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881374ショートショート69!  作者: 881374
第一集、人魚姫。
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二、海底の魔女と人魚姫。

 月の光も届かぬ、深い深い海の奥底に降り注ぐ、一抹の水泡。

 まるで風に舞い散る、桜の花びらのよう。

 それを愛おしそうに見上げながらつぶやく、黒ずくめの一つの影。

「やっと戻ってきたのかい? ──私の人魚姫よ」


           ◇     ◇     ◇


 私は魔女である。住処すみかはこの蒼く深い海の底だ。

 おや、魔女が恐ろしいのかい? でも覚えておきな、この世の中で『普通の女』ほど、恐ろしいものが無いことを。

 この海の底で、数百年間生き永らえてきたこの私も、さすがに驚いたものだよ、あの日の人魚姫の言葉にはね。


「……今何て言ったんだい、人魚姫?」

「何度も同じことを言わせないでよ、魔女様。私を魔女様の魔法で、人間にして欲しいの!」

「人間に? 何でまたあんな下等動物に!」

「だって人間になれば、いつでも王子様の側に居れるじゃない!」

「………」

 また、人魚姫の『王子様』病が始まった。

 ここ最近口を開けば決まって必ず、王子様王子様王子様王子様って、もううんざりだよ。

 ああ、何だか苛々する。あんな人間の男なぞ、一体どこがいいんだか!

 でも一番私を苛つかせるのは、なぜ私は、人魚姫の口から『王子様』という言葉が出るたび苛つくのか、自分でもわからないことだった。

 その苛つきも手伝ったのだろうか、私は人魚姫に、ちょっぴり意地悪をしたくなった。

「いいだろう人魚姫よ、おまえを人間にしてやろう」

「ええっ本当に? 嬉しいわ魔女様!」

「その代わり一つ、条件がある。おまえのその美しい声を、私にいただかせてもらうよ」

 もちろん何も本気で、人魚姫の声を奪う気なぞはなかった。

 そう脅せば、彼女もあきらめると思ったのだ。

 それなのに、人魚姫(あの子)ときたら……。

「いいわ」

「え?」

「私の声を魔女様にあげる。だから私を人間にして」

「本気かい? 二度と喋れなくなるんだよ!」

「構わないわ。王子様の側に居られるのなら、言葉なんて無くたって!」

 思わず背筋がゾッとした。その時私の目の前にいたのは、私が十数年間手塩にかけて育ててきた人魚の少女ではなく、今まで見たこともない一人の『女』だったのだ。

 私の心の中に、赤黒い『怒り』にも似た感情が沸き起こってきた。今にして思えばそれは、『嫉妬』だったのかもしれない。

 ──いいだろう。望み通りにおまえを、人間にしてやろう。

 だが、おまえは決して、王子の愛を得ることはできないであろう。

 おまえは人間の身体が欲しいばかりに、自分の声を捨てようとしている。

 外見にこだわるあまりに、本当に大切な、自分の『内なるもの』を見失ってしまったのだ。

 そんなおまえに、『真実の愛』を得ることなぞ、できるはずはないであろう。

 せいぜい、おまえの愛する王子様に裏切られて、海の泡と消え去るがいい!


 ──そう。私は知らず知らずのうちに、人魚姫に『呪い』をかけてしまっていたのだ。


 本当は私は、人魚姫のことを愛していたのに。だから王子のことに、苛ついていただけなのに。

 しかし私は人を愛するすべを知らない、魔女なのである。

『呪う』ことでしか自分の気持ちを表すことのできない、哀れな存在に過ぎないのだ。

 だから私は、人魚姫のことを『呪った』のだ。


 海の泡と成り果てて、再び自分の許に戻ってくるように──と。


           ◇     ◇     ◇


 私は自分の手元に降り注いできた水泡を、慈しむように優しく包み込みながら、ささやきかけた。

「おかえり、人魚姫。これでもう二度と、おまえの唇から、王子の名前を聞くこともないだろう」

 そしてほくそ笑みながら、私は付け加えた。


「──だって、おまえのこころは永遠に、私だけのものだから」

 次回の投稿は本日の午後八時頃を予定しております。どうぞよろしくお願いいたします。

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