大臣との交渉と、既知の仲間たち。
久しぶりの王城。謁見の間、では無くて、取りあえず俺たちの向かう先は大臣の使用している会議室だ。大臣は俺が半年前に竜騎士をしていた頃から変わっていないから、面識はある。仕事はそれなりにやり、割とキッチリとした仕事をこなす人だったと思う。賄賂や権力の伴うやり取りは綺麗なもので、それだけに取り入りにくいと貴族の面々や中枢に近づきたい者達には邪魔者扱いされていたように思う。
キッチリしてる分仕事が遅い、ともいえるな。果たして、今回の事を機に重い腰を上げてくれるか、それとも飽くまで俺たち市井の人間が頑張って動いていくのを座して待つのか。
それだけで俺たちの未来はかなり変わってくる。特に沿岸部の未来は、かなり左右されてくるんじゃないか。疫病の危険と常に隣り合わせになりながら沿岸部に住み続けるのは、いかに住み慣れた土地とは言っても、中々難しいものがあるだろう。俺もリュミエールに愛着があるから、出来ればあの土地で海の幸を頂きながら暮らせる環境が守られるなら、是非ともそうしたいところだ。
で、それが守れるかどうかも、今回の俺の動きにかかっていると言っても過言では無い訳だな。重責だ。だが、ようやっと生き返った、仕事をしてる、って感じもある。
そんなことを考えつつ、俺とラルフさん、メイザーさんの3人は大臣の用意した会議室へと入っていく。中にはまだ誰もおらず、侍従が後ろに控えるのみ。
俺たちが着席して程なくすると、奥から大臣が姿を現した。
「今日はよく来てくれた。沿岸部の状況について、私が思っているよりも遥かに早い反応を見せてくれたこと、感謝する。」
これは、ラルフさん、メイザーさんの2人に向けた言葉だろう。
「また、カイン殿、久方ぶりにお会いするが、今回の疫病の蔓延を阻止していただいたと聞き及んでおる。誠に感謝する。」
俺は深々と礼を返す。さて、ここからが本題と言えるだろう。
「それで、実際のところ、疫病の元凶と考えられるものが特定されつつあるとのことだが、それは如何なるものであるのか?」
その言葉に俺は返事を返す。
「はい、それは、王都及び周辺の町々より流れ出す下水に端を発しているものと考えられます。」
「なんと、原因そのものが沿岸部ではなく、この王都にあると申すか。」
難しい顔になる大臣。しまった、王都と言わず、エル川流域の都市、としておいた方がまだしも良かったか。王都の所為ですよ、と言われては如何にも大臣の体裁が悪い。だが、ここで立ち止まっても仕方がない。俺は続いて言葉を紡いでいく。
「恐らくは、下水が川を下るにつれ腐敗が悪化し、最下流周辺ではそこに瘴気が湧いてくるものと考えております。今回、疫病が初めに確認されたのは、エル川河口付近に存在するミリアム、という漁村です。その漁村に於いて、最初の疫病感染者は村はずれの川沿いに住む農夫でした。彼は貧しいために川から取った魚などを食事に供していたようですが、それが瘴気を持った疫病の原因となったと推測されます。尚、その地点については、私と現在パートナーを組んでいるルキフグスというドラゴンが、瘴気の浄化を行い、現在のところは小康状態を保っております。」
俺はそこまで一気に言い終えると、大臣の反応を見た。大臣は瞑目し、眉間にしわを寄せている。
そこでメイザーさんが援護射撃に出た。
「私の研究からも一言申し上げますと、不衛生状態からの瘴気の発生、並びに疫病の流行というのは、完全に因果関係が取れたわけではございませんが、きわめて強い相関性があることは確認されております。下水というものから瘴気が発生したとしても何ら不思議は在りませんし、それが疫病の原因だとしてもおかしなところは在りますまい。」
「むう、そのような研究結果も出つつあるという事か。」
そこへダメ押しのラルフさんの一言。
「大臣、恐れながら私からも。現在、魔王が討伐されたことを受け王都周辺に仕事を求めて出稼ぎに来る者が増えており、その一部が溢れてスラムを形成・拡大しておることはご存知かと思います。こちらのスラムでも上下水道は全く整備されておらず、衛生的に言って極めて危険な状況にあると考えられます。今後夏に向けて水の腐敗などが進めば、場合によっては疫病の温床となる可能性がありましょう。」
俺はそれを受けて提案を出す。
「大臣殿、恐れながら、ご提案をさせていただければ。」
「うむ、申してみよ。」
大臣が先を促す。俺は一礼して続きを述べる。
「現行のままではまたいつ沿岸部で疫病が発生するか解りません。また、王都のスラムからの疫病の発生もともすると現実として起こり得るかもしれません。そこで、先ず一つには王都を中心としたエル川流域の下水処理事業の立ち上げ、そしてもう一つにはスラム一帯の新市街構築が必要かと考えますが如何でしょうか。」
俺は心臓が跳び出そうなのを我慢しながら、大臣にゆっくりと提案を出した。本当に、命のやり取りをしてるわけでも無いのに、それに匹敵するくらい、いやもしかするともっと緊張したかもしれない。この俺の提案に沿岸部の命がかかっているのだから、それはそうだ。
大臣はまたも思案顔で俯き、眉間にしわを寄せている。駄目、なのだろうか?
呼吸も忘れて大臣の反応を固唾をのんで見守る俺。多分他の2人もそれなりに緊張の面持ちでこのやり取りを見守っていたことだろう。重苦しい沈黙。
それを破って、漸く、大臣が口を開く。
「良かろう、だが、今この場で答えを急ぎ決定を下せば、後々悪しき影響が残らんとも限らん。一度私の方で精査して結論を導き出す故、しばし返答は待たれよ。そうだな、明後日には結論と回答を、そなたに言い渡そう。」
異論は?という大臣に、特に言うべきことも無かった俺達は首を横に振る。ともかく、こちらから投げるものは投げた。後の反応は、神と大臣のみぞ知る、という所だろう。
俺は、重苦しい空気をかなぐり捨てるように王城から出ると、久々の王都へ繰り出す。提案が通るかどうかは解らない。だが、取りあえず今俺の出来ること、やるべきことはやったのだ。少しくらい羽を伸ばしても構わないだろう。
ルキフグスは…さっき顔を見せに行ったが、流石に王都内を一緒にぶらつくわけにも行かないから、ということで竜舎に残ってもらっている。
気になったのは、ルキフグスのすぐ横にバーナードが立って居たことだ。特に仲が悪いわけでも良いわけでも無かった同期の竜騎士だが、何だか妙に親し気に俺に話しかけてきた。何かあったのか?良くわからんな。
ちなみにラルフさんはこの後まだ巡回が残っているそうで、騎士の詰所へと戻っていった。メイザーさんは研究棟に一度顔を出し、その後は暇らしい。俺たちは3人で夜に飲みに行く約束をして、取りあえず解散して、今に至るという訳だ。
王都に繰り出して程なくすると、「カインさん!」と俺を呼び止める声が聴こえた。俺のことを知ってる知り合いは王都にもそれなりに居るが、人口数十万を抱えたこの巨大都市だ。早々知り合いに会う訳でもないんだが。
俺が振り向くと、そこには竜騎士時代の後輩たちが。今も竜騎士として立派に働いている連中である。
「おう、お前ら、どうした?元気にしてるか?」
「カインさんこそ、久しぶりに元気そうじゃないですか!ついこの前まで口から生霊出てたくせに。」
はっはっは、と笑うこいつはライエル。俺より3つ下の後輩だ。槍術の腕に優れ、竜の騎乗も中々にうまくこなす。
「お、生意気なこと言うようになったじゃねーか?ライエル。しばかれたいのか?」
「ひー、勘弁してくださいよ、もうカインさんの朝稽古にはこりごりですから。」
こいつは腕は立つが根性が無くて、俺が朝から晩まで付きっ切りでトレーニングした記憶が有る。竜騎士内でのランクは最終的には10指に入るほどの実力を付けたが、教育時代の関係っていうのは変わらないものだよな。
「そもそも、カインさんは実力出せば俺より上だったじゃないですか。そのくせいっつも後輩に手柄を譲ってばかりで。俺たちはそれで上位になれましたけど、こんなことになるんだったら…。」
「おい、やめろ辛気臭い。俺は俺で今ちょっといい感じになって来てんだよ。無職だけど。」
「ぶっはっは!マジっすかカイン先輩!?いい感じで無職ってどういう事っすか?」
そう噴き出しながら俺の肩をバシバシ叩いてくるのはリドレイ。ライエルのさらに一つ下の後輩だ。こいつは実力は並だったが、地道に努力を積んだ結果として、何とか40番台に食い込んで、竜騎士の座をもぎ取った。今の今まで爆笑していたリドレイは急に真顔になって、俺に謝罪してくる。
「カイン先輩、俺らはカイン先輩のお蔭で竜騎士に残れたんです。でもあの時は本当にかける言葉も無くて。本当に、すみませんでした。そして、有難うございます!」
リドレイも、隣のライエルも深々と頭を下げてくる。その言葉を継いだのが、さらに二人の後ろに居る、リュート。ライエルの同期で、リーダー的な存在だ。
「カイン先輩、僕らに何か出来ることが有れば、何でも言ってください。僕らもカインさんのお蔭でこうして竜騎士団に残ることが出来ました。何か御礼の一つもさせてもらえれば。」
殊勝な心掛けだねぇ、みんな。ちょっと感動するじゃないか。
「おいおい、よせよ。みんなお前らの実力でもぎ取って来た結果じゃないか。俺は実力がヘタレだったから落ちただけだよ、どっちも気にするなんてお門違いさ。…だが、そうだな、お前ら見たところ今日は非番だろ?俺の行きつけの店でいいポーター出すとこがあるんだけどなー、そこで駆けつけ一杯!で手打ちでどうだ?」
おれはニヤリとして言う。何かしら受け取った方がこいつらも少し気持ちいいのだろうし、簡単に済ませられる、楽しいもんが良い。
「うわ、カインさんケチくせえこと言ってちゃだめですよ!ポーターの一杯や二杯、奢りますよ!」
リドレイは笑顔で肩を組んでくる。こいつはイチイチ距離が近いが、そこが中々愛嬌のある所でもある。
「おお、有り難うな!何しろこちとら無職だからな!」
わっはっはと笑うと、
「カインさんその自虐ネタやめましょうよ、俺らが辛くなるんで。」
とライエルに言われてしまった。後輩に嗜められるとは、俺もまだまだだな。
「それとな、今日はラルフさんと、もう一人、一緒に飲もうと思ってんだが、それは構わないか?」
その言葉には全員が首肯した。よしよし、みんなで景気よく飲もうじゃないか。
「それじゃ、7の刻の鐘が鳴ったら、西区中央5番にある『レプラホーン』に集まってくれ。」
そう言うと、俺は3人と分かれて今日明日の宿を取りに、西区へと向かった。
7の刻を過ぎ、俺たちは誰ともなく店に集まると、昨今の話題で盛り上がる。俺が下水事業に携わる提案を大臣にしてきた話などしていると、ライエルやリュートは目を丸くし、リドレイは楽しそうに笑っている。
「そりゃ、カイン先輩がいつまでもくすぶっているとは思ってなかったすけどね!それにしてもものすごい変化球で来ましたね!?」
「おう、そうだな、俺も先週まではそうなるとは思ってなかったからな。わはは。」
「はあ?なんですかそれ?どういう風の吹き回しで、1週間で大臣まで話が通るんすか?」
ライエルが疑問を口にする。そりゃそうだ。内政の最高責任者たる大臣まで無職の人間がそうそう行けるはずが無い。
「お前ら、竜舎に居るボーン・ドレイク、見た?」
俺は3人に声をかける。
「いや、今日は非番だったから、見てないっすけど?」
「なんだよ、見とけよ。その竜が今、俺のパートナー組んでくれてるんだよ。まあ向こうの好意でな。そんでな、ルキフグスっていうんだが、そいつが瘴気の浄化能力があって、沿岸部で流行ってた疫病を一匹でどうにかしちまった訳。」
「いやいやいやいや、ホントになんなんすか?そんな竜、どうやって飼い慣らしたんですか?」
リドレイも流石に開いた口が塞がらない、という様相だ。
「いや、飼い慣らしたわけでも無いんだ。とにかく俺と契約したから、色々やってくれてると。そういう訳だ。」
「カイン先輩の性格は以前から適当でしたけど、どうしたらそんな奇跡みたいなことが起こるんですかね。」
リュートがエールを呑みながら俺に言ってくる。
「はは、俺が知りてぇよ。すんませーん、ポーターお代わり!」
俺はウェイターに手を上げる。俺はエールよりポーター派なんだよな。やっぱガツンと重い方が好きだ。だが、そんなことを考えていた俺は、ポーターがテーブルにサーブされた瞬間動きを止めてしまった。
「おかえり、カイン。暫くじゃない?」
シャ、シャノン。今日はお休みだとばかり思っていたのだけれども?
「さっきね、店長から聞いてカインが来てるっていうから、慌てて店に出ることにしたのよぉ?」
満面の笑みのシャノン。だが、目が笑っていない。何となく雰囲気を察してか、後輩たちが成り行きを見守っている。触らぬ神に祟りなし、という所か…。
「シャノン、その、なんだ。連絡とらなくて済まなかった。今朝、王都に戻って来た。」
「ふうん、そうなの?まあ、悪かったって自覚はあるみたいね?何か、顔色も良くなったみたいだし、今日のところは無粋な真似はしないでおいてあげるわ。でも、後で、ね?」
気付くとライエルとリドレイは笑いを堪えるのに必死だ。生真面目なリュートが一人でオロオロとしている。俺はキッと後輩どもを睨むが、奴らは目を逸らしてごまかす。仕方ない。
「ああ、有り難う、シャノン。済まない、後で、な。」
それを聴くと、ヒラヒラと手を振りながらキッチンに戻っていくシャノン。まあ、執行猶予付きで許してもらえた、って感じかな。俺としてはもう別れたのかと思ってたんだけど…確かに、そういう話一度も出たこと無かったな。やべぇ、エミリーとの約束はどうしよう?困ったな。
「先輩、無職の割には随分調子出てるんじゃないっすか?」
ニヤニヤと話しかけてくるリドレイ。
「うるせえよ!お前取りあえずヘッドロックの刑!」
「ひー、すんませーん、助けてー!」
ああ、なんかこういうの久しぶりだな。ホントに生き返ったって感じする。俺はやっぱやることやってる時が一番なんだな。それが今までは竜騎士しかないって思ってたけど、やるべきこと、方向性は幾らでもあるってわけか。
そんな感慨にふけっていると、入り口にラルフさんと、メイザーさんがやって来た。
「お、お前ら先に盛り上がってるみたいだな!」
「「「ラルフ大先輩、お久しぶりです!」」」
3人は声をそろえて挨拶する。ラルフさんは人望あったからな。
「今夜は全員久々に、付き合えよ!逃げられないように、じゃあパウエル・クワックを5人分追加だ!」
「毎度あり!じゃあ靴は全員片方貰ってくよ!」
シャノンが威勢よく返事をして、俺たちの靴を片方脱がせると、籠につるして天井裏へ上げてしまった。パウエル・クワックで帰さないとか、良い手だな。っていうか、『レプラホーン』でパウエル・クワックって中々シャレが効いてるじゃないか。ラルフさん大人だな。
「えー、マジっすか?ラルフさん酔っぱらうとマジで話長いからなー!」
「おい、リドレイ、お前そんなこと言ってるとクワック奢ってやらんぞ!」
「すいませんっした!!」
ははは、ホント変わらないな。こいつらを竜騎士団で育てて、こうして交流が出来るってのも、俺がやって来た事の結果かもしれない。一つ一つは些事だが、大事な事なのだろうな、きっと。
フラスコのような形のパウエル・クワックのジョッキがテーブルに持ってこられると、みんなで乾杯をした。
「ちょっと!クワックのジョッキは高いんだからね!ぶつけて割ったら承知しないわよ!」
シャノンの声にビクッと反応する俺と後輩たち。ああ、よかった。彼女のお怒りも、思ったほど深くは無いみたいだ。
いつも有難うございます!