ハルさんは見た・1
「…………ん?」
資料室に行くために裏庭を抜けていると思いがけないモノと遭遇した。
こりゃこりゃ、彼処にいるのは。
「兄貴とヒルダじゃん」
二人仲良く畑に向かっている。あの一角は確かヒルダが借り受けている場所だったな。
需要と研鑽を兼ねて、と言い出したのには流石に驚いたけど。
おい侯爵令嬢、逞しくなるの速すぎるだろうが。
ケインがエレンの、兄貴がヒルダとペアを組むか判定した例の『試験』の時、ヒルダは一人事後処理をしていたらしい。
人からの話を総合したものと俺自身が実際に確認したことを擦り合わせてみて、これは中々……と唸ってしまった。
これをやってのけたのがまだ所属して一年、しかも学園所属の侯爵令嬢であった彼女が。
おい、成長速すぎるっつーのお嬢様。
俺の予想以上のスピードであれこれ覚えていく令嬢。最初は『令嬢も記憶持ちか?』と疑ったがその路線は却下した。
彼女を騎士団に引きずり込んでからあれこれとカマをかけてみたりしたが、なーんにも引っ掛からなかった。寧ろ『はぁ?』みたいな眼で見返されこっちが変人扱いされるところだった。
やめてくれ、俺は変人なんかじゃないから。
そんな令嬢、騎士団に引きずり込んだ当初は手負いの猫のように警戒心丸出しだった(まぁ当然の事なので驚きはしない)のに、一年も経つ頃には随分と懐いた猫になっていた。
というか、芯のところは凜としたままだけど雰囲気が丸くなってきたっての?
こんなキャラだったっけ?……驚きだ。
それ以上に驚きなのはその隣にいる特に表情の変わらない兄貴だろう。
表情は変わらないけどさ、兄貴。
俺はそんな兄貴見たことないんですけど?
もう少ししたら『剣の刻印の主人公』が入団してくるはずだけど、それより早く兄貴もヒルダも話を完結させる気か。まぁいいけど。
『主人公』から見た兄貴は『崇拝する王子様』でヒルダは『憧れのお姉様』みたいな立ち位置だったからこのままいっても問題は無いはず。
……だけどさぁ?
兄貴、気付いてない。
絶対気付いてない。
「ヒルダ、だからその重いのは男に持たせればいいんだって」
「え……でもこの畑は私が借り受けている場所ですから」
「いいんだって、ほら」
「あ……ありがとうございます、アイン」
お前ら中学生か!!
ああいかん、思わず突っ込みが。
兄貴は王太子という立場から周りの女性とはひとつ間を開けて接している。周りは気付いていないけど見ているやつにはちゃんと分かっている。
だからこそ騎士団の『仲間』といえどそういう態度を兄貴が取り出すとは俺にとっても想定外だった。
いや、ヒルダは多分兄貴にとって『色々な意味で』必要なのだ。詳しいところまでは俺も掴めていないけれど。
だけど当のヒルダはきっと兄貴を恋愛対象とは見れない。1度王族との婚約が破談になった彼女は何処か『そういう幸せ』を望んでいないように見える――――今は、まだ。
兄貴もそういうヒルダを知っているからそういう対象と『考えて』はいないのだろう。
が、『態度』の方はめっさ裏切ってる。
それでもいいけど。
あー、こそばゆい。
思春期のあまずっぱーい展開をいい年した大人がやるとは(あ、兄貴の方ね)面白いけど俺の背中痒い。まじ痒い。
この二人放っておいたらきっとずーーーーーーーーーーーーーーーーっとこのままなんだろうなぁ……。
兄貴の為にそうならないうちに背中蹴っ飛ばしてやるけどさ。
とりあえず面白いから暫く観察していよう。
俺の限界が来るまでは。