4. 異能ギャングと電脳者
料亭の別室の位置を説明された私は、会釈をして有馬より先に会合部屋を退出し、他のメンバーの待つ部屋に向かった。
初めて参加した会合は、事前に想定していたより深刻な内容だった気がする。
突然の降ってわいてきた自分の役回りにもまだ頭が完全についてこないが、引き受けたからには後に退けないことは確かだ。
特に情報提供者探しの件は、知り合ったばかりの仲間たちを疑わなければならないことを思うと、ついため息が出そうになる。私としては、これからさりげなく彼らの言動を注視していかねばならないが、できれば彼らの中に当事者がいないことを願いたい。
そんなことを考えながら、教えられた別室に足を踏み入れた。
別室ではすでに有馬と私を除いたメンバーが待っていて、リラックスした様子で談笑していた。
「お待たせしました」
入室して会釈すると、梓が「お疲れ様でした」と声をかけてくれ、他のメンバーにも笑顔で「では、作戦会議をはじめましょうか」と告げた。
梓のほんわかしたお嬢様スマイルを見ていると、まるで今からお茶会でも始まるのかと錯覚しそうだが、もちろんそんな甘い話ではない。
「──え、IDとパスワードって、使い回しちゃダメなの?」
「明莉ちゃん、そんなの常識よ~?IDとパスを使い回してるヤツなんてセキュリティ、ザルだぜぇ?言っとくけど、そんなヤツの個人情報なんてオレらから見たらダダ漏れ状態なわけよ。そういう連中のアカウントをだな──」
梓が合図しているというのに、年下で高校生の明莉相手にいつまでも得意気に喋っている遊佐に、梓がにこりと微笑む。
「はい、そこ?いい加減、私語は慎みなさい?」
「わっ──!は、はぃっす!」
決して語気を強めたわけではないのに、遊佐がびくりと体をすくめてお喋りを止める。明莉も口に手を当ててあわあわと呻いた。
「はい、よろしい♪」
梓が満足そうに笑う。
どうやら、ここのメンバーで最も機嫌を損ねてはいけないのは、彼女なのかもしれない──と、私は直感した。
おそらくこの場で一番年上であろうはずの志麻子でさえも、梓の仕切りに任せきりでうんうんと頷いてるだけなので、何となくこのメンバー内の力関係がわかろうというものだ。
梓は自ら仕切って進行をはじめた。
「先程の全体会合でもお話したように、緊急の事案として私たちだけで野良異能者に対処しなければなりません。皆さん、あらためて心づもりをお願いしますね」
遊佐がひょいと手を挙げる。
「梓さん、心づもりは大丈夫っすけどね。でも実際、オレたち六人だけで全ての野良を抑えるつもりなんすか?現実的に、というか物理的に厳しいと思うんすけど?」
──ふむ。
遊佐にしては、まっとうな意見。
私も少なからず、先程の会合の席で同じことを疑問に思っていた。
しかし、梓は『それが何か?』という顔で答えた。
「全てに対応する必要はありません」
「?」
「あなたの言う通り、私たちだけで全ての異能事件の対処は不可能です。突発的な事件や単独犯については、遺憾ですが警察に任せるようにと有馬さんからも言われていますから。実際こちらも、このメンバーでそこまで人手を割けないのも確かです。だから私たちが当たるのは、より凶悪な罪を犯しつつ、徒党を組んで動いてるような野良異能者に限ります」
徒党、と聞いて諸星の話が頭に浮かんだが、梓は私の考えを先読みしたかのように言う。
「諸星くんの新組織は、まだ何の犯罪行為も確認できていませんからね。目的がはっきりするまで、今は調査対象でしかありません。なので、まず私たちが対処するのはこの件からです」
そう言って、梓は自分の鞄からタブレット端末を取り出した。
「これを見てください」
彼女は手早く端末を操作して、テーブルの中央にそれを置いた。
画面には、最新のネットニュースが表示されている。全員が身を乗り出して画面を覗き込んだ。そこには刺激的な見出し付きの犯罪ニュースが掲載されていた。
『未明の連続犯行。都内の貴金属店、被害額数千万円か。異能犯罪の可能性も』
「あっ!わたし、これ今朝のニュースで見ましたー!」
明莉が高い声をあげると、梓が微笑んだ。
「そう?なら、明莉ちゃんには話が早いわね。ここのところ、貴金属を扱っている宝石店が都内で何件も被害に遭っている連続強盗事件なのだけど──」
梓は説明をはじめた。
近頃、都内で頻発している宝石強盗事件。
同一犯の可能性が高く、いずれも閉店後の店内に人がいない状況で、高額な宝石や時計、ブランド品の類が商品ケースを叩き割られて盗まれている。ただ奇妙なことに、荒っぽい手口のわりに店内の出入口やシャッター等をこじ開けられた形跡はなく、しかも現場の店舗は施錠されたまま──いわゆる『密室』状態で犯行が行われているのが大きな特徴だった。
当然、どうやって犯人が店内に出入りをしたのか警察が店や周囲の監視カメラ映像を解析した結果、犯行グループが『壁抜け』の異能を使っていることが発覚した。
「えーと、壁抜けって?」
明莉が、唇に指を当てて首を傾げる。
「文字通り、『壁やドアをすり抜ける能力』さ。異能ランクで言うとCランクぐらいの能力で、こそ泥にはピッタリの力さね」
ふん、と鼻を鳴らして志麻子が解説した。
梓もそれを補足する。
「空間移動者に近い種の能力ですが、壁抜けにはそこまでの力はなく、『壁を通り抜けること』だけに特化していますね。しかし油断ならないのは、監視カメラには二人以上の人影が映っていた点です。一人が壁抜けで、もう一人が一般人でただのサポート役──、ならまだいいのですが、念のためもう一人も『異能持ち』の可能性が高いと考えておいた方がいいかもしれません」
この犯行グループは、大胆にも自らのグループ名を犯行に及んだ店の壁面などにスプレーで書き残していた。それは繁華街のシャッターに落書きされるスプレーアートもどきによく似ていて、書いた犯人はそちら方面の才能があるのかもしれないとのことだ。
スプレーで書かれていたグループ名は『GANS』。
「何件目かの犯行で、たまたま常駐していた夜勤の警備員が一人、この犯行グループに重傷を負わされています。もはや歴とした強盗傷害という凶悪犯罪ですね──当然警察も追っていますが、このならず者たちは、必ずわたしたちが先に捕らえますよ」
梓の瞳が鋭く光る。
真吾が頷きつつ、意見を言う。
「しかし、警察も動いているとしたら、俺たちが先回りするのは難しくないですか?」
これまでの情報は、有馬が懇意にしている警察関係者から得ているとのことだが、同じ情報でもこちらに届くまでにどうしてもタイムラグができてしまうし、警察の方が捜査にも人手を割ける。真吾の意見はもっともなものだった。
梓は遊佐の方を向いて、にこりと微笑んだ。
「真吾くん、普通ならそうかもしれないけども。何か大事なことを忘れてませんか?こんな時こそ、電脳者さんの出番じゃない?」
全員の視線が、電脳者ことハッキングの達人・遊佐海斗に注がれる。
「遊佐くん。今からあなたに30分の時間を差し上げましょう。今までの情報から、このグループの足取りや手がかりをその時間内に見つけてくださいな。電脳者のあなたなら、造作もないことでしょう?」
梓が挑発的に言うと、遊佐は首をすくめた。
「はっ、たったこれだけの情報だけで、30分で犯人の手がかりを掴めって?なんてこと言ってくれるんすか、梓さん?」
「あらあら、さすがのあなたでも難しいかしら?」
「──逆っすよ。30分もいらねぇっす。こんな程度の相手、10分もあれば上等っすよ!!」
遊佐はリュックタイプの鞄から折り畳み式ノートタイプの端末を取り出すと、猛然とキーボードを叩きはじめた。
これが電脳者の異能の真骨頂、なのだろうか。
とにかく、尋常ではないほど遊佐の端末操作は速かった。
途中からサブらしい端末をもう一台取り出して、二台体制で端末を操作し、さらに携帯端末も駆使して次から次に画面に情報を引っ張り出しては、猛スピードでそれを目で追っていく。
その様子は、まるで動画の早送りを見ているようで、ずっと見ていると気分が悪くなりそうだ。
「──オッケぇーーー、終了っす!!」
キーボードのエンターキーをたんっ!と小気味良く叩き、遊佐が作業を終えた時間は、始めてからまだ5分と経っていなかった。
「──え、もう?」
呆気にとられた明莉が訊く。
「さすが当代きっての電脳者さね。──で、情報収集の結果は?」
志麻子が満足そうに声をかけると、遊佐が照れ臭そうに頭をかいた。
「いや、姐さん──違うんす。終了って言ったのは、奴らの情報がどうやってもとれないってことがわかった──って意味なんすよ」
「──はぁ?!あんた、あたしらを舐めてんのかい?!」
怒りの形相の志麻子が身を乗り出そうとすると、遊佐が慌てて手を振った。
「じょ、冗談っすよ、軽~い冗談!!ちゃんと情報掴みましたって、俺に調べられないものがあるはずないっしょ?!」
「このおバカっ、冗談も時と場所をわきまえなっ!」
ごん!と鈍い音が響き、和服の袖をまくった志麻子が遊佐の頭に拳骨を落とす。「痛ってぇー!」と遊佐は絶叫して頭を押さえた。
その遊佐に梓が優しい言葉をかける。
「──遊佐くん、大丈夫?でも、もし冗談ではなくて本当に情報を掴めてなかったら──。その時は、わかってるわね?」
口元は笑顔だが、目がまったく笑っていない。
「い、いや、本当に情報掴みましたからっ!!ふざけて、サーセン!!」
すっかり平謝りの遊佐。
私はそれを生暖かい目で見ていたが、脳天にたんこぶを作った遊佐が皆に提示した情報は、目を見張るものだった。
「こいつら、二人組で間違いないね。近々、都内の『ヴィーナス・ジュエリー』っていう高級宝石店を襲うつもりっすよ。バレるわけないとタカをくくってるんすね~、無防備にSNSで連絡をとりあってちゃってさ。オレにかかったら全部筒抜けだっつーの」
遊佐が得意気に言う。彼の提示した情報には『GANS』のメンバーらしい人物たちが、SNSツールでメッセージをやり取りする様子がしっかり記されていた。
「海斗。そいつらのSNSアカウント、どうやって特定したんだ?」
真吾が興味深そうに質問すると、遊佐は意地悪そうに笑った。
「へへっ、真吾ちゃん。そいつは企業秘密だから簡単には教えられねーな。そんなに知りたかったら、明莉ちゃんと今度デートさせてくんね?」
「──わかった。お前、それが遺言でいいんだな?」
真吾が静かな怒気を放って立ち上がろうとすると、遊佐は明莉の後ろにさっと隠れた。
「わっ、バカお前まで!俺たち親友だろ、ジョークもわかんねぇのか?!」
「親友?誰が?年中発情して妹を口説いてくるやつを、お前は親友と呼ぶのか?」
「じゃあ──、お義兄さん?」
「コロス」
「ひぇーーっ!」
まるで殺気の塊、仁王像のような顔で立ち上がった真吾。
今にも遊佐に掴みかかろうとする真吾の背後に、志麻子が音もなく立った。
「おやめ、真吾!」
ゴスッ!
そのまま、手刀を真吾の脳天に落とす。
「──はっ、痛ッ!?」
我に返った真吾が、片手で頭を押さえてうずくまった。
「まったく、真吾まで!なんて様だい!」
腰に手を当てて、志麻子が口を尖らせる。
「あんたら!郡司がいなくなった途端にハメを外すとはいい度胸じゃないかっ!その性根、あたしの異能で二人まとめて叩きのめしてやろうかい?!」
「め、滅相もない!」
並んで正座させられ、志麻子から説教をされる遊佐と真吾。
遊佐はともかく、一見真面目そうな真吾までこんな姿を見せるとは、ちょっとした驚きだった。
明莉がこそっと耳打ちしてくる。
「──牧野さん。真吾兄ぃはわたしのことになると、ちょっと冷静さをなくす時がありまして」
「──なるほど」
真吾は、よほど妹を大切にしているのだろう。
私は一人っ子で兄弟はいないが、真吾のそういう感情を理解できないでもない。
ふっと笑いそうになったが顔には出さず、私は眼鏡のブリッジに人差し指を当てた。
ゆっくり顔をあげ、まだ二人へ説教中の志麻子に声をかける。
「志麻子さん。まだ言い足りないでしょうが、その辺でよろしいのでは?」
「はん?」
志麻子がこちらに振り向く。
「悪いのは明らかに遊佐の方です。真吾さんの方は『もらい事故』のようなものですし。それに私たち全員にとって、時間は貴重なものでしょう?」
ふむ、と志麻子が唸る。私は言葉を畳みかけた。
「後で遊佐だけ締め上げてもよろしいのでは?何なら、私もお手伝いいたしますよ?」
「ふん──。それも確かにそうだねぇ。牧野ちゃんの言う通り、張本人だけ後でこってり絞ってやろうかねぇ♪」
「それがよろしいかと、フフフ」
私と志麻子は、二人して笑いあった。ただし、遊佐にだけはその光景が悪魔同士の微笑みに見えたかもしれない。
ひぃぃ、と小さく悲鳴をあげる遊佐を尻目に、進行役の梓が話を元に戻した。
「はい、この件は落着ですね♪では、強盗団を捕まえる具体的な作戦を立てていきましょうか。──あ、そうそう」
梓が思い出したように、自らの手をぽんと叩いた。
「有馬さんからは、まだ皆に言うなと言われていたのですが──。実戦部隊の補充の『当て』が有馬さんにはあるそうです。不確定要素だからと詳細は教えてくれませんでしたが、あの様子だといずれは期待してもいいかと」
そう言って、梓は微笑んだ。
遊佐のステータスを公開。
(前回牧野さんのステータスにスキルを入れ忘れたので、後日あらためて公開いたします。)
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遊佐海斗
異能名:電脳者
異能ランク:B+
異能特性:デジタル機能のついた機械を無条件で操れる。
スキル:【違法接続】【高速情報処理】【裏ツール作成技能】
【プログラム作成】【電脳支配】etc.
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