文筆家・男と女
二幕の?劇
○第一幕
<第一場>
さして広くない一室。
部屋には絨毯が敷かれ、机とパソコン、簡易なベッドと本棚があるだけ。
女がパソコンに向かい、何やらタイピングしている。
そこへ重そうなショルダーバッグと弁当の入ったビニール袋を持った男が入って来る。
男「相変わらず呼び鈴を押しても返事がないし、鍵は開けっ放しだから勝手に
入ったよ。
いくらこんな田舎だと言っても女性の一人暮らしなんだから、不用心だよ。
ところで、相変わらず大学には顔を出さないんだね。
これ、今度の試験の日程表。
あと、ノートのコピーも集めて来たよ。
今はいったい何を書いているんだい?
もうこんな時間だから、ちょっと手を休めて夕飯にしようよ。
いつもの店の日替わり弁当を買って来たから」
女「あっ、ありがとう。
(男の方を向いて)
君はいつも優しいね。
私は執筆に専念したいから、もう大学なんてどうでもいいのに。
(部屋の真ん中で男と向かい合わせに床に座る)
今書いてるのはね、作家と編集者の物語なの。
まだ途中だけれど、お弁当を食べたら特別に読ませてあげるわ」
<第二場>
同じくさして広くない一室。
部屋には机とパソコン、ベッドと本棚に加えて、ソファーが置かれている。
女がパソコンに向かい、執筆している。
ブリーフケースとデパートの買い物袋を持った男が部屋へ入って来る。
男「勝手にお邪魔してます。
やはり合鍵を持っておいてよかったです。
電話もないネットもない携帯もない、集中していると呼び鈴に気がつかない。
っていうのですから、こうして勝手に入ってくるしかないですね。
(苦笑)
いやあ、東京に引っ越して来てもらって本当によかった。
早速ですみませんが、執筆の進捗具合はどうですか?
今回のドラマとても評判がいいんですよ」
女「あら、そう。
私、テレビを見ないし、ネットで評判をチェックしたりもしないから全く分からないのよ。
それより、いい加減二人だけの時はそんな他人行儀な喋り方を止めて頂戴。
もう長い付き合いなんだから。
君がいないと私は執筆に専念出来ないの。
面倒かけて悪いけど、宜しくね。
原稿ならもう上がっているわよ。
今書いているのは次の回の分よ。
(ここで机の引出しから原稿を取り出し、男の方へ振り向く。)
君はまずコレを読んで。後で感想を聞かせて?
私はもう少し書いているから。
あっ、今日はあそこのデパ地下のお弁当ね。
いつもありがとう」
男は原稿を受け取り、荷物を横に置くとソファーに腰をかけた。
<第三場>
同じ部屋。
女はパソコンに向かって執筆中。
男が入って来る。
男「もう少しするとパンが焼き上がるよ。
おかずは出来上がっているから、パンが焼けたら夕食にしよう。」
女「いつもありがとう。
君が専属になってくれて助かるわ。
家事まで頼んじゃってごめんなさい。
でも、私は締め切りを守るし、そんなに原稿の手直しがいらないし、手がかからないでしょ?
せめて、コレくらいはしてもらわないとね」
<第四場>
薄暗い部屋。
男と女がベッドにいる。
男「何というか、、、こんな風になっちゃって本当によかったのか?」
女「別に構わないわ。
そんなことよりも、今の君の心境、特に『不貞を働いた男の心情』を教えてくれないかな?
私には『妻子ある男を寝取った女の気持ち』しか分からないから」
暗転。
○第二幕
<第一場>
同じ部屋。
ソファーに座った男と女がポータブルDVDプレイヤーで映像を一緒に見ている。
(客席からは画面が見えない。音声も舞台には流さない。)
床には何十枚ものDVDのケースが置かれている。
男「いったい君はどれだけこんなスナッフムービーを見るつもりなんだい?
前の恋愛小説はベストセラーになったじゃないか?
世間の期待は恋愛小説家としての君だよ」
女「私は書きたいものを書くの!
私の作品をきちんと理解しないで薄っぺらな評価をされたって嬉しくない。
そんな読者や評論家はこちらからお断りよ。
ところで、君はせっかく頼んだピザを食べないの?
冷めちゃうから、もらっちゃっていい」
女は画面を食い入るように見ながらピザをもう一切れ食べ始めた。
男は冷めた目でそんな女を眺めていた。
<第二場>
同じ部屋。
男はソファーに座り原稿の最後のページに目を通している。
女は仕事用の椅子を男の方に向けて黙って座っている。
机の周りには資料(本・紙束)が堆く積み上げられている。
最後のページを読み終えて、ため息をつく男。
男「これは、確かにすごいよ。
『セックス&バイオレンス』などと単純に言い表せないね。
君の目にはあのスナッフムービーがこう見えるんだ!」
女「でも、多分安易に映像化されて『性と暴力の世界を描いた問題作』とかにされちゃうんでしょうね。
まあ、仕方ないことだけど。
なんだかイタチごっこみたいね」
男はまた原稿を始めから読み返す。
女は資料を手に取り目を通す。
<第三場>
同じ部屋。
部屋中に資料が積み上げられている。
男はソファーに座り、原稿の最後のページに目を通している。
女はベッドの上に座ってモデルガン(サブマシンガン)を手にしている。
男は原稿を読み終えて、男は思わず天を仰ぐ。
男「コレはもう企画の段階で実写映像化が決まっていたんだよね。
読み物としては面白いと思うし、映像化したら確かに迫力ある作品になると思うよ。
でも大手映画会社から映画化のオファーがあったのに君は頑に断ったんだってね。
君は小劇場での舞台演劇化に拘った、って聞いたよ。
なんでだい?
派手な銃撃戦とか爆発シーンとかあるから絶対映画じゃないと無理だよ」
女「私ね、『恋愛もの』だとか『猟奇もの』だとか『ミリタリーもの』とかいう
ジャンルで追いかけて来る人たちが大嫌いなの。
私は最近これだけの資料を集めて、君に一杯取材に行ってもらって、色んな作風に挑んでみたのよ。
その作品群の中から『私』という共通項を見つけてそれを評価してくれる人以外は要らないの。
『人気作家の作品だから』という本末転倒な理由で追いかけて来る人はもっと嫌い。
そういうどうでもいいファンがいなくなれば私は自由に書けるのよ。
だから、舞台化してそういう客に劇場に集まってもらおうかと思うの。
集めておいて、そこで実弾や爆弾を使っちゃえば、問題が解決するんじゃないかな?」
女はにこやかな笑顔でモデルガンを男に向けて構えていた。
<第四場>
さして広くない部屋。
部屋には小さな食事用のテーブルとパイプ椅子、そして以前よりも遥かに簡素なベッドしかない。
パイプ椅子に座った女がテーブルに置かれた紙に何やら書きものをしている。
そこへ男が入って来る。
荷物は何も持っていない。
男「やあ。今日も書いてるね」
女「いつもありがとう。
今日も順調よ。
(男のほうへ向き直して)
前の部屋も良かったけど、この部屋も快適ね。
朝・昼・夕と三食部屋まで運ばれて来るし、家賃もかからない。
君も前と違っていつも同じ時間に合いに来てくれる。
ただねえ。
(机の上を指差しながら)
パソコンが使えないのと、あとアレしか筆記用具がないのが面倒だわ。
それに定期的にお客さんが来るんだけど、あなたと違って私の執筆中にも待っていてくれないのよ。
厳しい消灯時間があるけど、私は夜型人間じゃないからそれは全く困らないわ。
今日の分はコレよ。
また読んで感想を聞かせて頂戴ね。
(女は原稿を男に渡す)
最近、あのお弁当買って来てくれないのね。
たまには食べたいわ」
男は生返事をすると、原稿を手にして病室を後にした。
出口へ向かう途中、男はナースステーションへ立ち寄った。
クレヨンで何やら描き殴られた紙切れを看護師に渡して、今日の女の様子を伝えた。
そして、ロッカーに入れた手荷物を取り出す。
一緒に付いて来てくれた看護師に解錠してもらった自動ドアを抜けて、閉鎖病棟の外に出た。
院内では面会時間終了を告げるアナウンスとBGMが流れていた。
この男にとって、この女の元を訪れるのは大学在学中から続く日課であった。