01 真っ黒だ
衝動に駆られて書いた。後悔はしていない。
行き当たりばったりで書いていきます。
不定期更新となります。
真っ黒だ。
目を開いて、まっさきに飛び込んできたもの。
真っ黒な……空?
視界一杯にひろがる、墨汁をぶちまけたような一面の黒。
つい、と、右手を伸ばしてみる。
うん。ちゃんと自分の手が見える。
ということは、辺りが真っ暗というわけでないということだ。
……あれは本当に空なのかな?
星のひとつも見えない真っ黒な空なんてありえないよ?
…………。
とりあえず、いつまでも寝っ転がってないで起きよう。
「動くな。元の姿勢に戻りなさい」
突然聞こえてきた声に、私は起こそうとしていた体を止め、再び寝転がった。
反抗する気がまったく起きない。それどころか、声に従うのが当然のように思える。
……なんだこれ?
「よし。それじゃ、左側を下にするように体を反転させて、俯せになりなさい」
云われた通りに、ごろんと転がり、俯せになる。
「そこから匍匐前進」
へ? ま、まぁいいや。
ずりずりと進む。匍匐前進なんてやったことないけど、こんな感じでいいのかな?
右足のせいで、ちょっとやりにくいな。
それにしても変わった床? だよね。
綿みたいな絨毯? が敷き詰められてて。感触も綿なんだけど、なんだろ、触った感じは綿なのに、雪みたいに感じる。
でも手が濡れたりするわけじゃないしなぁ。冷たいけど。
「うん。そこまでいけばもう大丈夫だ。立っても問題はないよ」
うん? 問題ない? どういうことだろ? まぁ、いいか。
体を起こして立ち上がる。
「左側をみてごらん」
云われるままに左に目を向けた。
……なにもなかった。
目に入る一面全てが真っ黒だった。
足元の綿みたいな床は、1メートルも行かずに途切れてた。
私は青くなった。
え、もしかして、ここから落ちかけてた?
いや、ここ何処? 此処is何処? というよりも、ここは何?
「おーい、とりあえずこっちにおいでー」
ここまで厳しい声で指示していた男性の声。先とは打って変わって呑気な雰囲気だ。
しばし唖然としていた私は、声のした方へと振り向き、
再び唖然としてしまった。
目に入ってきたもの。それは――
炬燵に入った、褞袍を着こんだ青年だった。
え、なんで炬燵? なんでだろう、籠に山盛りの蜜柑が凄い場違いに見える。
炬燵と蜜柑。本当ならこれほどピッタリな組み合わせはないハズなのに!
多分、私は今、馬鹿みたいにポカンとした顔をしているハズだ。
「やー、いい反応だねぇ、くらい云えたらいいんだけれど、僕は小心者でねぇ。そういう反応されるとちょっとショックなんだけれど」
青年が苦笑いを浮かべている。
「あ、ご、ごご、ごめんなさい」
「あー、いいよいいよ。そこ寒いでしょ。こっちに来て炬燵に入りな」
中肉中背短髪黒髪、十人並みの容姿の青年。年齢は二十代後半くらいかな。年齢に似合わない、落ち着いた穏やかな笑みを浮かべている。
……やばい。どうしよう。多分この人、私の好みにドンピシャだ。
私は自他共に認めるブラコンだ。私の理想の男性は兄だ。そして目の前にいるこの男性は、兄を彷彿とさせる雰囲気を醸し出している。
容姿? はっ、みてくれだけで男を選ぶのはただの馬鹿だ。
私はいまだに、できることなら面食いだった五歳のときの私を張り倒したいと思っているのだ。なにしろ右足がもげかけたのだ。おかげでいまも右足は少しばかり不自由だ。
いや、嫌な思い出を掘り起こすのはやめよう。
私は云われるままにとことこと歩いていくと、炬燵に入った。
あ、掘り炬燵だ。よかった。椅子とかじゃないと座るのが辛いんだよね。
「まだ寒かったらそこの褞袍を羽織るといいよ。大丈夫だよ、まだ誰も袖を通したことのないやつだから」
見ると、すぐそばに褞袍が畳まれて置いてあった。
……あれ? 置いてあったっけ? 私、気が付かずに炬燵に入った?
微妙に釈然としない気持ちのまま、褞袍を羽織る。
あぁ、あったかい。
「蜜柑、食べるかい? おせんべいもあるよ? あぁ、そうだ、こいつをだそう」
そういって、お兄さんは蜜柑の脇に、朱塗りの器に山盛りの――
「あられですか?」
やった、あられ好きなんだよね。
「あ、悪いね。これ、揚げ餅なんだ」
揚げ餅ですと!
「確かあられも――」
「いえ、大丈夫です。揚げ餅大好きです!」
「それは良かった。僕も揚げ餅は大好きでね」
ポリポリと揚げ餅を食べ、お茶を啜る。
あぁ、幸せ。
……あれ? お茶はいつの間にでてきたんだ?
「さて、人心地もついたろうし、話をしようか」
揚げ餅がほぼ底をついたころ、お兄さんが私をじっと見つめていった。
私は慌てて姿勢を正すと、口を開いた。
「あの、ここはどこなんでしょう? それとも私、なんか変な夢でも見てるんでしょうか?」
真っ黒な世界に浮かぶ、炬燵だけがある白い場所。
正直、現実の場所とは思えない。
「あぁ、自覚ないのか」
お兄さんの顔に憐みの表情が浮かぶ。
「深山菊花さん。残念ながら、あなたは死亡しました」
あぁ、やっぱり。
お兄さんの言葉に、私はなぜか納得していた。