夢に手を伸ばせ
【幻想的な黄金の光が優しく濡れた草を照らし、大きな森の木々を照らした。
その中心にそびえる大樹には最も黄金の光が集まり、森全体を包み込むような光のカーテンを作り出していた。
突然何かに飲み込まれるように景色が遠くなっていく。
僕は何かを掴むように必死に手を伸ばす。
だめだ。ここにいなきゃいけない。
止まれ、止まれ、とま・・・・・・】
ピピピピピピピピピピピピ
ひんやりとした朝の冷気が肌を撫でるのを感じる。
瞼を開けずとも朝の光が部屋に差していることがわかる。それにして・・・・
「また同じ夢・・・・か」
最近この夢をよく見る。
何かを後悔して、どうしようもないこの気持ちだけが僕の心に後を引く。
夢の中で見る景色は綺麗だけど、どこかはわからない。
思い出そうとしても頭に靄がかかったように掴もうとすると消えてしまう。
時間が経つにつれこの景色は消えていく。
忘れちゃいけないような気がする。
「何なんだろう・・・な」
大きく息を吸い、肺の中の空気をリセットして起き上がった。
メガネを取り、右手でカチリと位置を合わせ、リビングに向かった。
「行ってきます」
「「いってらっしゃい」」と両親。
朝はいいなァとしみじみと感じて見る。
清浄な空気を吸えることくらいしか早起きの徳はないのだから、楽しんでおかなきゃ損だ。
楽しいことや、嬉しいこと、気持ちがいいと思うことを自覚するのが生きていくコツだ。
人生なんて、そんなに楽しいものではないのだから。
自転車に乗って15分くらいのところに学校がある。
東京の周りの県はこの時間、通勤の車が国道をブンブンと通って空気を汚されていく。
東京のように華やかな雰囲気はなく、東京の人から見れば、私たちのまちはダサいかもしれないが、僕からすれば東京さえなければこんなに汚い空気に朝の快適な通学を邪魔されずに済むんだ。
自転車に乗っているといろいろなことに気づく。
ああ、こんなところに人の人生が埋まっているんだなァとか、僕らと同じように生まれ、これから育っていく子供達がいるんだなァとか。
人は生まれるんだ、絶えず絶えずこの連鎖は続き、未来へ悠然と流れているんだとか
そんなの当然だろ、そんな当たり前の事実を自覚することに意味はないとバカにする人もいるかもしれないけれど、僕は意味はあると思っている。
日々の中のどんなに小さな発見も強く自覚し、蓄積された大きな記憶は、考えるタネとなり、強い意思を生み、やがては行為となる。
故に日々の自覚なきものには強き意思を宿した行為は生まれ得ないと思うのだ。
悠然と流れる時の間に、少しでも消えていく記憶をすくい、今度こそ間違えのない選択を・・・・・・・・・
「って。俺は何を考えて」
「いるんだかなぁ、夢月ぅ?」
ハッと顔を上げると英語の教科担任がこめかみをピクピクさせていた。クラスメートたちも大仰に笑っている。
教室・・・・・。
どうやら寝てしまっていたらしい。
「ったく。俺の授業で寝言とはいい度胸だな」
「ね、寝言?」
「ユートピアに、妖精の森に帰らなきゃ。みんなを・・・てバカかお前は」
コツンと拳骨が頭に当たる。
その瞬間、僕の中に強い怒りが生まれた。
「体罰です」
気づいたら反抗していた。
昔からこういうことがある。
特定の人になぜか無性に腹が立ってどうしようもなくなる。
「ああ?ちっ。ちょっと来い」
「え?」
「早くしろよバカ」
担任に連れられ、教室を出る。
僕はよく特定の人に怒りが急に吹き出すことがある。特定の人といったが、教師や公務員、政治家に多い。
この嫌な精神的病によって何度トラブルに巻き込まれたことか。
昔、幼稚園生の僕が選挙カーに乗った政治家に殴りかかっていったらしい。
小学、中学もこの怒りの症状に悩まされた僕を親は何度も精神病院に連れていってくれたが、原因不明だそうだ。
とは言え、年齢が上がるに連れ、そういう症状も抑えられるようになっていった。
だからこんなのは久しぶりだ。
職員室の端の机に座らされ、反省文を書けと原稿用紙を5枚も渡された。
終わるまで帰らせないと言われたので仕方なく筆記用具を取り出す。
始まりはどうしようか。
原稿用紙5枚文も反省することがない。
誰にだってどうしても眠くて不意に眠ってしまうことくらいあると思うからだ。
それに僕は授業中は頑張って起きている。
寝てしまうことはほとんどない。
しかし・・・最近の眠気は本当にひどい。
ちゃんと睡眠を取っても眠くなるのだ。
「あの夢のせい・・・か?」
あの夢のせいで熟睡できていないのだろうか・・・・。
まぁ、いいや。適当に埋めてしまおう。
昔から活字が好きだった。本の虫で、読みながら家によく帰っていたくらい、時間を見つけては活字を追っていた。
だから、原稿用紙5枚くらい埋めようと思えば簡単だ。
・・・でもあんな奴に、謝んの嫌だな。
教師によくいる、自分たち教師は偉いんだと本気で信じ込んでいるような奴には無性に腹がたつ。
教師なんて偉いわけじゃない。
生徒から挨拶され、尊敬語を使われ、生徒が悪いことをしたらしかる権利がある。
だからと言って、自分に傅くのを強要したり、みんなの前で辱めたり、バカだの何だの言ったり、殴ったりする権利はない。
何を勘違いしたのか、そういうことをする教師たちはきっとバカなのだ。
あなたたちのどこにそんなに威張れる要素があるのでしょう。
大人だから威張っていいんですか?
社会に出てサラリーマンやってる人たちは自分の下に同じことをやりますか?
教師だから偉いなんて勘違いされるのは腹立たしい。
「あ、そうだ」
俺はおもむろに立ち上がり、保健室に向かった。
俺は体調が悪い中、無理をして学校に来ていた。でも耐えきれず、保健室に来たと伝え、保健室の先生に荷物を取って来てもらい、帰路に着いた。
今頃、机に置かれた白紙の反省文にあのムカつく教科担任は怒りで震えて、ハゲ散らかした頭に血をのぼらせているだろう。
しかし、担任に報告したところで俺が体調が悪かったという事実を聞かされる。
ということは具合が悪くとも頑張った来た生徒を殴りつけ、あろうことか居眠りくらいで反省文を書かせようとしたことになる。
客観的に最低の教師だ。
実に赤っ恥だろう。
これでさっき殴られたことは許してやろう。
信号を待ちながら、ボーと空を眺める。
曇りだ。
排気ガスにまみれた、汚い雲。
本来はもっと神々しい綺麗な景色だったはずなのに。
「こんなんじゃ、妖精の森の足元にも及ばないな」
「・・・・・・」
「え?」
妖精の森って俺言ったか?
「言ったね」
「何だこの声は」
「君の世界はそっちじゃない」
「誰だよ、出てこい!」
いつのまにか周りには誰もいなくなっていた。
怖い。
どこからか、俺を誰かがからかっているのか?
逃げよう。
自転車で今きた道を引き返そう。
「待てよ。そんなに醜い人間みたいに感情を表しちゃって。君らしくもない」
「何だよ、本当に、気持ちが悪い。そんなにむき出しにしてない」
「・・・・・・」
ペダルを漕ぎだした。
ドンという衝撃。
何かにぶつかった・・・・の・・・か?
急に・・・・また・・・ね・・・む・・・け・・・が・・・・・・・
「仕方ない。もう一度君を僕の元へ」
そんな声が聞こえた気がした。