111 ここが、あの男爵の屋敷ね……!!
「ここが、あの男爵の屋敷ね……!!」
……いや、ネタ的にやっておこうかと。
こんばんは。キッカですよ。ただいまレブロン男爵邸の真ん前にいます。
あ、例の【不可視の指輪】五個装備なので、姿は見えませんよ。
破棄するとか云っておきながら、使い倒してるけど、この指輪。
便利は便利なんだよね。失敗できない時にだけ使うことにしようかな。あぁ、でもそれなら本気で付術しよう。多分、三個ぐらいにまで減らせると思うし。
と、それはさておき。只今の時刻は深夜零時過ぎくらいですよ。えぇ、残念ながら三時前じゃありません。
そんな時間だと、活動できる時間がいいところ二時間くらいだからね。
さて、レブロン男爵邸はイリアルテ家と同様に貴族街にあるので、微妙にご近所? さんです。下級貴族だから、外れのほうだけれど。
ちょっと進むと、富裕層の商人とかのお家が並んでいますよ。現役を退いて、隠居した商人とかがのんびり暮らしているみたいですね。
それじゃ、侵入しましょう。
【軽量化】の魔法を自身に掛けて、壁を乗り越え侵入。伯爵邸へ忍び込んだ時も、こうすればよかったよ。
どうも四作目のほうの魔法はすっかり忘れてて、使うこと自体を失念してるんだよね。
身体強化系の魔法もあったし。ゲームでも使ったことないから、存在すら忘れていたよ。
まぁ、同系統の魔法は五作目に寄せて、統合されているということもあるけれど。
思ったよりもすんなりと侵入成功。【軽量化】だけでこれか。【筋力上昇】とか掛けたら、飛び越えられそう。
……でもきっと着地に失敗する。そこまでが私だ。
今日の悪戯はおまけ程度で、屋敷まわりと、内部の把握を優先にする予定。
悪戯も、テスカセベルムでやったみたいな派手なものは無し。嫌がらせ目的ですからね。調味料の入れ物の中身が入れ替わっていたり、置いておいたものが違う場所へと移動していたり、というものを大半にしておこうと思うよ。
では、お屋敷の周りをぐるりと一回り。姿を消しているけれど、きちんと身を屈めた隠形スタイルで移動しますよ。気配を消さないとね。
庭は非常にシンプル。いや、殺風景といったほうがいいかな。庭木は植わっているけれど、美意識を鑑みたような庭造りはしていないみたいだ。
まぁ、王都邸はセカンドハウスだし、そんなものなのかな?
考えてみたら、下級貴族なんて財政はたかが知れているよね? となると、王都滞在期間は宿屋で済ませている貴族もいるはず。年間の屋敷の維持費よりも、ひと月の宿代の方が安いだろうし。
となると、レブロン男爵は例外的な存在なのかな? 宮仕えの貴族じゃなくて、領地持ちだし。
庭の悪戯は止めておこうかな。面白味がなさそうだし。植木に悪戯をするのは気が引ける。植物に罪はないからね。
そういえば番犬的なものはいないな。
なんとなく、大きなお屋敷には番犬が付きものみたいなイメージがあるんだけれど。
イリアルテ家も番犬はいないけれど、犬小屋はあるんだよね。未使用ってわけじゃなかったから、今は飼っていないということなんだろう。
では屋敷内へと入りましょう。正面玄関から堂々とはいりますよ。
【開錠】Lv.5
四作目の方の魔法だ。四作目の魔法はちょっと特殊な仕様になっている。五作目の方の仕様に寄せた結果……なのかな?
【開錠】【加重】【軽量化】【発光】【夜目】【解呪】【他者解呪】【解毒】【疾病退散】、【肉体強化】に【肉体弱化】と、他にもあるけれど、使いそうなのはこんなところかな。これに加えて、常盤お兄さんが【施錠】を追加してある。
【解毒】と【疾病退散】は玄人級。他は素人級~達人級まで、消費魔力によって変化するようになっている。
なので、いま使った【開錠】Lv.5は、達人級の魔法となっている。
達人級なので消費魔力は千ポイント以上。開かない鍵は、多分ない。泥棒さんには正に夢の魔法ですよ。
開錠技術を磨くつもりはないので、私には必須の魔法だ。
開錠技術の技能にも、おかしなのがあるんだけれどね。お宝発見率上昇とか、入手金額上昇とか。いや、リアルじゃあり得ないでしょう?
……あぁ、錬金の採取量増加のアレも大概だっけね。いや、凄い便利なんだけどさ。薬作りまくってるから。お菓子やジャムの材料にも使うし。
余計なことは考えずに、とっととこの屋敷の間取りを把握しましょ。途中でできる悪戯はしておこう。
男爵邸とはいっても、そこは貴族。それなりには広い。ランプで灯りはとってあるけれど、やっぱり暗く感じるね。
【夜目】の指輪を追加で装備。これで指輪枠が全部埋まった。そして【生命探知】の魔法を発動する。
思ったよりも人数が少ないね。全部で……十人しかいないよ? そういや、男爵の情報をいれてこなかったな。この規模の家なんだから、使用人は最低でも五人……いや、もうちょっと欲しいかな。それに加えて護衛がいるでしょ。これだけで十人超えると思うんだけど。
まぁ、考えても意味ないか。なんで人数が少ないかなんて、知ったところで、どうでもいい。
起きているのは二名。警備に回ってる護衛かな? そういや、門のところにもひとりいたな。壁を飛び越えて入ったから、無視したけれど。
ざっと一階を回る。まぁ、屋敷の基本的な構造なんてどこも似たようなものだ。
一階には食堂にリビング、客間、それと水回り関連の施設に倉庫。だいたいこれだけで埋まる。そこに使用人の私室が加わる感じ。そして二階が男爵の居住部分だろう。
使用人に嫌がらせをしても無意味だから無視。浴室とトイレも無視。となると、やっぱり厨房かなぁ。とはいえ、悪戯しにくいんだよねぇ。
調味料を入れ替えと云っても、そもそも調味料自体がロクにないからね。粉末のものといったら塩と砂糖くらいだよ。あとは生姜とかマスタードとか。ハーブ関連は、普通に葉っぱのままだしね。
虫を入れる? いや、さすがにそれはやりたくない。多分、自分が許せなくなるからやらない。
食べ物を粗末にする奴は万死に値しますよ。
……とりあえず塩と砂糖を入れ替えておこう。あまり意味がないかもしれないけど。砂糖の容器は別の所に大事にしまってあるから、入れ替わってること自体があり得ない程におかしいんだけれどね。
そうだ、茶器のセットとか複数あるかな? あるならソーサーをひとつだけ入換えるとかしておこう。
えーっと……お、あった。うん。三セットあるね。人数によって使い分けてるのかな。
ソーサーを入れ替えて。ついでだ。ポットの蓋も入換えてやれ。
あ、茶葉を入れ替えるっていう悪戯もアリか。まぁ、それは今度やろう。
さてと、私を蹴り殺そうとした騎士はどこだ? 仕返しをせねば。
【道標】さんに案内をしてもらう。
使用人たちの居住部へと向かう。
うん。就寝中だね。鍵を開け、そっと中へと侵入。
ベッドで寝ている人物を、【道標】が示している。
この部屋に他に人はいない。犯人はこの男だ。
生憎、現状は【夜目】の効果で『世界が青に!』状態のため、髪色とかの特徴はわからない。
まぁ、そんなことに興味はないからいいけど。それじゃ、言音魔法発動!
『―――――』
よし。一回は一回だ。あれは普通に致命傷だったからね。薬がなかったら確実に死ぬ怪我だったからね。
因果応報というやつだよ。
たとえ命じられただけの実行犯だとしても、私は容赦しないよ。
部屋を出、二階へとあがる。
二階にいる生命反応はふたつ。ひとつは直立不動。ひとつは横になっている。
この反応の有る部屋が男爵の部屋だろうな。
そろそろと移動する。ひとまず他の部屋はスルーだ。
男爵の部屋の前では騎士がひとり、警備のために立っていた。
うーん、これは思ったよりも邪魔だなぁ。さすがに扉を開けたらバレるだろうしなぁ。ゲームじゃないんだし。かといって【声送り】を使ったら、あからさまに侵入していることがバレるし。
どうしよう?
考えること数秒。
うん。外から回ろう。二階のバルコニー部分から入れるはずだ。
外へ出て、男爵の部屋の位置にまで回る。
うん、間違ってないな。バルコニーがあるところが男爵の部屋だ。それじゃ、一気に登ろう。
【軽量化】と【筋力強化】を自身に掛ける。
身を屈めて、一気にジャンプ。ぴょーんと、簡単にバルコニーへと飛び上がれた。
おぉ、凄いなこれ。着地でちょっとよろけたけど、気分は忍者だ! いや、本物の忍者はこんなことしないけど。組み合わせると、ここまで超人的なことができるのか。
いろいろ試すのも面白いかもしれない。今度、実用的な魔法の組み合わせが無いか、いろいろ考えてみよう。
よし、それじゃ男爵の私室へとはいりますよ。
バルコニーへの出入り口は、もちろん施錠されている。これを【開錠】で開け、室内へと侵入した。
意外に質素というか、飾り気のない部屋だね。タペストリーの一枚でも張っておけばいいのに。なんだか、ただ寝るための部屋みたいだよ。
まぁ、ベッドで男爵は就寝中なんだけどさ。
……?
んんっ?
一度仮面を外し、目をごしごしと擦る。そして改めて確認。
……男爵、スキンヘッドだ。
お、おぉ……これあれか、エメリナ様のいってた鬘問題か。なかば話半分に聞いていたけれど、これ、発毛剤の需要はかなり多そうだな。
明日当たり、教会へ行って調剤してこようかな。多分、錬金台は運び込まれていると思うんだよ。うん。そうしよう。
さてと。となるとだ、鬘をしまってあるクローゼットなりがあるはずだよね。ちょっと確認しておこう。
ほどなくして鬘専用のクローゼット発見。うん、数種類の髪型の鬘があったよ。同じ髪型のものもあったけど、それは髪色が違うみたいだ。
世界が青くなければ、きちんと確かめられそうなんだけど。
これも悪戯対象候補にしておこう。やること思いついたし。準備がいるから、明日以降だな。
今日できる悪戯は……羽ペンに細工するくらいか。インクは……血を混ぜ込んだらドロッとするかな? そうなるためには、結構な量をいれないとダメだよね?
一応、やっておこう。インベントリに、解体の際に抜いた血が入れっぱなしになってるからね。
机の上に置いてあったインク壜をインベントリに入れ、鹿の血を加え取り出す。
なんか、量がいっぱいになったけれどいいか。羽根ぺンはどこだろ? いま使われてるのはこのままでいいから、予備というか、換えの羽ペンがあるはず。耐久性がたいしてないし。
お、あった。机の引き出しに入ってたよ。ペン先を劣化させておこう。
取り出しましたるはスライム溶液。こいつにペン先を浸して、引き出しに戻しておこう。予備のペン全部に細工をしてと。よし、完了だ。
今日の悪戯はこの程度でいいかな。
少しずつエスカレートしていく予定だからね。スケさんにも頑張ってもらうつもりだし。
それじゃ、そろそろ帰ろう。
あぁ、そういえばひとつだけ懸念があったんだ。
リスリお嬢様、ベッドに忍び込んで来てないよね?
◆ ◇ ◆
翌朝。
「お姉様。夕べはどこへ行っていたのですか?」
リスリお嬢様が目を細め、腕組みをしつつ詰問してきた。
嫌な予感というのは当たるものだね。いつもはベッドに潜り込んで来るのはもっと早い時間なのに、なんで夕べに限って深夜過ぎに来るんですかね?
「眠れなかったので、星をボケーっと眺めていたんですよ」
とりあえずそう答えた。
嘘じゃないぞ。星空を眺めながら帰って来たんだから。こっちの夜空は空気が汚れていないのと、街明かりの影響がないから、星がすっごい沢山綺麗に見えるんだ。
「バルコニーを見ましたけれど、いませんでしたよ!」
「屋根に上ってましたから」
リスリお嬢様が目を大きく見開き、二三度ぱちくりとさせた。
「ちょ、なにをしているのですか! 危ないですよ! 暗い中、足を滑らせて落ちたらどうするんですか!」
思い切り叱られた。まさか漫画みたいに両手を上に振り上げるとは思わなかったよ。
迫力云々以前に可愛らしいんだけれど。
「なにを笑っているんですか!」
あ、ヤバっ。仮面をつけてるとはいえ、口元は見えるんだから、微笑ましい気分でいたらバレるって。
こうして私は、暫しの間、お説教を受けることとなったのです。
誤字報告ありがとうございます。