三、シラユ鬼(キ)。
「──お待ちいたしておりました、王子様」
奇妙な小人たちの一人が、私を見るなりそう言った。
「……なぜ私が、王子であることがわかったのだ?」
「すべては魔女の予言通り。我々は貴方様が現れるのを、ずっと待ち続けていたのです」
『魔女』という言葉を聞いて、思わず身構えた。
実は私は魔女だと噂されるこの国の王妃に会うために、隣国の王子という身分を隠して、単身乗り込んで来たのだ。
──そう。父王の仇である、あの邪悪な魔女を討つために。
その道すがら出くわしたのが、この異様な光景であった。
深い森の中の小さな広場で、泣き叫び続ける七人の小人。そしてその輪の中心には、死んだように眠り続けている、世にも美しい少女が一人。
年の頃は十五、六才ぐらいか。その肌は雪のように白く透き通り、その長い黒髪はあたかも絹糸のように艶やかで、そしてその人形のような彫りの深い端整な顔立ちは、まさに清らかな処女そのものであった。
──ただし、その熟れた林檎のような真紅な唇だけは、言い知れぬ妖艶な色香を醸し出し、見る者を殊更強く惹きつけていた。
「お美しいでしょう。このお方こそ我が国王陛下の一粒種、白雪姫様であらせられます」
「白雪姫だと⁉ そんな馬鹿な。一国の王女が、何でこんなところにいるのだ!」
「姫様は実の母君であられるお妃様の御不興を買い、王城を追放されたばかりでなく、こうして騙されて毒リンゴを食べさせられて、意識を失われてしまったのです」
確かにこの国の王妃と姫との不仲の噂は、我が国にも届いていた。
しかしいかに魔女とはいえ、実の娘を手にかけるとは、思いも寄らぬことであった。
「……それで、『魔女の予言』とは、いったい何だ? 私が王子であることと、どう関係するのだ?」
「魔女はこうおっしゃいました。白雪姫は眠ってしまったが、命まで失ったわけではないと。近々隣国からやって来る王子が、『真実の愛』をもって姫に口づけをすれば、必ずや意識を取り戻すことができるであろうと」
「ふん、いかにも胡散臭い話だな」
──そうは言いながらも私は、したたかに計算を始めていた。
確かにリスクの大きな話だが、その分得る物も多いように思われたのだ。
もしもこれが何らかの『罠』であったとして、白雪姫を目覚めさせることができなくても、このまま彼女の身柄を確保さえすれば、王妃の悪業の確固たる『証拠』とすることができ、今後の事態の推移によっては、強力な『切り札』ともなり得るであろう。
「……相わかった。眠ったままの御婦人の唇を奪うのは気が引けるが、これも人助けのうちだ」
しかし、その時すでに私は、すっかり罠に嵌まってしまっていたのだ。
目の前の少女の、『美しさ』という罠に。
もはやそこには、計算やリスクなどというものは、一切存在していなかった。
私はまるで『禁断の果実』に吸い寄せられるアダムとイヴのように、白雪姫の妖しい色香に染まった艶やかな紅い唇を目掛けて、自分の顔を近づけていったのである……。
◇ ◇ ◇
──また一人、殺めてしまった。
自分の唇に、誰かの仄かな体温を感じ取った時、私──『白雪姫』は、そう思った。
これでいったい何人目になるのだろう。お母様に利用されて、外国の要人を暗殺するのは。
幼い頃から類い稀なる美貌に恵まれた私は、魔女である実の母親の激しい嫉妬心を買い、何度も毒殺されそうになった。
その結果、猛獣をも殺す強力な毒によって自由を奪われ寝たきりになったものの、この身に流れる『魔女の血』のお陰で、どうにか一命を取り留めることができた。
けれどもそれでは満足できなかったお母様は、更に残忍なことを思いついたのだ。
それはこの私そのものを暗殺用の『道具』として用いるという、神をも畏れぬ所業であった。
幼い頃から毒まみれで育ってきた私の身体は、今や一個の『毒リンゴ』と化していたのである。
そう。口づけなぞしようものなら、たちまちその者の、命を奪ってしまうほどに──。