1. 会合へ
『異能テスト ~誰が為に異能は在る~』本編はここからがスタートです。
何事も『最初』が肝心だと私は思っている。
特に初対面の印象は重要だ。対人関係のコミュニケーションにおいて、周りから自分がどういう人間か、初対面でイメージを作られることが多いように思う。
だから、幹部の有馬に連れられて異能者組織の『会合』場所の料亭に着いた時、少なからず私は緊張していた。
「──牧野くん、体調の方はどうだ?」
私を先導する、がっしりとした体躯の壮年・有馬が振り返って私に問う。
私は眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら、静かに答えた。
「──はい。お陰さまで、かなり良くなりました」
「そうか、それはよかった」
顎髭を蓄えた有馬が、目元を緩めた。
「これから顔を合わせる梓という女性に感謝するといい。あいつの異能で作った『回復護符』は、傷によく効くと組織でも評判がいいからな」
「はい、本当に感謝しております」
私は頭を下げた。それを有馬は「俺にはいい、礼なら本人に直接言ってやってくれ」と手を振った。
──総務省・異能係に所属する私、牧野桐子が異能者組織の会合に向かう途中で総務省からの刺客・柊木監察官に襲撃され、それを撃退した後に有馬の元へ運ばれたのが昨晩のこと。
その詳細を語るのは他の機会に譲るが──疲労困憊だった私は、組織の『回復護符』という異能で作られた回復アイテムのおかげで、何とか一晩でこの会合に出席できるまで体力を回復することができた。その詳しい原理や理屈などはわからないが、自分でも回復具合が信じられないほど、驚くべき効能だった。
「悪いが、俺は時間にいろいろと縛りがあってな。気になるだろうが、護符の詳しいことはまた別の機会にでも本人にゆっくり聞くといい」
「はい、わかりました」
料亭の廊下を進みつつ、そんなやり取りをしていると、やがて目的の部屋にたどり着いたようだ。有馬が立ち止まって、私に告げる。
「昨晩の疲れが残った君をここまで引っ張り出して、本当に申し訳ないと思う。だが、今回の会合は重要なものでな。牧野くん自身にも関わることなので、あえて無理を聞いてもらっている」
「はい」
「今回の会合メンバーはもう全員揃っているはずだが、みな気のいい連中ばかりだ。──ああ、先に言っておくが、連中相手に緊張など、するだけ損だぞ?」
有馬はにやりと笑った。
「では、入ろう」
有馬は会合場所と思われる部屋の入口の襖に手をかけ、スッと引いて中に入った。私も彼に続いて部屋に入ろうとすると──、
パン、パン、パンパーーーーン!!!
突然、爆音が連続して鳴り響いた。
「───ッ?!!」
私は反射的に身をすくめる。
事故?事件?──それとも、敵襲?!!
そんな私の危惧をよそに、爆音の次は明るい声が響いた。
『『『牧野ちゃん、異能会合へ、ようこそーーーッ!!!』』』
3人の男女が、それぞれパーティー用とおぼしきクラッカーを手に、身を乗り出して破顔している。
──あぁ、なるほど。これは──。
私は何となく状況を察し、有馬も首謀者かと彼の方を見ると──。
私の前にいたことで、クラッカーのテープを頭の上にぶちまけられた格好の有馬は、青筋を立てて顔をひきつらせていた。
彼は大きなため息をついて、私に言った。
「──すまん、牧野くん。5分でいい、俺に時間をくれ。バカ共に一言──いや、一言ではないな。お説教タイムだ」
そう言うと、有馬は返答を待つこともなく私を部屋の外に残して、入口の襖をバンッと乱暴に閉めた。
一人残された私は、無言で眼鏡のブリッジをくいっと上げる。
──ほどなくして、部屋の中から賑やかな喧騒(というか怒声の応酬)が洩れてきた。
『──*@#%※!!お前ら、誰がサプライズなんぞやれと■%*△?!!』『〒△■★*!──とか、誰も聞いてな@#△%★!』『──常識でものを*%■@#!!!』『そんなの──★♯♭◎◇@※!!!』
──。
特にすることがないので、ぼんやりと時間を数えて待っていたが、3分半を過ぎた頃には喧騒は少しずつ沈静化し、ちょうど5分になろうかというところで、襖が再び開いた。
額に手を当て、盛大にため息をついた有馬が顔を見せる。
「──すまん、見苦しいところを見せてしまった。連中にはよく言って聞かせたので──とりあえず、中に入ってくれるか?」
有馬に促され、私は軽く頷きながら戸を潜った。
料亭の、いわゆる『お座敷』になっている部屋は縦長のスペースで、中心に長テーブルと椅子が設置されている。すべての席が埋まっているわけではないようだが、すでに集合し、着席していたメンバーの視線は自然と私に集まった。その中には、当然先ほどクラッカーを鳴らした『お茶目』なメンバーも含まれている。
「あーー、みんな。大変長らく待たせたな」
白々しい口調で、有馬が咳払いをしながら私を隣に招き入れ、すでに待っていたメンバー全員に告げた。
「彼女が、牧野桐子くんだ。総務省の異能係で、長い間『異能テスト』の妨害任務に従事してもらっていたが、今回初めての会合参加になる」
有馬が、私に目線を送る。私は察して、有馬の言葉を引き継いだ。
「──はじめまして、牧野です。総務省の異能係から参りました。初めての参加でわからないことも多く、皆様にご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
私は挨拶をして、静かに頭を下げた。
頭を上げると、上座側の奥の席から人目をひく、艶やかな和装の美人が口を開いた。
彼女は、確かクラッカーを盛大に鳴らした張本人の一人だったはず──。
「ようこそ、牧野ちゃん。お仲間の帰還だ、あたしらはアンタを大歓迎するよ──それで、実際にアンタは何ができるんだい?」
女の私から見ても色気のある、艶やかな微笑を浮かべながらも、彼女は射抜くような鋭い視線をこちらに向けていた。
「おい、志麻子!」
有馬が間に入って、美人を咎めた。
「お前、何を──」
「郡司。別に牧野ちゃんをとって食おうってわけじゃないよ。ただ、あたしらも知りたいだけさ──国を手玉にとってきた、彼女の実力を、ね」
有馬を『郡司』と呼んだ和装の美人は、いたずらっ子のように笑って言った。
「──私は構いませんよ」
私は事も無げに言った。
「おい、牧野くん!あいつの言うことを真に受けなくても──」と言いかける有馬を制し、私はさらに言う。
「私としてもちょうど良かったかもしれません。実はもう『やっていた』ので、どのタイミングで皆さんに言い出そうかと迷ってまして」
有馬と和装の美人が、揃って怪訝な顔をする。
「どういうことだ?」
有馬の質問に答える代わり、私は指を鳴らした。
すると、私の姿が今まで立っていた場所からフッと消えた。
『『──?!!!』』
「──こちらです」
場にいる全員が驚いた表情をしている中、私は座敷の入口から声をかけた。みな、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、私が元いた場所と突然、移動した私を見比べたりしている。
「──瞬間移動?」
誰かの呟きを、私は否定した。
「──ではありません。皆さんに私自身の存在を誤認させました。これが私の異能、偽装です」
私は眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら言った。
和装の美人は偽装に目を丸くしていたが、やがて目尻を下げて愉快そうに笑った。
「へぇ──やるじゃないか。すっかりお見それしたよ、牧野ちゃん。あたしは桜木志麻子、呼ぶ時は『志麻子姉さん』でいいからね?」
桜木志麻子は、そう言って片目を瞑ってみせた。
「あぁ、補足すると──」
志麻子の自己紹介に、有馬が頭をかいた。
「いずれわかることだから、先に言っておくがな。こいつ──志麻子は、俺の元・嫁さんだ。」