110 王都での私のライフワークが決まった!
「お嬢様、本日のご予定は?」
イリアルテ家王都邸の執事、ベニートさんが訊ねて来た。
うん。私、ベニートさんをはじめ、王都邸の皆さんから『お嬢様』なんて呼ばれてるんだよね。
なんというかね、こっちの世界での常識に当てはめた場合の私の立ち位置が、加護関連の為におかしなことになっているので、なんと呼ぶべきかで苦慮しているみたい。
その辺に転がってる有象無象と同じ扱いでいいですとは云ったんだけど、そうもいかないみたいだ。
いや、それをやると、多分、価値観が崩れるからだろうなぁ。
教会関係者はかたくなに態度を変えようとしないし。サンレアンの教会の人たちは、どうにか表面的には普通に接してくれるけど。
私が見ていないところで祈られてるんじゃないかと、気が気じゃないんだけどさ。
まぁ、どうにも解決できないことだから、これに関しては諦めてはいるよ。とはいえ、どうしてもこう、思うところはあるけれどね。
さて、本日の予定はお買い物です。
今度こそ生地を手に入れますよ。それと小さい入れ物。タブレットケースみたいな、掌サイズの奴。材質は金属でも木でもいいんだけど、蓋が付いている奴が欲しいんだよ。とりあえず、十個くらい。
あと蜂蝋、蜜蝋っていうほうが正しいのかな? それを探したい。ちょっと試したいことがあるんだよね。その材料に欲しい。
そんなことを云ったところ――
「お供いたします」
と云われた。
なんで? とも思ったけれど、よくよく考えたら、ここのところ酷い目にしか遭ってないからね、私。数日で三回も殺されかけるとか、おかしいからね。
そういったことから、保護者的な感じでお供する、ということなんだろう。
なんだか申し訳ないやら、情けないやら。ガイド役にもなってくれるみたいだから、とてもありがたいんだけれど。
お仕事の方は大丈夫なのかな?
「はは。お嬢様、私がいないだけで回せないほど、不出来な者はおりませんよ」
おぉ、なんとも頼もしいお言葉。
まぁ、問題が起きたら、悪い部分が見つかった、ということなんだろう。
そんなわけで、ベニートさんと一緒にお出かけです。
……傍から見たら親子と思われ兼ねないな、これ。
ベニートさん。四十歳くらいの素敵なおじさまです。
そして遂に到着しましたよ。商業地区。通り沿いにいろいろなお店が並んでいますよ。
「やー。三度目にして、やっとここまで来れましたよ。これまでは、ひったくりに遭うとか、強姦殺人犯に捕まったりして、直前までしか来られませんでしたからね」
「お嬢様……」
いや、ベニートさん。その「不憫な……」というような雰囲気は止めてくださいよ。私にとっては、サンレアンの平穏の方が珍しかったんですから。
実際、あっちでの最期は、量販店で物取りに殺されたわけだしね。ははは……。
「ではお嬢様。私が案内をいたします。店の方は、私共が贔屓にしている店でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
そうして商業地区のお店を見て回りましたよ。
ベニートさんが案内してくれたお店は、イリアルテ家御用達のお店から、使用人であるベニートさんたちが贔屓にしているお店。
うん。よい生地を買えましたよ。入れ物も木製のものが買えましたよ。綺麗に磨き上げられたもの。揃いのものが沢山あったので買い占めたよ。お店の人がびっくりしてたな。
そして最後に蜜蝋。これは蜂蜜の卸問屋に行って訊いてみたよ。蝋燭が欲しいわけじゃないからね。
ベニートさんが交渉してくれて、結構な量を買うことができたよ。結構な量といっても、五キロほどだけれど。
いずれも、イリアルテ家へと配送して頂けるとのこと。
そんなわけで、買い物はつつがなく終了。
そして帰り道。ベニートさんにお願いして、少々寄り道をしましたよ。
今、私が仁王立ちしているのは、とあるお屋敷の前。
「お嬢様。こちらの屋敷に、なにかご用で?」
「いえ、ありませんよ」
えぇ、少なくとも今はありませんよ。
このお屋敷が誰の屋敷かなんて知りませんよ。【道標】さんに案内してもらった場所ですからね。
えぇ、私を蹴っ飛ばした騎士の家ですよ。
「ベニートさん。こちらのお屋敷がどなたの物か知りませんか?」
「こちらは……レブロン男爵の屋敷ですね」
周囲を確認し、ベニートさんが答えた。
……って、そのまんまなのかい。
ここはアレだ、別の人が出てくる場面だろう。なんであんだけやらかしてた人物の名前がそのまま出てきますかね。
無能か!
こう……あれだ、隠そうとする努力はないのか? あれだけあからさまにやっていれば、真っ先に疑われるのは分かっているだろうに。
どれだけ私を嫌っているのかは知らないけどさ。
まぁ、いいや。今晩から嫌がらせをしてやろう。告発とかできないからね。証拠となるものがないし。
どんな嫌がらせをしてやろうかとニヤニヤしていると、ベニートさんが私に話しかけてきた。
「お嬢様、帰りましょう。家人がこちらを伺っております」
「それは丁度良かった。誰が来ていたか、しっかりと確認してもらえたでしょうね。それじゃ、帰りましょう」
ふふふ。今夜から楽しみにしているといいわ。少なくとも、私か、あんたが王都を去るまでは毎晩嫌がらせをしに来てやる!
こうして王都での私のライフワークが決まった!
◆ ◇ ◆
仕事が早い。
いや、これはきっと、侯爵家の威光というやつなんだろうな。
蜜蝋を除いた、本日購入したものが届いていましたよ。蜜蝋はお店に置いてあるわけじゃないからね、さすがに当日に配送なんてできないでしょう。
さて、それじゃ、暇つぶしというわけではないけれど、良い生地が手に入ったので、服を作っていきますよ。
なんのかんので、後回しにしてしまったからね。
作るのは、ペスト医師の仮面に合わせた衣装。
やや鍔広の中折れ帽と、服はどうしよう? んー……そうだ! 別ゲーの黒の聖職者のデザインにしよう。ちょっとうろ覚えだけど。あれも見た目は格好良いんだよね。マスク以外。
まずはデザイン画を起こしましょう。多分、こんな感じだっけ?
描けた。
……なんだろう。なんだか軍服もどきになったよ。色は黒になるんだけど、黒の軍服って、どこの国だ?
……旧ドイツ軍のSSの軍服? いや、そもそも私はSSの軍服を知らん。
色々これはダメな気がする。方向性が微妙にずれてる。
あれやこれや試行錯誤しつつなんとかデザインが決定。
男女兼用のデザインにする予定だったのを破棄。女性用の衣装に切り替えたよ。全体の構成は、帽子、黒のワンピース、スキニー、ベルト、皮手袋、ブーツ。今度は従軍看護婦みたいなデザインになった。なぜ軍服方面になるんだろ?
まぁ、錬金用の作業着にするつもりだから、看護服っぽいのは丁度いいかも知れない。それじゃ型紙をおこしていきましょうか。作るのは帽子とワンピとズボンだけだから、そこまで時間はかからないだろう。装飾があるわけじゃなし。せいぜい飾りボタンくらいだ。
服を一から作るのはひさしぶりだな。鎧を作ってた時には、補助的な形で皮のズボンとか作ってたけれど。
ふふふ、裁縫は得意分野ですよ。なんとか夕食までには仮縫いぐらいまでは終わらせよう。
こうして作業をすること数時間。ひとまず出来上がりましたよ。仮縫い状態だけれど。
とりあえず試着。鏡はないから、UIのステータス画面で確認。ここに私の全体像も出るからね。
おー。思ってたよりいい感じですよ。適当なブーツと皮手袋も装備してみよう。うんうん、いいね。
問題は、ペスト医師の仮面と合うかな?
ペスト医師の仮面も装備してみる。
……うわぁ。
なんだろう。思ってた雰囲気と微妙に違った。まぁ、もともとのイメージが、黒のロングコートを羽織ってるようなイメージだったからね。そこから黒のワンピに変わったわけだし、帽子も看護帽っていうの? ナースキャップじゃなくて、衛生兵の被っているような感じで作ったけれど。
合わん。というか、この感じだと、もう魔女の尖がり帽子でいいんじゃないかな? うん、そうしよう。小ぶりの鍔広の尖がり帽子なら合いそうだ。
どんどん当初のイメージからずれていくな。まぁ、いいや。
トントントントン。
あれ? 誰だろ。
「はーい。どうぞー」
ノックに答えると、リリアナさんが入って来た。
「キッカ様。お食事のじか……ん……」
あれ? 止まった?
どうしたんだろ? と、私が首を傾いだ直後、リリアナさんが屋敷内に響き渡るような悲鳴をあげた。
あははは……大騒ぎになったよ。
みんなが何事かと集まって来ちゃったよ。そりゃそうか。あんな悲鳴が上がればねぇ。私もびっくりして飛び上がったもの。
「それで、いったい何があったのですか?」
リスリお嬢様の詰問。
リスリお嬢様とセシリオ様以外の侯爵家の皆様は、本日もパーティに出席していて留守ですからね。なので、代表はリスリお嬢様です。
「私の恰好に驚いたみたいです」
私は答えた。嘘偽りなく。
リリアナさんは別室で休んでいます。まさかあそこまで驚くとは思わなかったよ。
あ、いまは仮面は外しているよ。
「変わった服装ですね。ドレスの丈も少々短いですし。あ、下にブレーを穿いているのですね?」
「ブレー? ……あぁ、膝上が膨らんでるズボンでしたっけ? 違いますよ」
スカートを捲って見せる。べつに膨らんではいませんからね。
「ちょっ! なにをしているんですか、お姉様!」
「え? 別に下着ではありませんし」
「そういう問題じゃありません。はしたないです!」
怒られた。
「むぅ。でも、その恰好をみたところで、リリアナが卒倒するとは思えませんね。本当に何があったのですか?」
リスリお嬢様が探るように目をそばめて見つめて来る。
「あぁ、リリアナさんが見た時には、私は仮面を着けていたんですよ」
「仮面ですか。でもいつものなのでしょう?」
「いえ、違いますよ。これです」
リスリお嬢様に背を向けてペスト医師の仮面を装着。そして振り向いた。
途端、リスリお嬢様が文字通り飛び退いた。
「お、おおおお姉様、その仮面はなんなのですか!? その恰好にその仮面が合わさると、もの凄く怖いのですが!?」
「この仮面は、大昔の医者が身に付けていた仮面ですよ」
「お、お医者様なのですか!?」
「正確には、疫病に対処するための恰好ですね。当時としてはかなり画期的だったようです。このくちばしの部分に薬草を詰め込み、疫病対策としていたとか」
実際、この構造は優秀だったらしいんだよね、この仮面。ガスマスク的な感じだったのかな? どこまで効果があったのかは分からないけれど。
「り、リリアナが卒倒した理由が分かりました」
「そこまで恐ろしいですかね?」
「怖いです!」
断言された。
「すいません。今後は気を付けます」
こうしてちょっとした騒動は終わった。
あとでリリアナさんに謝っておかないとね。
◆ ◇ ◆
その日の深夜。
私は暗殺者装備に着替えて、イリアルテ家の屋敷を後にした。今回の装備は暗殺者装備とはいっても鎧ではなく、ローブの方だ。それに加え、竜司祭の軽鉄仮面を装備している。右半面に手形がベタリと張り付けたようなデザインが特徴的な仮面だ。
えぇ、これから、レブロン男爵邸へとお邪魔するのですよ。
しっかりと悪戯をしてきますとも。
さぁ、遊ぶぞー。
月明かり下、私は男爵邸へと向かって駆け出したのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。