プロローグ
電撃文庫に将来応募する予定の作品です。
参考にしたいので、アドバイスなどよろしくお願いします。
午前一:〇五
静寂に包まれた闇の街。
まだ、中心街は明るくライトやネオンが夜空に浮かぶ雲を照らす。
そこから数百m離れた住宅街の上空に、不気味な青白い光がうごめいていた。
それはいつしか頭、体、尾を形成し、八頭八尾の大蛇へと変貌を遂げる。
「……八頭八尾の蛇。八岐大蛇か」
「櫛名田姫神を喰らおうとして、須佐之男命に倒された伝説の神……」
住宅街にポツンと建つ雑居ビルの屋上に、その男女は座っていた。黒衣の和服を着た少年は、左腕に金属製の小手をして、背に十文字槍を負っている。巫女が着るような赤服の少女の手には、古い本が持たれていた。
「――――じゃあ、行くぞ」
「はい。兄様」
少女がそう答えると、本を放り投げた。本は原型を留めず、光の粒となって消滅する。
2人は、屋上から暗闇の空に飛ぶ。その身体は重力に逆らうように宙に浮いていた。
少年が足を踏み込んだ場所には、空間の波動が起こっていた。少女は、足を一切踏み出すことなく最初の踏み出しだけで飛んでいた。
少年が使っているのは、空間歩行という呪術である。
祓魔師が使う戦闘術の初歩中の初歩である基本的な呪術だが、足に呪力を集中させなければならないため、かなり高等なものになる。
少女が使っている呪術も、少年の呪術と同じ系統のものだ。
「――――夏虹耶、先に行け。俺もすぐに追いつく」
「わかりました。兄様」
夏虹耶と呼ばれる少女は、嬉しそうに答えた。すると夏虹耶は、思いっきり空間を蹴った。それは、さっきの数倍の速度だった。
初速と変わらない速度で、夏虹耶は八岐大蛇の首のひとつに向かっていく。腰に携えられた日本刀を鞘から抜くと、その刃は、甲高い金属音と共にその姿を現した。
綺麗に磨かれた刃は、雲の隙間から照る月明かりを反射させていた。
「行くよ『神威』。――――はぁっ!」
夏虹耶は威勢よく声を上げて、その首に向かい、スピード、刀の重み、振りかざす力の全てをその刀の刃に込めて切りかかった。
しかし、それは大蛇の堅い鱗に当たった瞬間。その力は、全く逆の方向に変わった。
「なっ!」
刀を持つ夏虹耶の手を凄まじい衝撃が襲う。しかし、刀を離す事はなく、すでに次の行動に移行していた。
「ふっ!」
再度振りかざす刀は、呪術によって青白く光っている。
鱗に刃が突き刺さり、数センチの切り込みが入る。しかし、刃は途中で完全に停止し、その切れ口から抜く以外にすることがなかった。
その後、夏虹耶を襲ったのは、八つの頭と尾による連続攻撃だった。夏虹耶は、その攻撃を余裕にかわしていく。
「まさか、神威の強化された刃すら通らないなんて……ッ!」
そう囁いた夏虹耶にスキが生まれた瞬間。尾が赤服の少女に向かって行き、少女の腕に直撃した。
回避行動をとっていなかった夏虹耶は、そのまま住宅街に吹き飛ばされる。
「夏虹耶っ!」
その様子を外部から見ていた少年は、夏虹耶を助けに空間歩行最高速度で使い、吹き飛ばされた着地点にまで向かう。
少年は、住宅ギリギリで夏虹耶を受け止めた。
「間に合った……」
夏虹耶を雑居ビルの屋上に寝かせると、少年は、安堵の呼吸交じりに呟く。少女は、腕の尾が直撃した部位をを押さえたまま、首を持ち上げる。
「……すいま……せん……油断……しました……」
夏虹耶の腕は折れていた。その激痛に耐えながら嘆く。
「大丈夫だ。とりあえず治療を……」
そう言って、治療に移ろうとした時、夏虹耶は少年の腕を制す。
「大……丈夫……です。自分で……治療……出来ます……から……」
「だが……」
「……だから……兄様は……あいつを……」
吐息混じりの声は、死にかけている人の様だった。
「わかった。行ってくる」
「はい……気をつけて」
少年は頷くと、八岐大蛇の方向に向かって走り出した。
八岐大蛇に約40mの所で、少年は足を止める。
「まさか、『三大神刀』に名を連ねる神威の強化刃すら入らない鱗とはな……さすが、伝説の神だな」
そういいながら、背負っている十文字槍を手に掴み、回しながら持ち帰る。
少年の眼が、八岐大蛇の目と合うと、戦闘が開始された。
先手は、少年だった。
一歩で大蛇の首筋付近にまで接近し、槍で軽くひと突きする。しかし、当然のように軽く弾かれ、すぐさま計16の頭と尾が攻撃してきた。
「これ程か……」
少年はそう囁くと、連続で襲い来る頭と尾を軽々と避けていく。小刻みなステップによって、空間歩行を行い、連撃を全てかわした。
「仕方ないか……」
頭のひとつが噛みつきに来た時、垂直にステップし、大蛇の遥か上空に飛び上がった。
大蛇の頭が全て少年の方を向いた時、少年は槍を構えていた。
「これで終りにする」
そう力強く囁くと、槍頭の部分が白く光りはじめた。少年の周りには、光の霧がが漂っている。
「――――おりゃよっ、と!」
そう叫びながら、少年は槍を放った。それと同時に、少年も大蛇に向かって降下して行く。
槍は、高速で降下し続け、背中の鱗に一度当たった。しかし、貫通は出来ず、一度金属音を立ててバウンドする。
すると、当たった鱗の部分から白い光のホールが出現し、背全体に拡大していく。
「空間を捻じ曲げて鱗を通らなければ、どんな物だって貫通する……はぁっ!」
槍は、空間を捻じ曲げる媒体でしか無かったため、もうすでに威力は鱗に当たった瞬間に無となっていたが、少年はそれすらも計算づくだった。
少年は、柄尻を降下の力も合わせて蹴り下ろした。
槍は、少年の計算通り鱗を通過せずに大蛇の腹を貫く。
八岐大蛇は、大量の青白い光の粒となって消滅していった。その粒は、住宅街を一瞬明るく照らし、すぐに消えていき、辺りはすぐに闇に包まれた。
「消滅に神式が無かったか……簡易的に復活させられた奴か」
少年が路上に刺さっていた槍を抜こうとした時、少年は振り返えって、左手を拳にして構える。
突如、突風が吹いたかと思うと、少年の左腕に付けられていた金属製の小手が外れ、中から黒い岩のよな腕が出現した。赤い呪詛が刻まれているその腕は、人間の腕ではなく、神の腕のようだった。
拳が何もない場所で何かに当たり、その場から衝撃波が発生した。拳がぶつかる瞬間、相手の姿がうっすらと確認できる。
白の鱗、長い体、短い四肢、背に生えた白い毛、迫力のある角。それは、龍だった。
龍の頭が、拳に当たっていたのだ。
しかし、龍にも少年にも、追撃をするような素振りは無い。
「さすがね。その呪われた左腕の神喰さん」
その声は、夏虹耶とは違う女の声だった。
「ったく、お前は毎回遅いんだ」
龍の反対に居たのは、少年と同じような黒衣を着た少女だった。
「あれ? 夏虹耶ちゃんは? 朱音」
「ああ。ちょっとさっきの戦闘で怪我――――いや、腕を骨折したんだ。ちょっと治療してくれないか?」
「いいわよ。すぐに案内して」
「おう」
そう言うと、朱音は軽やかにステップしながらビルに向かって行った。
少女もその後を追って、龍に乗って夏虹耶の元に向かった。
朱音と言う少年の腕は、元の人間の腕に戻っていた。