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懇願

廃校となった懐かしい母校は時が止まっていたかのようだった。この校舎がどう利用されるのかよく知らなかったが、あの時のまま何も変わっていない。2年生の教室へ向かうと、かつてここに座って授業を受けていたのだという名残があった。

荘太郎はどうして花純がここに来たかったのか理解できなかった。荘太郎は今他県で暮らしているわけで、今日が両親の命日だったため、泊まりがけで地元に帰ってきていただけだった。だから、いくら山の方にあるとはいえいつでも母校に来られる花純が何故今ここに来たかったのか不思議に思えた。

「……もう暗いよ。帰ろうよ」

荘太郎は提案したが、花純は首を横に振った。

「今日はここに泊まる」

頑なな彼女を見て荘太郎は何も言うまいと思った。どう説得しようとも彼女には伝わらないだろう。荘太郎は優しく言った。

「心中、してくれないの?」

花純は微笑んだ。

「嫌よ」

「……じゃあ、君が死んでから俺も死ぬよ」

「ダメよそんなの。私は……私は君に死なれたらとても悲しいの」

2人はいたって普通の口調だった。荘太郎は花純の答えに返事をせず、

「また明日」

と言い長い長い廊下へ出た。

「バイバイ」

なんと軽い口調なのだろう。また会えるかのように。花純は驚いたが

「バイバイ」

と返した。すると彼はまた「バイバイ」と言い、二人ともしばらく「バイバイ」と言い合った。また明日、とでも言いたげな2人の声は大きくはなかったがハッキリと聞こえた。

だんだんと、花純は遠ざかっていく荘太郎の声に耐えられなくなった。

「バイバイ」

花純がそう返した後、とても小さな声で

「さようなら」

と言った。独り言のつもりなのだろう。泣き出しそうなのを彼に悟られたくなかった。

しかし聞こえていたのか、荘太郎はまた

「バイバイ」

と返事をした。


花純は走った。もう動かすのも辛くなった弱り切った体なのに、足はとても速く感じられた。あっという間に荘太郎に追いついた。


「……もし。もし私たちが生まれ変わったとして、また出会ったとして、その時また私があなたに同じことを言ったなら……その時は同じことをしてくれませんか」


花純は目に涙を浮かべ、荘太郎の服の裾をつかんだ。荘太郎は

「うん」

とだけ言った。



どうやって廊下から教室に戻ったのか花純は覚えていなかった。もうすぐ自分は死ぬのだろう。ただそう感じていた。中学2年の3月から時が動いていない教室。当時座っていた席に座り、腕を枕に顔をうつ伏せにした。

「覚悟していたはずなのにな」

死ぬのが怖いわけではない。病気と分かったあの日から後悔しないよう生きてきたのだから。ちゃんと病院代は返せた。普段から鞄にレターセットと鉛筆を入れているから、遺書も既に書いた。死んだらきっと荘太郎が届けてくれると信じていた。

気がついたら涙が流れていた。

「……松林君を……殺したくないよっ……」

それが花純の最期の言葉だった。


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