第17話・魔王様、幸先が悪い
手違いで、1話すっ飛ばしてしまっていました。
今後このようなことが無いよう、気をつけます。
皆様には大変ご迷惑をおかけしてしまった事を、お詫び申し上げます。
夜。
ブライトの東側の商業区は、多くの明かりがついていた。
その中に、ブレアンド商会がある。
そこではここ数日『選考作業』が行われていた。
「それでは11番の方は不採用と言う事で・・・よろしいですか??」
一人の男の提案に、部屋の中の人間達が一様にうなづく。
それと共に手元にあった『11番目』の就労申込者の履歴書が、机の上からはじかれる。
彼らは今、先日締め切られた『面接』による結果などを元に、商会で働くに値する人物か否かを判断しつつ、その選考を行っていた。
今回の募集での応募者は全部で13人ほど。
対してブレアンド商会の雇用人数は、特に明記はされていない。
最近、老齢などにより退職した者が多く出た商会では、人材を欲していた。
なるべく、若くて長く勤めてくれそうな者が。
さすがに応募者が13人なので全員を雇う気は無いが、それでもなるべく、優秀そうな人物は雇い入れたい気持ちがあった。
それもあっての、この『選考作業』である。
「この12番の方ですが・・どう思われますか?」
「・・私が面接をしたときの印象としましては、上からの物言いであった気はしました。 志望動機も『金を稼ぐため』と不十分でありまして・・・」
「うむむむ・・・・」
面接を担当した者の報告に、眉をしかめる面々。
若くて容姿端麗。
その見た目は商会が欲していた人物、そのもの。
その筆跡は、よっぽど力強く書いたのか滲みまくりだ。
近年マレに見る、所謂ヒドイ履歴書である。
だがその履歴書からは、応募者の燃え上がるような熱意が伝わってくるようだった。
「確かに動機は不十分かもしれませんが、この履歴書からは若さゆえのパワーを感じます。 業務の希望も無いとの事なので、融通の利く人材とも考えられますが、如何でしょうか?」
「異議なし。」
「私も賛成です。 パワーあふるる若い優秀な人材は、埋めるものではありません。」
「試してみるか・・・」
数分の議論によって、『12番』の人物は、採用の運びとなった。
その履歴書の写真には、赤目黒髪の妖麗な女性が映っているのが確認できた・・・
◇◇◇
ごーんと、この日5回目の鐘が、ブライトの街に鳴り響く。
この日はあいにくの曇天で、空は厚い雲で覆われていた。
遠くから、雷が近づいてくるのも聞こえる。
もうまもなくもすれば、この街も雨模様になるだろう。
それを予見し、街の多くの者たちは足早に、建物の中へと入っていく。
一方で、それらとは正反対に外へと出ている、一人の女性の姿があった。
彼女が浮かべる表情は、実に真剣なものである。
「待っていろ者どもよ、必ず我は、仕送りをするぞ!!」
決意を胸に魔王様は、街の商業区となる東側へと歩を進めていく。
先日シティワークの多くの求人の一つ、『ブレアンド商会 社員』の面接が執り行われた。
今日はその、合否発表があるらしい。
これで採用となれば、晴れて彼女も一人の社会人となる。
面接の際、対面に居た男が、そう言ってきたのだ。
すぐに結論を出さないのは、それだけよく、考えた上で雇ってくれるということであろう。
他にも応募した者は、幾人か居たようだし。
その中でも我は、面接時間がかなり、長かったらしい。
これは、自分に興味を持ってくれたのではあるまいか?
少しは希望を持っていいのではあるまいか!?
・・・とはいうものの。
「さい先が悪いのぅ・・・天気は悪いし、黒猫の獣人が目の前を横切るし、なんだか体調もすぐれぬ。」
道端で大きくため息をつく。
天気や体調が悪いのは、直接は関係無いのだが、それはこれから起きる良くない事を、象徴しているように感じた。
本当のところをいえば、天気が悪いのはただ、この辺りの空気が不安定なだけだし、
彼女の体調が悪いのも先だって、100年ぶりにガツガツ胃にモノを詰め込んだために、お腹がビックリして起きたものだ。
黒猫の獣人は、ただの偶然だ。
だが今の彼女に、そんな理屈は関係ない。
「ともかくまずは、結果じゃ。 その後に今後のことは考えよう。 その時は頼むぞ、相棒よ。」
ドレスの胸元に、無造作に差さるシティワークに目を落とす。
それを見て、恍惚の表情を浮かべる。
すっかりこの雑誌の株も、彼女の中では上がったようだ。
ちなみにこの雑誌、数日ごとに新しいものが発行されるものであり、実は彼女の持つこれは、もはや古雑誌でしかない。
求人情報は、かなり早いサイクルで出たり無くなったりするのが常なのだから。
この重要な事に、まだ彼女は気付いてすら居なかった。
どかっっ!!!
「うわっ!?」
突如、後ろから襲ってきた衝撃に、体勢を崩し前のめりになる魔王様。
それと共に前方へ走っていく、一人の男の姿が視界に映った。
どうやら、あの人間がぶつかってきたようだ。
「気を付けぬか、バカモノ!!」
精一杯、走り去っていく男に向かって、抗議の声を上げる。
危うく、転んでしまうところであった。
ぶつかって来ておいて謝りすらせぬとは、一体どういうことだろうか!?
道の真ん中で仁王立ちし、ドレスの裾を数度、はらう彼女。
「んお!? ななな、無い!??」
胸元に差していた、シティワークが無くなっているのに気がついた彼女は、大慌てで周りを見まわす。
だが彼女の『相棒』の姿は、どこにもなかった。
そうしてその視線は、先ほどぶつかった男へと注がれる。
よく見ればその男の右手には、大きめのバッグが肩から下げられており、中から飛び出すような格好で『シティワーク』が見えた。
どうやらぶつかった際に、ひったくられたらしい。
「ま、待たぬか貴様ああああああああ!!!!!!!!!」
必死の形相で、遠くへ走り去っていく男を追いかける魔王のシア。
盗まれた、『相棒』を取り返すために。
コレは決して、ヘンな事ではない。
あれにはイロイロと書き込みがされており、所謂『シア専用』となっていたのである。
つまり、彼女の言う『相棒』という呼称は、的を得てはいたのだ。
アレがないと、何も知らない自分の就職は、著しく難しいものとなる。
彼女は赤黒い彗星のごとく、道を全力で駆け抜け、男との距離を縮めていった。
・・逃走劇は、ものの数秒で幕を閉じた。
いくら間抜けとはいえ、相手は世界最強と名高い『魔王様』
スリには、相手が悪すぎた。
「この貴様! 我から盗みを働くとはいい度胸じゃ、五体満足で帰れるとは思うな!?」
「ぎゃあああああああ! いたいいだい!!」
男に追いついた魔王は男に馬のりになり、その背骨を逆のほうへと曲げていった。
彼の体が、ミシミシとうなりを上げる。
もちろん、本当に折る気は無い。
そのすきに、彼女は男のバックから『相棒』を救出する。
「おお、良かった相棒よ。 探したぞ!」
実際に探したのは10秒程度だが、その再会を懐かしみ、相棒の無料求人雑誌に頬づりをする彼女。
これさえ戻ってくれば、どうとでもなる。
主に、就職活動において。
これには魔族の未来が掛かっているのだ。
戻って来て、本当に良かったと血涙を流す彼女。
「ち、ちきしょう!」
ひったくった物が取り返されてしまった事に、毒を吐く男。
彼がシアの相棒・・・
もとい『シティワーク』などという無価値の物を盗んだのには理由があった。
一見してみれば、何の変哲も無い街の無料雑誌。
だが大事そうに胸元などにしまい、視線を下げれば浮かべる恍惚の表情。
中に何か、高価なものを中に挟んでいるのではと錯覚しても、無理は無かった。
シアはつまり、無意識に自らカモとなってしまったのだ。
「おい貴様、面倒を掛けるでない。 本来であれば痛い目を見てもらうところであるが、我は忙しいのじゃ。 さっさとどこぞへ消えよ!」
「え・・・?」
思いがけない彼女の発言に、目を丸くさせる引ったくり犯。
シアとしては『シティワーク』さえ戻ってくればそれで良かったので、この態度である。
というか今は早く、商業区へ向かいたかった。
彼女の向ける鋭い視線に及び腰になりつつも、内心、舞い降りた幸運に感謝する男。
追いつかれたときはもう、ダメかと思ったが、離してくれるようだ。
おれは運がいい。
この女はヤバそうなので、これから『仕事』をする際は、気をつけよう。
立ち上がり、きびすを返して足早にこの場を後にする男。
・・・だったが、それはすぐに、止めさせられた。
「貴様だな、引ったくり犯は!! 街の治安を乱す下郎め。」
「く、くそ!!!」
彼女ばかりに気をとられ、目の前に居た街の警備兵の存在に、全く気がつかなかった。
あっけなく御用となる引ったくり犯は、毒を吐きつつ抵抗を図る。
だが、よく訓練された兵士と引ったくり犯では、結果は目に見えていた。
すぐに抵抗を止め、大人しくお縄につく男。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「・・は、お嬢さん??」
兵士の口から発せられた言葉に、目を丸くさせる魔王様。
自分の見た目は、今は大人の女性のはずだ。
おかしい、もしや魔法に不備でも?
不安に駆られ、自分を見やる彼女。
「ははは、お怪我が無いのなら何よりです。 この男は我々が責任もって、処罰いたします。 何か盗まれたものはございませんか?」
「い、いや。 我の持ち物はコレだけだが?」
そう言って、『相棒』を兵士へ見せ付ける。
どうやら男のバッグに入っている物は、他の人間達からひったくった物らしいと兵士は判断した。
その量から見ても、この男は常習犯のようだ。
この一人を捕まえられるだけでも、街全体の治安向上に大きな一歩となる。
被害報告があって来たのだが、捕まえられて、本当に良かった。
「では私はこれにて失礼します!」
「ああ・・・」
ビシッと兵士は彼女へ敬礼をすると、そのまま男をしょっ引いていった。
それを無言で、見送る魔王様。
彼女も運が良かった。
もし彼女が男を捕まえる(?)瞬間を兵士に見られていれば、彼女も『事情聴取』をされていたことだろう。
というかまず間違いなく、表彰ぐらいは受けていたはずだ。
金にもならなければ、腹も膨れない、その上で人間達に囲まれるなど、彼女の鳥肌は立ちまくりであった事だろう。
「イカン! 用事があったのだった!!」
ひったくりに頭に血が昇って忘れかけてしまった。
とんでもなく時間をムダにしてしまったぞ。
まったくあの男は、今度会ったらボコボコにしてやる!
足早に彼女は、街の東側へと歩を進めるのだった・・・