寝耳に水の、栄転という挫折。
おいおい、まさかそんな。そんなことってあるか?俺が、どれだけこれまで努力してきたと思ってる?どれだけこのために頑張って来たと…冗談だろ?冗談だと言ってくれ、なあ、団長?これはおかしいだろ?
俺はすっかり取り乱していた。国王直属の竜騎士団、その中堅どころとして活躍していた俺だったが、唐突にその活躍が打ち切られようとしていた。納得行かねぇ。
「皆、本当にこれまでご苦労だった。皆が王都を守るために闘ってきたことを私も誇りに思う。だが、魔族の脅威が去った今、我々竜騎士団の存在意義も少しずつ変わってきている。目下王国へ攻め入ってくるような国力のある国は無く、兵の数も安定している。…魔王軍や戦争の大義も無い中、竜騎士団を、現在の数で養っていくことは困難なのだ。解ってくれ。」
皆が一様にシン。。。と静まり返った。
要するに、解雇だ。今まで王都のために死に物狂いで働いてきたというのに、お払い箱だというのか。
「団長、恐れ入りますが、この半減する竜騎士団のメンバーは、どのように決定されたのでしょうか?」
俺は恐る恐る問いかける。
「これは、実力・功績をあげた順だ。今までの累積で考えている。」
俺はそのことに頭を抱えざるを得なかった。竜騎士は基本、討伐での功績を数字で残して順位づけをしてある。自分たちが隊のどのあたりに居るのか、知らないものは居ない。俺は、上から数えたら52番目。ギリギリ、アウトだ。何て単純で残酷な切り口なのだ。子供の頃からの夢が、あっさりと切り捨てられて、干からびていく。
「すまない。退官にあたり、報奨金は十分に取らす。それで、何とか手打ちとさせてくれ。」
団長は心底申し訳なさそうに頭を下げた。別に団長が悪い訳じゃないんだ。それはみんな解ってるし、俺だって責める気はない。妙な話だが、この騎士団が半減する理由は、別のところにあるからだ。
「魔王を討伐した、異世界の勇者…か。」
カインはため息をついた。竜騎士団の半数削減。その間接的なの原因は、1年前突如として現れた、異世界から召喚された勇者たちだった。
彼らは女神セドナからの信託を受け、女神から賜った驚くべき力を行使して王国へと侵攻していた魔族を一蹴し、魔王討伐に赴いた。果たして、半年の後、魔王軍は勇者一行に討伐され、魔族は散り散りとなり、王国には歓喜の声が響き渡った。
まあここまではまだいい。だが、問題は、魔族からの専守防衛を任されていた俺たち竜騎士団がお払い箱になりつつあるという事と、勇者一行が異世界に還らず、王都で騎士団長として仕事を始めたことだ。
当然、魔王も討伐できる勇者が騎士団長を務めているとなれば、軍備としては十分すぎるほど十分だし、王都の専守防衛の要だった竜騎士団を存続させておく理由は希薄になってくる。
それに、竜騎士団はなにより竜の育成と飼育に多大な予算をかけなければならず、はっきり言って金食い虫だ。それに比べて勇者は同等以上の戦力を1000分の1の予算で提供してくれる。もはや破格を通り越してイノベーションと言ったっていいだろう。
いきおい、どうしてもお金の無い王国としては竜騎士団を切りたくなってくる。かといってこの100年、王国の顔として活躍してきた竜騎士団をいきなり廃止するわけにも行かず、苦肉の策として今回竜騎士団の半分の栄転という形がとられたのだ。
(なにが栄転だ!ふざけやがって。)
俺は頭がどうにかなりそうなのをこらえて、もう一つ団長に質問をした。
「それで、私達は世話をしていた飛龍はどういう扱いになるのです?」
返って来た答えは、想像すらしていないものだった。
「竜たちは全て安楽死させる。」
「「「な!?」」」
栄転を言い渡された元竜騎士たちは、全員が全員、驚きの表情を露わにして声を詰まらせる。
「馬鹿な?今まで毎日コミュニケーションを取って死地にも赴いた戦友ですぞ!?」
壮年の騎士が噛みつく。が、団長の答えはにべもない。
「竜を野生化させて民に被害を出させるわけにはいかない。王国が管理するにも予算が天井知らずに必要、それにお前たち一人一人に竜を育てることが出来るだけの経済力が無い。仕方のないことなのだ。」
竜騎士の団長であるからして、竜を手放さなければならないという事がどれほど辛いことなのか、彼も十二分に解るのだろう。苦虫を噛み潰したような表情で、訴えてきた壮年の騎士を見た。
取り付く島もない。本当に、俺らは竜騎士団から除籍されてしまったんだな…
5歳の時、竜騎士にあこがれて剣を振り始めた。
15の時、王都に一人暮らしして、騎士学校に通った。
18の時、初めて入団試験を受けて。
20の時、3年越しで入団試験に合格して。
24の時、勇者と一緒に魔王軍とも戦った。
そして、25歳を迎えた今年、まさかそのハシゴを完全に外されてしまうなんて。
がっくりとうなだれる壮年の騎士、ラルフさんに声をかける。
「どうだい、ラルフさん、今日は俺が一杯奢るよ。ラルフさんには世話になったからな。」
「…ああ、すまない、カイン。だが、今日はもうお暇しよう。考えたいことがあるのでな。」
…そりゃ、そうか。今日は一人でポーターでも飲むか。
一カ月が、あっという間に過ぎた。その間に俺の愛竜、メリーは安楽死させられ、今では王都の墓所に亡くなった騎士たちとともに葬られている。俺はやることも無いので、毎日メリーのお墓参りに来ていた。
「なぁ、メリー。今日はいい天気だよ。秋だってのに、雨も降らないで。平和ってのはいいな。」
メリーに話しかける。当然、何の返事も無い。
俺はそろそろ実家のある町に帰って、仕事を探すべきなんだろうな。でも、竜騎士に思い入れが強すぎて、中々他の職業を考えることも出来ないし、今更馬に跨って騎士を目指す気持ちにもなれない。いっそ農業でもやるか?いや魚でも取って暮らすか。どれも、全然魅力を感じない。色あせている。
「メリー、俺はどうしたらいいんだろうな?」
静かに、逡巡する。俺は、何をしたいのか?俺の頭は、空っぽだ。
「お前も、こんな死なせ方せずに済んだら良かったのに…ごめんな。」
メリーに謝る。何度目だろう?毎日毎日、謝って、許してくれって頼んで、冥福祈って。
夜、酒場に一人で赴く。報奨金はそれなりに貰っているから1年遊んで過ごしてもどうということは無い。カウンターでまたポーターをジョッキで飲んでいると、隣にラルフさん。
「ああ、ラルフさん、来てたんですかー?」
俺は既にほろ酔い気分だ。
「よう、カイン、俺ももう次の仕事やろうかと思ってねぇ。」
苦笑いを浮かべながら、ラルフさんはエールを注文する。
「まじっすか、変わり身早いっすねぇ?ちゃんと、考えたんすかぁ?」
若干皮肉が混じってしまう。竜騎士愛みたいなもんだろうか?酔っぱらって軽口をたたいてしまう。エールを受け取りながら、ラルフさんは苦笑を浮かべたままだ。
「手厳しいな、カイン。こっちは奥さんと子供食わせていかにゃならんからな。お前も良い加減身の振り考えた方が良いぞ?」
ガチャン、とジョッキをぶつけ合って、ポーターを喉に流し込む。んなこた解ってる。解ってるんだが…
「こう、なんにもやる気おきねっすわ。俺から竜騎士取ったら、5歳の子供と同じなんで。」
ポーターのおかわりを注文する。もう何杯目だろうか?ウェイトレスさんも若干苦笑気味だ。笑窪がかわいいなぁ、あ、俺やっぱ酔って来てるみたいだ。
「おいおい、カイン、お前さんは中堅どことして教育にも熱心だったし、出来ることはたくさんある筈だぞ?騎士にだってなれる。」
「まあ、そうなんすけどねぇ。こう、もっとでっかいことがやりたいんすよ。ビッグでエクセレントな事がー、やりたいんすよねぇ、わかります?」
自分でも何を言っているのか解らなくなってきた。
「勇者がわりーんすよ、魔王軍なんて、おれら竜騎士でチョイっと…」
ガタタン、大きな音がした。何だ?と思ったら俺が椅子から落ちていたのだ。ああ、こりゃイカンわ。
そう思っているうちに、眠りに落ちてしまった。
あったま痛え。。。ここ、何処だ?あーっと、酒場か?で、カウンターでラルフさんと飲んでて…
「あ、起きました?もう心配しましたよぅ。」
ああ、この子、ウェイトレスの子。で、俺が今寝てんのはソファってことで、酒場の閉店後かな。
「あ、ああ、悪い、酔っぱらっちまったみたいだな。」
「お代は一緒にいらしたダンディなおじさんから頂いてるから、少し休んでから帰ってくださいね。」
「ああ、すまないね。有り難う。」
俺はお水だけ一杯貰う。彼女はと言うと、水を出してくれた後はキッチンの隅でゴミ出しをしているようだ。そういや、王都の酒場のゴミってのは、一体どうなってんだろうな?
「なあ、店から出たゴミってのは、どう処分されてんだ?」
「え?そうねぇ、側溝に流してお仕舞、かしら?」
ふーん、そうなのか。それが、川に流れて、海に流れて…あら?うちの実家の港町にも流れてってんのか?なんかいい気分しねぇな。
「それがどうかしたの?」
「あー、いや、何でもないよ。ちょっと気になっただけ。」
そう言うと、取りあえず帰路につくことに。ラルフさんには今度お金返しに行こう。
ああ、彼女の名前と連絡先、聴いとくべきだったか?いや、俺今無職だしな…。今後の事を考えると、やめとくか。色恋沙汰って気分でもねぇや。
来る日も来る日も、メリーの墓参り。それ以外やることが無い。酒場に入り浸るのもなんだか退屈になって来た。3カ月くらい、例のウェイトレスの子、シャノンといったが、とも付き合ったし、身体の関係も何度か有ったけど、結局お互いそれ以上の進展も無いまま有耶無耶になっていた。多分、俺が無気力すぎるんだな。何に対しても、積極的に踏み出せない。やる気が起きないんだ。こりゃ、本格的に実家に帰った方が良いかもな。
「メリー、今日、実家の町に帰ることにしたよ。何度も話したっけ?乗合馬車で二日のところだ。案外近いんだぜ?メリーに乗ったら2時間で着いちまうくらいさ。」
墓に花を手向ける。
「また、しばらくしたら来るからな。メリー、安らかにお休み。」
そっと目を瞑る。もう何カ月も毎日通って来てる。良い加減、栄転になった他の竜騎士たちも来ておらず、ここ何カ月もこの墓所には俺しか立ち寄っていないらしい。墓守に丁寧にお辞儀をして帰ろうとすると、声をかけてくれた。
「暫くこちらを離れるのですか?」
「ああ、実家の手伝いでもしながら、次の仕事を考えようと思ってね。」
「それは、寂しくなりますね。まあ、墓守はもともと賑やかな仕事では有りませんが。」
「メリーの墓のこと、よろしくな。」
「ええ。任されました。彼女も、貴方のような騎士とパートナーを組めてきっと幸せでしょう。」
そう言われると少し嬉しいような、恥ずかしいような。とは言えもう俺は竜騎士じゃないし。
「有り難う。またな。」
俺は挨拶をして馬車の乗り合い所へと向かった。
その夜は、雨になった。メリーが悲しんでくれてるのかな?何て辛気臭いことを考えながら、途中いくつかの乗り合い所を経由する。疲れた顔の旅人や元気溌剌な農家のおっさん、色々な人が乗ってくる。王都近郊だからな、人の数も多い。
ガァン!ゴロゴロ…
突然、落雷が鳴り響いて、乗客は騒然となる。やれやれ、こりゃ本格的に大雨か?そう思って外に目をやると、激しい稲光に照らされた複数の人影が。
「まずい!盗賊だ!」
俺が叫んだのが先だったか、御者がそう言うのが先だったか。ともかく、乗合馬車は盗賊に囲まれていた。盗賊は何かを要求することも無くいきなり馬車に乗り込んでくると、乗客を麻縄で縛り上げていき、目隠しと猿轡を手早く回し、自分たちの幌馬車へと投げ込んでいく。乗客たちが、幌馬車の床に打ち付けられてうめき声をあげるのが聴こえる。
俺は懐のナイフに手をかけようとするが…ガツン そこで意識が途切れた。
意識を取り戻してみると、相変わらず幌馬車の中だ。今はどこに向かっているのかも解らない。非常に路面の悪いところを進んでいる、という事だけが良くわかった。
こいつら、人身売買グループか。魔族が居なくなってから幅を利かせ始めたんだな。以前にこんな道使ったら一晩でお陀仏だったはずだ。全く、魔王が討伐されたら今度は同族で諍いとか、人間ってなんで学ばないんだろ。いや、俺も人間だけどさ。
相変わらず、外は驟雨が降ってるってのに、盗賊は幌馬車を徐に止めると、馬車に乗ってる男連中だけ外に連れ出した。男連中だと解ったのは、外に出て目隠しを取られたからだ。そして、その眼前には、ダガーを持った男たち。ああ、最初から男は殺すつもりだったのか。街道沿いじゃ足が付きやすいもんな。
なんでぇ。散々な人生だったな。こんなところで終わりかよ。メリー、墓参り、出来なくなっちまった。悪いな。おふくろ、帰るって手紙書いたのに、帰れなくなっちまった。ごめんな。
こんな事なら、シャノンをもう一回抱いておくんだった。
くだらないことを考えながら、自分の死が迫ると流石に息を呑んでしまう。イケてない竜騎士の最後は、こんな感じでした…軽口叩く余裕あるなら、抵抗しろ!
「ふごおおおおお!」
俺は猿轡をされたまま、眼前の盗賊に突進した。足も結ばれていたが、もう両脚で思い切り地面をけって頭突きを喰らわしてやったのだ。盗賊は無言でゴロゴロと転がるが、その場でスクッと立ち上がると、ギラリとナイフを光らせる。
ああ、こりゃ今度こそダメだ。その瞬間、幌馬車のすぐ横に生えていた気に、強烈な落雷が!
ッガアアアアアアン!!!!
強烈な衝撃で幌馬車が吹き飛ばされ、獣道を外れると何もかも一緒くたに谷底へと落ちていく。俺も盗賊たちもそれに巻き込まれて、一緒にゴロゴロと転がって落ちていく。俺はその途中、ごん、と何かにぶつかって、意識を手放した。
うう、寒い。俺は、どうなってる?
谷底、見るも無残な幌馬車と、巻き込まれた盗賊たち。乗客も殆どは亡くなっているみたいだ。なんてこった。しかし、盗賊の何人かはまだ生きており、立ち上がって何がしか探している。ダガーか?生き残りか?一体これからどうしようってんだ。
俺がそう思った矢先、谷の奥の真っ暗闇が光ったかと思うと、そのまま一気に光が谷底を貫いて、幌馬車の残骸も盗賊も何も関係なく吹き飛ばした。猛烈な轟音と爆風で、俺は背後の木に磔にされ、肺の中の空気を全て吐き出してその場に倒れ込む。
今日は、何だってんだ。厄日もいいとこだぜ…。
そんなことを思っていると、谷底から1対の深紅の輝きが漏れ出る。
「そこの。まだ息があるようだな。」
俺、のことか?そりゃそうか。あんたが他の奴全員消しちまったもんな…。
「我が収める冥府の谷に何用か。」
いや、用は無いっていうか、連れてこられただけで、っていうか冥府の谷って王都近くにあったか?
「ここは魔法障壁で守られている、人には不可侵の谷間。どのように忍び込んだかは知らんが…。」
そう言うと、深紅の1対は前へ進み出る。
「この谷を汚すものを、生かしてはおけぬ!」
それは、巨大な骨。の、竜。見たことも無い種族。アンデッド?竜?もしかして魔族?もうどれでもいい。圧倒的な威圧感に心臓をわしづかみにされ、呼吸することすら忘れてしまう。今度こそ、お仕舞だ。
俺の眼前で、立ち上がり、咆哮を上げる死竜。奴の口から熱線が放たれる寸前、俺の身体の周りは優しい光のヴェールに包まれた。
いつも有難うございます。
主人公目線、書いてるの面白いですねー。
こっちの作品は気長にゆったり更新します。