107 神子を陥れようとした者たち
七ノ月最終日となりました。
こんにちは。王都冒険者組合、狩人担当、並びにキッカ様専属受付となりましたラモナです。
本日早朝、バッソルーナの組合職員が全員、ここ王都冒険者組合に招集され、やってきました。
招集と云えば聞こえはまだいいですが、実際には連行です。
わずか三日でこの場に連れてこられたわけですから、かなりの強行軍だったはずです。きっと疲れているのでしょうが、そんなことは我々の知ったことではありません。連中を連行した王都冒険者組合の職員も疲れているのですから。
これらの原因が、たったひとりの職員の所業のせいであり、それにより真面目な職員も疑いを掛けられているわけです。彼らとしては、まったくもって、たまったものではないでしょう。
正規の組合員証を偽造品などといって、詐欺師に仕立て上げようなどと、組合の看板に泥を投げつける行為ですからね。徹底して調べ上げられることでしょう。
加えてその組合員証はキッカ様のもの。非常に問題です。なにしろ、それを所持している者に、組合からの報酬が支払われますからね。適当な組合に行って、組合員証を呈示し、お金を引き出すことができてしまいます。
報酬と云うのは、魔法販売利益の十パーセントと、錬金薬製造権料のことです。いずれも単品の額が大きいため、キッカ様への報酬もかなりの額となるのです。
そんな金を生み出す組合員証を騙し取ろうとしたフェリペとかいう馬鹿は、確実に解雇は確定でしょう。現在、彼は総組合長と、それはそれは楽しいお話し中です。
ティアゴ様からは逃げられませんよ。あの方は単に名声だけで総組合長に選ばれたわけではありませんからね。
あのゴミは今後、どうやって生きていくんでしょうかね? 信用を一切されなくなるでしょうし、再就職は厳しいことになるでしょう。
『こいつはなんで仕事を辞めたんだ?』
というような問い合わせが、再就職先から来ますからね。組合は人気の就職先ですからね。よほどの事情がなければ辞める人はいないのです。
なんでこんなバカなことをやらかしたんでしょう? バレないと思っていたのか、それとも解雇されたとしても、先行きが保証されていたのでしょうか?
解体所の発行する換金用の木札を偽造した狩人の話は、組合職員なら誰でも知っていることでしょうに。話の真偽は不明ですけれど、職員や組合員に対する警告の意味も含めて、あの話は拡散されているんですから。
もし、あの話の通りに野盗にまで身をやつしたら、笑い話にもなりませんよ?
そんなことをぼんやりと考えながら、聴取内容を記していきます。
本当、あのゴミの同僚はいいとばっちりですよね。
現在、私の目の前には、バッソルーナの組合長であるビダルさん。私は初めて会った方ですが、印象としては頑固親父といった感じでしょうか。年の頃は五十くらいですかね?
「随分と強引な招待じゃないか。さすがに無礼が過ぎやせんかね?」
「総組合長は激怒しています。もちろん、私も。問答無用でクビにされなかっただけでも感謝してもらいたいくらいですよ」
組合長、笑顔ですけど、声は氷点下です。キッカ様の組合に対する貢献度を考えれば当然のことでしょう。今後の利益を考えると、優先すべきはキッカ様ですし。なにより、キッカ様にはなにひとつ落ち度もありませんしね。
「カリダード。確かにフェリペのやったことは許されない事だろうが、なにも全員を招集して聴取することもないだろう?」
「必要があるんですよ、先生。あのクズの仲間がいる可能性もありますから。もちろん、先生にもその容疑は掛かっています」
バッソルーナの組合長は、カリダード組合長の師のようです。確か、組合長は総組合長の傭兵団に所属してたと聞いたことがあります。得物は何を使っていたのかは知りませんけれど。もし鞭とかだったら、似合うことこの上ないでしょうね。ビダルさんも同じ傭兵団だったのでしょうか?
「それで先生。冒険者組合バッソルーナ支部は、職員にどのような教育を施しているので? 組合員証を騙し取ろうなどと、許される行為ではありませんよ」
「真実と決まった訳ではないだろう。それを訴えている傭兵だか狩人の小娘が嘘を吐いているとは思わんのか?」
「ありえません。というか、被害者のことをご存じなんですね? なるほど、その上でのその言葉。非常に不愉快ですよ、先生。あの方がどういった方かを知った上でそういっているわけですね?」
組合長ははっきりと云い切った。
さすが組合長。たとえお師匠さんでも容赦有りませんね。
「その人物は加護を頂いている方ですよ。そんな人物が犯罪を行う? 馬鹿も休み休み云いなさいな」
「それはこっちの台詞だな。次期教皇となる人物が、ひとりでうろついているわけがないだろう」
「次期教皇ではありませんからね。それにですね、先生。彼女は組合員証を取り上げられ、それを偽造品であると断じられた際、審神教の審議を求めているのですよ。だが、彼らはそれを実行しなかった。
どういうことか分かりますよね?」
「……」
「反論はないのですか?」
「なにも云う必要はないな」
一切、表情を変えない彼に、組合長は大仰にため息をついた。それこそ、芝居がかったように。
「なるほど、行ったことはすべて認めるということですね?」
「そうだ」
「そして自分たちは、一切、間違ったことはしていないと」
「そうだ」
「彼女こそが犯罪者であると」
「……そうだ」
暫しの間。
「なるほど。わかりました」
ややあって、組合長が無表情に答える。
「随分と物分かりが良くなったじゃないか」
「物分かりがいい? いいえ、違いますよ。ただ失望しただけです」
さすがに苛っとしましたよ。
「失礼します、組合長。ひとつ教えてください。組合長はこの御仁になんの指導を頂いたのです?」
突然の私の横入りに、組合長が少しばかり顔を顰めるものの、すぐに肩を竦めて、いつもの、人を見透かしたような顔つきになった。
「傭兵の在り様を教わったのよ。それこそ真っ当なことからロクでもないことまで一通り」
「ロクでもないこともですか」
「そうよ。もっとも、やらかさないようにするため、という意味合いだったはずなんだけれどね」
組合長のその言葉に、ほんの少しビダルさんの眉が動いた。
「訊くべきことは訊きました。終わりにしましょう」
ほんの少し目を据わらせて、組合長が言葉を続ける。
「先生、残念です。本当に。そして今日、あなたの教えを得たということが、私にとっての汚点となりました。まったくもって不愉快です。
あぁ、ご安心ください。我らは組合の規定通りの処理を行うだけです。ですが、教会は私たちのようにはいかないでしょうね」
ビダルさんが唇の右端を吊り上げるような笑みを浮かべた。
「頭の固い審神教になにができると?」
「そうですね。ですが動くのは月神教ですよ。よかったですね、先生。『スリルこそが人生における最高のスパイスだ』などと云ってましたものね。残りの人生、最期のその時まで、きっと楽しめますよ。なにしろ彼女たちは容赦がありませんもの」
この物言いには、さすがに顔を強張らせた。でも組合長はそんなビダルさんの様子など無視して、机の端に置いてあった卓上呼び鈴を手に取って鳴らした。
たちまち警備の職員がふたり部屋に入って来ると、ビダルさんの両腕をそれぞれが掴み、立ち上がらせた。
「カリダード、お前、私に対しこんな扱いをするのか!」
「えぇ、当然でしょう? だって、あなたは罪人ですもの」
なにか問題でも? と云わんばかりに、組合長が首を傾いだ。
ビダルさんが引き摺られるように連行されていく。その後ろ姿に、組合長はさらに声を掛けた。
「そうそう、先生。『神の罰に慈悲は無い』そうですよ。あなたが陥れようとした人物の言葉です。覚えておくといいでしょう。では、ごきげんよう」
組合長が云い終えると、すぐにバタンと扉が閉じられた。
うん、警備の連中、いい仕事してるわね。あとで褒めてあげましょう。
そして私と組合長が、同時に大きくため息をついた。
「あぁ、本当にロクでもなかったわね。確かに、まっとうな人生を歩んできた人ではなかったけれど、犯罪だけは犯さないと思ってたのに」
「人は変わるっていう実例なんですかねぇ。組合長が最後にあったのは何年前なんです?」
「そうね……かれこれ七年、いえ、八年ぶりくらいかしらね」
結構前だ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいわ。ほかにも聴取しないといけないんだから」
「はい。では、次の職員にいきましょう」
そして私たちは、ふたり目の尋問をはじめることにしたのです。
私たちが担当する職員すべての尋問を終え、私と組合長はふたりして同じように難しい顔で調書を睨んでいた。
そう、明らかにおかしい、異常だったのだ。
「あのぅ、組合長。いくらなんでもおかしくありませんか?」
「……そうね。全員が全員、まったく同じ主張だなんて、気味が悪いわね」
「これって、洗脳とか、そういった類のものなんじゃ?」
「職員全員を? いえ、それを考えたら、バッソルーナの人間全員ってことよ。無理でしょ」
組合長が驚いたように目を瞬いた。
とはいってもそうとしか思えない。
「気味が悪い……」
そういって組合長は顔を青褪めさせていた。
きっと、私の顔も青褪めていたに違いない。
なんなのこれ。あぁ――
本当に気味が悪い。
◆ ◇ ◆
渡された調書を読み、私は思わず笑みを浮かべた。
これで連中をまっとうな手段で処罰できるだろう。さすがに我々が勝手に粛清などしてしまっては『国家』の意味が問われかねない。
教会の威光は北だけではなく、南にも行き渡っているのだ。
「それで、尋問は上手く行ったの?」
「はい、猊下。あれほどだんまりを決め込んでいた連中が、それこそ立て板に水のように話してくれましたよ。事細かに、どれだけ楽しんだかを。
ふ、ふふ。危うく殴りこ……倒すところでしたよ」
「そ、そう……」
いつも冷静で、感情をあまり露わにしたことのないファウストの激情に、私は思わずたじろいだ。
いったい、連中はどれほど酷いことをしたのだろう? 知りたくもないが、興味があるのも確かだ。
「さすがは神子様の調合された薬です。こんなに簡単に口を割らせることができるとは。
まぁ、余計なことまで聞かされましたけれどね。連中の異常な性癖など、知りたくもありませんでしたよ」
ファウストががっくりと肩を落とす。こんな姿の彼を見るのは初めてだ。
いったい、どんな話を聞かされたのやら。まぁ、他人の性癖なんて聞かされた方は、どう反応していいのかわからないでしょうしね。
「あぁ、でも、おかげでひとつ、良いことがありました。パチェコ子爵の跡取候補のビセンテですが、奴が領主になどなっていたら、領民にとっては地獄でしたでしょうからね」
「……どれだけロクでもなかったのよ。でもまぁ、いいわ。彼らの自白内容と一緒に、彼らを引き渡してしまいましょう。そうね。管轄違いでしょうけれど、アキレス王太子の部隊に引き渡しましょう。跡取候補の貴族の隠し子もいるのですから、問題にはならないでしょう」
「了解しました。それで、奴らが遺体の処理に使っていた灰色熊はいかがしましょう?」
「討伐はひとまず置いておいて。王太子殿下の判断に任せたほうがいいわ。すべてこっちでやってしまうと、国の面子が立たないわ」
ただでさえ治安維持隊の評判が悪いのだもの。これ以上に評判を落とすのは、真面目な兵士たちが可哀想だ。
「ところで猊下、あの薬の入手はできないでしょうか?」
「難しいわねぇ。キッカ様も、試しに作ってみただけと仰っていたから。服用すると気怠くなって、凄くいい気分になるそうよ。ただ、それが依存症になるんじゃないかというほどの物らしいから、作ることを自重しているみたいね。
実際、飲ませた連中はそんな感じじゃなかった?」
「確かに。終始、だらしなく微睡んでいるような感じでした。ふむ、健康には害のない麻薬のようなもの、ということですか」
ファウストが確認する。
「下手をすると、食事も忘れて快楽に耽る可能性があるらしいわよ」
「なるほど。確かにそれは少々厄介ですね。ですが、明らかに死罪となるのが分かっている者に使う分には、問題ないのでは?」
ふふ。さすがファウスト。それでこそ軍犬隊隊長。
「キッカ様に打診してみましょうか?」
「よろしくお願いします。では、これから奴らを引き渡してきます。明日になっては、引き渡しも厳しいでしょうから」
そしてファウストは私の執務室から出ていった。
明日。えぇ、明日からは八月。王宮では勲章伝達式が行われるものね。
あぁ、隠し子のやったこともあるし。今日中であれば、明日の式典の賞罰発表に間に合うわね。
オルボーン家が取り潰されることは決まっているし、もしかしたら、あの隠し子の実家も同じことになるかもしれないわね。
なにしろ、王家直轄領での連続殺人だもの。しかも王領で兵士として働く貴族の隠し子が犯人だもの。王家としては、その貴族家に侮辱されたも同然。
ふふ。国王陛下はいったい、どういった決着をつけるのかしらね?
楽しみだわ。
誤字報告ありがとうございます。