騎士団長さまの優雅なる午後。
騎士団は何かと忙しい。
訓練は勿論のこと巡回や遠征もあるし、役柄が付いてくるメンバーには上層部との会議なんてものも付いてくる。『何故騎士団が?』と疑問に思う者も多いと云いますが―――甘いですね。これも『先』を考えれば必要不可欠なこと。特に『刻印』持ち達には。
……まぁケインくんを議会に引っ張るのはもう少し先のがいいでしょうが。
そして騎士団を束ねる隊長ともなればそれはそれは多彩な雑務が増えてくる。私にとってはまぁ必要不可欠となれば忙しいのは厭いませんが。
そんな私は時間調整が可能な時は休憩時間を取ることを欠かさないようにしています。
何よりその時間こそが重要な時も多いのです。
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「おや……?」
今日も余裕が出来たので御気に入りの茶葉を使って休憩を取っていると、隊長室(注:二階)の庭に先日ケインくんの補佐についたエレンくんが丁度やってきました。
彼は真面目でこの騎士団に引き抜く前からその見識の広さの片鱗を見せ始めていましたね。平民出身なので私も彼のことの多くは知りませんでしたが、ある日ひょっこりと彼を見つけ出してきたケインくんは一体何処まで行って見つけてきたのでしょうか。今度聞いてみましょう。
そのエレンくん、どうやら自主訓練(彼の得意分野は魔法です)をしに来たようです。
隊長室の前には小さいですが池があり、水との相性が良いエレンくんにとって絶好の練習場所なのでしょう。
本当に真面目です。
うちの騎士団には居なかった人選ですね。
彼は自分の習得魔法の反復練習を一通りこなした後、新しい魔法の練習をしているみたいです。
……ああ、休憩時間だろう彼はその時間を惜しんでまで自分を鍛えているのですね。
市民から上がってきたエレンくんは騎士団や魔術師団では当たり前に行われてきた『教育』を受けてきたわけではない。
恐らく自分で四苦八苦しながら此処まで来たのだ。
それはただ単に『真面目』や『努力』という言葉だけで片付けられるものではない。
今も恐らく魔術師団での『使用方法』ではなく、己に会った『使用方法』(でも此れはなかなかに効率的な使用方法です)で魔法を繰り出している。
―――ええ、その発想力。
君は本当に真面目で努力家で―――
彼はまだまだ鍛練を続けていた。
私ももう一杯だけお茶を楽しみましょうか。
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また明くる日。
「おや?」
青灰色と砂色の髪が目立つ木の下に居た。
……とか耽っていたらもう一人、奥からこれまた目立つ人物が現れる。
―――アインとハル、それにケイン。
云わずと知れた騎士団の『有名人』達である。
彼等は非常に仲が良い。
騎士団の環境、云うなれば気っ風の良さもあるかもしれないが、それにしても。
一応王太子と第二王子、それに侯爵家の長男とはまた豪勢な御一行だ。無駄に見た目も良いのも無駄に箔を付けている。多分気のせいではあるまい。
一見すればただ雑談をしているだけのようだが私の眼は誤魔化されない。またあの子達は何かを仕掛けるつもりだろう。全くどうしてこうも頭が切れるのか。今から覚悟をしないといけないこちらの身になって欲しいものですよ。
――――しかし、それを止めることも、またしない。
彼等も、私も、それぞれに必要な役割があり、今の私の役割は彼等の先手を見て沿うこと。ただそれだけだから。
彼等もそれを熟知しているからこそ、こうして動くのだ。
もう一度彼等に視線を移す。
「……次は……おや、珍しい。アインが動くつもりですか」
一応彼等の上司という立場である以上、彼等の行動を読むくらいは朝飯前です。
本当に。
「彼等のような若者は見ていて飽きませんね」
くすくすと思わず笑いが零れる。
そのままカップに残っている紅茶を口に含んだ。
休憩が終わる頃にきっと彼等が部屋に来るでしょうから、迎えてあげなくてはいけないでしょう。
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「しかし、騎士団も変われば変わるものですね。私としては理想に近くなったので万々歳です」
「……人が悪いですよ、隊長」
「何とでも言いなさい。元はと言えば彼等が起こしたことです。私達はあくまで現状に沿って行動しているだけですから」
「モノは言い様だな」
今日も今日とて優雅なティータイム。今日は相席に相棒である副隊長がいる。
「しかし、どうだろう」
「何がですか?」
「いや……」
少し思案するように話すのは彼の癖。寡黙な印象に違うことないその態度は曲者の多い騎士団では所謂ストッパーな役も担っています。
僅かだけ思案した後、ぽつりと口を開く。
「正直こんなにトントン拍子に『刻印持ち』が現れるとは思わなかったものだから」
「心配―――いいえ、不安ですか?」
「そういうのとも少し違う」
「ですよね」
まぁ彼の言いたいことも分かります。
正直こちらが想定していたよりも事態が早く動いている。それは偶然か、必然か。
「確かに予定より早いですが、まぁ許容の範囲でしょう」
そう、あくまで許容範囲。
騎士団が帰結する場所は最初から決まっているのだから、経過や課程に対する時間は重要視されない―――あくまで早い分には、だが。
視線を向けた先には、騎士団の紅一点の姿が。
――――ヒルガディア・マクベス。
彼女はよくこの裏手の庭で休憩をしている。本当に休憩を取るときもあれば鍛練だったり勉学だったり様々だが、今日は純粋に休憩らしい。
「ん?……ヒルダですか?」
「休憩中のようですね」
窓の外を見ながら、ふと、笑む。
彼女本人は知らない。
騎士団の中でもそれを知っているのは極一握りのみ。
彼女は重要人物だ。
その立ち位置ひとつで吉にも凶にも転ぶだろう―――知らぬは本人ばかり。
「そういえば……ヒルダは『是』と答えたそうだ」
「そうですか。ならばその時までに『準備』が必要ですね」
「……今から心労で胃に穴が空きそうなん
だが」
「大丈夫です、貴方はそんなにヤワではないですよ。ああ、そんなに心配でしたら『特訓』でも付けますか?」
「遠慮する」
「即答ですか」
顔にありありと『嫌です』と書いてあるようです。そんなにはっきり出さなくてもいいですよ、冗談ですから。
もう一度ちらりと彼女に視線を向ける。
最初に騎士団に来たときよりも随分と明るくなった。真面目なところは変わらないが変に肩肘張った感じが無くなってきていると思う。
それは引っ張り込んできたアインやハルの努力以外の何物でもないでしょう。
確信する。
そう遠くないうちに蕾は膨らみ、やがて華を咲かす。
その華が如何様に咲き誇るのかは――――アインやハル、そしてヴィヴィアン王子の行動によって大きく変化するだろう。
「……きっとアインもハルもヒルダを逃がさないでしょうが……」
「……ん?何か言ったか?」
「いいえ、別に?」
小さく呟いた声は副隊長には聴こえなかったようですが、今はそれでいい。
そう、今はまだ。
彼が、彼女が、彼等がそれを知るにはまだ早い。
大丈夫、必要なことは必要な時にちゃんと備わるようになっていますよ。
最後に残っていた紅茶を一気に呑み込む。
さて、休憩時間はそろそろ終わりですね。
「今日は後何が残っていましたか?」
「ああ、書類の整理と、あと半刻で御前会議だ」
「半刻あれば粗方書類は片付きますかね」
「……それが可能なのは貴方くらいです、隊長」