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世界一幸せな天使のおはなし

作者: sa-na


※このお話には稚拙な文章が多分に含まれていますが、それはわざとです。


作者がわざとと言ったらそれはわざとです。


あと、このお話はフィクションです。

実在の人物・団体・建物・天使・幽霊・宅急便とは一切関係ありません。




「ほら、あの人を見てください」

ぱのんさんに言われて見てみると、

「えっと……どの人ですか」

そちらには人がたくさんいたので、あの人がどの人を指しているのかがわかりませんでした。

「あの人ですよ。ベンチに座って、雑誌を開いている人です」

「むーん……あ、発見」

見つけました。確かに、五百神足(私たちが使っている、距離の単位です。天空神ぜうす様のおみ足のサイズが一神足となります)ほど離れたあたりの長いいすに座っている男の人が、なにやら真剣そうな表情で雑誌とにらめっこしていました。

「あの人……すごくしりあすりぃなお顔をしていますけど、何がそんなに気に入らないんでしょうか?」

「ふららさん、あまり無理して英語を使おうとしなくてもいいんですよ。というか使わないでください苛立たしいです。

ああ、あの人はあれですよ。あれ」

わたしに何気なく、というか思い切り苛立ちをぶつけてきたぱのんさんは、少し考え込んだのちに、

「……綴じ込み付録、って知ってますか?」

「とじこみふろく……」

悪魔を封印するための符が六枚あるということでしょうか。

「やっぱり知りませんか……落ちこぼれは伊達ではないですね」

ぱのんさんはわたしをストレートに馬鹿にすると、そんな馬鹿なわたしのために説明してくれました。

「綴じ込み付録というのは、主に男の人向けの雑誌についているおまけのようなもので、封を切って中身を見ると、そこにはとてもではないけど公衆の面前では開けっぴろげにできないあれやこれが……」

「むむ、なるほど。ちょっとわかりました」

どうしようもない落ちこぼれのわたしにも若干わかるように説明してくれるとは、流石わたしの相棒さん。つまりこういうことですね。

「中には、彼らの先輩がたの悪口や不平不満がびっしりと……!」

「説明するのはあきらめました。とにかく、あれを見れば幸せな気分になれることは間違いなしということだけ知っておいてくださいあなたは」

了解です。

「ということで、さっさと回収してしまってください」

「あの、その……わたしは」

なにか不満でもあるのか、とでも言いたげな顔をこちらに向けたぱのんさんに、しかし勇気を出して意見します。

「やっぱりわたしは、こんなやり方は非効率だと思うんです!もっと、どばーっと稼げる方法があるはずです!」

「それがあなたの悪い癖です、ふららさん」

ぱのんさんは厳しい表情でびしっとこちらを指差して、

「あなたの仕事はけして楽なものではないのですから。面倒だからといってさぼろうなんてもってのほかです」

「べ、別にわたしはさぼろうだなんて……」

「同じようなことです。それに、」

ずい、とこちらに向けた指をさらに突き出すと、

「前にもそう言って『効率のよい方法』を試したじゃないですか。そして失敗ばかり。十二回も」

「か、数えてたんですか……すごい」

「すごくないです。とにかく、あなたはだめだめな落ちこぼれなんですから、効率なんて考えないでしっかり着実にこつこつやっていきなさい」

わたしのきらいな言葉を三つもたて続けに言われて、なんだかしょんぼりしてしまいます。わたしはしっかりとも着実にともこつこつともかけ離れたところにいるつもりなのです。座右の銘は一獲千金ですので。

なにはともあれ、ぱのんさんのいうことに従わないとこの話は終わらないということは経験から知っているので(苦い経験です)、苦手なピーマンを飲み込む要領で返事をしましょう。

「はーい……」

「のばさない」

「はいはい」

「はいは一回」

「はい……」

はいとは言いましたが、実を言うとわたしは、こんな毎日はうんざりなのです。日々をもっとどらまてぃっくに過ごしたい。

けれどもわたしには仕事があります。なのでもう一度、座っている男の人に目を凝らして、その顔がさっきとはまったく違ってにやにやとしてきた時を狙って「えいっ」とかけ声、と共に男の人の体からするっと何かが抜け出してこちらへ飛んできます。

いやいや、別に魂を抜いたとかそんな物騒なことでは決してありません。わたしは死神さんではないので。

わたしの仕事はしあわせを集めること。特に「ちいさなしあわせ」……そう、たった今集めたのがまさにそれです。でも、

「やっぱり……すごく小さいですよ、これ……」

その光にも似たかたまりはわたしの広げた両手の上でふわふわと浮かんでいますが、その輝きはとても小さく弱々しいものでした。

「ぶつくさ言わない。塵も積もれば山となる、っていつも言って聞かせているじゃないですか」

その言葉も、わたしのきらいな言葉なんですよね。

だって座右の銘は善は急げですから。……さっきと違っても問題はないのです。わたしのいすは両側のひじ掛けに言葉を記銘できる仕様になっているので。

集めたしあわせは「ぽかぽか」と呼ばれます。そのぽかぽかは、天界におわす大天使さまに郵送します。クール便だとぽかぽかはひやひやになってしまうので、間違わないように注意が必要です。はじめはわたしも間違えましたが、今では五回に一回しか間違えません。

ぱのんさんに何度も何度もふつうのメール便で送るんですよ、と言われながら危な気なくお仕事を完了させます。一人でできるのでほっておいて欲しいのはやまやまですが、ぱのんさんには新米のころ多大な迷惑をかけてしまったので、邪険に扱えません。最近それがすこし煩わしいです。

ぽかぽかは鮮度が命なので、さっさと送ってしまわないと、ぬるぬるになってしまいます。だからたとえどんなに小さなぽかぽかでも、そのたびそのたびで送らなければならないのです。もったいないと思いませんか?これが実は、今思いつい……前から思っていた、効率よくぽかぽかを集めたいと思う理由の一つなのです。

それに、こんな小さなぽかぽかばかり集めていても、最終目標である「おおきなしあわせ」はいつまで経ってもできあがらない気がします。

先は長いですね、そうつぶやくのは何度目か。九を数えたあたりからもう数えられなくなりました。さんすうは苦手科目です。

ぱのんさんに促されて、次なるぽかぽかを探しに歩き出します。

その日も足が棒切れになるまで(比喩ではなく、わたしは歩き疲れると足が木の棒になってしまうのです!)歩き回りましたが、一日のノルマの半分も達成できませんでした。ぱのんさんはわたしが二回も連続で間違えてクール便を使うからだと言いましたが、わたしはそうは思いません。ひとえに効率の問題と考えていいでしょう。

もっと効率よくぽかぽか集めを行うべきです。いつか大天使さまに直談判です。

夢の中ではわたしは偉い神様なんだけどなあ。大天使さまにも命令できちゃうくらいに。



「……あれが見えますか、ふららさん?」

「かわいいねこさんですね」

「殴っていいですか?……その猫の、隣にしゃがんでいる女の子ですよ」

殴った後に訊くのは非人道的な気がします。

とにかく言われた通りにその女の子を見ると、すごく優しい顔で笑っていました。

「お歳暮という言葉が似合いそうな微笑みですね」

「聖母の間違いだとはあえて正しませんが、そうですね。あれはなかなか良質なしあわせだと思いますから、回収したら送る前に最低十回は確認してくださいね」

「言われなくても、もう間違えませんよ」

その台詞たぶん三桁は言ってますよね、とぱのんさんは言いますが三桁の数字は専門外なのでよくわかりません。

えいっと一声、昨日のとじこみふろく男のもののおおよそ九倍以上のぽかぽかがわたしの目の前に現れます。これは確かに上質、温かみが違います。きっと大天使さまも満足なさるでしょう。

そう思ってさっそく郵便の依頼をしようという時でした。

「ふらら、ぱのん、聞こえますか……?」

天から声が降りてきます。大天使さまの優しい声です。怒るとこわいですが。

「なんでしょうか、大天使さま」

「ああ、突然で悪いのですが、急な用事ができてしまったのです」

用事とは。わたしたちに言いつけるようなことなのでしょうか、それとも大天使さまがやらなければならないことでしょうか。後者ならわたしはさぼり放題。

「急遽、おおきなしあわせが必要な事態が発生してしまったのです」

「えっ、それはつまり……」

ぱのんさんがつぶやきました。

つまり、なんでしょうか。わたしにはさっぱりわかりませんが、ぱのんさんは天才なので既にお分かりの様子です。

「ぱのんさん、ぱのんさん」

「なんですか、考え事をしているので黙っていて欲しいんですけども」

「つまり、どういうことなんでしょうか」

訊いたはいいのですが、ぱのんさんは口をあんぐり、呆れたというより唖然とした様子です。

「まさかそこまで頭空っぽだとは、想像以上です。つまりあれですよ」

失礼な、わたしの頭にはすーぱーこんぴゅーたがぎっしり詰まっているのに。詰まっているけど、使いこなせていないだけなのに。そんなことを思いましたが、ぱのんさんに訊かなければ大天使さまに言われたことがわからないので我慢です。

「私たちはぽかぽか集めを急がなければならなくなりました」

「ふえ?」

「つまり、効率よく集めなければなりません」

「ふえ?」

「私も全力でサポートしますので、せいぜい足を引っ張らないでくださいね」

「ふえぇぇ?」

「もう黙って私に全て従ってください」

「断固お断りです☆」

八往復のビンタを、四セットくらいました。ほっぺたがペコちゃんみたいに真っ赤になっていそうでこわくて鏡が見れません、どうしてくれるんでしょうか。

しかしながら流石はわたしのすーぱーこんぴゅーた、ぱのんさんの言っていたことがじわじわと理解できてきてしまいました!恐るべきはわたしの頭の中身でしょう。きっと三千年後にはわたしは壁画となって崇められているに違いありません。

「わふぁりまふぃた、ぷぁのんしゃん」

「天界から翻訳を派遣してもらいましょうか」

「わかりまひた、ぱのんさん」

まだほっぺがひりひりと痛むわたしに、なんて酷な仕打ちなんでしょう。でもわたしは寛大なので、許す!

「なにがわかったんですか?」

「つまりこういうことでしょう。わたしたちの……いや!わたしの時代がきたと!!」

「やっぱり翻訳を呼びますね。大天使さま、お願いします」

再び天から声が。

「ごめんなさい、ぱのん……それは不可能です」

「え……どうしてですか、大天使さま」

「なぜなら……」

大天使さまはすこし迷うような素振りを見せましたが(実際は見えませんが、なんとなくふぃーりんぐでわかるのです)、すぐに決心したようで、ずばり言いました。

「ふららさんの言葉を翻訳するためにはふららさんと同レベルの頭脳の持ち主が必要なのです」

「ああ、それなら仕方ないですよね……」

また、わたしにはわからない次元でお話が進んでいきます。でも今回はわたしはぱのんさんに訊いたりしませんでした。知らない方がいい、そんな気がしたのです……。

「とにかく、おおきなしあわせを早く……できる限り早く完成させてください。さもなくば……」

ごくり、とぱのんさんがつばを飲む音が聞こえました。

「天界が滅んでしまいます」



「どうしたら……不明瞭なタイムリミット、大きすぎる目的、そして頼みの綱は史上最悪クラスの落ちこぼれ天使……ああ、絶望しか感じない」

ぱのんさんがなにやらぶつぶつ言いながら頭を抱えています。危ない雰囲気なので、触らぬ神に祟りなし、あさっての方向を向いて口笛です。

「耳障りだ小娘……!」

ごめんなさい、ぱのんさん。もうしませんから、その魔王キャラを引っ込めてください。

と、突然がばっとぱのんさんが頭をあげて、

「考え込んでいても仕方が無い。動きましょう、ふららさん」

どこへ、と尋ねる前にぱのんさんはさっさと行ってしまいました。

あわてて追いかけると、しばらく進んだところでぱのんさんは急停止。危うくぶつかるところでした。

「もしかして、ここなら……」

絶望と希望の相転移でうんぬん、とぱのんさんはまたぶつぶつ。よくわかりませんが、さっきよりは表情が明るくなっているので機嫌もなおってきているのでしょう。

するとぱのんさんはわたしに向き直り、

「一応訊きますが、ここは病院というところです。知っていますか?」

沈黙で答えます。

「ふう……病院は、病に侵されたり傷を負ったりした人たちが手当てを受けるところです」

「やまい?」

「人間は弱い生き物なので、微小な生物に体内に入られて攻撃されるとすぐに弱ってしまうのです。その状態を一般的に病に侵されているといいます」

無言で目配せします。

「とにかく。余命を宣告された人を探します。ついてきてください」

なにも言わず従うことにしましょう。

実はさっきの話で一つだけわかったことがありました。

天界が滅んでしまいます。

そこだけはわたしの頭でも理解できました。

つまり、今回に限っては、わたしが我を殺してぱのんさんに従わなければ本当に取り返しのつかないことになってしまうということでしょう。そう思うと、余計にぷれっしゃーがかかって緊張してしまいます。

でも失敗は絶対に許されない。だから、わたしは毎回九回の確認を三セット行うことを決意しました。でも、そういえば急がなければならないので二セット……いや、やっぱり九回でいいでしょう。それでたぶん充分です。

考え事をしていると、ぱのんさんに声をかけられました。

「あの人を見てください」

何度も聞いた台詞のはずが、いつもと違って聞こえます。きっとぱのんさんもぷれっしゃーに押しつぶされそうになっているのでしょう。親近感。

「あのおばあさんですね」

「……そうです。やっとあなたもまじめにやる気になったんですね、ふららさん」

「わたしはいつでもまじめですけど……」

「あのおばあさんは、余命三ヶ月を宣告されてから既に二ヶ月以上が経過しているとの話です」

ぱのんさんは華麗にスルーして続けます。

「けれどもおばあさんには子供はおらず、夫……おじいさんにも先立たれてしまい今は天涯孤独の状態だそうです」

なんだかさみしくて、涙が出そうになってきました。おばあさん、かわいそう。

「そこがポイントなんです。そのさみしさが解消された時の喜びは計り知れないはずです。そのしあわせを回収すれば、おそらくは……」

ぱのんさんは黙りこくってしまいました。

ここからはわたしの仕事ということでしょうか。

ぱのんさんの姿は、人間さんには見えません。ぱのんさんはいわゆる、浮遊霊というやつらしいです。でも、お亡くなりになった人間さんの幽霊とか、そういうものでもないと本人談。いわく、はじめから天界にいたんだとか。謎だらけです。

「まずは軽く話しかけてみてください。出番ですよ、ふららさん」

わかっていましたよ、ぱのんさん。わたしの力はやはり不可欠。人間さんにも見えるように頭のわっかをポケットにしまうと、おばあさんに歩み寄り声をかけます。

「おばあさん、こんにちは。おげんきですか?」

「元気なわけあるかい。それより……あんた、誰だい?」

訊かれて戸惑ってしまいます。これでは完全に不審者ではありませんか!

しかし、ぱのんさんが側に来て言うべき台詞を耳もとでささやいてくれます。

「あの、わたしはぼらんてあーで来た、田中といいます」

「いらないよ」

ぴしゃっと言うおばあさん。これにはわたしもぱのんさんも意表を突かれます。

「帰ってちょうだい。あたしゃ一人でくたばりたいんだよ」

そんなわけない、そう言いたい。でも、わたしはおばあさんのことをなにも、本当になにも知りません。

黙って部屋を後にしました。



「こんにちは、おばあさん」

「……またあんたかい。さっさと帰りな、あたしは誰とも話したくないんだよ」

次の日。めげずにおばあさんに再チャレンジします。

けれども、

「出ていかないなら、仕方ないね……」

びーっ、とおばあさんは枕もとに置いてあった丸いものを押し鳴らしました。あれは一体なんでしょうか。

「はい、原さん。どうかしましたか」

看護師さんがあらわれた!なんと、病院というところには使い魔召喚の心得がある人がいたとは、聞いていませんでした。

「この子がうるさくってたまらないんだよ。追い出してくれんかね」

「えっと……こちらは?」

召喚された看護師さんはこちらを怪訝そうにちらっと見てきます。まさか、わたしの正体がばれたりしているのでしょうか。

使い魔、恐るべし。

「ボランティアとか言っていたけど、心当たりもないしそんなものはいらないって突っぱねたんだけどねえ。またしつこく話しかけてきて、鬱陶しい」

それを聞いて使い魔さんは、

「あの、こう言われていることですので……どうか、お外に」

こうしてわたしはまたもや何もできずに追い出されてしまったのです。

一体どうしたものか、とぱのんさんに訊いてみますが、

「あんなに邪険に扱われちゃあ仕方がありませんよね……とりあえず、根気よく、粘ってみましょうか」

これが、ぱのんさんの犯した(ぱのんさんにしてはとても珍しい)、ミスでした。

結果から言いますと、わたしは病院に出入り禁止になってしまいました。しつこくし過ぎ、だそうです。

万策尽き果て。途方に暮れます。

何もできないまま、早々と一週間が過ぎてゆきました。



「病院に忍び込みましょう」

ぱのんさんが企てたのは、病院への侵入計画でした。このままではどうにもならないので、強硬にでるということでしょう。まずはおばあさんの様子を伺うために、行き交う看護師さんたちの目を盗み盗み病室までたどり着きます。案外簡単でした。だって、天使のわっかがあればふつうの人には見えませんし……と、いうことは忍ぶ必要はありませんでしたね。だからぱのんさんは変な顔をしてわたしを見ていたのでしょうか。

かくしておばあさんのもとへたどり着いたわたしたちは、そこで目にしたのです。

誰もいない、白いシーツ。病室の入り口にある名札は、一つ少なくなっていました。

「原さんなら、お亡くなりになられましたよ」

あの時の使い魔さんはそう言いました。おばあさんは亡くなったあと、お葬式を出す人もいなかったので、そのままお墓で眠ることになったそうです。

「亡くなってしまったなら、仕方ないですよね……。じゃあ、次のターゲットを探しに」

ぱのんさんの言葉は、わたしの耳には入ってきませんでした。

たった一人で逝ってしまったおばあさん。そんなの、あまりにも、

「かわいそうすぎます……!」

わたしの頭のすーぱーこんぴゅーたが、全て起動されるときがきたようです。

しあわせ集めなんて、忘れてしまいました。

ただ、ただ……わたしの自己満足でも、構わないから。おばあさんが鬱陶しがっても、気にしないから。

こんな終わり方は、許せない……!!



新しくできた宿屋さんの前で、わたしは通りすがりの人たちに声をかけています。

その手には、手作りの小さな箱を持って。箱には大きな文字で、おばあさんのおそうしきぼきん、と書いてあります。

「たった一人で亡くなってしまったおばあさんに、あなたの清き一票を!お願いします!お願いします!」

ぱのんさんはあきれた顔をして、でも何も言わずに見守ってくれています。いつものように、無駄なことはするなとか、そんな小言は言ってきません。

たくさんの人が通り過ぎていきます。そのうちの数人が、わたしを怪しいものを見る目つきでちら見していき、さらに少ない一握りの人が箱に小銭を入れていってくれます。

でも、やっぱり小銭は小銭、お葬式を出すには圧倒的に足りません。まるでわたしの仕事のようですが、そんなことは考えるだけ仕方ないです。塵も積もれば、山となるのですから。

ふと目を向けた方に、一人のおじさんが立っていました。わたしの隣に置いてある写真、おばあさんの写真をじっと見ているようすです。一目惚れでしょうか。でもおばあさんは亡くなってしまいました。残念です。

「あの、お嬢さん」

おじさんがこちらに声をかけてきました。写真ならあげませんよ、お葬式を出すときにいりますから。

「いや、違うんだ……もしかして、この人は原さんかな?」

驚きました。おばあさんの知り合いでしょうか。

「いやあ、原さんは大学時代の先輩でねえ、サークルが一緒で、お世話になったんだよ」

さーくるとは。はて、よくわかりませんがこの人はおばあさんのことを知っているみたいです。

「そうか……原さん、亡くなったのか……」

遠くを見るように、おじさんがつぶやきました。その目には一粒の雫が。

「お葬式、もしかしてまだ出されていないのかい?それなら、私がなんとかしよう。大学時代の知り合いを集めれば、カンパでどうにでもできるさ。……はは、カンパなんて懐かしいな……」

おじさんはまた遠くを向いてしまいました。

まさかの僥倖、素晴らしいわたしの運。

これでおばあさんの喜ぶ顔が見れれば、最高なんですが。



おばあさんのお葬式には、九人が参加しました。わたしを入れないで、九人です。おじさん、名前は中村さんというそうです、が集めてきてくれた人たちは、皆一様に年をとっていました。当然です。

ご焼香が終わり、式が一段落すると、中村さんが音頭をとって飲み会が始まりました。久しぶりの再開に盛り上がっている様子ですが、やはりみんなどこか元気がありません。

話が途切れ、沈黙が流れ出したころ、中村さんが口を開きました。

「みんな、覚えているかな?僕が、すごく貧乏だったこと」

まわりの人たちは、そういえば、などと言ってまた盛り上がりを取り戻します。しかし、

「原さんだったよね。僕がご飯食べに付き合えない、っていうときにカンパを提案してくれたのは」

静けさがあたりを包みます。

「本当に……優しい人だったよ。原さんは。最期が一人だったなんて……どうして僕は、知らなかったんだろう」

涙。

涙。

涙。

みんながみんな、九人九色の悲しみを一つの手段で表します。

それを見て、でもわたしは泣きません。おばあさんに、悲しみではなく、喜びを贈るために。

「ありがとう」

後ろから声がしました。ぱのんさんの声ではないみたいです、驚いてついきゃあと悲鳴をあげてしまいました。

泣いていた方々はどうしたの、とこちらを心配そうに見ていましたが、わたしは大丈夫です。

たぶん、皆さんには見えていません。

わたしの後ろにいる、おばあさんの姿は。



「未練なんぞ残していないはずだったんだけどねえ……」

おばあさんは小さく言いました。でもわたしは歩く嘘発見器なので、そんなものはお見通しです。

「そうかい。まともに話せば、なんだい、なかなかおもしろいやつじゃないかい、あんた」

そうですか。でもわたしは、勝手にこんなことをしただけですから、お礼を言われる筋合いなんてとても。

「でも。……本当に、本当に……ありがとうね、天使さん」

これで今度こそ心置きなくじいさんの所へ逝けるよ、そう言い残しておばあさんは天へと召されていきました。

おばあさんの喜ぶ顔が目に焼きついて、あと三年は離れそうにありません。視界が遮られてしまって、どうしましょう。

でも、全部わたしの自己満足でよかったのに。こんな、こんな……わたし、また泣いてしまいました。ぱのんさんに泣き虫だって馬鹿にされてしまいます。

ふと、まぶしくて目をつぶります。薄目をあけて見てみると、目の前にはぴかぴか光るかたまりがありました。とても大きなぽかぽかです。こんなの、はじめて。

「回収対象は、生きた人間じゃなくてもよかったんですね……。この大きさなら、天界を救えるかもしれませんね」

そう言ったぱのんさんのほっぺたには何本かの薄い筋がはいっているように見えました。たぶんまぶしいからそう見えただけでしょう。

それにしても、こんな大きいものを郵送したら……どれだけお金がかかるんでしょうか。着払いでお願いします。



式が終わり、中村さんたちとお別れです。九人とひとりは、それぞれ別々の方向に帰ってゆきます。

そして残されたわたしひとり。あとついでにぱのんさん。

「帰ってみましょうか。……天界に」

そう言ってぱのんさんはなにやら複雑な呪文を唱えると、くわっと目を見開き、そうしたときには既にそこは大天使さまの御前でした。

そんな不思議な力が使えるなら、もっと別のところでも使って欲しかったです。

と、大天使さまはわたしに微笑みました。

「ありがとう、ふらら。おかげで天界は救われました」

どうやら、おばあさんのぽかぽかはおおきなしあわせに足る量だったようです。というか、届くの早い。使うのも早い。おおきなしあわせというやつを、一度見てみたかったのですが。

「あなたならやってくれると思っていましたよ、ふらら」

大天使さまは、いつもより三倍増し(当社比)の笑顔で、

「今だから教えますが、あなたはもともとボランティアの田中さんだったのです」

はい?

いまいち、わからない話になってきました。助けを求めるようにぱのんさんを見ると、

「ふららさん、あなたは昔人間さんだったんですよ」

「あなたは熱心なボランティア精神の持ち主でした。いつもはぐうたらなのに、ボランティア活動をしているときだけは常に真剣で。でも田中さんは老人ホームの機材運びのボランティア中に事故で亡くなってしまいました」

そこで、と大天使さまはつなぎました。

「私は田中さんを召し上げて、お使いの天使にしたのです。そのとき、あなたは人間さんだった記憶をなくしてしまいましたが」

今明かされる衝撃の真実というやつでしょうか。

でも、不思議としょっくはありませんでした。素直に事実を受け止められる、寛大なわたし。

そんなわたしに、大天使さまは急に申し訳なさそうな顔をして、話は変わりますが、と言いました。

「しかし、出来上がったおおきなしあわせは天界を救うために使ってしまいましたので……」

大天使さまは言いにくそうに、

「ふららとぱのんには、また人間さんたちからしあわせを回収してもらうことになります」

ということは、わたしはまたこつこつとしあわせ集めをしなければならないのでしょうか。

「そういうことになりますね」と大天使さま。

それなら、とわたしはずっと大天使さまに訊きたかったことを口に出しました。

「おおきなしあわせって、本当は何に使うものなんでしょうか?」

すると大天使さまはいたずらっぽく笑い、

「それは、ご想像にお任せします」



おわり。


稚拙だったでしょう?


さて、まずはこの残念なお話を読んでくださったことに作者は感動して、感極まって涙しながらヘッドバンキングさながらに頭を上下させて(お礼を言っているつもりの動作です)それを想像した読者様にドン引きされておりますが、それはともかく、如何でしたでしょうか。あなたはふららに共感してくださったでしょうか。それともぱのんさんと一緒にふららを罵りたいと思ったのでしょうか。後者のあなた、お友達になりましょう。

無駄話はこのくらいにして、ネタバレの領域に入ろうかと思います。



ネタバレの領域に入りましたが、特に言及することはないので一つだけ問題を。

あなたはおおきなしあわせを何に使うと思いましたか?


あとがきまで読んでくださってありがとうございました。これからもそれなりの頻度で新しいお話を作っていきたいと思いますので、是非これからも私の作品の読者であってくださることを。

ばいばーい。



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