるそうです。喧嘩を売っちゃいけないお家に喧嘩を売ったんですから、買ってもらえた以上、レブロン男爵には抵抗して、さらなる無礼を働いてもらいたいものです。
懸念材料としては、あの毒ワインが件の吸血鬼と関係があるのかどうかということだけど。
まぁ、その辺りは情報待ちでしょう。吸血鬼の居場所が知れたら、ルナ姉様かララー姉様から連絡があるだろうし。
多分、私が始末をしに行くことになるだろうからね。
その時には、万全を期するために【狂乱の女侯】を召喚するつもりだよ。
吸血鬼相手にまともに戦えるか!
個人的には、ゲームにおける最高難易度の上位吸血鬼を想定していますからね。一番戦いたくなかった相手でしたね。ドラゴンを始末する方がはるかに楽なんだもの。
まぁ、そんなことになるのかは分からないけれど。
杞憂に終わればいいなぁ。
話は変わりますが、荷物が届きました。
五日に購入した蜜蝋です。
思ったより届くのが早かったよ。
これで、ちょっと試したいものが作れますよ。
作るのは簡単。蜜蝋を湯煎して溶かして、回復薬を混ぜるだけ。
えぇ、軟膏を作るのですよ。ハンドクリーム代わりにつかってもいいかもしれない。効能が消えたりしなければ、手荒れには非常に効果的なハズ。
生前、足が悪かったころの趣味がいろいろと役に立っていますよ。
足の関係で、私は基本的にインドア派でしたからね。趣味としていたのは、料理とか裁縫ですよ。あとは自作で化粧水だのハンドクリームだの作ったりしてましたからね。
と、蜜蝋溶けた。こっからは手早くやらないと。回復薬を混ぜて、攪拌して、あとはこのあいだ大量に買って来た容器に流し込んで冷めるのを待つだけ。
実に簡単。蜜蝋は不純物を取り除いたりしてないから、ほんのり黄色で、蜂蜜の香りがするよ。
それじゃ、冷めるまでに使った道具を洗っちゃいましょう。
あ、リップクリームを作っても良かったかもしれない。唇の荒れも結構辛いからね。いまのところ、私は無縁だけれど。
約二十分後。
ハンドクリーム、もしくは軟膏が完成しましたよ。今回は試しだから、回復薬一本だけ使ったので、出来た軟膏はふたつ。もうちょっと器が小さかったらよかったんだけれど。まぁ、ないものねだりをしてもしかたないね。
さてさて、それじゃ効能を確認しないとね。
ナイフを取り出しまして、腕をツーっと。
「お嬢様! なにをなさっているのですか!!」
「キッカお姉様!?」
「うわぁっ!」
び、びっくりした。
いつの間にベニートさんとリスリお嬢様が来てたんだろ?
「なぜ自傷行為などを!?」
「お姉様、血が……」
「あ、大丈夫ですよ。ちょっと確認したいことがありましてね」
わたしは二人にそう答えると、指先で軟膏を取り、傷に塗り付けた。そして二呼吸ほど待って、濡れたハンカチで拭う。血と一緒に軟膏も取れてしまうけれど構わない。
よし。傷は痕もなくすっかり治ってる。ふふふ、回復薬の軟膏化は成功だね。これでちょっとした傷なら軟膏で十分ってわけだ。軽傷に一本使うのはもったいない感じがするからね。現状、馬鹿高いし。日本円だと十万円くらいの価値になってるからね。
「ほら、大丈夫ですよ。もう傷は塞がりました」
私はふたりに腕を見せ、それから軟膏の説明をした。
でも怒られたよ。驚かせるなということと、心配させるなということで。
いや、私だって馬鹿じゃないんだから、取り返しのつかないようなことはしませんよ?
そう云う問題じゃない?
あ、はい、ごめんなさい。
……リスリお嬢様が怖いです。
「あ、ベニートさん、これ、皆さんで使ってください。ちょっとした怪我はもとより、手荒れなんかにも効果的ですから」
「お嬢様、さすがに頂くわけには……」
「いろいろとお世話になっていますからね。お礼ですよ。それに私の場合、回復薬は素材分の価値しかありませんから、高価ではないのですよ」
そう云って私はベニートさんに軟膏を押し付けた。もちろん、私が使った方じゃないよ。
「そ、その、お姉様、それも販売するのですか?」
「需要はありそうですから販売しますよ。値段的には、現状販売している回復薬の半額です。一壜でふたつできますからね。本当はもう少し小さい器の方がよさそうですけれどね。
軟膏なので、使える回数を考えればお得だと思いますよ。打撲とかにも効果がありますし」
ふふふ、実験がうまくいってご機嫌ですよ。
もしかしたら、効能が失せるかもと思っていましたからね。
なにせ、値段からもったいなくて、ちょっとした怪我には使えない人が多そうでしたからね。こっちならまだマシですよ。
まぁ、派手な裂傷とかは、一度縫って傷口をしっかり合わせてからじゃないと使えないだろうけど。それでも十分に回復の役目は果たすと思うしね。
その後、私は買って来た容器分だけ、軟膏を生産したのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※壜と瓶について。硝子製を壜、陶器製を瓶と使い分けていたのですが、紛らわしかったですね。今後は壜で統一します。