第48話・魔王様、友を助けに向かう
「おはようございます、ライザックさん。 今日はいつもより早いですね。」
「おはようございます。」
『窓口騒動』から幾日が過ぎた。
今日は魔王様が、ワグナー商会へ赴く日である。
『研修』として窓口で接客をした彼女だったのだが、慣れない業務であった事もあり、訪ねてきたお客様にマズい対応をしてしまったのだ。
しかもそれは、上記の商会の、それも上位のポストに収まる人物だったのである。
それが、『悪夢』の始まりとなった。
先方からは「謝罪へ来るように」との通知がやって来て、ここに通常では在り得ない『新人が訪問して謝罪する』という事態が生じる事となってしまったのである。
これは、不幸としか言い表しようが無かった。
本人に、自覚は無いようだが。
「いつも、その調子でお願いします。 先方では粗相の無い様に、良いですね?」
「も、もちろんです!」
クギをさして来る上司のレーガンに対して、全身から冷や汗を流す魔王様。
気が気でなかった彼女は、不安のせいで前日から眠ることが出来かったのだ。
今日は完全に寝不足である。
出勤早々、大きな欠伸をしながらタイムレコードを押し、出勤確認を行う彼女。
それを上司のレーガンは、見逃さなかった。
「ライザックさん、先方に着くまでには欠伸が出ないように、しておいて下さいね?」
「は、はい!」
まがりなりにも、今日の商会訪問は公式なものだ。
そのような場で欠伸などしようものなら、顰蹙では済まない。
今回は、魔王様がらみの訪問であるため、ことはブレアンド商会の今後の取引にすら関係してくるのだから。
視線を尖らせ、レーガンは魔王の全身を、品定めでもするように見渡す。
今日は特に、身だしなみを・・(以下略)
どうやら、おめがねには適ったようで、上司は何も言わずに首を縦に振った。
「あの、何か・・?」
「いいえ。 約束の時間までまだ1刻半以上あるので、それまではここで、あなたは休んでいて下さい。」
魔王様は自分の席に戻ると、まるで置き物のように静かにした。
心の中で、最後の『謝罪』の予行演習をする。
ここ数日間は、寝る間も惜しんで演習を繰り返していたので、準備に抜かりは無い。
目指せ土下座検定一級。
そのような事とは知る由もなく、上司のレーガンは一瞥すると部下へ質問をした。
「ところで、研修のリムールさんが来ていないようですが?」
「ああ。 それなら先ほど連絡がありまして、事情あって今日は休むと・・・」
「何!??」
予行演習で脳内トリップしていた魔王様は、『セリアの一大事』という文言に、敏感に反応を示した。
まるで転移でもするように、レーガンたちの元へ駆け寄り、同僚の首を鷲掴む彼女。
「どういう事じゃ! セリアが休むとな!?」
「そ・・・、そう聞いたけど??」
ガクガクと揺さぶるように、同僚の一人の肩を揺らす魔王様。
付き合いは浅いが、魔王なりにセリアの人となりは理解しているつもりであり、彼女はちょっとやそっとでは、休むような人間ではない。
それだけに、彼女の心配の度合いは増していった。
自然、首を絞める力も徐々に強まっていく。
「ゲホホッ! 親の看病どが、付きそうだとが聞いたげど・・・・うげげ・・!?」
「!!」
それだけ聞くと、魔王は吸い取られるように全身の力を抜いていった。
首を絞められていた同僚は、ドサッと床へと尻餅をついてしまったが、彼女には眼中には無かった。
魔王には、少しだが気掛かりがあった。
それは先日、カゼでセリアの家へ担ぎ込まれた時のこと。
病床に伏し、カラ元気を見せていたセリアによく似た女の人間に会った。
セリアの母親だというその女性は、魔王様の目から見てもスゴいやつれ様であったが、どう探索魔法を掛けても、原因は特定できなかった。
そこでせめてと、魔王は彼女に体力を回復させる魔法を掛けたのだが・・・・・・
こうしてはいられない、今こそセリアにこれまで受けた恩義を返す、絶好のチャンスである!!
それからの魔王様の動きは、疾風のごとく早かった。
ほとんど脇目も振らずに、誰かれの引き止める言葉も耳に貸さず、電光石火のごとく勢いで商会を飛び出していった。
セリアの家の場所は、担ぎ込まれたときに覚えている。
急げ魔王よ、苦しむ者がお前の助けを必要としている!
道行く人々は、猛牛のごとく突進するOL女性を避け、街にはいつしか一本のヴァージンロードのようなものが形成されていた・・・・・・・
◇◇◇
「お願いします先生、お母さんを治してください!」
「申し訳ないが病名が特定できない以上、薬や治癒魔法を処方しても意味が無い。 私には他にも、診なければならない患者がたくさん居るんだ。 分かって欲しい、お嬢さん。」
それだけ言い残すと、往診に来ていた白衣姿の医療魔術師は、部屋を後にしていった。
後には、取り残されるようにセリアが佇む。
ベッドに横になっている彼女の母親は、今は応急の回復魔法のおかげで容態が安定して、静かに寝息を立てている。
衰弱したその姿を見て、セリアの心中は大いにかき乱された。
『病気が特定できない』
それは、セリアの母親が全く未知の病気を患ったという事に他ならない。
通常は病気の進行を遅らせる『応急治癒』の魔法は、どんな病気にでも一定の効果を示す。
しかし彼女の場合、それで体調が良くなるような事は無かった。
特に栄養失調というわけでもなく、『ただ衰弱していっている』という事実以外、分かる事が何も無かったのだ。
ベッドへ横たわる彼女は、悪夢にでもうなされるように、うわ言を繰り返す。
こんなにも苦しそうにしているのに、何も打つ手が無いという事実にセリアは大層、胸を痛める。
「お母さんしっかりして。 私は傍に付いているからね!」
セリアの切実な声は、しかし母親の耳には届くことは無かった。
生まれつき魔法適性がなく、魔法が使えない彼女には、苦しむ母の体力を軽減させてやることすら叶わない。
誰でもいい、誰でもいいから苦しそうにしているこの母親を救って欲しいと、セリアは神に願った。
「おーい、誰かおらんか!」
「!??」
まさにその時だった。
ドンドンと戸を叩く音と共に、よく聞き覚えのある声が、この部屋まで届く。
突如聞こえてきたその声に、セリアは目を剥いた。
いや・・彼女は今、商会で仕事をしているはずだ。
今ここに、居るはずがない。
「セリア、セリアはおるか!? たのもう、たのもーーーーーーう!!!」
今度は間違いなかった。
在庫部で働いている友達のシアさんの声が、遠くこの部屋まで響いた。
彼女は商会でも有名なほど、魔法が堪能なヒトだ。
絶望に打ちひしがれていたセリアにとって、この来客は救われるような気持ちになった。
「お母さん、シアさんが来たよ! もう大丈夫だからね!?」
「・・・。」
ベッドに横たわる母へ、嬉し涙を見せると、セリア大急ぎで玄関へ、来客を迎えに行った。
お医者ですら匙を投げた、母親の病気が、専門家でもない女性に任せてどうなるのだと、考える者は多いことだろう。
だがセリアは、それでも差し込んでくる希望の光を、感じずには居られなかった。
1人で悩んでいるより、このような時は第三者が居る方が心持だけでも軽くなる。
それが心を許した友達なら、なおさらだ。
とても些細なことだが、人生において、多くの場面でとても大切なことなのかもしれない・・・。




