再会
3月ももう終わるころだが、今日は風だけはまだ冬のような寒さだった。春物の薄手の服を着てしまった高柳花純はため息をついた。パステルカラーのスカートをちらりと見る。
「はあ……失敗だったかな。こんなに寒いとは思ってなかったよ」
銀行を出た花純は目的地である『家』を目指して走り出した。走ったら自然と温まるだろうと期待したのだろう。すぐに息が切れ始めたが、それでも無理をして走った。
その時だった。前から歩いてきてた男性と肩がぶつかった。花純は転んでしまった。
「ごめんなさい……」
そう言いかけて花純はハッとした。さっきまで持っていたカバンのファスナーが開いている。上の方に入れてあった財布がなくなっていた。あの男性にすられたのだ。すぐに追いかけようとしたが、転んだせいで足を痛めてしまい、すぐには立てなかった。
「どうしたんですか」
不意に頭上から声がした。顔を上げると灰色のブレザー姿の同い年くらいの男の子がいた。大切なお金が入ってるので、思わず盗んだ男性を指差した。
「助けて。お財布を盗られてしまったんです」
泣きそうな顔で言った花純を見ると、男の子はすぐに走り出した。とても速かった。あっという間にスリをした男性に追いついてしまい、奪い返してくれた。残念ながらスリをした男性は逃げてしまったが、花純は財布が無事だったため安心した。
「ありがとうございます。大切なお金が入ってるので……」
「どういたしまして、高柳さん」
男の子はニコッと笑ったが、花純はゾッとした。どうして自分の名前を知っているのだろうと花純は思った。彼のことは知らないのに。
「どうして……私の名前を」
思わず言ってしまった。彼は顔色を変えずに、笑顔を浮かべたままだった。
「覚えてないのも当たり前かなぁ。俺は松林。松林荘太郎だよ。2年ぶりだね、高柳さん」
「まつ……ばや……あ、もしかして転校した松林君なの?」
背が伸びていてメガネを外しているが、少し幼げなその顔には覚えがあった。
荘太郎と花純は同じ中学だった。2年の時同じクラスだったがほとんど2人は話さなかった。仲が悪いわけではなかったが、機会がなかったのだ。3月の席替えで隣になったことが唯一の接点だろう。しかし、隣だったのは数日しかなく、授業もほとんどなかったためあまり話はできなかった。
「久しぶりだね……。それにしても松林君そんなに足速かったっけ」
「高校の体育がきついからね、自然と鍛えられたよ」
「そうなんだ。おかげで助かったよ……本当にありがとう」
微笑んだ花純を見て照れくさそうに荘太郎は口元を押さえた。
「立てる?」
差し伸ばされた手を取りゆっくりと立ち上がったが、少しふらついている。
「肩貸すよ」
こんな性格だったっけ、そう花純は思った。失礼なのはわかっているが、こんなにも人と関わるような人ではなかった。花純の記憶の中の松林荘太郎は女子に話しかけられてもボソボソとしゃべるだけだったからだ。男子とは普通だったが、もの静かだった彼は空気のような、そんな人だった。
「ありがとう」
花純はお礼を言い、ゆっくりと歩こうとしたが、また転んでしまった。足を痛めたのもあるが、体の調子が悪いのに無理をしたからだろう。苦笑いをしながら立とうとした時、荘太郎がしゃがんで花純に言った。
「足を痛めてるんでしょう。やっぱりおぶるよ」
花純の顔は真っ赤になったが拒否権はなく、彼女も早く目的の場所へ行きたかったため背中を借りることになった。
「ごめんね、松林君。重いでしょう」
「いいよ。……高柳さんは軽すぎるよ」
「そう……かな」
「……高柳さん」
背中越しだから顔はよく見えなかったが、さっきまでと何も変わらない表情で荘太郎は花純の名前を呼んだ。
「俺と一緒に心中してくれないかな」




