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異能テスト ~誰が為に異能は在る~  作者: 吉宗ケイたろう
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3. 議題

通称『アリマ』こと、株式会社有馬商事。


総合商社としての顔を筆頭に、自動車・鉄鋼・不動産・デベロッパーなど、いくつもの関連会社が連なる巨大企業群として有名である。


アリマの前身は、幕末から明治維新にかけて財を成した下級武士がおこした日本初の貿易商社だ。それが今では日本四大財閥の一つに数えられるほどに成長し、有馬郡司ありまぐんじはその巨大企業のCEOだという。


有馬が私に「俺には時間がない」と言ったのもおそらく誇張ではなく、それほどの立場なら実際は分刻みのスケジュールに違いなかった。


そんなことを思いながらも、私は自分自身の立場に関する疑念を口にした。


「──本当に、私が職場に戻っても問題ないのでしょうか?」


まだ私は半信半疑だったが、有馬は笑い飛ばしてくれた。


「本当に大丈夫だ。俺の情報だと、あの女監察官はかなり先走って動いていたようだからな。こちらの被害を不問にして請求もしないかわりに、向こうの動きも今回は封じさせてもらったよ」


「なるほど──」


この短期間に、有馬は様々な駆け引きを駆使して交渉してくれたようだ。


「色々、ありがとうございます」


心から礼を口にした。


「いいさ、あずさも言ったが、君は俺たちの大事な仲間だからな。──だが、今まで牧野くんがしてくれたことの結果が、ちと問題になってきてな。その問題が、今回の本題の一つだ」


「それは、どういう──?」


有馬はあずさに視線を送った。彼女が無言で頷く。


「ここからは、わたしが御説明しますね。牧野さんの陽の目に当たらない陰からの御活躍で、この五年間は異能者が国から監視マークされることなく、ある程度自由に振る舞うことができるようになりました。閉塞感が漂っていた五年前に比べ、『異能テスト』の脅威がなくなったのは異能者わたしたちにとっては画期的なことでしたが、同時にある弊害も起こったのです」


梓によると、この五年間で異能者による犯罪発生率が目に見えて上昇したのだという。


異能組織に所属している人間は、組織からの庇護や恩恵を受ける代わりに、それなりに厳しいルールとモラルを課せられている。だから犯罪に走る者は滅多にいないが、国側にも異能者組織にも属していない、野良・・異能者とも言うべき存在が、異能テストが機能しない事で皮肉にも台頭してきてしまった。


そういう連中は、単体で犯罪を起こすこともあれば徒党を組むこともあり、喧嘩・強盗・恐喝・窃盗など、異能を使ってやりたい放題なのだという。


「もちろん、わたしたち組織の中にもそんな連中を取り締まる“実戦部隊”が存在しています。性質たちの悪い野良を放置しておいたら、異能者わたしたち全体の立場が悪くなりますからね。警察にも“対異能者部隊”がありますが、できるだけ異能者同士で解決させたい、というのが組織の基本的な考え方です」


なるほど、と私は頷いた。


異能テストを阻むことで、何の理由もなく『異能者』というだけで監視されたり摘発されるといった理不尽なことが減った代わりに、今度は異能を悪用するような連中をどうにかせねばならない、とは──。


私の複雑な心中を察したのか、梓がフォローしてくれた。


「この件で牧野さんが気に病む必要はありませんからね。には副作用がつきものです。ましてや、性善説が前提に成り立つことを、あなたはしてくださっていたのですから」


まだ高校生の明莉あかりが、わかったようなわからないような、やや戸惑った顔をしているので梓が補足する。


「善良な異能者だけではなく、犯罪者予備軍のような人たちまで組織わたしたちは助けていたということですよ。結果的に、ですけどね」


明莉は、なるほどー、と小さく何度も頷いた。


腕組みをしながら聞いていた有馬が、梓から話を引き継ぐ。


「──で、何が問題かというとな、梓も言った通り、組織うちで異能犯罪者を取り締まっていた実行部隊が『あった』んだが──」


有馬は意味深に、過去形を口にした。


「厄介なことに、瓦解というか──つい最近、崩壊したんだわ。組織うちで異能を犯罪に使うような連中と渡り合えそうなのは、今ここにいるメンバーだけ──というのが厳しい現状だ」


「───」


重々しく有馬が告げると、一瞬静寂が訪れた。


志麻子、梓ら年長のメンバーは表情を固くし、真吾、明莉、遊佐ら年少のメンバーは不可解な表情。


真吾しんごがすっと手を挙げて発言を求めた。

有馬は軽く頷いて許可する。


「会合が始まる前に海斗も聞いてましたが──、諸星もろほしさんはどうされたんですか?あの人が実戦部隊のリーダーでしょう?」


「そーーっすよ。あの人、一体何やってんすか?」


遊佐ゆさも不満げに同調する。


有馬は苦虫を潰したような顔で言った。


諸星あいつはな──組織うちを裏切ったよ」


「え──?」


「厳密には、裏切ったというよりは『離反した』と言うのが正しいのかもしれんがな」


「郡司、なに甘いこと言ってのさ!あれは立派な裏切り行為だよ。何せあいつは、自分が抜けるだけならいざ知らず、実戦部隊ほかのれんちゅうまで引き連れて行ったんだからね!」


志麻子が噛みつくような口調で、吐き捨てた。


「──ですね」


梓も険しい表情で同意する。


「マジすか──!それ、ゲロやばくないっすか?」


「まぁな」


オーバーに頭を抱えた遊佐に、有馬が仏頂面で答える。


私は会話についていけずに、遠慮がちに尋ねた。


「あの──。諸星もろほし、、、さん──とは?」


「ああ、すまんすまん。牧野くんには事情がわからん話だったな。諸星は組織うちでも一、二を争う力の異能力を持った男で、その実力と人望を見込んで実戦部隊のリーダーを任せていたんだが──」


有馬の説明を総合すると、諸星は若いながらも類い稀な異能力を持つ青年で、それは『攻撃力』に特化したものだったらしい。

有馬をよく慕っていて、なおかつ人望と統率力があったので、攻撃型異能の組織メンバーで構成された実戦部隊の指揮を任せていたのだが、最近プッツリ連絡がとれなくなってしまった。


有馬が不審に思った時には、次々と他のメンバーとも連絡がとれなくなり、本腰を入れて調査を進めた頃には時すでに遅く、諸星が自分たちと違う別の『異能組織』を無断で立ち上げていることが発覚した──ということらしい。


その事実を志麻子と梓は先に共有していたようだが、有馬を含めた三人には、単に仲間の離反を憤っている──というわけでもなさそうな、微妙な空気もあった。


「──あの諸星さんが、まさか──」


真吾が、とても信じがたい、という面持ちで声を絞り出した。


「俺も信じたくなかったよ。だが、事実は事実、志麻子にも散々となじられたが、それでも俺たちは前を向いていかねばならん」


ムスッと有馬が言うと、梓が言葉を繋ぐ。

(どうやら彼女は、有馬の進行補佐のようなポジションらしい)


「それぞれ、諸星くんに言いたいことは山ほどあるでしょうけども──それは一時置いておいて、問題点を整理しますね。組織うちとして最優先事項は、犯罪を重ねる野良異能者たちの対処。次に、諸星くんが立ち上げたグループの動向の行方──でしょうか。まだ彼の目的が明確ではないので、組織うちと敵対関係になったかどうかもわかりませんし」


梓の言葉に、頭の後ろで手を組んでいた遊佐が反応する。


「とはいえ、オレたちと『志が違う』ことだけは間違いないんじゃねーーすか?。でなければ、わざわざ組織を割ってまで出ていく必要はないっしょ?もう潜在的な敵っすよ、諸星サンは」


──おや?


遊佐の発言に少し驚き、私はまじまじと見つめた。


私は遊佐をお調子者と思っていたし、基本的にその評価は覆らないが、単なる馬鹿というわけではなさそうだ。


梓も遊佐の言葉に頷いた。


「──そう考えておいた方がいいかもしれませんね。実は事前に有馬さんと御相談して、諸星くんのことは有馬さんの筋で動向を調べていただくことになりました。そして、目下最大の懸念材料である野良異能者の対処ですが──、ここにいるメンバーを二組に分けて、即席チームを作って当りたいと思います」


◎Aチーム──志麻子(リーダー)、梓、遊佐


◎Bチーム──牧野(リーダー)、真吾、明莉


Aチームは、志麻子をリーダーとして梓と遊佐がつく。


Bチームは──、なぜか私をリーダーとして(!?)、真吾と明莉の兄妹がつく。


「ち、ちょっと待ってください。なぜ、新参の私がチームリーダーなどを?」


当然の疑問を私は口にしたが、有馬と梓から帰ってきた答えは明快だった。


「昨夜の監察官との一戦、施設の監視カメラ映像を取り寄せて見させてもらったが──実にユニークかつ合理的な戦い方だった。実戦部隊が消えた今、あれほどの対異能戦を経験している君の存在は貴重だからな」


「そうですよ、それにわたしと志麻子さんが同じチームになれば、必然的に牧野さんは年長者になるんですよ?──大丈夫、あなたほどの方なら、真吾くんと明莉ちゃんをしっかり引っ張っていくことができます」


そう言って天使のように微笑む梓は、同時に有無を言わさないも感じさせ、私は反論する術を失った。


助けを求めて、真吾に訊く。


「藤野さんは、私のような新参者の女にいきなり上に立たれるのは、もちろん嫌でしょう?」


お願いだから同意して!という私の心のきたいを裏切って、真吾は生真面目に言った。


「俺は大丈夫ですよ。むしろ、俺も明莉も対異能の実戦はほとんど経験していないので、牧野さんの手腕でぜひ指揮してください」


妹の明莉もうんうん、と何度も頷いている。


「それと、妹もいてややこしいので俺の方はよかったら『真吾』と呼んでください」


「わたしも『明莉』でいいですー!」


兄妹から交互に言われ、私は心の中で「うっ」と小さく呻いてたじろいだ。


急展開に戸惑っている自分がいるが、今が異能組織──いや、大袈裟に言うならば異能社会全体のターニングポイントととなる瞬間かもしれないと思うと──尻込んでなどは、いられないのは確かだ。


私は気を落ち着かせるために、眼鏡のブリッジをくいっと上げて小さく息を吐き──覚悟を決めた。


「──わかりました。しがない公務員の私などに何ができるかわかりませんが、お引き受けさせていただきます」


「よし、では決まりだな」


有馬が満足そうに頷いた。


料亭ここの別室を用意してある。この後、チームに別れて実戦にあたってもらう段取りをするから、皆よろしく頼む」


「あいよ」と志麻子、


「はい」と梓、


「わかりました!」と真吾、


「はいっ!」と明莉、


「がってんーーっす」と遊佐、


「了解です」と私。


それぞれが、有馬の声に応える。


「俺は立場上、なかなか自由に動けん。皆に負担をかけてすまんが、志麻子と牧野くんを中心にしっかりな──ではひとまずこの場では解散だが、志麻子と牧野くんだけここに残ってくれ。少し話がある」


有馬の合図で、私と志麻子を除いたメンバーが梓の案内で退出していく。


襖が閉まったのを確認してから、有馬が志麻子に目を向けた。


「──玲央れおは元気にしてるのか?」


「なんだい、あたしも残れって言うから何かと思えば──大事な大事な愛娘のことかい?」


志麻子が笑う。


「茶化すな。お前、玲央とはちゃんとコミュニケーションをとってるんだろうな?あの年頃は難しいんだぞ」


「そんなのわかってるよ。いつも気にはかけてるけどね、だけどあたしも家元かぎょうで忙しいし、あの子も知っての通り飛び級の天才だからね。大学とかに招聘されたりで、何かと生活のすれ違いも多くなるさね」


「おいおい、そんなことで大丈夫か?」


郡司が色めきたつのを、志麻子は苦笑いしていさめる。


「大丈夫だよ──まったく、あんたは普段冷静なクセに、あの子のことになると見境がなくなるんだから」


「う──」


玲央あのこは大丈夫だよ、この間本人から聞いたけどお義母さんのとこにもちょくちょく遊びに行ってるようだし、お手伝いさんからも特に変わった報告は聞いてないからね」


「あの婆さん──!玲央に会ったなら俺にも言えよ──!」


憤慨する有馬を志麻子が「まぁまぁ」となだめ、さらに二、三のやりとりしてから志麻子は席を立った。そして、黙って二人の話を聞いていた私に耳打ちする。


「すまないね、身内の話で時間をとらせて──。玲央れおってのは、あたしと郡司の娘のことでね。14歳と多感な年頃なんだけど、ご覧の通り父親が心配性でね。ちなみに組織にはまだ早いんで属してないけど、うちの子も異能持ちさ」


志麻子は艶やかに笑い、「牧野ちゃんにも、そのうち引き合わせるよ」と言いながら退出していった。


黙礼してそれを見送ると、有馬が一つ咳払いをして私に向き直った。


「すまんな──家庭の話を、関係ない君に聞かせてしまって」


「いえ──。で、私への御用件とは」


「うん、そのことなんだが。皆に内密で、君に頼みたいことがある」


「私個人に、ですか?」


「そうだ──実はな、組織の内部から情報が漏れている可能性がある」


有馬は顎に手を当てながら、さらりと言った。


「──情報提供者スパイがいるということですか?」


私は目を見張った。


「断言はできないが──君が昨晩襲われたタイミング、あれは会合のことを知っていなければ都合がよすぎるし、諸星の離反にもまだうまく説明はできないんだが──違和感というか、不可解な点が多い」


少し考えてから、私は言った。


「私への襲撃は、諸星さんがリークしたという線はありませんか?」


「それはないな。今回の会合は、ヤツと連絡がとれなくなってから開催を決めたからな。諸星の集団離反の件も、ヤツが有能にしてもあまりに手際がよすぎるように感じてならん」


私は記憶を辿って、初めて柊木ひいらぎ監察官と職場で対面した時のことを思い出した。確か彼女も「情報提供者がいる」と言っていなかっただろうか?


あの時はてっきり同じ部署内の人間を想像していたが、まさか異能組織の内部の人間を示唆していたのだろうか──。


「まだ全ては憶測の段階だがな。俺の方でも調査しているが、異能がからむと普通の調査員では心許ない気がしていてな」


「具体的に、私にどうしろと?」


有馬は言葉を渋りながら、切り出した。


「こんなこと、本来は君に言いたくないんだが──俺は組織うちのメンバーも疑っている。彼らの中にスパイがいないか、これから君に見極めてほしい」


「彼らの中に──?!」


志麻子、梓、遊佐、真吾、明莉の顔を思い出しながら、私は絶句した。


「誤解しないでほしいが、俺も身内の中にスパイがいると確信しているわけではないぞ。ただ、全ての可能性を排除できない以上は関係者全員が容疑者と思わねばならん──」


有馬の苦渋の覚悟に、私は戦慄ぞっとした。


「──」


「しかし、だ。例えば誰かの未知な異能力で組織うちのメンバーが操られているという可能性もあるし、何かの異能か、もしくは遊佐のように違法電脳ハッキングなどで直接組織から情報を盗っている、という可能性だってある。まったく、異能ってのは便利な反面、敵に回すと厄介なもんだな」


有馬がため息をつく。

最も楽観的な可能性も提示しつつ、それでも身内を疑わねばならない立場は苦しいものだろう。


「──どうして、私をそんなに信用なさるのですか?」


私は、今日何度目かの疑問を口にした。


「少なくとも、君が犯人スパイではないことを確信してるからだ」


「失礼ですが、その根拠は?」


「なんだろうな──異能テストの任務を君に委ね、それを立派にやり遂げたことと、俺は君が絶対に裏切らないと知っているからだ──と言ったら納得してくれるか?」


有馬は少し考えてから言った。


一瞬、「質問に対しての答えになっていない」と言いそうになったが──、私は言葉をぐっと飲み込んだ。


「──わかりました。どこまでお役に立てるかわかりませんが、私で何か気づいたことがあれば御報告させていただきます」


もちろん、まだ完全に納得したわけではない。探偵ちょうさ役に指名された疑問はまだ私の中でくすぶっていたが、とりあえず有馬からの依頼を受けることにした。


これは有馬の顔を立てる意味もあるが、情報提供者のことは私自身も気になっていたことだからだ。


「ありがとう、牧野くん。──では、話はこれまでだ。君も他のメンバーが待つ別室に向かってくれ」


重要な会合でしたので、今回は少し長くなりました。


各キャラクターの簡単なステータスのようなものを、順次公開していけたら思います。

【例】

**********************

牧野桐子まきのとうこ

異能名:偽装カモフラージュ

異能ランク:???

異能特性:自分や周りの様々なものを偽装する

ことができる。

**********************

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