7. vs GANS ③
グゥォォォーーーーン！！！
『異形』としか形容しがたい改造車が、私たちのすぐ手前で急停止した。
「あれは──まさか、エアーラインGT-R?!」
私は驚いた。
父が車好きな影響で、私も車に関しては多少の知識がある。
今現れたばかりの異形の車が、日本を代表する超高性能スポーツカーの面影があることを悟った。
「牧野さん！有名なんですか、あの車？」
車に疎そうな明莉が呑気に聞いてくる。
私は眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら、簡潔に答えた。
「エアーラインGT-R。3.6リットルのツインターボエンジン、電子制御付き四輪駆動、超高剛性シャーシに最高出力600馬力以上。国産屈指の、まさにモンスターマシンです。しかも、“アレ”は外見だけではなくて性能もノーマルから改造されていそうですね」
ドドドドドドッ！！！
アイドリングだけで周囲の空気が震え、エンジンの大きな鼓動が伝わってくる。
──なぜ、こんな車がこの場に──？
疑念に思っていると、ロービームだった車のライトがハイビームに変更され、GANSを含む私たちの姿を煌々と照らした。
「──眩しッ！」
あまりの眩しさに、明莉が手で顔を覆いながら悲鳴を漏らす。
私と真吾も、顔をしかめながらライトから顔を背けた。
すると、GT-Rはハイビームのままパッシング(ライトの点滅)を数回行い、こちらに向けて何かの意思表示を行った。それが何を意味するか考えようとする前に、『鎚』の男が傷ついた『壁抜け』を引っ張って、歩道に待避しようとする姿が視界の端に映った。
「明莉さん、真吾さん！逃げっ──！」
私が最後まで言い終わる前に、GT-Rがこちらに向けて急加速をはじめた！
キュキュキュキュ、ブゥオオオーーーーーッ！！！
頭で何かを考える前に、私と明莉は、センターにいた真吾にそれぞれ突き飛ばされるように押された。
真吾だけになった空間に、モンスター・GT-Rが殺到する。
真吾は迫り来るGT-Rの巨体を、体を横に投げ出すことで紙一重のところでかわして地面に転がる。
目標を失ったGT-Rは猛スピードで私たちがいた空間を通りすぎたが、数十メートル先でサイドターンを行い、車の向きを一瞬で180度変えて反転してきた。
もはや疑うまでもなく、このGT-RはGANSの二人と何らかの関わりを持った者が運転しているに違いなく、明確な敵意を持って私たちを狙っていた。
「真吾さん、車道にいては危険です！」
起き上がった私が近寄ろうとすると、真吾はそれを手で制する。
「ここは、オレ一人に任せてくださいッ！」
いつになく強い口調で言う真吾。
「しかし──」
「大丈夫、オレの最強の盾を使いますから！」
真吾は両腕を十字に交差させて、グッと力を入れた。すると、彼の右手を中心に【大盾】をさらに巨大にした、五角形状の盾が出現する。
「──【極盾】？！真吾兄ぃ！まさか、あんなのに正面から当たるつもりなのッ？！」
明莉が悲鳴に近い声をあげた。
「二人とも、下がってろッ！！！」
再突進してくるGT-Rに視線を向けながら、真吾は私と明莉を庇うように盾を構える。
それは、誰の目にも無謀な挑戦に見えた。
先ほどの銃弾や『鎚』の拳とは違い、今度の相手は１トン以上の鉄の塊だ。
いくら『盾』の異能を持っているとはいえ、600馬力を軽く超えるモンスターマシンの突進に立ち向かうとする真吾の姿は、どう見ても現代のドン・キホーテに映る。
──こんな所で死なせはしない！
私は駆け寄って強引にでも真吾を自分たちの方に引き戻そうとしたが──、
刹那。
振り返った彼と、目が合った。
この危急の瞬間に、まるで私たちの周囲だけ時間の流れが止まったかのような錯覚に襲われる。
真吾の目が、
『オレに任せてください、絶対に大丈夫ですから』
──と、言っているような気がした。
無意識にだが。
私は彼に向かって、コクンと頷いていた。
根拠はない。
しかし、私は信じてしまった。
藤野真吾という若者の可能性を。
そして、時間が急速に動き出す──。
「明莉さん、退きますよ！」
明莉の手を引いて私は下がる。
「でも、真吾兄ぃが──！」
「あなたのお兄さんは、きっと大丈夫です」
躊躇う明莉に、私は片目を瞑ってみせた。
「信じましょう」
明莉は複雑な顔をしたが、それも一瞬。俯き加減に小さく頷いて、私に従ってくれた。
──真吾さん、任せましたよ！
私たちが下がるとほぼ同時に、車道の中央に残って【極盾】を構えた真吾のもとへ、フルスピードのGT-Rが殺到してきた。
「──解放ッ！」
モンスターマシンと衝突の寸前、真吾が鋭く叫ぶ。
彼の全身が淡く輝いた。
「あ──『付与』──！」
明莉が呟く。
しかしその声は、巨大盾と改造車との凄まじい激突音でかき消される！
ガガァァーーーッン！！！
まるで落雷のような轟音がして、次に周囲の空気が激しく振動した。
「──すごい…！」
私たちの目に映ったのは、なんと【極盾】でGT-Rの突進を受け止めきった真吾の姿だった。
──ギュルギュルギュルギュルッ！！！
GT-Rの巨体が真吾の【極盾】に阻まれて前進を止められ、極太のタイヤが激しい音をたてて虚しく空転している。
「あの600馬力以上の化物を止めるなんて──？！『付与』ということは、梓さんの護符を？」
「たぶん、そうです！真吾兄ぃの【極盾】自体の防御力もスゴいんですが、おそらく強化系の護符の効果も合わさってるんじゃないかと！」
明莉が解説してくれた通り、真吾は梓の護符を使ったのだろう。それがあのモンスターを食い止めるパワーになっているのは明白だが、本当に凄いのは異能と護符の力を差し引いても、あの猛スピードの巨体に臆することなく向かっていった真吾の精神力だ。
仮に頭で大丈夫だとわかっていても、現実に突っ込んでくる鉄の塊を正面から受け止めるのは、並外れた胆力が必要だろう。
真吾の【極盾】とGT-Rは拮抗状態のまま激しい押し合いを続けていたが、ドライバーがさらにアクセルを踏み込んだのかGT-Rのエンジン音が大きく唸り、その圧で明らかに真吾の【極盾】が少しずつ押され気味になる。
「──ぐ、くッ！！！」
【極盾】の性能なのか、盾とGT-Rは直接ぶつかっているわけではなく、手前の空間に目には見えない“緩衝帯”のようなものがあり、そこで激しい押し合いを演じている。
必死で踏ん張る真吾の両足が、車道のアスファルトにめり込むような勢いで盾とその周りの緩衝帯ごとズルズルと押されていく。
「真吾兄ぃ！」
たまらず、明莉が声をあげる。
『付与』で強化された状態でも、このままでは真吾が盾ごと飛ばされそうな勢いだ。
「くっ、くくッ、ぐぅッ──！！！」
それでも真吾は必死に踏みとどまろうと全力で盾を構え、重心を下げながら両足を限界以上に突っ張って、何とかGT-Rを押し返そうともがく。
「やっぱり無理だよ、こんなのッ！」
明莉の声が悲鳴に近くなる。彼女はすがるように私に言った。
「牧野さん！わたしの『脚力強化』で、あいつを横からぶっ飛ばしたらッ？！」
「明莉さん──少し落ち着いて。ここは真吾さんの力を信じましょう」
「そんな！このままじゃ真吾兄ぃがあの車に轢き殺されちゃうよ！！」
錯乱気味の明莉の肩を、私は優しく叩いた。
「明莉さん。“信頼”という言葉はね、『信じて、頼る』と書くのですよ？俺に任せろと言った彼を──あたなが今、信じて頼らなくてどうするんですか？」
「でも今の状況じゃ──」
「大丈夫です。私の見立てでは、彼がもうすぐひっくり返しますから」
「──え？」
一瞬ポカンとする明莉に、私は自信を込めて言った。
「ご覧なさい、形勢が変わりますよ」
確信を持って、真吾の方を見る。
私に釣られて明莉が視線を送ると、一人対一台の戦いに『それ』はついに起こった。
GT-Rに押されていた真吾が、渾身の雄叫びとともに【スキル】を使ったのだ。
「う、ぐ、ぉおおおおーーーー！！！【反動盾】ァーーーー！！！」
凄まじい光景だった。
1トンを超えるGT-Rの車体が、真吾の盾から発生した爆発的なエネルギーに押され、なんと前輪が浮きはじめた！
『鎚』の男に対しても使った【反動盾】を、真吾は起死回生の一手として打ったのだ。
今まで真吾に向けられていたGT-Rの巨大な馬力が、今度は自らを跳ね返す力になるとは、運転手にとっては皮肉な結果である。
真吾は低い重心から盾を突き上げるような体勢に持ちかえ、【反動盾】のパワーを一気に開放した！
「～～～～～～～ッ？！」
GT-Rのドライバーは、さぞ驚いただろう。
前輪が浮きはじめていたGT-Rが、ついに下から突き上げられた【反動盾】のパワーと、自らの推進力が仇となって、車の向きが上になったかと思うと、そのまま宙返りのように浮き上がって──屋根から地面のアスファルトに衝突して、ひっくり返った。
グワッシャーーーン！！！
衝突の衝撃でGT-Rの車体は何度か小さく跳ね、そのまま動かなくなる。
「真吾兄ぃーー！」
肩で息をする真吾のもとへ、明莉が駆け寄る。
真吾は息を切らせながら「──大丈夫、って言ったろ？」と強がったが、かなり消耗しているようだ。
私は真吾の無事を確認しただけで、明莉に追随することなく違う行動に移っていた。
「──おっと、逃がしはしませんよ？」
GT-Rの乱入を好機とばかりに、どさくさに紛れて逃げようとしていたGANSの二人を見逃さず、私は強化棍を二人に突きつけて立ち塞がっていた。
しかし、よく見ると『壁抜け』は明莉の蹴りによる骨折で完全に戦闘不能状態、『鎚』も負傷した腕を庇いつつ『壁抜け』を片手で引っ張りながらの緩慢な動きだったので、逃げようとした彼らに容易に追いつくことができた。
二人はついに観念したのか、うなだれるように地面に膝をついた。
比較的軽傷に見える『鎚』の方に、私は声をかける。
「貴方たちに、聞きたいことと言いたいことがあります──『GANS』というのは、貴方たちのグループ名ですね？」
戦意を失ったように見えた『鎚』は、フルフェイス型ヘルメットの中から、初めて低い声を出した。
「──そうだ、それがどうした？」
「どうしてその名前を付けられたのです？」
「お前のような女は知らんかもしれんがな。それは俺たちがリスペクトしている偉大なパンクバンドにあやかっている名前だ──」
『鎚』はグループ名のことを誇らしげに言ったが、私はあっさり切り返した。
「あぁ、やはりそうでしたか。それでしたら教えて差し上げますが、GANSの『A』は誤りで『U』が正解です。親から、いい格好をして英語を使う前にちゃんと勉強しておかないと恥をかくぞ──と言われたものですが、貴方たちはまさにその典型ですね？」
「～～～～～ッ！」
──ふぅ、スッキリした！
私は晴れ晴れした気分になって、棍を構え直す。
実は最初に『GANS』という単語を見た時からモヤモヤしていて、本人たちと直接顔を合わせたらこれを言いたかったのだ。
──気がつくと、ようやく複数のパトカーのサイレンらしき音が、徐々にこちらに向かって近づいてきている。
その音は、ちょうど戦闘終了の合図のようでもあり、と同時にやってくる警察への対応を考えるとこの夜がまだ続くであろうこと予感させる前奏曲のようでもあった。
私は小さく肩をすくめた。
「──やれやれ、ですね──」
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藤野明莉
異能名：脚力強化
異能ランク：B
異能特性：脚力、跳躍、蹴りなど脚に関わる能力。制限時間付きながら常人を遥かに超える。
スキル：【超加速】【大跳躍】【蹴擊】etc.
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