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881374ショートショート69!  作者: 881374
第二集、おとぎ話三大ヒロイン異聞。
4/10

一、オトヒ女(メ)。

「──ろう殿! 太郎殿!」


 つややかな長い黒髪をなびかせながら、一人の少女が追いかけてくる。

 いまだ十四、五歳くらいの年頃にも見える、あどけなくも美しいその人こそ、このりゅうぐうじょうあるじおとひめ』であった。

「お待ちくだされ、訳をお話しくだされ! なぜじゃ、なぜ今更地上なぞに戻られるのじゃ? この乙姫一人を残して行くおつもりか⁉」

 私は必死にすがりつくその少女のほうへ振り返りもせず、冷たく言い放つ。

「この竜宮でお世話になって、すでにもう何年も過ぎました。故郷に残してきた大切な者たちのことが、心配で仕方がないのです」

「……大切な者たち?」

「私の、妻と子供たちです」

 それを聞くやいなやその少女は、私の行く手に回り込み、涙目の顔を真っ赤に染め上げて、自分のお腹の辺りを押さえながらまくし立てた。

「それではわらわ()()はどうなるのじゃ⁉ 妾のお胎内なかには、太郎殿のがいるのですよ!」


            ◇     ◇     ◇


「……どうしても行かれるのか、太郎殿」

「申し訳ない、タイ殿、ヒラメ殿」

 竜宮城の正門前で私は、公家装束に身を包んだ二人の大臣と、別れの挨拶を交わした。

「おいたわしや、姫……」

「是非も無い。せめてこれをお持ちくだされ」

 そう言うやタイ殿は、丁寧に紐でわえられた黒塗りの小箱を、うやうやしく掲げながら私に差し出した。

「これは?」

たまばこです。この中には、姫の思い出が──この竜宮で貴方あなたと過ごされた日々の結晶が、込められているのです」

 複雑な想いをいだきながらも、私は玉手箱を受け取り、地上へと連なるきざはしに足をかけた。

「お世話になりました。姫様にもよしなに」

「振り返ってはなりません。ささ、お急ぎなされ」

 このきざはしからは、その者の真の姿を見ることができるのか。今まで人間に見えていた二人の大臣が、大きな魚のようにも見えたのだ。

 気がつけば、竜宮城の近くの岩礁の上には、こちらを見上げている巨大な竜の姿があった。


 ──何と哀しげなをした、竜なのだろう。


 なぜだかその姿は私の脳裏に深く焼きついて、決して忘れることができなかったのである。


            ◇     ◇     ◇


「……これがあの、『とうきょう』の姿なのか!?」

 地上にたどり着くやいなや私は我を忘れて立ちつくし、ただただ目の前の『惨状』を見つめ続けていた。


 あれから一体どれだけの時が過ぎたと言うのか。もはやその広大な焼け野原には、かつて世界中にその名をせた、『経済大国の首都』の面影は微塵もなかった。

「──ほう、若い人間の姿を見るのは、『最終戦争』以来何十年ぶりかのう」

 いつの間にか私の周りを、不気味な老人たちの群れが取り囲んでいた。

「もはやこの地上には、新しい生命は生まれてはこないはず。お前さん今頃のこのこと、一体どこから舞い戻ってきたのかね?」

「……わしらもじきに死ぬ。この地球上すべての、動植物たちを道連れにしてな」

 老人たちが去った後、私は絶望のあまり頭を抱え、その場にうずくまってしまった。

 ──ほんの数年、竜宮の夢に微睡まどろんでいたつもりが、すっかり時に取り残され、死者の列にも置いていかれてしまったなんて!

 その時ふと、竜宮城でもらった、あの『お土産』のことを思い出した。

「そうだ、この玉手箱を開ければきっと、竜宮で失った時間を取り戻して、私も彼らのように、老いさらばえて死ぬことができるんだ!」

 私は無我夢中で玉手箱の紐をほどき、何の躊躇もなくその蓋を開けた。

「──⁉」

 しかしそこに現れたのは、箱一杯に満たされた赤黒い液体の中で、あたかも()()()()()()()()()()身を丸めて浮かんでいる、小さな()()()()だけであった。  

「……こ、これは一体?」

 その時私の脳裏に、タイ殿の言葉が蘇った。


『この中には、姫の思い出が──貴方あなたと過ごされた日々の()()が、込められているのです』


 ──()宮城のあるじ、『乙姫』。まさに彼女こそ、あの広大な海の世界をべる、『竜神わたつみ』の化身だったのである。

「……それじゃ、これは、このは、私と姫との──」

 震える手で玉手箱を握りしめながら、私は涙が枯れ果てるまで泣き叫び続けたのであった。

 次回の投稿は本日の午後四時頃を予定しております。どうぞよろしくお願いいたします。

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