要求
木下は受話器を握りしめた。これからする身代金要求の本番に、つい力が入り手が汗ばむ。深呼吸を繰り返し、意を決して受話器を取る。
「大丈夫……大丈夫……」
自分に言い聞かすように独り言を呟く。恵里奈から事前に電話番号を聞いてある。あとは練習通りに実行するのみ!
ピポパとプッシュする指は汗で脂ぎっている。
複数回のTelの後。
『もしもし』
男性の声が聞こえてきた。
「み……南野源一郎だな?」
台本通りに話すだけだが、やはり本番では雰囲気が違う。言葉が噛み噛みになる。
『私は秘書ですが』
なにっ!
秘書が出るなんて聞いてないぞ!
いきなり台本と違う展開に木下は我を忘れそうになる。
「南野源一郎を出してもらおうか……」
『はぁ……。どのようなご用件で?』
「あ……あん……あんたの孫娘を預かったと言えば通るだろう。あんたにもな」
電話口でわからないが、明らかに向かうは驚愕している光景が目に浮かんだ。
「誰からなんじゃ?」
「ただの悪ふざけですよ。気にすることはありません」
源一郎に聞かれ、秘書の大倉茂は適当にあしらった。
「なんと言っとる」
「なんか、恵里奈さんを誘拐したとかしてないとか」
「なんじゃとおおおお! なぜお前はそれを言わんっ!」
源一郎は無理やり茂から受話器をひったくった。
「ワシが南野源一郎だ! お前……」
『ああ、あな……あなたが南野源一郎さんですか、秘書さんから話を通してあるとは思いますが、孫娘を預かりました』
脅迫電話なのだろうが、妙に相手側はよそよそしい。なんだか緊張しているようだ。全くリアリティを感じない。次第に源一郎の態度も大きくなる。
「貴様、そういう悪ふざけは警察に通報するぞ」
『ほ……ほーう。警察に通報したら、あんたの孫娘は帰ってこなくなるぞ』
まだ悪ふざけを続けるつもりか。
『ど……どうやらあんたは私のことを悪ふざけしているバカな男だと思っているだろう。し……しか……しかし、今証拠を聞かせてやろう』
なにを聞かせるつもりか。
通話を終了しようとしたその時だった。
『お祖父ちゃん……』
「え……えええええ恵里奈!」
恵里奈の声が聞こえ、慌てて耳に受話器をこすりつけた。
『さて、もうお判りになっただろうが、本当に預かっている。こちらの要求を聞いてもらおうか』
「わかった! ワシにできることならなんでもする! だから恵里奈の命だけは––––」
『ん? 今なんでもするって言ったよね? なら、身代金として五千万用意してもらおうか』
こいつ! 恵里奈の価値は五千万というのか! なめおって!
『詳しいことは後ほど指示する。続報を待て。あ、あと、わかっているとは思うが警察には言わないように。そのこと、ゆめ……しっかりと覚えておくように』
通話はこれで終わりだった。
最後の妙な言葉はなんじゃったのじゃ?
なんだか誘拐されているとはすぐには実感出来なかった。