第15話・魔王様、大人になる
今日で、今年も終わりとなります。
みなさま、よいお年を!!
「よう彼女、俺とお茶しない??」
「・・・どけ、通行の邪魔じゃ。」
これで引き止められるのは、十何度目か。
人間の若者・・・
バカ男どもが我の行く先に立ちはだかり、今のようにキザったらしく何やらぬかしてくる。
それは口説いているつもりなのか?
だとしたら我に貴様達は興味ない。
ヒマなら街のゴミ拾いでもしておけ、はっきりいって邪魔じゃ。
「へいプリティガール。 無視するなよ? 俺はあんたの姿にメロメロさ、この先に有名な喫茶店があるから、そこで僕と一緒に、将来を語り合わないかい??」
「・・・・・。」
なんだ、今のは。
古代語だろうか?
いまより約1万年前、人間と魔族が手を取り合い栄えたと言う、伝説上の文明があったようだ。
そのときの共通語として使われていたと言われる、幻の言語が俗に言う『古代語』。
失われし言葉で、記録にもほとんど出ては来ない。
と言うわけですまんな、我は1万年も前の言葉なぞ分からぬ。
話し相手が欲しいなら、他所を当たってくれ。
それからそのけばけばしい、うるさい服は今すぐに脱ぐ事だな。
ハッキリ言って、似合っておらぬぞ?
「だからさー無視するなって言ってるだろ? 僕ちゃん怒っちゃうよ??」
「通行の邪魔だと、言っているのが聞こえなかったか?」
ブンッガシャン!!
視界に映った、近くのゴミ溜めに男を放った。
ゴミはゴミ箱行きである。
我は今、すこぶる機嫌が悪いのだ。
恨むならバカな、自分を恨め。
「まったく我は忙しいと言うのに・・他にする事はないのか?」
自らの長く伸びた髪をかき上げながら、文句を言う彼女。
そんな彼女に間髪いれずに、群衆の中から近づいていく、命知らずな『バカな犠牲者』がいた。
先ほどから、彼女の周りはこの手の輩の、わんこそば状態であった。
わんこそばだったら、食えるのに。
「よう、かの・・・」
ガヂャン!!
また声をかけてきた男を、ゴミ溜めへ放り投げる。
全くもって、ハエ共がうるさい。
さらに、どうも周りから、好奇の目にさらされている気がする。
いや、間違いなくされている。
だからこうも、ハエにたかられるのだ。
これも我の『見た目』のせいであることは、まず間違いあるまい。
ザーーーーーーーー・・・・
「・・・・。」
再び街の中心にある公園へとやって来た彼女は、一つの噴水の前で立ち止まり、中を覗き込んだ。
うまそうな魚が泳いでいるわけではない。
自分の姿を、水鏡に映しに来たのだ。
噴水の水鏡には、成長した・・・いや、本来の彼女の姿が映し出される。
グラマラスで、妖麗なオーラを放つ、大人の女性が。
「なぜ我の体はこう、美麗なのじゃ!? もちっとこう、気を利かせぬか!?」
水面に向かって、毒を吐く魔王様。
ちなみに誰が『気を利かせる』のかは、よく分からない。
誰に言い聞かせるでもなく、水鏡に映った自分に、抗議の声を上げる。
彼女が『圧縮魔法』で子供の姿になっていた原因。
今、彼女が、不機嫌な原因。
それは他でもない、小悪魔以上に見目麗しい、自分の姿であった。
「形でも変わらぬか、この、この!!」
魔法で変身などをしても、解ければ何でもなくなってしまう。
手で顔をつぶしたりして、いわゆる『変顔』になる。
だが魔族の頑丈な体もあって、顔には傷一つ付きはしなかった。
まあ、本気でやっていないのも、原因の一つではあるが。
決して彼女は、醜くなりたいわけはないのだ。
・・・むかし自分が『本当の』子供であった頃。
ずっと長い間、人間のように10年くらいで成長しないものかと考えたものだった。
魔族とは寿命が長い分、成長速度が人間のそれと比べ、格段に緩やかなのだ。
今から考えれば、当時の自分に『バカか貴様は』と殴り倒したい。
100年以上の時が経ち、人間で言う16歳ぐらいの大きさまで体が成長した頃。
周りの魔族たちの、自分へ対する行動などに変化が訪れた。
なにかにつけて体を触り、決闘を申し込まれ、伴侶になれと言い寄られた。
それはもう、地獄のような期間であったと記憶している。
一連の出来事が、自分の姿のせいであることに気がつくまで、さして時間は掛からなかった。
そうして圧縮魔法で自らの姿を『子供の頃』ぐらいにした頃、
魔族領と人間世界の間で・・・
おっと。
もう少しで、我の年齢を暴露してしまうところであった。
これは忘れようとしている、我の過去に関わる話なので、誰にも触れて欲しくはない。
たとえそれが、エグラーであろうとも。
「おい、あれ・・・」
「めっちゃキレイじゃね? おい声かけてみようか?」
「惚れた、マジ惚れたぞあれ!!」
「見つけたぞ、俺の理想の女ーーーーーー!!!!」
公園のそこかしこから、咆哮のような雄たけびが上がるのが聞こえる。
まったく、ぎゃーぎゃーうるさい奴らじゃ。
少しは我が、感慨にふける時間ぐらい与えぬか。
こうなると人間の男と言うのは、オークより始末が悪い。
ぶっ飛ばして一晩経てば、全てを忘れる彼らと違い、人間や魔族の男と言う生き物は、この点しつこい。
だがこの姿は、自分が望んだ事なのだ。
「一応、これで我も『大人』じゃ。 奴のいうことが本当であれば、これで我は仕事が出来るはずじゃ。」
広げた両手に視線を落とし、笑みを浮かべる魔王様。
細くのびる指は、まさに大人のソレである。
あのエルフ女は(レリアルさん)、我が子供に見えるので、仕事を断られるのだと言った。
要するにこの本性の姿ならば、仕事が出来る。(らしい)
剣だって、魔法で小さくして胸に忍ばせている。
これで大事な剣を、落としてしまう心配も無い。
まあこの際、自分が好奇の目にさらされてしまうのは致し方ないだろう。
我々魔族の未来を切り開くためなら、業火の海へもこの身、投げ出そうぞ!
「次に向かうのは『エレグーラ』という店の求人か・・・なかなか良い名前じゃ。 伊達に人間世界に身を置いている訳ではない、と言う事か・・・」
彼女の持つ『シティワーク』には、丸印でいくつか書き込みがされている。
先ほど別れたレリアルさんが、『おすすめの』求人をピックアップしてくれたのだ。
シアは人間世界に疎いので、大変に助かった。
親切なヤツであった。
今度会う機会があれば、礼をしなければならないだろう。
「この地図によると、この店の場所は街の西側のようじゃな。 さっそく出向くか。」
ピックアップしてくれた店と言うのは、示し合わせたかのように全て、街の西側に居を構える店のようだった。
移動の事も考えて、考慮してくれたのだろう。
我は面倒な事はキライだからな。
実に、ありがたい。
軽やかに、足を踏み出す魔王様。
そこに先ほどまでの、陰鬱とした感情などは、微塵も感じられない。
しかし彼女はまだ、知らなかった。
この街のどこに、何があるのかを。
どのように区画整理され、ブロックごとに何がされているのかを。
彼女の向かう『街の西側』は、住民達の言わば娯楽施設が集まる場所。
それも子供向けではなく、その大半が大人向けの。
その事実を彼女が知るのは、まもなくの事である・・・・・
魔王様の受難は、続きます・・・
世の中、そううまい話はありません。