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103 タマゴサンド

2019/12/29 名前のミスを修正しました。


 八月二日となりました。本日もいい天気です。いい天気ですが、私はお部屋で大人しくしています。


 おはようございます。キッカです。


 いまだに体調はよろしくありません。そこまで出血したとは思わないんだけれど。せいぜい五百ミリリットルくらいだと思うんだけど。いや、最後に吐き出した量が凄くてね。自分でもびっくりしたんだよ。リリアナさんも顔を青くしていたし。


 あぁ、そういえばあの血の掃除もマリサさんにしてもらっちゃったんだよ。

 お仕事だから、といったらそれまでなのかもしれないけれど、なんだか申し訳ない気分だよ。お礼、といっても、物品の類は受け取ってくれないだろうなぁ。


 昨日、帰りに「よろしかったら、持って行きますか?」といって、ロールケーキを示したら、欲しいとのことだったので二本渡してきたけれど。

 あんなのでいいのかな?


 これで残りは二本と半分。適当に食べていきましょう。


 さて、本日は朝から私に来客がありました。


 目の前のソファーに座り、開口一番、


「本当に申し訳もない!」


 といって、深々と頭をさげる男性。見たところ、三十をちょっとすぎたくらい? 恰好からして、多分、お役人さん。それも文官ではなく、武官寄りの人だと思う。


 私はその男性の隣に座って、ひとりニヤニヤしている侯爵様に目を向けた。


「こやつはここ王都の治安を守っている、治安維持隊の隊長だ」

「えぇと、その隊長さんがなぜ私なんぞに謝罪を?」


 うん、本当に謝罪だよ。びっくりだよ。自己保身の為に台詞を棒読みしているのとは違うよ。


「先日。部下があなたに大変な無礼を働いたと報告を受けた。部下をきちんと律することができず、あなたを命の危険にさらしてしまった。なんの言い訳もしようもない」


 顔を上げたかと思ったら、また深々と頭を下げる。


 あぁ、あの強姦殺人犯共のことか。

 私は助けを求めるように侯爵様に再び視線を向けた。


「こうして頭も下げている。許してやってはくれないか?」

「いや、許すも何も、自分の仕事に一切の誇りもなく、職の威を借りて女を食い物にしていたあの生き物共がクズなだけじゃないですか。隊長さんにはそこまでの責任はないかと。私としては綱紀粛正と、それによって洗い出されたゴミの処理さえしてくれれば、謝罪とかは不要ですよ」


 あれ、侯爵様、なんでそんな呆れ果てたような顔をしますかね?


「キッカ殿、その『生き物』という言い回しは……」

「いやですねぇ。あんな輩を人と認めるのですか? 自分があんな輩と同種だと。私はいやですよ」


 そういうと侯爵様はほんの少しの間、顎に手を当て、目を瞑った。

 やがて眼を開けるや――


「恐ろしいな。そんなことになったらエマに殺される」


 ……さすがにエメリナ様には弱いみたいですね、侯爵様。


「それにですね、侯爵様。この手のことでの謝罪って、『また部下がやらかしたところで、仕方ないよね?』っていう免罪符なんじゃないですか?」

「……また手厳しいな」

「そうですか? 私としては、言葉よりも行動だと思いますよ。残念ながら、人間は嘘をつく生き物ですからね」


 これは隊長さんにではなく、部下の皆さんに対しての言葉だ。

 隊長さんが真っ青な顔で私と侯爵様の顔を交互に見やる。侯爵様は肩を竦めるだけ。


 あれ? なにか間違ったこと云ってるかな。私に危害を加えてきた連中って、そんなのばっかりだったんだけど。

 軒並みお父さんとお兄ちゃんに報復されて姿を消したけど。


「ハシント卿、結果で示すのが一番の謝罪だということだ」

「はい、言葉は無用ですよ」


 私がそういうと――え? ハシント卿……って、貴族じゃないのさ! え、治安維持隊って貴族の人が取り仕切ってるの!?


「確かにその通りだ。キッカ殿、必ずやこの街を、より住みよくすることをお約束しよう」

「パチェコ家が潰れたからな。良い見せしめになっただろうよ」


 はい?


「えーっと、侯爵様、パチェコ家というのは?」

「あぁ、キッカ殿を陥れた兵士の主犯の実家だ。キッカ殿を襲ったあの兵士、ビセンテはパチェコ子爵の私生子でな。子爵家の跡取り候補のひとりだったのだよ。もっとも、今回の事件の発覚で、家ごと取り潰しになったがな。王都、即ち王家直轄領での大罪だ。公開処刑にならなかっただけでも温情だろうよ」

「おかげで頭を押さえつけられることが無くなりましたからね。これからは正しく職務を執行できます」


 隊長さんが侯爵様に宣言した。


 なるほど、貴族絡みでまともに締め付けができていなかったのね。変なところに柵があると面倒だよね。


 そして隊長さんは、やる気に燃えて職務に戻って行った。


「本当ならあ奴も更迭されるところだったんだがなぁ。時期のおかげで首が繋がったのよ」

「時期のおかげですか?」


 私は首を傾げた。


「八ノ月はいわゆる社交シーズンだからな。貴族当主が軒並み王都に集まる。当然、警備も厳重にせねばならん。そんな時期に治安維持隊の再編などできんだろう?」

「あぁ、確かに」

「おかげで、奴は厳重注意と半年の減俸で済んだのだ」

「宮仕えの貴族ってことは、領地無しの貴族様ですよね? 減俸は厳しそうですね。もし更迭されてたらどうなっていたんです?」


 興味本位で聞いてみた。領地無しだと収入がなくなるよね?


「無職の子爵となったら、そのまま没落コースだな。まぁ、あ奴の細君は反物問屋を営んでおるから、食うには困らんだろう」

「貴族としてはすごい微妙ですね」

「なに、実際に更迭と成ったら、何かしらの別部署に異動ということになるだろうな。無職にさせられるのは、よほどの無能だけだ」


 ふむ。となると、ハシントさんは少なくとも無能ではないわけだ。


「さて、そろそろ朝食の時間だな。そういえばキッカ殿、昨夜、ナタンになにか頼んでいたようだが、今度はなにを作るのかね?」

「調味料ですよ。ただ、初めて作る物なので、上手く行くかわかりませんよ」

「昨日のこともあるのだ。無理はせんようにな」

「ありがとうございます。でも怪我はもう治っていますし、体調も問題ありませんよ」


 ちょっと血が足りないですけど。

 お肉食べてればなんとかなるでしょ。かといって、侯爵様のところでバクバク食べる訳にもいかないんだよね。


 テスカセベルムでくすねてきたハムでも、あとで齧ってよう。

 ……うん。まだ残っているんだよ。ほとんど保存食扱いになってるけれど。


 さて、朝食だ。きちんと食べて、今日もがんばりましょー。


 ◆ ◇ ◆


 朝ごはんも食べ終わり、侯爵家の皆さんはみんなお出掛け。

 さすが社交シーズン。いろいろと忙しそうです。


 リスリお嬢様は未成年なのでパーティには出席しませんが、本日はお出掛けしています。

 ご学友に会いに行くんだとか。


 ちょっと気にはなっていたんだけれど、ちゃんと学校、あったんだね。

 で、リスリ様。飛び級でとっとと卒業しちゃったんだとか。


 えーと、貴族で学校って、人脈作りというか、派閥の顔合わせというか、そういうことをやるんじゃないの?


 そんなことを聞いてみたら、「イリアルテ家は我が道を往くのです!」と宣言されましたよ。


 あぁ、うん。リスリお嬢様、確かにイリアルテ家の血を引いていますね。まさかそんな台詞が飛び出すとは思わなかったから、びっくりだよ。


 実際の所は【アリリオ】の管理の関係上、派閥なんてものからは距離を取っているのだとか。同時に取られてもいるようだ。


 だって、ねぇ。魔物の暴走が起きたら、派閥の貴族家は駆り出されることになるだろうからね。それは嫌なんだろう。どこの家も。


 そんなわけで、イリアルテ家はディルガエア王国に於いて、かなり特殊な立ち位置にあるようです。

 発言力もかなり強いらしい。それに加えてイネス様が王弟殿下に嫁いでいるわけで。うん、ほとんど盤石といっていいんじゃないかな。


 それじゃ、食休みもしましたし、予定通り調味料を作っていきましょう。


 さて、本日作るのは、異世界転移では定番の二大巨頭のひとつ、マヨネーズですよ。いや、唐突にだけど、タマゴサンドが食べたくなってさ。

 となるとマヨネーズは必須なのですよ。


 で、二大巨頭の片割れのプリンと共に、マヨネーズも作らなかったのには理由があるのです。


 まずプリン。これは単純に、お砂糖の問題。いや、本当に手に入れにくいんだよね。すっごい高いし。

 まぁ、今の私はお金持ちなんだけどさ、どうにも生来の貧乏性というか、節約癖が。あ、別に深山家は貧乏だった訳じゃないよ。……よく考えたら私、社長令嬢だよ。いま気が付いたよ。


 いや、いまさらいいんだよ、前の話は。


 そして今日の目的のマヨネーズ。こっちは卵が問題。手に入らないと云うことではなく、生で使うこと。

 こっちの人って基本的に生食はしないからね。卵も、地球での海外での扱いとほぼ一緒だから、生食はご法度みたいなものなんだよ。


 なので、作るのは敬遠していたのさ。

 とはいえ、私のお腹が欲しているので、マヨネーズを作ることにしましたよ。卵を使わずに。その為に、ゆうべ料理長さんに下拵えをお願いしたんだ。


 下拵えと云っても、大豆を水に漬けて置いてもらっただけだけどね。


 えぇ、大豆が卵の代わりですよ。大豆、酢、油でマヨネーズを作っていきます。


 では大豆を……茹でるのと蒸すのとだと、どっちがいいんだろ?


 とりあえず今回は茹でていこう。蒸すんだと四十分くらいなんだけれど、茹でるのも同じくらいでいいかな。


 同時に、卵も茹でるよ。あ、もちろん鍋は別だよ。そうそう、この卵、アヒルの卵なんだそうな。


 ……鶏、いないのかな? いや、いるよね。テスカセベルムで見たもの。今度【道標】さんで調べてみよう。




 大豆が茹で上がりましたよ。いい塩梅に柔らかくなりました。こいつをすり鉢にいれて潰してペースト状にしますよ。

 ……水っ気が足りるかな? ちょこちょこと酢と油を加えながら潰していこう。


 ややあって、マヨネーズ完成。味の調整は塩だけだけど。


 で、味見の結果なんだけど、微妙。


 うーん。これ、一晩おいた方が良いような感じだよ。味が尖ってると云うか、いまひとつ馴染んでない。でも一応、マヨネーズにはなったよ。


 結構な量を作ったから、今日使う分を取ったら、あとは壜につめておきましょう。


 それじゃ、インベントリから作り置きして置いた食パンをだしてと。


 タマゴサンドをつくるぞー。


 粉々に崩したゆで卵とマヨネーズを和える。

 食パンにバターをぬる。

 いま作ったゆで卵のマヨネーズ和えを食パンに挟む。

 耳を切り落とす。


 完成!


 さーて、この調子でたくさん作るよ。私だけ食べるってわけにはいかないからね。


 ◆ ◇ ◆


 図らずも、サンドイッチは正解だった。

 いや、みんなパーティでそれなりに食事してくるでしょう?

 だから夕飯を食べないんだよ。


 とはいえ、小腹は空いている。


 ほら、サンドイッチがぴったり。


 タマゴサンド、好評でした。

 簡単に摘まめるのが良かったみたいだよ。それに加えて、パンがやっこいからね。噛み切りやすいのさ


 こっちのパンはバゲットみたいなのが基本で、固いんだよ。


 その固さもあってか、こういう食べ方はしていなかったみたいだ。なんというか、パンはスープに漬けて食べる、みたいな?


 そういや、千切ったパンをボウルにいれて、そこにスープを注いでふやかしたのを、ズゾゾゾゾと啜って食べたりするって聞いたことがあるな。

 さすがにこれを聞いた時は、ちょっと衝撃的だったけれど。


 まぁ、バゲットになにかを挟んで食べるっていうのは、民間の誰かがやってそうな気がするけれど。


 そんなこともあって、エメリナ様に、またあしたも作ってとお願いされてしまいましたよ。


 ま、まぁ、あと一回分は作れるけど。食パンのストックが……。

 型を自宅に置いて来ちゃってるから、作れないんだよね。

 まさかこっちで型をつくるわけにもいかないしねぇ。


 妥協案。


 バターロールを作る。


 ……作り方は知ってるけど、作ったことはないんだよね。

 作れるかな。

 酵母がないから重曹を使うことになるし。そうなると、どら焼きの皮みたいになりそうな気が。


 駄目だったら、最悪、シフォンケーキを作ればいいや。




 半ばやけくそな気分で本日は就寝です。


 おやすみなさい。


 そして私は夢をみた。とてもとてもはっきりとした夢。


 これが噂の明晰夢というやつか?


 などと思いつつ、私は自宅メインホールの大テーブルの席についた。


 目の前にはララー姉様。


 ……あぁ、これ、夢じゃなくて、神託というか、連絡だ。

 唐突に気が付き、かくんと首を傾げる。

 するとララー姉様が、まるでテーブルに突っ伏すようにして頭を下げた。


「ごめんなさい」


 ……。

 ……。

 ……。


 えぇ……今度はいったい何事ですか? ララー姉様。




 私は口元を引き攣らせつつ、覚悟を決めたのでした。





誤字報告ありがとうございます。


※マヨネーズの件、ご指摘ありがとうございます。助かります。82話の方を変更しました。

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