第三話 攻略対象者、ケイン・アンジャードルタ
私はいじめの被害に遭わないようになるべく一人で過ごすことにした。しかし、クラスではそうはいかない。
ある日、授業のためにグループを作ることになった。そこで、ケイン・アンジャードルタという人に出会った。彼は元気がいっぱいで、笑顔が眩しい。人懐っこいタイプで誰にでも優しい印象だ。少し話しただけでもわかるほど、お兄さんを尊敬しているようだ。
「リリーダちゃんか、よろしくね!」
初対面の人なのに気安く名前を呼ばれても、嫌悪感など感じなかった。
「ケイン様、よろしくお願いいたします。」
クラスも同じということもあり、ケイン様とは挨拶をするようになった。そして時折気軽に会話をする。
「それで、兄さんは完璧なんだよ。すごいよね。」
「ケイン様は本当にお兄さんのことが好きなんですね?」
「とても大切な人だからね。」
「うらやましいです。私なんて、今まで父親からはほとんど相手にされなくて、それでもいきなりこの学園に入れなんて言われて。嫌だったけど、やっぱり父親は大切なんですよね。」
「大切なことには変わりないってことだね。良かった!リリーダちゃんがこの学園に入ってくれたおかげで僕たち出会えたんだよ。素敵なことだよね?」
「ふふ、そうですね!」
それからというもの、よく話すようになった。
「リリーダちゃんになら兄さんを紹介してあげようかな。」
「え、どうしたんですか?」
「僕はリリーダと同じクラスだけど、兄さんはクラスも学年も違うから会う機会ないでしょ?」
「そんな、大丈夫ですよ。ケイン様とこうしてお話しているだけでもお兄さんのことわかりますし、この時間が楽しいです。」
「リリーダちゃん、嬉しいこと言ってくれるなぁ~。」
「それに、ケイン様はお兄さんのこと大好きですから、嫉妬されては困ります!」
「あははっ。なにそれ~。どっちに嫉妬するって言っているのかな。」
「え?」
「ううん。なんでもないよ。たしかに嫉妬しちゃうな!」
二人で笑い合って時間は過ぎていく。
そんなある日のことだった。いつものようにいじめがあった。しかし、その日はいつもと違った。
「庶民の方がこんな学園に来られるなんてありえませんわね?」
「本当に!学園の品位が下がりますわ。」
「それに、最近ケイン王子に取り入ろうなどと考えているのではなくて?わたくし、みましたのよ?」
「まぁ、なんて醜悪な。」
私のことはなんと言ってもらってもいい。しかし、あんな素敵な方のことまで話に出すなんて許せない。あの方は私にとって、とても大切な方なのだから。そう思った私は沈黙を破った。
「あの方は関係ありません!変なことをいうのはやめてください!」
そんな時だった。後方から私たちの近くに来た人がいた。
「通行の邪魔です。」
とても小さな女の子だった。可愛らしい外見をしているのに、表情はなく人形のような少女だと感じた。小動物を思わせる風貌だ。
「アリミナール様」
私をいじめていた一人がそんなことを呟いた。
「ケイン様の名前が聞こえました。あなた・・・。」
小さな女の子は私をみて話を続けた。
「あなたは相応しくない。」
表情を一切変えることなくそう言葉を残して歩き去っていった。もちろんいじめていた人たちも一緒に去っていった。
その出来事があり知ったことは、あの女の子はアリミナール・ブラックレスという名前で、ケイン様の婚約者らしいということ。
どうやら、私の初恋は見事に玉砕されてしまったようだ。少し落ち込んだが、くよくよはしていられないと思っていた。
あの出来事があった後もケイン様との話す時間は続いていた。それに対してアリミナールという婚約者から直接なにかを言われたことはなかった。
しかし、あの日からいじめられていた現場にちょくちょく現れては同じようにこう言うのだ。
「あなたは相応しくない。」
そういってまたいじめは終了して、彼女たちは消えていた。
それが何度も続いたのだ。ある時から私は少し考えていた。あの女の子はどうしてこうもタイミングよく現れているのだろうと。
それはある時のことだ。
ケイン様が体調を崩して保健室に行かれた。心配になり、私は休み時間を利用してお見舞いに行くことにした。
保健室の扉を開けると、誰かがすでにいるようだ。しかし、そこに保険医の姿はなかった。
「あれ、リリーダちゃん来てくれたの?」
「ケイン様!お体は大丈夫ですか?」
そう聞いて近づいた時にやっと近くにいる人物が誰かわかった。アリミナールがそこにいた。
「あ、私・・ごめんなさい!もう行きますね!」
「待って、リリーダちゃん。」
ケイン様に引き留められたため、足を止めた。
「アリミナール、申し訳なけど席を外してもらえるかい?君との話はもう終わった。」
「はい。失礼します。」
そうしてアリミナールは去って行った。いつものように。
「あ、ケイン様。よろしいのですか?あの方・・・。」
「君には話しておかないとね。彼女は僕の元婚約者なんだ。と言ってもあまり話したことはないんだ。小さい頃に少し話した程度で、この学園に入ってからもね。アリミナールはもともとあんな感じだよ。」
「え?」
「親同士が決めたことだからね。さっき、婚約破棄について話していたんだ。あの子もリリーダと同じで魔法の特異体質なんだよ。」
「あの方も?」
「そうだ!リリーダちゃんがいじめにあっていることを聞いたよ!」
「え!?」
「アリミナールも加担していた。それを聞いてすごく驚いた。」
「・・?」
「そうみたいだ。親同士が決めたことでも彼女には世間体があるからさ。許してやってほしい。」
「そんな!私はなんとも思っていません。」
「リリーダちゃんは本当に優しいな。だからこそ、好きになっちゃったよ。」
優しい笑顔でそんなことをいうケイン様。こんなことを言って頂ける日が来るなんて思いもしなかった。その時は、とても幸せな瞬間だった。
これが私のハッピーエンド。
でも、あの人は違った。
あの人はバッドエンドだった。
アリミナール・ブラックレス、ケイン様の元婚約者。私はハッピーエンドになるまで知らなかったのだ。彼女が、私をいつも助けてくれていた悪役令嬢だということに。
「アリミナール様!いいのですか!?」
先ほどまでリリーダ・キャラベルをいじめていた一人がアリミナールに対して怒るように質問した。それに対してアリミナールは、いつものように表情が出ない。
「なにがですか?」
「あのリリーダ・キャラベルはアリミナール様の婚約者と密会を繰り広げているんですよ!許せないことではないですか!」
「やめなさい。」
「でも!」
「私がいいと言っているんです。これ以上いうなら、あなたのその可愛らしい顔がなくなりますよ?」
そう言ってアリミナールは手から大きな炎を出して脅していた。
「ひっ!申し訳ありません!」
そうして、いじめていた人たちは去っていった。誰もいなくなった後、アリミナールは独り言を呟いた。
「あの方が、お兄様以上に大切にしている存在を傷つけるなど、私には出来ない。」
そして、その独り言は誰にも聞かれることはない。
それからというもの、アリミナールはリリーダ・キャラベルという女の子を見かけては、いじめを終息するように取り計らっていた。
しかし、そんな日々も終了の合図を告げる。
アリミナール・ブラックレスは婚約者から婚約破棄されたのだ。
二人の元から去っていったアリミナール。いつものように表情には現れない。いや、その時ばかりはいつもと違った。瞳からは大量の涙が出ていた。本人さえも驚くほどに。
「ふぅうぅぅっ!」
ハンカチで瞳から流れるものを拭きとろうとも、それは止まらなかった。
「どうしてこんなにもつらいの。ケイン様と私の想いは違ったのですね。私は初めて会った時からケイン様のことが大好きでした。あなたの隣にいるのは私だとずっと思っていました。お兄さん以上に大切にしてもらえる日が来ると信じていたのに・・・。」
瞳から大量の涙を流すアリミナールは、そこで笑顔になった。それはとても可愛らしい外見に合って、人を魅了するかのような笑顔であった。
「私の・・初恋でした。」
そして、アリミナールはそのつらい気持ちをとめるために行動に出たのだ。
リリーダ・キャラベルは後に知るのだ。アリミナール・ブラックレスが亡くなったことを。そして、いじめていた人たちや、周りの人物から話を聞いた。アリミナールは自分を助けてくれていたこと。いじめを終息させるために、リリーダ・キャラベルをいつも探してくれていたこと。