『終わり』
人生は一人一人の物語だということを聞いた事があります。
では、その集大成はなんでしょうか?
——ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
規則的になる電子音に耳を傾け、私は『今』を過ごしていた。天井は色を忘れたように白く、私の寝ているベッドの横には物々しい機械が備えられており、そこから電子音が響いている。
私は至って平凡な人生を過ごしてきたと思う。
ごく普通のサラリーマンの父と専業主婦の母の間に生まれ、妹と二人兄妹の四人暮らし。特にお金に困る事も、お金持ちな訳でもなく。それなりの大学に入り、留年する事もなく卒業し、それなりの会社でサラリーマンになった。そして妻と結婚し、二人の子供も出来た。そこから働き続け、定年退職。その頃には子供も成人して、上の子は働きたいと言っていた出版社に勤め、下の子は美容師になって、大変と言っているが楽しそうだ。
妻と私は子供たちが働いている頃に、二人で旅行に行って過ごしたりもした。温泉に行ったり、紅葉を見たり。『思い出作り』の時間だっただろう。
そこからまた時間は流れ、上の子は副編集長に、下の子は自分の店を持つようになった。それぞれが結婚をして、子供を持つようになった。家を出ているが、年に三回程、顔を見せに帰って来てくれる。孫も可愛いのだが、私は私と妻の子である上の息子と下の娘が帰って来てくれる事が嬉しかった。
妻は私と二人でゆっくりと家で過ごしていた。一日、一日、また一日。
そして私は倒れた。
目覚めて聞かされたのは病名ではない。単純に身体の寿命だと、医者から告げられた。それが四日前だ。
それからこの部屋で、電子音を聞いていた。
だが私は気づいていた。
もう持たないことに。
身体がつらいという事はない。
何もかもやめて眠ってしまいたい。
そう思っていることに。
「親父っ!」
「お父さんっ!」
「あなた……」
そのとき病室のドアが開き、息子と娘、妻が入ってきた。息子は中年のいい渋みの様なものが出てきたように思える。娘も女性、というよりは母、といった様な顔をしている。しかし二人とも涙で顔を濡らしている。
妻は、皺だらけの顔で私をしっかりと見ていた。
「親父ぃ......今までありがとう......ありがとう......!」
「私、たち、を、育て、て、くれて......うぅぅぅ......あ、あり、が、と、う......」
「……」
息子と娘は震える声で私にお礼を言っていた。妻は顔を俯け黙ったままだった。
部屋に泣く声と電子音が響く。
「私は——」
妻は顔を上げ、一言。
「私は幸せでしたよ。あなた」
そう言って、涙で濡れた笑顔を向けてくれた。
その時、私は笑顔だっただろう。
平凡だって、こうして感謝してもらえた、幸せだったと言ってもらえた。
それだけで平凡な私には十分過ぎる程だ。
耳に聞こえる電子音の間隔がだんだん長くなっていく。
家族たちは何か言っているようだが、途切れ途切れで分からない。
意識が溶けていく。
喋ることも出来ないけど。
最期に。
伝えたい。
——ありがとう。