1.ヘンタイたちのいるところ
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「私、生徒会役員になろうかなぁ」
ミートボールを突き刺した箸を口に運びながら、松下里桜はそう言った。へえ、と意外そうな声が前方から二つ上がる。
「何で生徒会? 推薦書に箔がつくから?」
そう尋ねてきたのは、左斜め前にいる樫美月である。髪型はショートカットで前髪を几帳面にピンで留めている。赤フレームの眼鏡を掛けた風貌は、月並みに言うと賢そうだった。本人に言うと「よく言われる」と返された。
「生徒会って格好いいよねー。何か有能な人が揃ってるってイメージ」
菓子パンをもぐもぐと頬張っているのは、右斜め前にいる梅宮花だった。ふんわりと柔らかそうな髪を緩くシュシュで一束に結んでおり、本人の印象も全体的にぽわぽわとしている。
昼休みの教室内はそれなりの活気に満ちていた。里桜たち三人のグループもそんな雰囲気に混じって机をくっつけ合い、昼食を楽しみつつ会話に花を咲かせている。今日のテーマは、「高校に入学したけど、部活は何をやる?」だった。
美月は予想通り「文学部だよ」と言い、花は「テニス部!」と元気よく言ったところで、里桜はあまりはっきりしない感じで先ほどの言葉を口にしたのだった。
「中学の時のさ、文化祭があったでしょ。みんなが表舞台で華やかなことをやってる裏で、生徒会の人たちが要領よくてきぱきと自分の仕事をしてて。そういうの、格好いいと思ったんだ」
一口サイズの唐揚げを咀嚼してから、里桜はその理由を語った。思ったより美味しく、すぐさまもう一つの唐揚げに箸を伸ばす。
「……里桜って、やっぱりちょっと変わってるよね」
少しぽかんとなった美月がそう言ってくる。
「そうかな。変?」
「変じゃないけど、普通の人は大体表舞台に立ちたがるから。裏方で一生懸命やっても誰が見てくれるわけでもないし、みたいな考えもあるだろうし」
「うんうん、生徒会って大変そうだよねー」
花が何度も頷く。あまりよくわかっていなさそうだった。
とにかく、と美月が弁当箱を片づけ始める。もう食べ終えてしまったようだ。彼女の行動はいつでも効率的である。
「里桜がやりたいなら、やってみた方がいいよ。何せ高校生活は一度しかないんだし」
そう言われて里桜ははっとなった。そう、この時間は人生にたった一度しか訪れない。それなら後悔のないよう、今やれることはやれるうちにやっておいた方がいいだろう。
「まだ三年もあるけどねー」とパンにかぶりつきつつ花が口を挟んだ。
「まだ三年あるけど、もう三年しかないとも言えるし。……ほら、花。ほっぺたにパン、くっついてる」
「ん。ありがとー」
美月は花の頬についたパンの欠片を指で抓んで、そのまま自然に自らの口に放り込む。
こうして二人は、時々恋人同士らしい距離の近さを感じさせる。中学の時に二人から打ち明けられていたので、里桜にとっては今更な事実だ。
「そういえばさー、入学式で挨拶してた生徒会長さん。ちょっと面白そうな人だったよねー」
今思い出したらしく花が言う。里桜もそのことはよく覚えていた。というかあんな印象的なことはなかなか忘れないだろう。淡々と述べられる挨拶の言葉を聞きながら、里桜の目は点になっていた。おそらくその場にいた新入生のほとんどがそうだ。
美月が息をつく。
「しっかりした人ではあるんだろうけどね。まあ、変わり者だよね」
「あの人がいる生徒会って、ちょっと楽しそうかもー」
「うん。私もちょっとそう思った」
里桜は花に同意する。生徒会というものに元から興味はあったが、入学式であの会長を見て尚更それが増した。生徒会が気になるな、から、生徒会に入ってみようかな、くらいにはレベルアップした。
「じゃあ、今日の放課後ちょっと見学してくれば?」
唐突に美月がそう提案してくる。うへえ、と里桜はのけぞった。
「でも生徒会役員って、確か全校生徒の投票で決めるんじゃなかったっけ」
「見学するだけならいいじゃん。それによく言うでしょー。何だっけあれ……急がば回れ?」
口元に指を当てながらそう言った花を、「善は急げね」と美月が訂正した。
2
放課後。里桜は一人、学校の中庭を歩いていた。春の温かな日が差し込んでいて、植え込みや優しい色の花が実った桜の木を照らしている。ベンチも設置されているので、ここで美月たちとお昼休みに来るのもいいかもしれない、と里桜は思った。
レンガで出来た小道を進むと、少し年期の入ったクリーム色の建物に差し掛かる。特別棟である。普通の教室などがある本館とは独立していて、各部活の部室などが詰め込まれているらしい。そして生徒会室も、この中にあった。里桜の目的はもちろんそこだ。
中に入ると入り口のすぐ傍に案内板が用意されていた。確認してみると生徒会室は四階のようだった。少しうろついて、見つけた階段を昇っていく。
いつになく緊張していた。とりあえずは見学をするだけとはいえ、花が言うところの何か有能な人が揃っているイメージの場所に、平々凡々な自分が一人で向かっているのだ。場違いではないだろうか、という不安もある。でもせっかくの機会だし、と自らを奮い立たせて里桜は足を進めていく。
四階についた。記憶している案内板に従って歩くと、すぐ「生徒会室」とルームプレートが掛けられた部屋が見つかる。里桜はその前まで行き、深呼吸をして、頭の中で「帰ろうかな」と「ここまで来たんだし」を五往復くらい繰り返してから、ようやく扉をノックした。
「どうぞ」
すぐさま低めで凛とした声が中から返ってくる。それに竦みつつ、里桜はほぼ勢いで扉を開けた。
「失礼しますっ」
向こう側に開くタイプだったので、そのまま前のめりに中へと押し入る形になる。
やけに殺風景で広い部屋だった。窓際にホワイトボードがぽつんと置いてあり、長机が二つ向かい合うように設置されているだけだ。そしてそこに、誰かが一人だけ座っている。書き物でもしていたのか、机に広げていた書類から顔を上げてこちらを見ていた。
「新入生か?」
ノックした時に聞こえた低い声で尋ねられる。「あ、はい」と反射的に里桜は返事をする。
「生徒会役員希望?」
再び簡潔な質問。本当は見学予定なだけだったが、またしても反射的に里桜も「あ、はい」と答えている。
「まあ、とりあえず」
そう言ってその人物は椅子から立ち上がり、こちらにやってくる。そこで里桜はあっ、と声を上げそうになった。先ほど美月たちと話していた、変わり者その人だったからだ。
すっと角張った手が差し出される。
「俺は生徒会長の神永馨。今年三年生。以後よろしく」
つい里桜はその人の全体に目を通してしまう。
自分と同じ、ブレザーの制服にリボンタイをつけている。チェック柄のスカートから伸びる足はすらっとしているのがわかる。そして身長はこちらより二回りほど大きい。体格がいいのもブレザー越しなのによくわかった。
髪は後ろで一本に結っていて、顔立ちが凛々しいせいか武士のような風情がある。そしてほっそりとした喉元に浮かんだ雄々しい隆起が、彼が男性であることを表していた。
ちなみにこの中ノ原高校は、女子校である。
「あ、一年の松下里桜です。よろしくお願いします……」
おどおどとぎこちなく、里桜は彼と握手を交わした。
3
「それで、松下といったか」
握手を終え、目の前の生徒会長はにこりともせず口を開く。あまりに堂々とした雰囲気に、「わたくしめが松下であります」と里桜はかしづきたくなる。
「生徒会役員を決める選挙が十月にあるんだ。それまで基本的に役員の受け入れはしていない。君がその時にまだ生徒会に入りたいという気持ちを持っていたら、是非何かしらの役職に立候補してほしいと思う」
すらすらと並べられる話に適当な相槌も挟めず里桜はまた「あ、はい」と言っている。「じゃあ、帰りますね」とも付け足した。本当は見学希望のはずだったのだが、今はとりあえず帰ろうという気持ちが勝った。それくらいに生徒会長の威圧感というものは凄かったのだ。
「だが」
引き返しかけた里桜の背中に、その場の流れを断ち切るような一声が掛けられる。里桜は振り返えざるをえなかった。
「実は今人手が足りなくてな。どうしても、人の手が欲しい案件がある。ちょうど、猫の手も借りたいと思っていたところだった」
「人の手ですけど、大丈夫ですか」
我ながらつまらない駄洒落だなと思いつつも里桜は口にしている。案の定あまりウケなかったようで、馨は厳かな顔つきのまま「問題はない」と言った。
「これは非公式の頼みだから、表向きなメリットはない。だが君が生徒会役員に立候補するなら、是非俺が推薦させてもらおう。おそらく当選率は百パーセントだ。どうだろう」
里桜は少し考える。いまいちメリットが大きいのか小さいのかわからない話だった。それに自分はまだ生徒会に入るかどうかも明確には決めていない。これで言い渡される内容が果てしなくリスクの大きなことだったら、こちらにとって正に損しかない。ハイリスク、ローリターンだ。
まあとりあえず、と里桜は思った。話だけでも聞いておこう。
「何をするんですか?」
そう尋ねると、その時だけ馨は顔を歪めた。何か良くないことが頭を掠めたようだった。これは面倒なことかもしれないぞ、と里桜は危惧する。
馨は口を開いて、苦々しく言った。
「……ある奴らを、監視してもらいたい」
里桜はぽかんとしてしまった。迎えたばかりの高校生活で、おそらくほとんどの人が聞くことはないような内容だったからだ。
「ジェームズ・ボンドですか」
またつまらない冗談を口にしている。「あれよりは簡単だ」と馨はにこりともせずに答えた。
4
かくして里桜は、昇ってきたばかりの階段を下っている。
今度の目的地は地下一階だった。この建物に地下などという場所があるのも驚いたが、そういえば一階から更に下へと続く階段があったことを思い出す。
「監視対象は、地下一階のとある部屋に集まっている」
生徒会長の馨は低く威厳のある声でそう言った。先ほど、まだ里桜が生徒会室にいた時のことだ。
「監視対象なのに、自分たちから集まっちゃってるんですか」
「ああ。俺がそう命令した」
里桜の質問に馨は手早く答える。命令、とは。これまた慣れない言葉に里桜は戸惑う。
「君は放課後に奴らのところへ行き、奴らが下校するまでの間見張っておいてほしい。大体五時半頃には帰宅を始めるはずだ」
その言葉に里桜は少し拍子抜けする。監視などというから、特定の人物を尾行したり、時には法律から外れた手段を用いて動向を探ったりするようなイメージが湧いていたのだ。スパイ映画の影響を受け過ぎなのはわかっていた。
だが、これではまるで。
「部活動みたいですね」
思いついたことを言ってみる。すると馨はあまり愉快そうではない表情を浮かべる。失言だったのかもしれない。
「そう思えるかもしれないが、重要なことだ。奴らをある程度拘束してないと、何をしでかすかわからん。監視がないと尚更だ」
馨の口調はまるで獰猛な動物に対するものだった。少し引っかかって、里桜は尋ねてみることにする。
「その人たちは、悪い人たちなんですか?」
少し間が空いて、返事が返ってきた。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。少なくとも、今はな」
煮え切らない言葉だった。その後「やるかやらないか」と聞かれて里桜も「やれるところまでは」と煮え切らない返答をした。何となくここまで話を聞いてしまっては、断りにくい空気になっていた。きっとこの生徒会長は人に命令し慣れているのだろう。
「じゃあさっそく今から頼む」
そうあっけからんと言われた時はさすがに驚いた。「えっ、今からですか」と実際に声にも出した。
だが向こうはもう承諾してもらったも同然なようで、「この棟の地下一階、第一特別教室が奴らの根城だ」とあっけなく会話を終わらせた。そのまま机に戻って書類作成に戻り始めたので、仕方なく里桜は生徒会室を後にしたのだった。
もちろん無視して帰ることも出来た。だがそうなるとあの会長では後が怖いし、一度引き受けてしまったことを投げ出すのも気分がよくないので、里桜はこうして地下に向かっているのだった。
地下への階段を下り始めた時、ふと後ろから声が聞こえてきた。どこかの部室から出てきた女子二人組のようだ。
「あの人、地下に行くんだ。何か部室あったっけ」
あの人とは自分のことであろうな、と里桜にもわかった。
「ほら。もしかしてアレじゃない……ヘンタイ部」
「えっ、嘘。マジ?」
二人は声を潜めているようだったが丸聞こえだった。ヘンタイ、という言葉に思わず里桜は足を止めてしまいそうになる。
一体どういった意味だろう。サナギが蝶へと変貌する時の現象のことを話しているわけではなさそうだ。
尋ねてみようとして後ろを振り返ったが、すでに二人組はいなくなってしまったようだった。不穏だ、と思いつつも、里桜は仕方なく階段を下りる足を動かしている。
地下一階の廊下は地上階に比べて日の光が届かないから、じめじめとしていた。いや、その印象は私が勝手にイメージづけてしまっているせいかもしれない、と里桜は思う。妙に変な胸騒ぎがしていた。
ボイラー室や発電室など、物々しい機会音を鳴らしている部屋を通り過ぎると、やがて「第一特別教室」のルームプレートを掲げた扉が目に入る。付属の磨りガラスは不自然に明るく、明かりがついていて中に誰かがいることを示している。
扉の前に立ち、深呼吸。それから七回ほど「帰りたい」と「でも帰れないよなぁ」を頭の中で往復してから、里桜は手をノックの形で持ち上げた。しかし動かない。
ノックした途端、扉が開いて何かが飛び出してきたらどうしよう。ジェイソンとか、ジョーズとか。つい里桜はありもしないことを考えてしまう。だがノックをする躊躇は大いに生まれてしまった。
よっしゃ、帰ろう。腕を下ろし、そのまま踵を返そうとした瞬間だった。
扉が向こうから開いた。
「遅いですよ、さやかさん。皆さんお待ちして……あら?」
あっ、と呆気にとられた里桜は扉を開けた人物と完全に目が合ってしまった。
さらりと揺らぐ髪は、金色に輝いていた。肌は里桜のものを更に薄めた感じで、とても白い。こちらをきょとんと見つめる瞳は青く、そこに掛かる睫毛は髪の毛と同じ金色だった。
ぎょっとする。学校の制服を着ていなかったら、精巧な人形が動き出したのかと思ってしまうところだった。ジェイソンではなく、チャッキーの方か。
「……どなたですか?」
少々間が空いたのち、当然の如く聞かれた。怪物ではなかったものの、美少女が飛び出してきたことで里桜は慌てていた。
「あっ、えっと、私は……」
「あら、失礼。こういう時は自分から名乗るものですよね。私は、城ヶ崎雅子。この学校の二年生ですわ。よろしくお願いいたします」
そう言って金髪の美少女は姿勢を正し、スカートを軽く持ち上げて礼をした。堂には入っていてとても様になっている仕草だった。
「あ、私は、松下里桜です。ここには入学してきたばっかりで……」
「一年生?」
「まあ、はい」
「……もしかして、生徒会からここに来るように言われたのかしら」
そのものずばりを言い当てられて里桜は挙動不審になる。スパイ活動、早くも失敗か。
しかし雅子という人物は後ろに向かって大声で呼びかけた。
「皆さん、新入部員の方がいらっしゃったみたいです!」
釣られて里桜も中を覗き込んでしまう。生徒会室と同じく二つにくっつけられた長机が真ん中を陣取っていた。明らかにずっと使われていない古ぼけた黒板があり、その前には電気ポットや紙コップなどが置かれた机が置いてある。壁際に、どうしてか小さなシンクのような場所もあった。
机のところに、二人並んで座っている。顔立ちはよく似ているが、片方はツインテールでにこにことしていて、もう片方はサイドテールを左側に結んでいて、静かに目を閉じている。
「彼女たちは、双子なんです。二卵性双生児の」
雅子が説明すると、二人ともこちらに会釈してきた。
「二年の北条楓ですぅ。よろしくねぇ」
ツインテールの方がウインクをして顔の前でピースサインを作る。
「同じく二年。北条桐」
サイドテールの方が抑揚のあまりない声で言う。
「とりあえず立ち話もなんですから、お入りください」
雅子が先に入り招いてくれる。快く里桜は中へ入っていくことにした。
何だ、と里桜は体から力が抜ける。監視だのヘンタイだの散々不穏な単語を聞かされてきたが、案外普通っぽい人たちじゃないか。
だが里桜はそこで、その普通とはかけ離れたものを見た。
前を歩く雅子の足首に何かがついている。それは首輪のようなもので、そこから鎖らしきものが伸びていてボーリングの球に似た鉄球と繋がっている。彼女はそれをずりずりと引きずっていた。つまり相当重量はあるのだろう。
「あの……それは?」
おそるおそる里桜が聞くと、振り返った雅子は足の鉄球を見て「ああ」と何でもなさそうに頷いた。
「今日は奴隷の気分だったので、足枷をつけてみたんです。似合いますか?」
彼女は優雅に笑い、それに不釣り合いな言葉を口にする。奴隷の気分とはいかほどのものか、と里桜は悩みながら雅子に招かれるままに一つのパイプ椅子へと腰を下ろした。
すっ、と目の前のテーブルに紙コップが置かれる。湯気が立っていた。
「よければどうぞぉ。オリジナルブレンドのお茶なの」
ツインテールの楓だった。にっこりと笑ってお茶を勧めてくれる。「あ、ありがとうございます」と里桜は紙コップに手をつけようとする。
「やめた方がいいですよ。何が入ってるかわかりませんから」
里桜の隣に座った雅子が言ってくる。「えっ」と里桜は固まった。
楓が舌を出す。
「もう、ダメだよ雅子ちゃん。せっかく特性の自白剤、入れておいたんだからぁ」
「じ、自白剤?」
「だってぇ、もしかしてお姉ちゃん目当てで来た子かもしれないでしょぉ? それならちゃっちゃと吐かせちゃわないといけないしぃ」
そう言って楓は思わせぶりにちらちらと姉の桐の方を見る。何だかよくわからないが、また不穏な単語が出てきた。里桜は身震いしてせっかく貰ったお茶を固辞する。
もしかしてこの人も、と里桜は斜め向かい側に座るサイドテールの桐を見る。彼女は胸の下で腕を組み、静かにしている。ブレザーはなく、ブラウス一枚だけの姿だったが特に変わったところはない。
ほっとしかけた時、里桜はとんでもないことに気づいた。組んだ腕に押し上げられて、盛り上がったブラウス越しでもわかる豊かな胸。その先端が、不自然に突き出している。二つ、ぽっちりと。
「あの……北条桐先輩、でしたか」
「何」
「その、大変言いにくいんですが……下着は……」
自らの胸を見下ろし、「ああ」と彼女は何でもないように頷いた。
「付けない。窮屈だから。本当は服も窮屈。裸の方が楽」
細かく区切るように、そして機械的に彼女はそう言った。もしかして下まで、と考えそうになってやめた。
里桜は頭を抱えたくなる。断言しよう。この人たちは、ヘンだ。
「ごめんごめん、遅れたっ!」
とりあえず何か言おうかと顔をあげると、いきなり入り口が開いて誰かが飛び込んできた。走ってきたのか、息を切らしている。ボブカットで毛先が綺麗に内巻きになっている髪が少々乱れていた。また異なるタイプの美人さんが現れたと、里桜は思う。
雅子がため息をついた。
「さやかさん、また長電話ですか。今日はみんなでアレをする日だと決めていたでしょう」
「ごめんってば。だって電話を切ってお別れしちゃうのがすごく惜しくなっちゃって……あれ? この子誰?」
現れた彼女は里桜を指さしてくる。この人が先ほど呼ばれていた、さやかさんなのだと里桜は察する。
「どうやら新入部の方らしいですよ」
「えっ。あっ、はい。そうみたいで……」
雅子にそう紹介されて、里桜はしどろもどろにそう言うしかなかった。まあ弁解は後でもいい。
「そうなんだ。私は夏川さやか。二年生ね、よろしく」
快活に笑って、彼女は手を差し出してくる。慌てて里桜はその手を握った。見たところ彼女におかしなところはないし、さっぱりとした態度も好感が湧く。もしかしたらこの中でもっとも普通に近い人かもしれない、と期待を持つ。
「どうやらこれで全員が揃ったようですね。新しい方も、来たみたいですし」
雅子が言う。もしかしたら彼女がこの中のリーダー的な存在なのかもしれないと里桜は思う。部長のようなものだろうか。
部長、といえば。そこで気づく。
「あの、すみません。これって何の集まりなんですか? 部活、ですかね……?」
誰にともなく聞いてみると、あれ、とさやかが声を上げた。
「生徒会から何も聞かされてないの?」
「えっと、内容までは……」
「そっか。まあ説明しづらいよね。わかりやすくするには、何て言えばいいのかな……そうだ!」
さやかは立ち上がり、里桜の方を向いてばっと両手を広げた。
「ようこそ、ヘンタイ部へ!」
「こんな感じでどうかな」とさやかは周りに問う。
「いいんじゃないですか」と雅子は言い、「いいんじゃないかなぁ」と楓はウインクをし、「いいと思う」と桐はそっけなく頷いた。
「……いや、いいんですか」
と里桜は言ってがっくりとうなだれた。