お迎え
「魔王の乳母だと⁈ オルトバーンめっ、ふざけたことをっ!!」
頭上でルー兄様が叫んだ。目を開ければ、景色は怪しい森から見慣れた我が家のリビングルームに変わっていた。
「どおすんの〜? なんかもうレザード様にはキュイの事バレてるみたいだしぃ」
「もしあの爺いが直接乗り込んできたらいくら僕たちでも歯が立ちませんよ」
三人は難しい顔でう〜んと考え込む。
「あ、あの……」
視線が一斉にこちらに向く。兄弟とはいえ真剣な顔した美形達からの視線に、私は一瞬怯むものの口を開いた。
「その、乳母ってどういう事ですか? さっきのルー兄様の同僚? の、方も言ってましたけど…」
「キュイ、あいつの言った事など気にするな。心配せずとも大丈夫だ、兄様達がず〜っとキュイの事を守ってやるからな!」
「いや、そうではなくて…」
話の通じないルー兄様にさらに言い募ろうとすると、後ろからリュー兄様にギュッと抱き締められた。
「ああ、可愛いキュイ。可哀想に…怯えているんだね。でも大丈〜夫っ、 この僕が魔王の乳母になんて絶対させないんだから!」
そう言ってギュギュ〜と抱き締めると、赤いぽってりとした唇でチュッと私の頬にキスを落とした。
「いや、あのですね、その魔王の乳母っていうのは…」
「姉様!」
「ギャッ!」
ランが私の胸に飛び込むと同時にリュー兄様が後ろに飛び退いた。どうやら足を踏み潰されたらしい。
「姉様を乳母になんて絶対にさせません! この胸は僕だけのものですっ。魔王なんぞに吸ったり揉んだり舐められてたまるもんですかっ!」
ランは私の胸に顔をうずめ、鼻息を荒くしながら揉みしだいた。ううわあぁ〜!思いっきり揉んでますけど!!
「だからってお前が揉むな! この変態がっ」
ルー兄様にベリッと剥がされ、ランはそのまま弾丸のように真っ直ぐ壁に向かって投げ飛ばされた。
「あらあらまだ兄弟喧嘩の続きかしら?」
「お母様!」
壁に突き刺さったランの横を通り過ぎながら、お母様が優雅に登場した。
「母上…、実は少し面倒なことに」
ルー兄様が顔を曇らせながら私を見る。
「あら、もしかしてキュイが乳母候補に選定されたことかしら?」
「母上っ、知っていたのですか!?」
ルー兄様が驚きで目を見開く。
「先程城から正式な登城要請が届いた。全く、レザード様は仕事が早い」
いつの間にか現れたお父様が、ランを壁から引っこ抜きながら少し困った顔で言った。
「キュイの魔力は質も量も極上だからね。いつかは城に召されると思っていたが、まさか魔王様の乳母に選ばれるとは思ってもみなかったよ」
くしゃっと私の頭を撫で、「やはり隠しては置けなかったか」と寂しそうに笑うお父様。
「父上!あんな爺いの要請に従うつもりですか!?」
お父様の小脇に抱えられたランがバタバタと騒ぎだす。
「そうですよ父上! 魔王なんかに僕のキュイは渡せないっ。 ここは一家全員でキュイを匿って人間界にでも逃げましょう!」
「馬鹿かお前は!人間界に逃げてもレザード様にすぐ見つかるだけだぞっ」
ルー兄様がリュー兄様の突き上げた拳をはたき落とす。
「そおよ、リューゼ。逃げてもすぐ捕まるだけだわ。それにお城からすぐ迎えが来るそうだし」
「「「「えっ!!?」」」」
お母様の言葉に、兄弟全員でハモってしまった。
「お母様、迎えって…え?」
「そうよ、キュイ。もうすぐお城からお迎えが来るそうなの」
「い、嫌だ!姉様が連れていかれるなんてっ!そんな、そんな…!」
ランが真っ青な顔でブルブルと震え出した。
「母上、お待ち下さい!乳母候補なんてきっと何かの間違いですっ。父上、私が直接レザード様と話をつけに参ります!」
「待て、ルーゼ。これは正式に決まった事だ。今更私たちが騒いだところでレザード様には抗えんぞ」
「しかし!」
ルー兄様がお父様に詰めよっていると、私の隣りにいたリュー兄様がハッと顔を上げた。
「あっ…やば、オルトが結界の外にいる…」
「何だと!」
ルー兄様が額に青筋をたてた顔で振り返る。
「うわ、破られた!入ってくる!!」
「そんなっ僕の結界を破るなんて‼」
リュー兄様の言葉にランが信じられないと驚愕する。
「ああ!もう玄関の前だよっ‼」
リュー兄様が頭を抱えて叫んだ。
「王城からレザード様の命により、次期魔王乳母候補としてキュイ・ブランルージュを迎えに参った」
低い男の声が、玄関から響いた。