ここは魔王城
「遅いですよ、オルト」
「申し訳ありません」
キュイを抱いたオルトバーンが移転した先は、この魔界唯一の城。その名も魔王城。中も外も漆黒の壁で造られたその城は、まさに「魔王が住んでるぜ! 」という雰囲気である。
「さて、そこの娘」
「へあっ!?」
オルトバーンの腕の中にいたキュイの首根っこがガシッと掴まれた。
「あなたに早速仕事です」
首根っこから引っ張り上げられ、足が宙に浮いた状態でキュイは呻いた。
「ぐえっ」
オルトバーンの匂いから解放され、キュイの意識が徐々に正常に戻ってくる。
「まずは選定の儀式を。そこで乳母に選ばれれば、正式に今日から乳母として働いてもらいます」
細い腕でキュイを軽々と摘み上げながら男が言った。キュイは目をパチクリとさせ、目の前の男を見返す。
キチンと整えられた真っ白な髪に、同じく真っ白なキメ細かい肌。笑っているかのように細い糸目の瞳の色は分からない。女性の様に細い身体をしているが、背の高さと声で男性だと分かる。
え〜と、この人は誰でしょうか? そもそも私、ここに連れて来られた理由もハッキリ分かってないのですが。
「…えぇっと、その乳母ってなんですか? 」
「……………」
「………あの……?」
どうしたのかな、この人? 笑顔のまま、固まっちゃいましたよ。っていうか早く降ろして欲しいのですが。首根っこ掴まれてるから首が詰まって苦しいんですよ。
「オルト、どうやらブランルージュの娘は馬鹿だったようですね」
「………」
………え。
今、この人馬鹿って言った? 笑顔でさらっと馬鹿って言ったよこの人!! オルトバーンさんも無言って、どういうこと!?
「ば、バカ?」
「まぁ馬鹿でも乳さえ出れば問題ないでしょう。乳母に選ばれたら、の話しですが」
「きゃっ!?」
突然手を離され、ドサッと床に落ちる。
「来なさい。選定の儀式を始めます」
薄い水色のローブを翻し、男の人はさっさと歩き出した。
「行くぞ」
床にへたり込んでいた私の腕を、オルトバーンさんが掴んで立ち上がらせた。
「ど、どこにですか!?」
「魔王様のもとへ」
わお! いきなり魔王様とご対面!? どうしよう、心の準備がまだ出来てませんよっ!
「ええっ魔王様にですか!? 無理ですムリです! っていうかなんでキュイが乳母に?? キュイはまだ子どもなのにっ……ハッ」
そうでした。私はまだ子どもでした。乳母って母親の代わりに自分のお乳をあげるんですよね? ムリですよ! 子どもの私はお乳なんて出ませんから!
「オルトバーンさんっ、キュイは子どもだからお乳はでませんよ!?」
「問題ない」
「はっ!?」
お乳でない乳母なんて問題ありでしょう!
「魔王様がお前を乳母にしたら乳など勝手に出てくる」
「え? 妊娠もしてないのお乳が出るんですか!?」
前世の記憶を辿っても、たしか妊娠しなければ母乳は出ないはずだったような…。あとホルモンのバランスとか? あ、でも魔族にはそんなこと関係ないのかな??
「魔王様の乳母となった者は皆自然と乳が出るようになっている。魔王様の乳母から出るその乳は、魔力が溢れ、濃厚で甘い蜜の様な味だそうだ。…一度飲んでみたいものだな」
ゾクゥッ!
あれ、なんか急に悪寒が…? オルトバーンさんが熱い目で私の胸を見てる気がするけど気のせいよね?
「いつまで待たせる気ですか。さっさと来なさい」
あ、さっきの男の人が戻ってきて怒られちゃいました……て、怖っ!
顔は笑ってるのになんか怖い! 何で? オーラ? 威圧感のある笑顔怖い!