第97話・暗雲
魔王城を主が空ける様になって暫く、魔族も人族も問題なく、おおよそ平穏と言える日々を過ごせていた。
大昔の大戦以降、魔族たちは引きこもったし、人はヒトで「さわらぬ神に祟りなし」と必要以上の接触は避けてきた。
それが不思議な「共存」という形で、互いの関係を成り立たせているのだ。
「スマンな、今回は稼ぎが少なくなってしまって」
「とんでもございません! みな喜びます」
留守中の倉庫番を任せている魔族に、少ない1ヶ月の報酬を渡す。
食料の方が良いかとも思ったが日持ちして、保存が利くものとなると乾燥したものばかりで良くない。
自分達の土地で自給自足が出来れば良いのだが、その夢はベルナンデスの努力によって打ち砕かれてしまった。
だが、手立てはまだある。
「エルフとの交易はどうだ、上手くいっているか?」
「えぇ。 も、もちろん上手く行っていますよ」
倉庫番は何も心配要らないと、魔王に対して目いっぱい愛想笑いを見せた。
おおっぴらでは無いがエルフとの交易は続いており、現在はそちらを頼りにさせてもらっている。
だが魔王は一瞬、彼が目を泳がせたのを見逃さなかった。
「本当に上手くいっているのか? それにしては顔色が悪いぞ」
残してきた仲間達は、いい意味で裏表が無い輩が多い。
だいたい顔を見れば、ウソをついているのが分かるのだ。
チラリと見えた宝物庫の中は、変わらず殻の状態である。
言いにくいのだろう、彼は薄笑いを浮かべながら、話題を変えてきた。
「ははっ・・・、魔王様は凄いですよね。 以前よりずっと」
「なんじゃ、気持ち悪いな」
「敵地のど真ん中で金を稼ぐなど、我々には到底出来ませんよ」
倉庫番は畏まるように言った。
暗に交易が上手く行っていないことを知らされる。
一方で、魔王が敷いた消極政策が魔族たちに広がり、他種族に対して恐怖に似た感情を抱いているのは誰もが知るとおり。
そのおかげで今があるのだが、それが最善かは少し疑問が残るだろう。
「私には私の、お前達にはお前達の役割と言うものがある。 そう卑下する事もあるまい」
魔族と一くくりで言っても、体の大きなサイクロプスから手のひら大のピクシーまでイロイロ居る。
そんな訳で魔王城は寂れているとはいえ、かなり騒がしいものだ。
―そのはずなのだが、今日はいつも出迎えてくれる彼等の姿が、今日は無い。
「ところで随分と城の中が寂しいな。 他の者たちはどうした?」
「それは―」
途中まで言いかけたところで、倉庫番がハッと口をつぐんだ。
言いにくいことでもあるのだろうか、そんな事をされると逆に気になる。
「なんだ、言ってみろ」
「はァ、その・・・・最近はノラの魔物たちが増えまして。 ちょっとした小競り合いが増えているのです」
ハハハッと彼は、愛想笑いを浮かべたが、とんでもない。
少なくとも、前に来た時はそんな事は聞かなかった。
魔物だって最近はむしろ減る一方で、なぜそこで、ノラの魔物が増えるのか。
イヤな予感が魔王の脳裏を過ったが、そんなバカなと首を横へ振る。
「小競り合い? 易しくないな、その対処に城の者たちが駆りだされていると。 病人まで出払うほど、状況が悪いのか?」
もしそうなら、出稼ぎ云々(うんぬん)と言ってる場合ではなくなる。
魔王として魔族の統率を取るのが先だ。
下手に被害など出てからでは、何もかもが遅い。
冗談ヌキで、魔王は視線を交わした。
「なんなら私が・・・・」
「いえいえ! 本当に小さな意見のぶつかり合いのようなものでして。 病人達も最近は調子を取り戻したのか、魔力制御に失敗して城を壊す始末です、今回のは丁度いい息抜きになっていますよ」
「ム・・・そうか?」
それはそれで心配だが、寝込んでいた者が健康になったのは嬉しい。
出稼ぎに行ったおかげかは知らないが、そう思うと、これからの活力にもなる。
今は頑張ってハンター試験をパスすることに専念するとしよう。
「それなら私は帰るが。 くれぐれも手に余るようなら、私を呼ぶのだぞ」
「行ってらっしゃいませ」
ほとんど見送りらしい見送りも無く、魔王は城を後にした。
こうも閑散としていると、まるで自分が1人になったような気分にさせられる。
その分だけ、彼女の懸念も高まっていく。
門番は誤魔化していたが、城の魔族が出払うぐらいなのだから、状況は良くないのだろう。
「そうだ、直接見に行けば良いんだ」
いくら悶々と考えたところで、1人での想像力には限界がある。
ならば、この目で確かめればいいのだ。
今日の予定を変更し、魔王は彼らがどうしているのか視察に行く事にした。
彼女の懸念はズバリ、『他の世界』からの来訪者だ。
そもそも魔法とは世の理を捻じ曲げる術で、使えばそれだけ世界にひずみをもたらす。
大抵はダンジョンやスポットが生まれるだけで済むのだが、ごく稀に世界間に穴を開けてしまうことがあり、『あちら側』の世界から何かが流れてくることがある。
それは物であったり力であったり・・・・あるいはモンスターという事もある。
転移する場所を決め、魔王は『現場』へと向かった。
異変はすぐに感じ取れた。
森に着くや、轟音と共に地面は響き、木が揺れる。
時おり聞こえてくる悲鳴にも似た声が、魔王の心の中をかき乱した。
まさか、本当に『来訪者』が・・・・
木々の合間から、徐々に徐々に彼等の姿が見える。
「撃ちつくすまで撃て! ここを抜けば人族の土地は目の前ぞ!」
「城の中に隠れていた腰抜けなど、敵ではないわあぁぁ!」
そこで戦闘を繰り広げていたのは雑多な種族が入り混じっている魔族であった。
一方で、相手は魔人だけのようである。
なぜ戦っている、そんな事をしている場合ではないだろに!
魔王は居てもたってもいられず、茂みから飛び出そうとして―
「腰抜けの魔王エティシアに尻尾を振る魔族もろとも屠り、その屍を偉大なるデザル様の御前に捧げるのだ!」
「おおお!!」
彼らの鬨の声に上がった名前に、魔王は我が耳を疑った。
同時に『まさか』とう思いと、『あるいは』という思いが去来する。
デザル様は、魔族なら誰しもが知る絶対的な暴力と圧倒的な支配によって、一時は世界の半分を魔のものとした存在だ。
しかし数百年前、人類最後の防衛線とされた魔導都市の制圧に水から出陣し、そのまま帰ることはなかった。
しかし今なおその権勢は語り継がれ、今のエティシアさえ畏怖と敬意を持ってやまない。
その名を大魔王デザル。
エティシアの、今は亡き父である。
少々区切りが悪いのですが、本話をもちまして完結とさせていただきます。
これまで読んでくださり、本当にありがとうございました。